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アチラ側の来客
46話 綾目の居場所
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「その少女が、薄雪の一番大切な人?」
「はい。彼女はもともとあやかしを目に映すことができました。彼女もあなたのように、はじめは私のことをヒトと間違えていました。私と彼女は何度か森で会い、とりとめのない話を楽しみました。私にとって、ヒトと話せることはなによりも嬉しいことだった。あの日々は今も忘れません。…幸せでした」
彼の声は柔らかく愛情に満ちていた。
「そういえば彼女も花の名前を名乗っていましたね。私と彼女もまた、縁が深かったのです。例えば、私が手放した朝霧を彼女が手に入れていたこととか」
「その時には朝霧を手放してたんだ」
「ええ。この子が私と一緒にいたくないと言いましたので、遠い山に吹き飛ばしました。それから朝霧はヒトの手を転々としていたのですが、持ち主の生気を吸い取って殺していたようです」
「ひぇぇぇ…っ」
「立派な妖刀となった朝霧を、少女が腰に挿していました。慌てて清めましたよ、私は」
「そりゃそうでしょうよ。女の子が妖刀に殺されたらいたたまれない」
「彼女は誰にでも優しくてね。朝霧にも優しく接しました。優しさに慣れていない朝霧は、コロっと彼女に心を傾け、あっさり持ち主と選びました」
朝霧、あほだ…。
「何度も会っていると、彼女は私がヒトではないと気付きました。それでも彼女は変わらず私と接してくれました。彼女の笑顔を見ているだけで、私の心は清められた。彼女は不思議な子だったのです。なにも力を使わずとも癒すことができる」
その女の子の話をしている薄雪は、いつもよりも表情が穏やかで幸せそうだった。
「少女にはお兄さんがいましてね。彼は喜代春のお気に入りでした。彼も不思議な子でした。なんせあのヒト嫌いの喜代春が傾倒してしまうほど、ヒトらしくなかったのです」
「ヒトらしくなかった?」
「ヒトよりもあやかしと性格が似ていたのです。説明することは難しいですか」
「ふぅん…」
「そしてある日、喜代春は少年と少女にお願いをしました。森に棲みついたあるモノノケを退治してほしいと。彼らは武芸が達者でね。下手な大人よりも強かったのです」
「性格が良くて強いの?最強じゃない」
「そして、その棲みついたモノノケというのが、綾目です」
「やっぱり僕の話もしますよね…」
「もちろん。綾目は当時本当にひどいモノノケでしてね。私に憧れるあまり、モノノケやあやかしを食い漁っていました。なぜそんなことをしたかというと、私と同じくらい美しくなり…それで?」
薄雪が面白がってクスクス笑いながら綾目に視線を送った。綾目は顔を赤らめてボソボソと続きを言う。
「薄雪さまと同じくらい美しくなったら、薄雪さまを食うことが許されると思って…」
「はあ!?綾目、薄雪を食べようとしたのぉ!?どうして!?」
「す、好きなモノは好きなだけ食べなさいって薄雪さまに言われたの!昔に!」
「薄雪が好きだったから、薄雪を食べようとしたの…?」
「そうだよ。一番好きなモノだったから、絶対食いたかったんだ」
「はぁぁ…?」
「それに…薄雪さまを食ったら、薄雪みたいに美しくなれると思って…」
「えええ…?」
今まで気付いてなかったけど、喜代春たちとの出会いや、薄雪と綾目の過去を聞いて確信した。やっぱりあやかしはヒトじゃない。そもそも思考回路がヒトとちがう。好きだから閉じ込めたい、好きだから食べたい…いや分かるよ?気持ちはわかる。食べちゃいたいくらい可愛いとか人も言うけどさ。まじで食べようとする?そ、それがあやかしとヒトとの違い…。あやかしには倫理観というものがないんだ。
「当時綾目はモノノケでしたので、あやかしよりも考えが浅はかですが」
「薄雪さま!言い方!」
「私は彼の願いを叶えました。私は昔、幼かった綾目を少しの間でしたが育てたことがありましてね。愛着があったのです。そんな彼に求められたら、断るわけにはいきません」
「いや断って…?食べさせたの…?」
「はい。骨が見えるほどバクバク食べていましたねえ。血もずいぶんと啜られまして」
「ひぃぃぃ…」
「ですが、穢れた醜いモノノケが、なによりも清らかな私を食って無事なはずがありません。彼は私の清らかすぎる血肉に毒され、瀕死となりました」
「なにしてんの綾目…」
「うぅ…。僕はただ、薄雪さまに美しいと言ってもらいたかっただけだったのにぃ…」
「瀕死の綾目に救いの手を差し伸べたのが、例の少年と少女です。少女が綾目の体を清め、少年が綾目の心を癒しました。清く満たされたまま灰となった綾目を、私は大木古桜の元で休ませました。彼から生前積み重ねた穢れを一片の欠片もなく取り祓ったのち、私の血肉を与え、あやかしとして再び命を与えた。それが今の綾目です」
「そうだったのね。綾目…あなたとんでもないモノノケだったのねえ」
「い、今は清らかで無害なあやかしだから!」
「そうなのですが、やはり体を与えた当初はまだモノノケの心が残っていましてね…。たびたび私の血肉を欲しましたので与えていました」
「だから蕣と蓮華と喜代春に嫌われてるんだあ…。彼らは薄雪さまが大好きだから…」
「そりゃ…きらわれても仕方がないというか…」
「百年経ったあたりからやっとあやかしらしい品が生まれましたね。血肉を欲することもなくなりましたし。彼自身の妖力も生まれて一人前のあやかしとなりました」
「それでもできそこないには変わりないから、僕は薄雪さまによく面倒をみてもらってた。蕣と蓮華が嫉妬しちゃって大変だったなあ…」
「そして5年前。綾目がうっかり私の大切にしていたモノを破ってしまったんです。少女にいただいた、浮世絵を」
「激怒した蕣に半殺しにされて、逃げてるうちにうっかりコチラ側に来ちゃったんだ」
「で、私が綾目を拾ったと…」
「そういうことです」
綾目…。面倒見がいい男の子としか思ってなかったけど、まさかそんな過去があったなんて…。今の綾目じゃ想像できないな。
「花雫…」
「ん?」
「僕のこと、きらいになった…?」
不安げに綾目が私を見上げた。何言ってんのよ。私は綾目の頭をガシガシと撫でてぎゅーっと抱きしめた。
「大好きよ。それよりも、蓮華と蕣にいびられてかわいそうだなあって思ったの。私は綾目が大好き。コチラ側に来てくれてありがとう」
「…うん!」
綾目はぽろぽろと涙をこぼして私に腕をまわした。
元モノノケで薄雪を食おうとした綾目を、あの喜代春と蓮華、蕣が許せるはずがないのは分かる。あやかしになってもその罪は消えない。きっと今まで居心地が悪かっただろう。でも薄雪のことが大好きだから、離れられずにいたんだね。
綾目の居場所はここだよ。私は綾目がいないといや。綾目じゃないといやだもん。
「はい。彼女はもともとあやかしを目に映すことができました。彼女もあなたのように、はじめは私のことをヒトと間違えていました。私と彼女は何度か森で会い、とりとめのない話を楽しみました。私にとって、ヒトと話せることはなによりも嬉しいことだった。あの日々は今も忘れません。…幸せでした」
彼の声は柔らかく愛情に満ちていた。
「そういえば彼女も花の名前を名乗っていましたね。私と彼女もまた、縁が深かったのです。例えば、私が手放した朝霧を彼女が手に入れていたこととか」
「その時には朝霧を手放してたんだ」
「ええ。この子が私と一緒にいたくないと言いましたので、遠い山に吹き飛ばしました。それから朝霧はヒトの手を転々としていたのですが、持ち主の生気を吸い取って殺していたようです」
「ひぇぇぇ…っ」
「立派な妖刀となった朝霧を、少女が腰に挿していました。慌てて清めましたよ、私は」
「そりゃそうでしょうよ。女の子が妖刀に殺されたらいたたまれない」
「彼女は誰にでも優しくてね。朝霧にも優しく接しました。優しさに慣れていない朝霧は、コロっと彼女に心を傾け、あっさり持ち主と選びました」
朝霧、あほだ…。
「何度も会っていると、彼女は私がヒトではないと気付きました。それでも彼女は変わらず私と接してくれました。彼女の笑顔を見ているだけで、私の心は清められた。彼女は不思議な子だったのです。なにも力を使わずとも癒すことができる」
その女の子の話をしている薄雪は、いつもよりも表情が穏やかで幸せそうだった。
「少女にはお兄さんがいましてね。彼は喜代春のお気に入りでした。彼も不思議な子でした。なんせあのヒト嫌いの喜代春が傾倒してしまうほど、ヒトらしくなかったのです」
「ヒトらしくなかった?」
「ヒトよりもあやかしと性格が似ていたのです。説明することは難しいですか」
「ふぅん…」
「そしてある日、喜代春は少年と少女にお願いをしました。森に棲みついたあるモノノケを退治してほしいと。彼らは武芸が達者でね。下手な大人よりも強かったのです」
「性格が良くて強いの?最強じゃない」
「そして、その棲みついたモノノケというのが、綾目です」
「やっぱり僕の話もしますよね…」
「もちろん。綾目は当時本当にひどいモノノケでしてね。私に憧れるあまり、モノノケやあやかしを食い漁っていました。なぜそんなことをしたかというと、私と同じくらい美しくなり…それで?」
薄雪が面白がってクスクス笑いながら綾目に視線を送った。綾目は顔を赤らめてボソボソと続きを言う。
「薄雪さまと同じくらい美しくなったら、薄雪さまを食うことが許されると思って…」
「はあ!?綾目、薄雪を食べようとしたのぉ!?どうして!?」
「す、好きなモノは好きなだけ食べなさいって薄雪さまに言われたの!昔に!」
「薄雪が好きだったから、薄雪を食べようとしたの…?」
「そうだよ。一番好きなモノだったから、絶対食いたかったんだ」
「はぁぁ…?」
「それに…薄雪さまを食ったら、薄雪みたいに美しくなれると思って…」
「えええ…?」
今まで気付いてなかったけど、喜代春たちとの出会いや、薄雪と綾目の過去を聞いて確信した。やっぱりあやかしはヒトじゃない。そもそも思考回路がヒトとちがう。好きだから閉じ込めたい、好きだから食べたい…いや分かるよ?気持ちはわかる。食べちゃいたいくらい可愛いとか人も言うけどさ。まじで食べようとする?そ、それがあやかしとヒトとの違い…。あやかしには倫理観というものがないんだ。
「当時綾目はモノノケでしたので、あやかしよりも考えが浅はかですが」
「薄雪さま!言い方!」
「私は彼の願いを叶えました。私は昔、幼かった綾目を少しの間でしたが育てたことがありましてね。愛着があったのです。そんな彼に求められたら、断るわけにはいきません」
「いや断って…?食べさせたの…?」
「はい。骨が見えるほどバクバク食べていましたねえ。血もずいぶんと啜られまして」
「ひぃぃぃ…」
「ですが、穢れた醜いモノノケが、なによりも清らかな私を食って無事なはずがありません。彼は私の清らかすぎる血肉に毒され、瀕死となりました」
「なにしてんの綾目…」
「うぅ…。僕はただ、薄雪さまに美しいと言ってもらいたかっただけだったのにぃ…」
「瀕死の綾目に救いの手を差し伸べたのが、例の少年と少女です。少女が綾目の体を清め、少年が綾目の心を癒しました。清く満たされたまま灰となった綾目を、私は大木古桜の元で休ませました。彼から生前積み重ねた穢れを一片の欠片もなく取り祓ったのち、私の血肉を与え、あやかしとして再び命を与えた。それが今の綾目です」
「そうだったのね。綾目…あなたとんでもないモノノケだったのねえ」
「い、今は清らかで無害なあやかしだから!」
「そうなのですが、やはり体を与えた当初はまだモノノケの心が残っていましてね…。たびたび私の血肉を欲しましたので与えていました」
「だから蕣と蓮華と喜代春に嫌われてるんだあ…。彼らは薄雪さまが大好きだから…」
「そりゃ…きらわれても仕方がないというか…」
「百年経ったあたりからやっとあやかしらしい品が生まれましたね。血肉を欲することもなくなりましたし。彼自身の妖力も生まれて一人前のあやかしとなりました」
「それでもできそこないには変わりないから、僕は薄雪さまによく面倒をみてもらってた。蕣と蓮華が嫉妬しちゃって大変だったなあ…」
「そして5年前。綾目がうっかり私の大切にしていたモノを破ってしまったんです。少女にいただいた、浮世絵を」
「激怒した蕣に半殺しにされて、逃げてるうちにうっかりコチラ側に来ちゃったんだ」
「で、私が綾目を拾ったと…」
「そういうことです」
綾目…。面倒見がいい男の子としか思ってなかったけど、まさかそんな過去があったなんて…。今の綾目じゃ想像できないな。
「花雫…」
「ん?」
「僕のこと、きらいになった…?」
不安げに綾目が私を見上げた。何言ってんのよ。私は綾目の頭をガシガシと撫でてぎゅーっと抱きしめた。
「大好きよ。それよりも、蓮華と蕣にいびられてかわいそうだなあって思ったの。私は綾目が大好き。コチラ側に来てくれてありがとう」
「…うん!」
綾目はぽろぽろと涙をこぼして私に腕をまわした。
元モノノケで薄雪を食おうとした綾目を、あの喜代春と蓮華、蕣が許せるはずがないのは分かる。あやかしになってもその罪は消えない。きっと今まで居心地が悪かっただろう。でも薄雪のことが大好きだから、離れられずにいたんだね。
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