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アチラ側の来客
47話 痕
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「綾目の話はそれくらいにしておきましょう。話を戻します」
「あ、はいっ」
「綾目に食われた私も瀕死でした。私の危機を知り、喜代春は森へ足を踏み入れた。私の元へ辿り着いた頃には全身傷だらけでした」
「どうして…?」
「森との約束を破ったからです…森へは入ってはいけない、というね。森は怒り、喜代春の体に傷を付けました。私の目の前で彼の左腕が飛びました。ぽーんと」
「ぽーん…」
「私はそのまま永遠の眠りにつきたかったので、喜代春の体を傷つけるのではなくて妖力を奪うように森にお願いしました。彼が私の元へ来たのは、私に治癒術をかけて助けるためだと分かっていましたので」
「どうしてそんなに死にたがってるの薄雪は…」
「その時には…少女は私を目に映すことができなくなっていました。それに、私との思い出も全て失っていたのです」
「もしかして…」
「はい。喜代春に奪われました。私は少女に桜の枝を手折り贈ったのです。彼女は欲しいと言ったので」
「枝を折っただけで怒ってそこまでしたの…?」
「はい。不思議ですよね」
「桜の枝を折ることは、薄雪さまの骨を折ることと同じだよ」
「え!?」
そ、そんなことを簡単にしちゃうの!?いや…それはだめ…。
「あのような細い枝、小指の骨を折るのと同じ程度ですよ」
「いやそれでも…」
「花雫も分かったでしょ?薄雪さまはね、自分のことを本当に大切にしないんだ。ヒトのため、愛着があるモノのためなら、いくらでも自分を傷つけるし、命さえ削ってしまう。そんな薄雪さまを喜代春が放っておけなくて…。彼のやり方はあんまりだけど、僕も気持ちは少しわかるよ。だって薄雪さまはいつだって危なっかしいから」
「そうね…。確かにそれは、キヨハルも過保護になるかもしれない…」
「とにかく、少女を失った私はもう生きる意味を見失っていたのです。なので喜代春に助けられたくなかった。妖力を森に奪われた喜代春は、私を治すことができません。そう思っていたのに、彼は自身の血肉を私に食わせようとしました」
「薄雪は…どうしたの…?」
「拒みました。ですが喜代春は、血肉を食えば少女と再び会わせてくれると約束しました。私に生きて欲しくて必死だったのでしょう。それならば生きようと、私は彼の血肉を食い一命を取り留めた。その代わりに今度は喜代春が死の淵を彷徨いました」
「なんだそれ…」
「喜代春を救ったのは例の少年と少女です。彼らは喜代春に血肉を与えました。そのおかげで喜代春は命を繋ぎとめることができた」
「キヨハルはその子たちに頭が上がらないですね」
「はい。喜代春は礼に、少女に私の枝と、喜代春が作った簪を与えました。そのふたつは私たちの分身のようなモノ。遠くにいてもそれにより私たちは彼らと繋がっていました。微力ながら、それを通して私たちは彼らを守っていたのです。…守られることもありましたが。
そして少年には、あやかしをその目に映す術をかけました。私と彼自身がソレを願ったので。普段の喜代春であれば、そのようなことしないのですがね。少年は喜代春の寵愛を受けていたのでソレが叶いました」
「女の子は薄雪の寵愛を、男の子は喜代春の寵愛を受けてたのね」
「はい。それからも彼らはときたま私の棲む森へ会いに来てくれました。遠い異国の子たちでしたので、会えるのは数年に一度でしたが…。命尽きるまで私たちを忘れず、足を運んでくれましたよ。小さな子供が立派な大人になり、そして老人になるまで見届けたのは初めてでした。
彼らの死後、喜代春の元へ大きな箱が送られてきました。そこには朝霧と、少年が愛用していた刀、喜代春が少女に贈った簪。よく身に付けていた着物、彼らが好んでいた浮世絵。手紙、そして彼らの髪が一束ずつと、ひとつまみの骨の欠片が入っていました。どうやら生前どなたかに送るようお願いしていたようですね。
今でも私が少女の髪束と骨を、喜代春は少年の髪束と骨を、肌身離さず持ち歩いています」
「今も持ってるんですか?」
「もちろん」
薄雪は袖から小さなきんちゃく袋を取り出した。淡いピンク色の生地に橘模様がある布でできたきんちゃく袋。その中には銀色の髪と、小さな骨が入っていた。
「これが、その子の…」
「美しいでしょう」
「美しいかどうかはちょっと…」
「私の大切なモノです」
「いいなあ…」
綾目が羨ましそうにそう呟いた。そっか。綾目もその子たちも面識があるもんね。慕ってたのかな。
「慕っていましたよ。特に少年の方を」
「大好き。だって僕のこときれいって言ってくれるから!」
「今のあなたは美しいですよ」
「う…薄雪さまぁぁぁっ…!」
薄雪の話が終わったころには、もう空が明るみ始めていた。モノノケとかあやかしが、当たり前のように存在しているアチラ側。あやかしたちのお話。薄雪に生きる意味をもたらし、綾目の心を救い出し、喜代春にもうひとつの大切なモノを与えた二人の子どものお話。薄雪の何千年にも渡るお話は、始終儚さをまとっていた。
子どもたちを失ってからも、薄雪と喜代春は、髪束と小さな骨の欠片を宝物のように大切に持っている。私は彼らあやかしの一途さと色褪せない愛情に悲しくなった。その愛情の深さと同じくらい、深い深い虚しさと哀しみに彼らは囚われ続けているのだろうから。
頭の中でいろいろ考えていると、薄雪が袖をめくりあげて言った。
「この花の痕と同じです、花雫」
「歯形ね、ただの」
「私たちは忘れたくないのです。なので痕を消さずに残している。縁が途切れてしまっても、残された痕が、傷が、彼らを思い出させてくれるから」
「あ、はいっ」
「綾目に食われた私も瀕死でした。私の危機を知り、喜代春は森へ足を踏み入れた。私の元へ辿り着いた頃には全身傷だらけでした」
「どうして…?」
「森との約束を破ったからです…森へは入ってはいけない、というね。森は怒り、喜代春の体に傷を付けました。私の目の前で彼の左腕が飛びました。ぽーんと」
「ぽーん…」
「私はそのまま永遠の眠りにつきたかったので、喜代春の体を傷つけるのではなくて妖力を奪うように森にお願いしました。彼が私の元へ来たのは、私に治癒術をかけて助けるためだと分かっていましたので」
「どうしてそんなに死にたがってるの薄雪は…」
「その時には…少女は私を目に映すことができなくなっていました。それに、私との思い出も全て失っていたのです」
「もしかして…」
「はい。喜代春に奪われました。私は少女に桜の枝を手折り贈ったのです。彼女は欲しいと言ったので」
「枝を折っただけで怒ってそこまでしたの…?」
「はい。不思議ですよね」
「桜の枝を折ることは、薄雪さまの骨を折ることと同じだよ」
「え!?」
そ、そんなことを簡単にしちゃうの!?いや…それはだめ…。
「あのような細い枝、小指の骨を折るのと同じ程度ですよ」
「いやそれでも…」
「花雫も分かったでしょ?薄雪さまはね、自分のことを本当に大切にしないんだ。ヒトのため、愛着があるモノのためなら、いくらでも自分を傷つけるし、命さえ削ってしまう。そんな薄雪さまを喜代春が放っておけなくて…。彼のやり方はあんまりだけど、僕も気持ちは少しわかるよ。だって薄雪さまはいつだって危なっかしいから」
「そうね…。確かにそれは、キヨハルも過保護になるかもしれない…」
「とにかく、少女を失った私はもう生きる意味を見失っていたのです。なので喜代春に助けられたくなかった。妖力を森に奪われた喜代春は、私を治すことができません。そう思っていたのに、彼は自身の血肉を私に食わせようとしました」
「薄雪は…どうしたの…?」
「拒みました。ですが喜代春は、血肉を食えば少女と再び会わせてくれると約束しました。私に生きて欲しくて必死だったのでしょう。それならば生きようと、私は彼の血肉を食い一命を取り留めた。その代わりに今度は喜代春が死の淵を彷徨いました」
「なんだそれ…」
「喜代春を救ったのは例の少年と少女です。彼らは喜代春に血肉を与えました。そのおかげで喜代春は命を繋ぎとめることができた」
「キヨハルはその子たちに頭が上がらないですね」
「はい。喜代春は礼に、少女に私の枝と、喜代春が作った簪を与えました。そのふたつは私たちの分身のようなモノ。遠くにいてもそれにより私たちは彼らと繋がっていました。微力ながら、それを通して私たちは彼らを守っていたのです。…守られることもありましたが。
そして少年には、あやかしをその目に映す術をかけました。私と彼自身がソレを願ったので。普段の喜代春であれば、そのようなことしないのですがね。少年は喜代春の寵愛を受けていたのでソレが叶いました」
「女の子は薄雪の寵愛を、男の子は喜代春の寵愛を受けてたのね」
「はい。それからも彼らはときたま私の棲む森へ会いに来てくれました。遠い異国の子たちでしたので、会えるのは数年に一度でしたが…。命尽きるまで私たちを忘れず、足を運んでくれましたよ。小さな子供が立派な大人になり、そして老人になるまで見届けたのは初めてでした。
彼らの死後、喜代春の元へ大きな箱が送られてきました。そこには朝霧と、少年が愛用していた刀、喜代春が少女に贈った簪。よく身に付けていた着物、彼らが好んでいた浮世絵。手紙、そして彼らの髪が一束ずつと、ひとつまみの骨の欠片が入っていました。どうやら生前どなたかに送るようお願いしていたようですね。
今でも私が少女の髪束と骨を、喜代春は少年の髪束と骨を、肌身離さず持ち歩いています」
「今も持ってるんですか?」
「もちろん」
薄雪は袖から小さなきんちゃく袋を取り出した。淡いピンク色の生地に橘模様がある布でできたきんちゃく袋。その中には銀色の髪と、小さな骨が入っていた。
「これが、その子の…」
「美しいでしょう」
「美しいかどうかはちょっと…」
「私の大切なモノです」
「いいなあ…」
綾目が羨ましそうにそう呟いた。そっか。綾目もその子たちも面識があるもんね。慕ってたのかな。
「慕っていましたよ。特に少年の方を」
「大好き。だって僕のこときれいって言ってくれるから!」
「今のあなたは美しいですよ」
「う…薄雪さまぁぁぁっ…!」
薄雪の話が終わったころには、もう空が明るみ始めていた。モノノケとかあやかしが、当たり前のように存在しているアチラ側。あやかしたちのお話。薄雪に生きる意味をもたらし、綾目の心を救い出し、喜代春にもうひとつの大切なモノを与えた二人の子どものお話。薄雪の何千年にも渡るお話は、始終儚さをまとっていた。
子どもたちを失ってからも、薄雪と喜代春は、髪束と小さな骨の欠片を宝物のように大切に持っている。私は彼らあやかしの一途さと色褪せない愛情に悲しくなった。その愛情の深さと同じくらい、深い深い虚しさと哀しみに彼らは囚われ続けているのだろうから。
頭の中でいろいろ考えていると、薄雪が袖をめくりあげて言った。
「この花の痕と同じです、花雫」
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