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大切なモノ
51話 居留守続きのアポなし訪問
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薄雪と綾目、そして時々喜代春御一行との日常を過ごしているうちに1年が経った。今ではあやかしたちに囲まれた日々が当たり前になり、蓮華と蕣が持ってくる野花で部屋が華やいでいる。もちろんビール瓶に挿されたカスミソウも健在だ。薄雪がいると花が枯れないようで、1年経った今でもかわいい小さな花を咲かせている。
「花雫、起きて!花雫の大好きな月曜日が来たよー!!」
「やめてぇぇ…いぎだぐないぃぃ…」
「ほら起きてー!」
月曜の朝。いつものように綾目に布団をはぎとられる。綾目は、ガリガリと畳みに爪を立てる私の足首を掴みリビングへと引きずっていった。テーブルには薄雪のチョボクル食パンが用意されている。最近薄雪はゆで卵の作り方を覚えた。だからお皿には殻をむいたゆで卵とレタスも添えられている。朝から豪華な朝食だわあ…。
「どうですか花雫。私が鍋でグツグツしたゆで卵は」
「おいしいです。最高です」
「ふふ。それは良かった」
朝食を食べて顔を洗い、化粧をした私は家を出る。薄雪と綾目が見送ってくれるから、余計に仕事に行きたくなくなる。
「うぅ…。行きたくない…」
「ついていきましょうか?」
「ううん…。大丈夫…」
ついてきてほしいけど、そこまで依存してしまったら取り返しがつかなくなりそうだから。
「…分かりました。では、いってらっしゃい」
「いってらしゃい、花雫」
「いってきますぅぅ…」
重い足取りで駅に向かう。今日は月曜日…。満期案件がドバっと来る日。しかも上司が変わったせいで、案件が届いたその日に訪問しなければいけなくなった。しかもアポなしで。アポもしないで訪問するなんて絶対いやなのに、下っ端は上司の言うことを聞くしか選択肢がないのである。
◇◇◇
「はあ…ここも留守か…それとも居留守か…」
車を2時間も走らせて到着したのに、アポなしで行くとだいたいこうだ。不在か、いても警戒して居留守される。そりゃそうだよ。見知らぬスーツ着た人がいきなりインターフォン鳴らすんだもん。私でも居留守するわ。だからアポなしは嫌いなのよ。時間の無駄。
とりあえず名刺と満期案内の書類をポスティングして、訪問しましたよという証拠を残す。これでクレーム案件を減らすという上司の魂胆。はん。くだらん。見積書も入ってない書類をわざわざポスティングするために車2時間走らせるなんて効率悪すぎるでしょ。ばかじゃないの。
クソ上司にイライラしながら、マップアプリと睨めっこして顧客の家を探す。一日中訪問してたけど、出てくれたお客さんなんて一人もいなかった。虚しすぎる。
「あ…!」
ヘトヘトになった足で次の顧客の家を訪れると、庭に植わった木を眺めている女性が立っていた。やったぞ!!やっとお客さんと面談できる!!
「すみません!」
「……」
「すみませーん!えーっと…中島さまでしょうかー!!」
「……」
女性は私に視線を移し、返事をせずにこっちを見ている。うわ、絶対不審者だと思われてる…。こういうときは、真っすぐ目を見て名乗りと笑顔だ。
「はじめまして!突然伺い申し訳ありません。わたくし、ドルワン保険会社の観澤と申します。再来月に満期を迎えます、火災保険のご案内をさせていただきたくて伺いました」
「…え、わたし?」
「あ、はい。中島さま…でお間違いないでしょうか?」
「は、はい」
「あ!よかったです!この度担当させていただくことになりました、観澤と申します!どうぞよろしくお願いいたします!」
「は、はあ…」
「……」
私は笑顔のまま固まった。うわー。すっごい警戒されてるー…。家には…入らせてくれなさそうかな…?
「あの、ご主人はいらっしゃいますか…?」
「いま留守で…。私、保険のことは分からないですし…」
「でしたらパンフレットと名刺をお渡ししてもよろしいでしょうか?」
「は、はい…」
奥さまはぎこちない足取りで私に近づき、書類を受け取ってくれた。うーん、まあ今日の中では一番の成果かな…。
「あの…」
「?」
「中、入りますか?」
「えっ!いいんですか?」
「はい…。私でもよければ…」
「ありがとうございます!!」
うわまじで!?やった!!
奥さまが門を開けて中に入れてくれる。しかも玄関先じゃなくて、応接間にまで通してくれた。
「突然伺ったのにすみません~…」
「いえ。といっても私は保険のこと分からないですが…」
保険の話は最悪しなくてもいい。良い印象を持ってもらうことが大事。
「大丈夫です!そういえば玄関先に綺麗な写真が飾ってありましたね。趣味はカメラですか?」
そう言うと、奥さまは驚いた顔をしてからクスっと笑った。
「はい。主人の趣味で」
よし。掴みは上々。だいたい玄関先に自慢の物を置いてるから、そこで一番目立ってるものの話題を振れば喜んでもらえる。
「そうなんですね!とっても綺麗でした。どちらの山の写真ですか?」
「えっと、どこかしら…。ごめんなさい。私はあまり詳しくなくて」
「いえいえ。私も山は全然詳しくないので、教えていただいてもたぶん分からなかったです!」
「まあ、ふふ」
「えへへ」
あっぶなー…。雰囲気悪くなるところだった…。
奥さまはちらっと私の名刺を見て「観澤…さん?」と名前を呼んだ。
「はい、観澤です!」
「元気でかわいらしい方。このお仕事はもう長いの?」
「えーっと、8年ほどしております」
「まあ。思っていたよりお姉さんなのね」
「よく言われます!童顔なので…あはは」
化粧も薄いからね…。一回高校生に見えるって言われたことがある。
「そう。若く見えるのは良いことよ。…今日はありがとう。主人に伝えておきます」
「ありがとうございます!よろしくお願いします」
数十分奥さまとお話をして私は家を出た。奥さまはわざわざ門を出て見送ってくださった。感じのいい人だったなあ。
「花雫、起きて!花雫の大好きな月曜日が来たよー!!」
「やめてぇぇ…いぎだぐないぃぃ…」
「ほら起きてー!」
月曜の朝。いつものように綾目に布団をはぎとられる。綾目は、ガリガリと畳みに爪を立てる私の足首を掴みリビングへと引きずっていった。テーブルには薄雪のチョボクル食パンが用意されている。最近薄雪はゆで卵の作り方を覚えた。だからお皿には殻をむいたゆで卵とレタスも添えられている。朝から豪華な朝食だわあ…。
「どうですか花雫。私が鍋でグツグツしたゆで卵は」
「おいしいです。最高です」
「ふふ。それは良かった」
朝食を食べて顔を洗い、化粧をした私は家を出る。薄雪と綾目が見送ってくれるから、余計に仕事に行きたくなくなる。
「うぅ…。行きたくない…」
「ついていきましょうか?」
「ううん…。大丈夫…」
ついてきてほしいけど、そこまで依存してしまったら取り返しがつかなくなりそうだから。
「…分かりました。では、いってらっしゃい」
「いってらしゃい、花雫」
「いってきますぅぅ…」
重い足取りで駅に向かう。今日は月曜日…。満期案件がドバっと来る日。しかも上司が変わったせいで、案件が届いたその日に訪問しなければいけなくなった。しかもアポなしで。アポもしないで訪問するなんて絶対いやなのに、下っ端は上司の言うことを聞くしか選択肢がないのである。
◇◇◇
「はあ…ここも留守か…それとも居留守か…」
車を2時間も走らせて到着したのに、アポなしで行くとだいたいこうだ。不在か、いても警戒して居留守される。そりゃそうだよ。見知らぬスーツ着た人がいきなりインターフォン鳴らすんだもん。私でも居留守するわ。だからアポなしは嫌いなのよ。時間の無駄。
とりあえず名刺と満期案内の書類をポスティングして、訪問しましたよという証拠を残す。これでクレーム案件を減らすという上司の魂胆。はん。くだらん。見積書も入ってない書類をわざわざポスティングするために車2時間走らせるなんて効率悪すぎるでしょ。ばかじゃないの。
クソ上司にイライラしながら、マップアプリと睨めっこして顧客の家を探す。一日中訪問してたけど、出てくれたお客さんなんて一人もいなかった。虚しすぎる。
「あ…!」
ヘトヘトになった足で次の顧客の家を訪れると、庭に植わった木を眺めている女性が立っていた。やったぞ!!やっとお客さんと面談できる!!
「すみません!」
「……」
「すみませーん!えーっと…中島さまでしょうかー!!」
「……」
女性は私に視線を移し、返事をせずにこっちを見ている。うわ、絶対不審者だと思われてる…。こういうときは、真っすぐ目を見て名乗りと笑顔だ。
「はじめまして!突然伺い申し訳ありません。わたくし、ドルワン保険会社の観澤と申します。再来月に満期を迎えます、火災保険のご案内をさせていただきたくて伺いました」
「…え、わたし?」
「あ、はい。中島さま…でお間違いないでしょうか?」
「は、はい」
「あ!よかったです!この度担当させていただくことになりました、観澤と申します!どうぞよろしくお願いいたします!」
「は、はあ…」
「……」
私は笑顔のまま固まった。うわー。すっごい警戒されてるー…。家には…入らせてくれなさそうかな…?
「あの、ご主人はいらっしゃいますか…?」
「いま留守で…。私、保険のことは分からないですし…」
「でしたらパンフレットと名刺をお渡ししてもよろしいでしょうか?」
「は、はい…」
奥さまはぎこちない足取りで私に近づき、書類を受け取ってくれた。うーん、まあ今日の中では一番の成果かな…。
「あの…」
「?」
「中、入りますか?」
「えっ!いいんですか?」
「はい…。私でもよければ…」
「ありがとうございます!!」
うわまじで!?やった!!
奥さまが門を開けて中に入れてくれる。しかも玄関先じゃなくて、応接間にまで通してくれた。
「突然伺ったのにすみません~…」
「いえ。といっても私は保険のこと分からないですが…」
保険の話は最悪しなくてもいい。良い印象を持ってもらうことが大事。
「大丈夫です!そういえば玄関先に綺麗な写真が飾ってありましたね。趣味はカメラですか?」
そう言うと、奥さまは驚いた顔をしてからクスっと笑った。
「はい。主人の趣味で」
よし。掴みは上々。だいたい玄関先に自慢の物を置いてるから、そこで一番目立ってるものの話題を振れば喜んでもらえる。
「そうなんですね!とっても綺麗でした。どちらの山の写真ですか?」
「えっと、どこかしら…。ごめんなさい。私はあまり詳しくなくて」
「いえいえ。私も山は全然詳しくないので、教えていただいてもたぶん分からなかったです!」
「まあ、ふふ」
「えへへ」
あっぶなー…。雰囲気悪くなるところだった…。
奥さまはちらっと私の名刺を見て「観澤…さん?」と名前を呼んだ。
「はい、観澤です!」
「元気でかわいらしい方。このお仕事はもう長いの?」
「えーっと、8年ほどしております」
「まあ。思っていたよりお姉さんなのね」
「よく言われます!童顔なので…あはは」
化粧も薄いからね…。一回高校生に見えるって言われたことがある。
「そう。若く見えるのは良いことよ。…今日はありがとう。主人に伝えておきます」
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