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Ⅰ 待ちわびた日
3 王子の傷
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「何を言うのよ。本国とベリアの関係にひびが入るし、オドマンが処罰されてしまうじゃない」
「賊の仕業に見せかけます」
「もう……余計なことばかり考えて。どんなに隠そうとしても、必ず誰かに気づかれるものよ。気持ちはわかるけど……」
私は、ちらりと後ろを振り返った。
少し離れて、ソルとマデックがついてくる。
マデックはさっきとは打って変わって、傲慢な表情でソルを見た。
にやりと笑い、彼に何かを耳打ちする。
「……そうだね」
ソルは一瞬眉を寄せ、それだけを返した。
まるで「またか」と言うように。
マデックの小声は私の耳にも届いた。
私はオドマンだけに聞こえるよう、小さく鼻を鳴らした。
「マデックが、『学も品もないのは母親が平民だからでしょうね』って。ソルが庶子なのは初耳だけど、向こうも知らないのかしら。私の母も貴族じゃないってこと」
「……姫様とルナ様だけでなく、お二人をご寵愛なさる皇帝陛下まで侮辱したも同然ですな。やはり、奴を斬りましょうか。儂が賊のふりをいたします」
「駄目だと言ったでしょう。貴重な忠臣を失いたくないわ。ベリアに着いたら、頃合いを見てマデックを追い払うから大丈夫」
母から受け継いだ力──運命を操る力があれば、たやすいこと。
とはいえ気をつけなくてはならない。
『ルナティア、力を使うなら気をつけて。あなたの仕業だと知れ渡れば騒ぎになる。創造神様に勘づかれて、あなたは……消されてしまうわ』
どんな事情があっても、神が人との子を成すことは禁忌だから──この星の守護神である母は、時折そんな話をした。
その時、母は私に申し訳なさそうな顔をした。
怯えているようでもあった。
だから私は冷遇を求めるのだ。
私が半神だと、人にも、創造神にも気づかれないように。
そうなれば母も安心できるだろう。
私も堂々と、果物を豊作にしたりできる。
密かに笑みを浮かべた時、オドマンが低く呟いた。
「頃合いを見る、ですか……しかしあの侍従は、ソル王子を虐待しておりますぞ」
「え?」
私は思わず足を止め、振り返った。
ソルは自分の腕をさすっている。
そういえば客間でも、マデックが騒いだ時、腹に手を当てていた。
ソルは私の視線に気づくと、腕をさするのを止めた。
彼は優しく微笑んだ。
しかし、どことなく硬さを感じる。
ずっと警戒して生きてきたから、力の抜き方を知らないのかもしれない。
母の言葉が、また脳裏によみがえる。
『お父様は、いつもメソメソしているわけじゃないのよ。新月宮の外では気を張っているの。隙を見逃してくれない者もいるから』
だから母は、私の行く末を案じ、礼儀作法やあらゆる知識を授けてくれた。
対してソルは……おそらく王宮の人々を真似て、必死で所作を身につけたのだろう。
隙を見せれば痛めつけられるから。
そう考えると、針で突かれたように胸が痛んだ。
「皇女殿下、どうなさいましたか?」
私の沈黙を不安に思ったのか、ソルの笑みが陰った。
私は胸の痛みを隠して、ソルに微笑み返した。
「いえ、少し……出立の儀式のことを考えると、緊張してしまって」
「ああ、そうですよね。僕もです」
「ですが、ソル殿下のお顔を見たら、安心してきましたわ」
「……僕もです」
ソルは照れ臭そうに微笑んだ。
ほんのわずか、彼が緊張を解くのを感じながら、私は前を向いた。
再び歩を進めると、オドマンがまた耳打ちしてくる。
「姫様、ソル王子の様子をご覧になりましたか」
「ええ、体をかばう癖があるみたい。必要以上に緊張しているようだし」
「やはり、侍従を斬って捨てるべきでは?」
「大丈夫。あの男の罪は、正しく自身に返るわ。今は時期を待つの」
私が運命を操るには、一つ条件がある。
それを満たすタイミングを見極めなくては。
「なるほど。姫様がそうおっしゃるのなら、近いうちにあやつは消えますな」
言い切ったオドマンに、私は苦笑した。
私が半神だと知るのは両親だけ。
しかし、新月宮から都合よく人が離れていくのだ。
偶然ではないと思っているのだろう。
それから程なくして、私たちは謁見の間に入った。
私と同じ銀髪の、筋骨隆々とした父帝。
美しくも凛々しい皇后陛下。
玉座に座った二人が、私たちを迎える。
ひとまずは、ここでソルを救うための布石を打とう。
「賊の仕業に見せかけます」
「もう……余計なことばかり考えて。どんなに隠そうとしても、必ず誰かに気づかれるものよ。気持ちはわかるけど……」
私は、ちらりと後ろを振り返った。
少し離れて、ソルとマデックがついてくる。
マデックはさっきとは打って変わって、傲慢な表情でソルを見た。
にやりと笑い、彼に何かを耳打ちする。
「……そうだね」
ソルは一瞬眉を寄せ、それだけを返した。
まるで「またか」と言うように。
マデックの小声は私の耳にも届いた。
私はオドマンだけに聞こえるよう、小さく鼻を鳴らした。
「マデックが、『学も品もないのは母親が平民だからでしょうね』って。ソルが庶子なのは初耳だけど、向こうも知らないのかしら。私の母も貴族じゃないってこと」
「……姫様とルナ様だけでなく、お二人をご寵愛なさる皇帝陛下まで侮辱したも同然ですな。やはり、奴を斬りましょうか。儂が賊のふりをいたします」
「駄目だと言ったでしょう。貴重な忠臣を失いたくないわ。ベリアに着いたら、頃合いを見てマデックを追い払うから大丈夫」
母から受け継いだ力──運命を操る力があれば、たやすいこと。
とはいえ気をつけなくてはならない。
『ルナティア、力を使うなら気をつけて。あなたの仕業だと知れ渡れば騒ぎになる。創造神様に勘づかれて、あなたは……消されてしまうわ』
どんな事情があっても、神が人との子を成すことは禁忌だから──この星の守護神である母は、時折そんな話をした。
その時、母は私に申し訳なさそうな顔をした。
怯えているようでもあった。
だから私は冷遇を求めるのだ。
私が半神だと、人にも、創造神にも気づかれないように。
そうなれば母も安心できるだろう。
私も堂々と、果物を豊作にしたりできる。
密かに笑みを浮かべた時、オドマンが低く呟いた。
「頃合いを見る、ですか……しかしあの侍従は、ソル王子を虐待しておりますぞ」
「え?」
私は思わず足を止め、振り返った。
ソルは自分の腕をさすっている。
そういえば客間でも、マデックが騒いだ時、腹に手を当てていた。
ソルは私の視線に気づくと、腕をさするのを止めた。
彼は優しく微笑んだ。
しかし、どことなく硬さを感じる。
ずっと警戒して生きてきたから、力の抜き方を知らないのかもしれない。
母の言葉が、また脳裏によみがえる。
『お父様は、いつもメソメソしているわけじゃないのよ。新月宮の外では気を張っているの。隙を見逃してくれない者もいるから』
だから母は、私の行く末を案じ、礼儀作法やあらゆる知識を授けてくれた。
対してソルは……おそらく王宮の人々を真似て、必死で所作を身につけたのだろう。
隙を見せれば痛めつけられるから。
そう考えると、針で突かれたように胸が痛んだ。
「皇女殿下、どうなさいましたか?」
私の沈黙を不安に思ったのか、ソルの笑みが陰った。
私は胸の痛みを隠して、ソルに微笑み返した。
「いえ、少し……出立の儀式のことを考えると、緊張してしまって」
「ああ、そうですよね。僕もです」
「ですが、ソル殿下のお顔を見たら、安心してきましたわ」
「……僕もです」
ソルは照れ臭そうに微笑んだ。
ほんのわずか、彼が緊張を解くのを感じながら、私は前を向いた。
再び歩を進めると、オドマンがまた耳打ちしてくる。
「姫様、ソル王子の様子をご覧になりましたか」
「ええ、体をかばう癖があるみたい。必要以上に緊張しているようだし」
「やはり、侍従を斬って捨てるべきでは?」
「大丈夫。あの男の罪は、正しく自身に返るわ。今は時期を待つの」
私が運命を操るには、一つ条件がある。
それを満たすタイミングを見極めなくては。
「なるほど。姫様がそうおっしゃるのなら、近いうちにあやつは消えますな」
言い切ったオドマンに、私は苦笑した。
私が半神だと知るのは両親だけ。
しかし、新月宮から都合よく人が離れていくのだ。
偶然ではないと思っているのだろう。
それから程なくして、私たちは謁見の間に入った。
私と同じ銀髪の、筋骨隆々とした父帝。
美しくも凛々しい皇后陛下。
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ひとまずは、ここでソルを救うための布石を打とう。
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