【完結】またたく星空の下

mazecco

文字の大きさ
43 / 71
5章

第42話 忘れたくない今

しおりを挟む
 夏休みまであと半月。毛量にヘアゴムが悲鳴を上げ始めたので、海茅は三カ月ぶりに美容室に行った。
 海茅にとって、美容院は歯医者の次に行きたくないところだ。キラキラしたお姉さんとお兄さんばかりの空間にいるだけで、居心地が悪くなって吐きそうになる。

「今日はどのようなカットをご希望でしょうか~?」

 これは最もされたくない質問と言っても過言ではない。髪型にこだわりのない海茅にとって、希望のヘアスタイルなんてない。雑誌から選べと言われても、美人のモデルと自分では完成形が違うので全く参考にならない。
 とにかくなんでもいいから毛量をどうにかしてくれ、というのが海茅の本音だった。
 しかし海茅にそんなことを言えるわけもないので、とりあえず考えているふりをする。長いこと唸っていると、痺れを切らした美容師が「こんなのはどうですか~?」と尋ねてくれるので、それでやっとカットに進むことができる。
 海茅はこのテクニックを姉に自慢げに話したことがあるが、「おまかせでって言えばいいだけなのに、なんでそんな無駄な回り道するの?」と一蹴されただけだった。

 そして、「カット中の美容師とのおしゃべり」という、喋り下手にとっての地獄の時間を回避するためのアイテムを、今日の海茅は持っていた。
 それは、『俺のマブダチ』という小説だ。
 海茅はドヤ顔で文庫本を取り出し、しおりを挟んだページを開いた。

(美容院で読書。今日の私、なんかかっこいい……)

 あの日から週に三回、海茅と匡史は通話を繋ぎながら『俺のマブダチ』を読んでいる。一度の通話で、二十ページから三十ページが海茅の集中力が続く限界なので、匡史もそれに合わせてゆっくり読んでくれている。
 冒頭こそ、人物も設定も分からず物語に入りこめなかった海茅だが、中盤に差し掛かった頃にはぐいぐい引き込まれていった。そこまで夢中になれたのは、主人公に匡史を当てはめて読んでいたからというのが大きな理由の一つだった。
 主人公と匡史が必ずしも全く同じ経験をして、同じことを感じたわけではないと、あらかじめ匡史から言われていた。それでも海茅は、『俺のマブダチ』を通して匡史の内側を覗き見ているような気持ちになった。
 主人公が悲しいと海茅も悲しく、主人公が嬉しいと海茅も嬉しい。
 とても人には言えない、表に出すには恥ずかしく醜い感情も、小説の中では描かれている。自分以外の人がとても綺麗に映っていた海茅は、そういった気持ちが吐露されている主人公に親近感が湧いた。現実の人より、小説の登場人物との方が仲良くなれそうだと思ったほどだった。

 美容院に行ったあとは勉強を一時間して、そのあとは匡史と通話しながら読書をする。そしたら一日があっという間に過ぎ、また新しい一日が始まる。
 数か月前の海茅は、部活以外にやることがなくて毎日が暇だった。学校から帰るとぼうっとベッドに寝転がったり、それほど興味のない動画配信を暇つぶしにぼんやり観たりするだけ。学校の授業中ですら、先生の言っていることが分からないので心を無にしてなんとかやり過ごしていた。
 あまりにやりたいことがなさすぎて、何のために生きているんだろうと考えてしまうこともあった。

 だが、今の海茅は正反対だ。勉強、読書、吹奏楽の動画視聴、グループLINEのメッセージ確認……。授業中も置いて行かれないように必死にノートをとっていると、あっという間に終わってしまう。
 今ではやりたいことが多すぎて時間が全然足りない。生きている意味なんて考える暇がないほどだ。

(一日ってこんなに短かったんだ)

 寝る前、海茅はぼんやりそんなことを思った。
 振り返ってみると、海茅が今まで生きてきた十二年間で、くっきり刻み込まれている記憶はあまりない。
 きっと大人になっても覚えているだろうと思えるのは、OBのシンバルの音と、海茅が初めてシンバルを持ち帰った日に散らした星空、そして校外学習の日と、優紀に逃げるなと言われたあの日だけ。
 全て海茅がクラッシュシンバルと出会った日からの記憶だ。それまでの彼女には、特別な思い出なんて一つもなかった。

 それとも未来の海茅は、今の海茅が宝物だと思っている記憶も忘れてしまうのだろうか。中学時代、なんにもなかったなあ、なんて言ってため息をつくのだろうか。
 そんなのいやだ、と海茅は思った。彼女はキュッと目を瞑り、クラッシュシンバルの星空の景色と優紀たち四人と過ごした日々、そして匡史との思い出を、未来の海茅が覚えているよう、何度も何度も反芻して脳みそに焼き付けた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

【完結】キスの練習相手は幼馴染で好きな人【連載版】

猫都299
児童書・童話
沼田海里(17)は幼馴染でクラスメイトの一井柚佳に恋心を抱いていた。しかしある時、彼女は同じクラスの桜場篤の事が好きなのだと知る。桜場篤は学年一モテる文武両道で性格もいいイケメンだ。告白する予定だと言う柚佳に焦り、失言を重ねる海里。納得できないながらも彼女を応援しようと決めた。しかし自信のなさそうな柚佳に色々と間違ったアドバイスをしてしまう。己の経験のなさも棚に上げて。 「キス、練習すりゃいいだろ? 篤をイチコロにするやつ」 秘密や嘘で隠されたそれぞれの思惑。ずっと好きだった幼馴染に翻弄されながらも、その本心に近付いていく。 ※現在完結しています。ほかの小説が落ち着いた時等に何か書き足す事もあるかもしれません。(2024.12.2追記) ※「キスの練習相手は〜」「幼馴染に裏切られたので〜」「ダブルラヴァーズ〜」「やり直しの人生では〜」等は同じ地方都市が舞台です。(2024.12.2追記) ※小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、ノベルアップ+、Nolaノベル、ツギクルに投稿しています。 ※【応募版】を2025年11月4日からNolaノベルに投稿しています。現在修正中です。元の小説は各話の文字数がバラバラだったので、【応募版】は各話3500~4500文字程になるよう調節しました。67話(番外編を含む)→23話(番外編を含まない)になりました。

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

黒地蔵

紫音みけ🐾書籍発売中
児童書・童話
友人と肝試しにやってきた中学一年生の少女・ましろは、誤って転倒した際に頭を打ち、人知れず幽体離脱してしまう。元に戻る方法もわからず孤独に怯える彼女のもとへ、たったひとり救いの手を差し伸べたのは、自らを『黒地蔵』と名乗る不思議な少年だった。黒地蔵というのは地元で有名な『呪いの地蔵』なのだが、果たしてこの少年を信じても良いのだろうか……。目には見えない真実をめぐる現代ファンタジー。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

笑いの授業

ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。 文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。 それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。 伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。 追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。

処理中です...