【BL】『Ωである俺』に居場所をくれたのは、貴男が初めてのひとでした

圭琴子

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第34話 噂

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 綾人は連絡した以上、最後まで責任を取ると言って、玄関口まで俺を送ってくれた。
 俺は涙を拭ったけど、堪えきれずに、「ありがとうございました」と短く言って、玄関からすぐの自分の部屋に逃げ込んでしまう。
 耳を澄ませていたら、少しの間、綾人が事情を説明し母さんがお礼を言ってるのが聞こえてきた。父さんはまだ帰ってない。
 
「折角ですから、上がってください。お茶をお出しします」

 てっきり、綾人は断ると思ってた。
 でもスマートな言葉が聞こえてきた。

「では、少しだけお邪魔させて頂きます」

 リビングへのドアが閉まってしまうと、会話は聞こえなくなった。
 何が目的だ? 俺を転校させる? Ωのことを話す?
 どっちにしろ目新しくも目出度くもないニュースに、また涙が溢れてくる。
 お茶を飲むだけにしては、やけに長い時間、綾人は居座った。
 そろそろ帰るかと思う頃、父さんが帰ってきて、また一から挨拶が始まるのが、開いたリビングのドアからチラリと聞こえた。

 小一時間ほど経って、父さんと母さんがお礼を言う中、綾人は帰っていった。

「……母さん」

「四季。お腹減ったでしょう。今、ご飯温めるわね」

「綾人……先生、何て言ってた?」

「え? 聞こえなかった? 部室で眠り込んでいるところを見つけた、って。若いのに、立派な先生ね。自分の見回りが甘かったから、貴方のことは責めないでください、って仰ってたわ」

 何だか母さんは上機嫌だ。若いイケメンと長話して、ときめいてでもいるのかもしれない。

「やっぱり東京に来て、正解だったな。自分の責任だからと、お前をしきりに庇っていた。担任の先生か?」

 俺が一瞬詰まると、何故だか母さんが助け舟を出す。

「合気道部の先生ですって。ね、四季?」

「う、うん」

「さ、ご飯にしましょ。今日は四季の好きな、ラザニアなの。今、温めますからね」

 綾人が何をどう言ったか分からなかったけど、母さんは終始上機嫌で、綾人の言葉通り一言も俺を叱ることはしなかった。
 母さんの、何か宝物を隠しているような態度が気になったけど、気のせいだと胸騒ぎに蓋をして、俺は夕飯の席に着いたのだった。

    *    *    *

 いつものように、一時限目が終わる頃、学校への道を辿る。いつものように、スラックスのポケットに両手を突っ込んで、気だるげに。
 いつもと違うのは、綾人の黒い高級車が俺の隣に横付けされることはなく、速度も落とさず走り抜けていったことだった。
 
「綾人……」

 ぽつりと呟いて、俺は努めて綾人のことを忘れようとしながら、教室に入った。

「四季、おはよう」

 ナベが寄ってくる。
 一瞬、綾人からフランス語のメッセージがあるのかと思ったけど、何も差し出される事はなく、ナベは続けた。

「お前、毎日重役出勤なのな。成績は悪くないのに」

 そして顔を近付けられ、こっそりと囁かれた。

「なあ、お前がアーヤのストーカーだって、めちゃくちゃ噂になってるけど、どうなってんだ? 付き合ってんじゃなかったのか?」

 俺は、冷たい声を出した。俺を拒絶する綾人みたいに。

「付き合ってねぇ。ヤってねぇし、ちょっとした遊びだ。綾人には、婚約者が居るし。おおかた面倒になって、綾人が流した噂じゃねぇか?」

 嘘だ。綾人と会うまでは、Ωに関すること以外、嘘を吐くのは苦手だった。純粋だったなと、過去の自分を振り返る。
 きっと噂は、ハシユカが流したんだろう。でも狙われたことのある奴以外、優等生のハシユカを信頼してたから、言ったって無駄だ。

「マジかよ。アーヤ、お前にベタ惚れだったじゃん」

「もう、関係ねぇ」

「でも噂がこれ以上大きくなったら、処分受けるんじゃないか?」

「退学でも何でもこいだ。俺はもう、綾人とは関係ねぇ」

 もう、綾人とは関係ない。自分に言い聞かせるようにして、机の中に教科書を入れようとした。

 ――カサリ。

 何も入ってない筈の机の奥に、違和感があった。
 手を突っ込んで取り出すと、それは見覚えのある茶封筒だった。
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