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2章
第13話 織姫と彦星
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通学路に白詰草が咲き始めた頃、合奏後の自主練中に再びOBが音楽室に顔を出した。
「おーっす! みんな練習頑張ってるー?」
「先輩も忙しいのに、来てくださってありがとうございます」
段原先輩が頭を下げると、OBはニカッと歯を見せて笑った。
「気にしないで! サラッとみんなの見てから、私もここで練習するから!」
そんなOBに、海茅は大声で声をかける。
「先輩! もう一度シンバルの音を聴かせてください!」
シンバルと向き合い合ってから、海茅はずっとOBのシンバルの音をもう一度聴きたかった。初めての感動がそう勘違いさせているのかもしれないが、海茅にとって、どのシンバルの音よりもOBのものが一番多くの星が飛び散った気がしたからだ。
ぷるぷる震えながらも真っすぐと見つめる海茅の目に、OBはニッと口角を上げた。
「もちろんオッケー! その代わり、あとで海茅の音も聴かせてよね!」
「えっ……」
「そうじゃないと聴かせてやんなーい!」
唇を尖らせてそっぽを向いたOBに、海茅は頬を膨らませた。このOBのことだから、本当に聴かせてくれなさそうだ。
こうなったらヤケだ、と海茅は「分かりました!」と叫ぶ。
「だから先輩のシンバル、聴かせてください!」
「いいね~。この前とは大違いだ」
OBはクラッシュシンバルを持ち上げ、譜面を確認した。
「ここのシンバル、いいとこじゃんね。最高にかっこいいところだ。私もやりたかったな」
シンバルとシンバルが一瞬合わさり、すぐ離されれる。
彦星と織姫みたいだ、と海茅は思った。やっと会えたのに、二人の間にまたたく間に広がった天の川に押し流されて、また引き離されてしまう。
しかし、無数の星が輝く川があまりに綺麗で、彦星と織姫も見惚れてしまうのではないかと考え、海茅の胸がほわっと温かくなった。
CDや動画で聴くのとは全然違う生のシンバルの音。管楽器がいなくても、曲の盛り上がりにお膳立てされなくても、シンバルの音だけで目がとろけそうなほど美しい。
やはりOBのシンバルの音が一番好きだ、と海茅は実感した。
「も、もう一回お願いしてもいいですか?」
「いいよ! 何度でも聴かせてあげる」
それからOBは、海茅が演奏するシンバルパートだけでなく、OBの高校が課題曲に選んだ行進曲の軽快なシンバルや、豪快で力強い一発など、さまざまな色を見せてくれた。
海茅もシンバルを叩いた。コンクール曲のパートを叩いてOBにアドバイスをもらったり、OBの真似をして豪快に叩いてみたり(見事に失敗した)。
OBの前では失敗しても恥ずかしくなかった。手足をバタつかせて大笑いされることもあったが、それにつられて海茅も笑ってしまい、なんだか楽しくなってくる。そんな大失敗も、OBにアドバイスをもらいながら練習を続けると、自分が奏でたとは思えないほど綺麗な星が広がることがあった。
そして大失敗からの大成功ほど気分が上がることはない。
「先輩! 聴きましたか!? 聴きましたか今の音!!」
「お~! すっごい良かったよ!! 良い音だった!」
「やったー!! もう一回……っ!」
大成功のあとはだいたい失敗が待っている。
床に崩れ落ちて悔しがる海茅を、OBが元気づけた。
「始めはそんなもん! だから練習が必要。今は百回のうち一回しかその音が出なくても、次は五十回のうち一回、その次は三十回のうち一回って、成功できる確率を上げていく!」
「はい!」
「そうしてるうちに耳も肥えて手も慣れてくるから、どんどん失敗の音も良くなっていくから」
OBが他の部員を教えている間も、海茅はクラッシュシンバルを夢中になって練習した。
(うぅぅ。何度やっても先輩みたいな音は出ないなあ……)
OBが帰っても、合奏が終わっても、海茅はシンバルから手を離さなかった。
「海茅ちゃん。もう音楽室の鍵閉めないといけないから、帰ろっか」
「あ……もうそんな時間……」
段原先輩に肩を叩かれた海茅はハッと顔を上げた。部員はほとんど帰り、空は暗くなっている。
(あとちょっとで何か見つけられそうな気がするのに……)
今ここでシンバルを手放してしまったら、今日のことを手と耳が忘れてしまいそうに感じた。
海茅はまだ帰りたくなかったが、段原先輩にも迷惑がかかるので仕方なく帰り支度をする。
すると、クラリネットの先輩が、クラリネットケースを手に音楽室を出ようとしているのが目に入った。
「段原先輩。学校の楽器って持って帰っていいんですか?」
「顧問に許可をとれば大丈夫だよ。……え、海茅ちゃんまさか……」
段原先輩の言葉には応えず、海茅は音楽教師控室に飛び込んだ。
「先生!」
「ノックくらいしろ……」
「あの! シンバル、家に持って帰ってもいいですか!?」
顧問は、勢いよく入ってきたかと思えば突拍子のないことを言った海茅に、ポカンと口を開けた。
顧問は強面でギョロ目なので、目が合うだけでも怖い。まじまじと見つめられたら震えあがってしまう。
顧問はしばらく黙っていたが、ふと口元を緩めた。
「近所迷惑にはならないのか?」
「は、はい。私の家は田んぼに囲まれてるので、ご近所さんはいませんから」
「家族の人には?」
「えーっと……。大丈夫だと思います……」
「そうか。じゃあ、いいぞ」
「っ! ありがとうございます!!」
海茅は深々と礼をして、教師控室を出た。
シンバルケースを抱いて帰ってきた海茅を見ても、家中にクラッシュシンバルの騒音が鳴り響いても、家族は困ったように笑うだけだった。
「おーっす! みんな練習頑張ってるー?」
「先輩も忙しいのに、来てくださってありがとうございます」
段原先輩が頭を下げると、OBはニカッと歯を見せて笑った。
「気にしないで! サラッとみんなの見てから、私もここで練習するから!」
そんなOBに、海茅は大声で声をかける。
「先輩! もう一度シンバルの音を聴かせてください!」
シンバルと向き合い合ってから、海茅はずっとOBのシンバルの音をもう一度聴きたかった。初めての感動がそう勘違いさせているのかもしれないが、海茅にとって、どのシンバルの音よりもOBのものが一番多くの星が飛び散った気がしたからだ。
ぷるぷる震えながらも真っすぐと見つめる海茅の目に、OBはニッと口角を上げた。
「もちろんオッケー! その代わり、あとで海茅の音も聴かせてよね!」
「えっ……」
「そうじゃないと聴かせてやんなーい!」
唇を尖らせてそっぽを向いたOBに、海茅は頬を膨らませた。このOBのことだから、本当に聴かせてくれなさそうだ。
こうなったらヤケだ、と海茅は「分かりました!」と叫ぶ。
「だから先輩のシンバル、聴かせてください!」
「いいね~。この前とは大違いだ」
OBはクラッシュシンバルを持ち上げ、譜面を確認した。
「ここのシンバル、いいとこじゃんね。最高にかっこいいところだ。私もやりたかったな」
シンバルとシンバルが一瞬合わさり、すぐ離されれる。
彦星と織姫みたいだ、と海茅は思った。やっと会えたのに、二人の間にまたたく間に広がった天の川に押し流されて、また引き離されてしまう。
しかし、無数の星が輝く川があまりに綺麗で、彦星と織姫も見惚れてしまうのではないかと考え、海茅の胸がほわっと温かくなった。
CDや動画で聴くのとは全然違う生のシンバルの音。管楽器がいなくても、曲の盛り上がりにお膳立てされなくても、シンバルの音だけで目がとろけそうなほど美しい。
やはりOBのシンバルの音が一番好きだ、と海茅は実感した。
「も、もう一回お願いしてもいいですか?」
「いいよ! 何度でも聴かせてあげる」
それからOBは、海茅が演奏するシンバルパートだけでなく、OBの高校が課題曲に選んだ行進曲の軽快なシンバルや、豪快で力強い一発など、さまざまな色を見せてくれた。
海茅もシンバルを叩いた。コンクール曲のパートを叩いてOBにアドバイスをもらったり、OBの真似をして豪快に叩いてみたり(見事に失敗した)。
OBの前では失敗しても恥ずかしくなかった。手足をバタつかせて大笑いされることもあったが、それにつられて海茅も笑ってしまい、なんだか楽しくなってくる。そんな大失敗も、OBにアドバイスをもらいながら練習を続けると、自分が奏でたとは思えないほど綺麗な星が広がることがあった。
そして大失敗からの大成功ほど気分が上がることはない。
「先輩! 聴きましたか!? 聴きましたか今の音!!」
「お~! すっごい良かったよ!! 良い音だった!」
「やったー!! もう一回……っ!」
大成功のあとはだいたい失敗が待っている。
床に崩れ落ちて悔しがる海茅を、OBが元気づけた。
「始めはそんなもん! だから練習が必要。今は百回のうち一回しかその音が出なくても、次は五十回のうち一回、その次は三十回のうち一回って、成功できる確率を上げていく!」
「はい!」
「そうしてるうちに耳も肥えて手も慣れてくるから、どんどん失敗の音も良くなっていくから」
OBが他の部員を教えている間も、海茅はクラッシュシンバルを夢中になって練習した。
(うぅぅ。何度やっても先輩みたいな音は出ないなあ……)
OBが帰っても、合奏が終わっても、海茅はシンバルから手を離さなかった。
「海茅ちゃん。もう音楽室の鍵閉めないといけないから、帰ろっか」
「あ……もうそんな時間……」
段原先輩に肩を叩かれた海茅はハッと顔を上げた。部員はほとんど帰り、空は暗くなっている。
(あとちょっとで何か見つけられそうな気がするのに……)
今ここでシンバルを手放してしまったら、今日のことを手と耳が忘れてしまいそうに感じた。
海茅はまだ帰りたくなかったが、段原先輩にも迷惑がかかるので仕方なく帰り支度をする。
すると、クラリネットの先輩が、クラリネットケースを手に音楽室を出ようとしているのが目に入った。
「段原先輩。学校の楽器って持って帰っていいんですか?」
「顧問に許可をとれば大丈夫だよ。……え、海茅ちゃんまさか……」
段原先輩の言葉には応えず、海茅は音楽教師控室に飛び込んだ。
「先生!」
「ノックくらいしろ……」
「あの! シンバル、家に持って帰ってもいいですか!?」
顧問は、勢いよく入ってきたかと思えば突拍子のないことを言った海茅に、ポカンと口を開けた。
顧問は強面でギョロ目なので、目が合うだけでも怖い。まじまじと見つめられたら震えあがってしまう。
顧問はしばらく黙っていたが、ふと口元を緩めた。
「近所迷惑にはならないのか?」
「は、はい。私の家は田んぼに囲まれてるので、ご近所さんはいませんから」
「家族の人には?」
「えーっと……。大丈夫だと思います……」
「そうか。じゃあ、いいぞ」
「っ! ありがとうございます!!」
海茅は深々と礼をして、教師控室を出た。
シンバルケースを抱いて帰ってきた海茅を見ても、家中にクラッシュシンバルの騒音が鳴り響いても、家族は困ったように笑うだけだった。
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