母が田舎の実家に戻りますので、私もついて行くことになりました―鎮魂歌(レクイエム)は誰の為に―

吉野屋

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第二章

4.石

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 バスがJRの駅前に到着した。二人で連れ立ってホームに降りると、昇降口の近くにあるベンチに尾根山くんが座っていた。私達を見つけると、走って来た。

「待ってたよ。来てくれてありがとう!」

 尾根山くんの目の下にあるクマは色を濃くしている。ゲッソリ感が半端ない。大丈夫だろうか?

「おはよう尾根山くん」

「おはよう端宝さん。待ってたんだ」

 なんか犬感がある。尻尾が見えた。

 うーん、こんなにもあからさまに、人様から喜ばれた事がないので、感慨深い・・・。

 そんな私を残念なものを見る様に見ている百家くんの視線を感じた。

 なるほど、こういうのを以心伝心というのか。

「尾根山大丈夫か、眠れてないんだろう?」

 百家くんも同じように思ったようだ。けっこう優しいんだなと思う。私だったら同性の同級生に対してそう思っても口にはしないだろう。

「うん、眠れてないよ、家にいるのも怖いし、両親は心配そうな目で見るし、自分でも、もしかしたらおかしいのは自分じゃないのかと思いはじめてさ」

 ああ、かなり追い詰められている。こういうのは、の思うつぼになるのだ。

「尾根山くん、『霊』はね、弱ってる心に吸い寄せられるんだよ。弱みを見せるな」

「えっ」

「私なんか、見えても見えない振りしてるんだよ。気付いてもらえるとついてきたりするから」

「ええっ、そうなの?」

「そうだよ。事故現場なんかで、軽い気持ちで手を合わせたりしたら、憑いてくる事だってあるんだからね」

 思わず腰に手を当てて説教モードに入ってしまった。

「う、うん。そうか、気をつける」

 ちょっとはカツが入ったみたいだ。まあいいか。

 うすぼんやりと、何かが纏わりついていたけど、晴れたようだ。

「じゃあ、行こうか、二人とも早く先を行って」

「端宝って、こういうキャラだったのか。面白いな・・・」

 百家くんがしげしげ眺めてくる。

「早く行ってよ、チャッチャと済ませるんだから」

「ハイ、ハイ」

 駅から信号機を渡って、右手に歩いて行くと、昨日行ったスーパーが見える。それを通り過ぎてから5分位あるいて、今度は大きな十字路になっている交差点にさしかかる。

 ここは良くない場所で、たくさん浮遊霊がいる。事故も多く昨年も立て続けに酷い事故が起こっていらしい。

 事故が起こるのは大抵同じ場所だ。同級生の話だと、どうしてそうなったんだろうか?と思う様な事故なのだそうだ。

 特に、事故の有様が酷く、自転車とトレーラーの巻き込み事故では首が転がったのだ。一生のトラウマになる事は間違いない。

 そんな交差点を正面に見ながら、左折するとこの町を代表する綺羅里橋に向かう道に出る。

 まだ新しく、巨大なワイヤーが特徴の美しい景観のつり橋を渡り川向うに歩く。

 もともと使われていた昔の橋がもう少し向こうに見える。

「・・・」

 どうやら、最近あそこで首を吊った人がいるようだ。

 百家くんも同じ方向を見ていた。

 
 それから10分位で、尾根山くんの家に到着した。川の側道からすぐ近くの家だ。

 綺羅里川は昔から氾濫を起こす大きな川で、昭和初期には町全体を水没させるような大きな水害が起きている。

 その為、その後大がかりな川の造成工事が成されていた。

「そぐそこから川に降りられるようになってる。下はちょっとしたキャッチボールとか出来て、釣りなんかも出来るよ」

「じゃあ、お昼はコンビニで弁当かパン買ってそこで食べようかな」

「お前、もう昼の事考えてるのか」

「大分歩いたし、もう朝ごはんは消化したよ。喉も乾いた」

 そう言って家の前で水筒のお茶を飲む私を、百家くんは呆れた目で見ている。

「じゃ、じゃあ、家の中にどうぞ」

「ちょっと待って、一応外から視せて」

 ぐるりと外を周ってみた。まだ引っ越して間もないし、飾り気のない庭だった。

 人が住まなくなってから時間が経っているのだろう、枯れた感じだ。

 それから、尾根山くんに案内されて、玄関に入った。

 家に入って直ぐに、どぶ臭い、死臭がする。そう思った。

 一階の幽霊が出たという座敷を見た後、二階にも上がった。

 二階には、尾根山くんの部屋ともう一部屋使われていない空き部屋がある。

 尾根山くんの部屋の中には居なくてよいものが、確かにいたのだ。

 部屋の隅に立って居る。

 でも、私は気付かないふりで他を見回した。どうせ『アレ』には何も出来はしない。

 それにしても、尾根山くんの家の『何』なのだろうか?

 家に入って感じたのは、それは『家』自体に憑いているのではないという事だ。

 多分、この事が起き始めた原因は、尾根山くんが何かしら関係しているはずだ。

 

 尾根山くんは几帳面な性格らしく、部屋の中は綺麗に整理整頓されていた。

 スケッチブックや画材が部屋に置いてある。そういえば、学級委員長は美術部の部長だと聞いた事があったなと思い出した。

 衣裳ダンスの上にはアクリルのホビーケースが並び、中には趣味の物が飾られている。それを見ながらふと思った。

「・・・あのさ、尾根山くん、引っ越した日に前の川から何か拾って来なかった?」

「えっ、・・・ああ、そういえば・・・。何でわかったの?」

「そうじゃないかと思って。それを見せて。この部屋の何処かにあるんでしょ?」

「あ、うん。ちょっと待って」

 尾根山くんは、押し入れの襖を開けて、段ボール箱の上に置いてある紙のお菓子の箱を取り出した。

「ああ、開けなくていいよ。そのままで聞いてね。その中には同じような物ばかり入ってる?」

「えっ、ああそうだよ」

「じゃあ、それごと持って外に出て」

 そう言われて、尾根山くんは顔色を変えてだまって箱を持って外に出た。

 百家くんは、何も言わずについてくる。

 思った通り、アイツもついて来た。

「それ、あった場所に還すから、他の奴も一緒にね。だからあの日に拾った場所まで行こう」

「うん」

 川の側道まで歩き、工事で造成された川の中にあるグラウンドの場所まで降りる。

 流石、一級河川なだけあって、広い。

 このグラウンドも、大雨などが続くと増水した川の中に沈むのだ。今は水量も少なく、川の中には大小の丸く削られた川石がゴロゴロとしている。

「ここだよ」

 尾根山くんは水草が生えて、石が多く転がっている浅瀬を指差す。

「じゃあ、全部そこに流しちゃって」

「うん、わかった」

 菓子箱の蓋を開け、中に入っている大小の川石を水の流れに落とした。

 憑いて来たものが、すうっと吸い込まれるように流れに混じっていった。

「その箱もそこで燃やすから、置いて」

 一応、墓参り用の線香一束と、マッチを持って来たので、包んでいた新聞紙を丸めて火を点ける。線香の束も一緒に火を点けて、全てが燃え切るまで見てから残った灰に水をかけた。

「さあ、一応終わった。あとは百家くんに任せる」

「分かった。じゃあ、とりあえずまたドーナツでも食って、一旦神社に帰ろう。今日は尾根山は家に泊まる事になっているし。神社で祖父ちゃんに『家の魔除け』を作ってもらうよ」

 その方がいいだろう。地縛霊や浮遊霊の侵入を防いでくれる護符だ。それなら本人にも霊符を持たせておいた方が良いかもしれない。もともと、尾根山くんは憑かれやすいタイプなのだと思う。

「そう。じゃあそうして」

「お前は来ないの?」

「何で神社に行かないといけないの?」

「お前、本物の霊符を見たいって言ってたじゃないか」

「・・・うん。まあ」

 そう、本物を見て見たい。じゃあ行こうかな、まだ昼前だし。

「ああ、なんかすっきりした。もう大丈夫なんだよね?。でも、どういう事なのかよく分からないから、さっきの事、教えてくれないかな?」

 尾根山くんは、やけに安心したようにいうので、そうだ、彼にも釘を刺しておかないといけないのだと思い出した。

「尾根山くんは、『石を拾って帰ってはいけない』っていうのを知らないんだよね」

「えっ、そうなの?」

「部屋にストーン・ペインティングされた綺麗な石が置いてあったから、知らないんだと思った。だから、引っ越した時にも、さっきの河原で石を拾ったのじゃないかと思ったの。部屋の中にいた霊も、水難で亡くなった人みたいだったし。この綺羅里川は昔から今にかけて水の事故が多い場所だから、気をつけてね」

「部屋にいたの?」

「うん」

 尾根山くんは今更顔色を悪くしている。やっぱりあの時、言わなくて良かった。

「なるほどな、俺にはそれほどはっきりとは分からなかったけど、黒いモヤモヤは視えた」

「石は拾ったらダメ。山でも川でも道端でもね。石は『依り代』になりやすいから、憑いている事があるの」

「そうだったんだ。もう石を拾ったりしないよ」

「うん、特に尾根山くんはそういうものに憑かれやすいタイプだと思うから、出来れば百家くんに、個人が持ち歩ける霊符も作ってもらった方が良いかもね。それに今日は神社に泊まるなら、結界を潜るからいいね」

「う、うん。そうなの?良かった」

 あんまりわかってなさそうな尾根山くんだけど、百家くんがいるから大丈夫だろう。

 スーパーで、ドーナツを食べてから、またJRの駅まで歩き、バスに乗って村に帰る。

 男子二人で二人席に座ってもらい、私は一人でその後ろの窓側に座った。

 途中道の駅で、あのお兄さんがパン屋さんで働いているのが見えた。

 いつもなら、ここで降りるけど、今日は神社に行くのでそのまま乗って行く。

 

 うん、元気そう。

 お兄さんが元気だと嬉しい。

 
 あ、今日は、携帯でおじいちゃんに神社に迎えに来てもらうように連絡しないといけないな。

 そう思った。


 



 




 


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