1 / 35
第一章
01 星に願いを
しおりを挟む突然、テレビの画面からパッと金色の光が飛び散ったように見えた。線香花火の弾ける火花のような、流れ星の輝く尾のような、目に焼き付く鮮烈な煌めきだ。
リモコンを片手に掴んだまま、芦名(あしな)保(たもつ)はコタツの中でぽかんとテレビ画面を見つめた。時期は冬休みに入ったばかりの十二月末で、家の外ではしんしんと雪が降り積もっている。
テレビ画面には恋愛ドラマの最終回が放送されており、美しい顔立ちの男がドアップで映っていた。
至近距離での撮影だというのに、その白くなめらかな肌には毛穴一つ見えない。海外の血が混ざっているのか、画面のこちら側をまっすぐ見つめる切れ長な瞳は淡い琥珀色をしていた。耳下まで伸ばされたサラサラな髪も、目と同じ色をしている。
男はゆっくりと片腕をこちらへと伸ばしながら、その口元に薄らと笑みを浮かべた。まるで恋しい誰かにすがり付くような、儚げな微笑みだ。
『僕には君しか見えない』
普段だったら、鼻で笑ってしまうような気障(キザ)ったらしい台詞だ。だが、その男が言うと、ひどく様(さま)になっているから顔面偏差値というのは非情だと思う。
『君がいないと生きていけないんだ』
男がかすかに目を潤ませて、切なげな声で囁く。その言葉を聞いた瞬間、心臓がドクッと大きく跳ねるのを感じた。跳ね回る心臓が、全身に凄まじい勢いで血液を循環させている。まるで熱の塊になったみたいに身体が熱くて、ぐるぐると目が回りそうになった。
――運命だ。この男が、自分の運命なんだ。
理性ではなく、本能でそう分かる。
「俺の、アルファだ」
ぽつりと呟くと、咽喉の奥がカッと熱くなった。
保がオメガだと判定を受けたのは、三年前の十五歳のときだった。そのときは『なんで可愛くも美人でもない平々凡々な俺がオメガぁ!?』と嘆いたものだ。しかし、有り難いことに保はオメガでありながらも、ヒート(発情期)は微熱ぐらいの軽いものだったし、放出するフェロモンも極微量という、限りなくベータに近いオメガだった。
これならバース性に振り回されずに生活できそうだと保は安堵したが、つい先日ベータ判定を受けた四歳年下の妹・咲希(さき)からは「えー、せっかくオメガなんだから、運命の番(つがい)とか探せばいいのにー」とつまらなさそうに言われた。
『運命の番』というのは、バース性における都市伝説のようなものだ。数多(あまた)いるアルファとオメガの中に、一目見ただけで恋に落ちるような、本能から求めてやまない相手がいる。その相手に出会ったら、他のアルファやオメガなどは目にも入らなくなると。
時々、テレビなんかで芸能人カップルが「俺たちは運命の番なんです」なんて言ったりするが、数年後には別れて他の相手と付き合ったりしているのだから、やっぱり運命なんて嘘っぱちなんだな、と保は冷めた目で眺めていた。
そう、運命なんてものは現実には有り得ない。だけど、なら今感じている胸の高鳴りは一体なんなんだろう。どうして、画面に映る男の周りだけ、星屑が散ったみたいにチカチカと煌めいて見えるんだろう。
身動(みじろ)ぎもせずにテレビを凝視していると、茶の間に入ってきた咲希が、あっ、と小さく声をあげた。
「アイトじゃん!」
その声に、鈍い動きで振り返る。よほど寒いのか、咲希は分厚い半纏を羽織り、更に肩まで伸ばした黒髪の上から赤色のニット帽までかぶっていた。
「アイト?」
「うん、清水(しみず)藍人(あいと)。最近めっちゃ人気な俳優だよ。去年、なんかの映画で新人賞取って、ドラマとかCMとか出まくってるじゃん」
お兄ちゃんもカメラマン目指してるんなら、たまにはテレビとかも見なよ。と呆れた声で言いながら、咲希がコタツに入ってきた。さり気なく、一番ストーブに近い場所を確保している。
そのまま、咲希は当たり前のように保の手からリモコンを奪い取って、音量をあげた。途端、藍人の涼やかな声が響く。
『君がどれだけ僕から離れようとしても、僕は必ず君を見つけ出す。君がいない人生なんて何の意味もない』
相手への恋しさを滲ませた台詞に、咲希が両頬を押さえてキャーとはしゃいだ声をあげる。
「やだぁ~、私もこんなこと言われたい~!」
イケメンに限るけどっ。とちゃっかりとした一言を付け加えて、咲希がコタツの中で両足を暴れさせる。保の足を思いっきり蹴り飛ばしているが、咲希が気にする様子はない。
廊下を挟んだキッチンの方から「咲希、ドタバタしないっ!」と母親の声が聞こえてくる。咲希はピタリと足を止めたが、その緩んだ表情はテレビに向けられたままだ。
保は半ば放心状態でテレビを見つめたまま、ボソッと呟いた。
「この人、いくつ?」
訊ねると、咲希は横目で怪訝そうに保を見やってきた。今までどんな芸能人にも興味を示さなかった兄が、なんでイケメン俳優の年齢を知りたがっているんだ? という表情だ。
「えっと、たぶん二十歳? とかだったと思うけど」
それなら自分より二歳年上なのか、と頭の隅で考える。
「この人、アルファ?」
「この顔でアルファじゃなかったら詐欺でしょ!」
結構な偏見を堂々と言い放つ。だが、保も咲希と同意見だった。
画面の向こうの男は、アルファ以外とは思えないほどの整った顔立ちをしており、神々しいまでのオーラを放っている。これで『ベータなんです』なんて言われたら、ひっくり返ってブリッジしながら『もう一回、再検査した方がいい!』と全力ですすめるレベルだ。
「この人、恋人いるのかな」
「さぁ、いままで特に熱愛報道とかは出てないと思うけど……というか、何なの? なんで藍人のこと聞いてくるわけ?」
気味悪そうな声で、咲希が訊ねてくる。その問い掛けに、保はテレビを眺めたまま、上の空で唇を動かした。
「この人、俺の運命だ」
「え?」
「運命の番」
ぼんやりとしたまま繰り返す。直後、テレビから藍人の声が流れてきた。
『君は、僕の運命なんだ』
もちろん偶然だろうが、それが保の言葉に呼応してくれたように聞こえて、一瞬ふわりと幸福感が込み上げた。だが、その幸福感は部屋中に響き渡る笑い声で、すぐさま掻き消されてしまう。
「あははははっ、おっ、お兄ちゃん、ヤバいっ! その冗談、めっちゃ面白いっ!」
「あんなイケメンが義理の息子になったら最高だけどねぇ」
咲希が床に仰向けになって、ゲラゲラと笑っている。更にキッチンから茶の間に入ってきた母まで、面白がるような声をあげた。
保は家族の反応を唖然と眺めてから、唇を半開きにしたままテレビを見つめた。
画面の向こうでは、藍人が相手役の女優の頬にそっと手を当てて、その唇にゆっくりと口付けていた。美男美女のロマンチックなキスシーンを見た瞬間、心臓が引き裂かれるように痛んだ。その痛みでようやく分かった。
この運命は、最初から手の届かないものなのだと。
正気に戻った途端、全身から一気に力が抜けた。口元に曖昧な笑みを浮かべると、半笑いな声を漏らす。
「あー、おもろかったか。今年最後のジョークは大受けだな」
「ほんとヤバいっ。笑いすぎて、腹筋つりそうっ!」
相変わらずケタケタと笑いながら、咲希が床を左右に転げ回っている。その姿を笑みを浮かべて眺めながら、保はチラリと横目で画面を見やった。
藍人は、想いが通じ合った相手役の女優と、固く抱き合っている。誰からも祝福される、お似合いのカップル誕生だ。その姿をぼんやりと眺めていると、突然テレビ画面が真っ暗になった。
「はいはい、もう夜遅いから、二人とも自分の部屋にあがりなさい」
いつの間にかリモコンを持った母が、テレビを消していた。起き上がった咲希が、えぇ~、と不満げな声を漏らす。
「まだ十時じゃん!」
「もう十時なんです。あんたは最近夜更かしし過ぎよ」
「だって、観たいドラマもバラエティもたくさんあるし!」
「イケメン俳優ばっかり追いかけてないで、ちょっとは授業の復習でもしなさいよ。最近、また成績が落ちたでしょ」
母が深々とため息を漏らすと、咲希は不貞腐れた顔をして起き上がった。そのまま、わざと大きな足音を立てて二階の自室にあがっていく。その背に向かって、母が「ドタバタしないっ!」とまた注意していた。
「もう、完全に反抗期に入ってるわ。全然言うこと聞かないんだから」
「咲希も思春期だから、ちょうど親に反抗したい時期なんだろ」
保がお茶を啜りながら言うと、母は呆れた顔でこちらを見やった。
「あんたは、まだ十八なのに爺(じじ)くさいこと言って」
「爺くさいって……」
「保も、専門学校に合格決まったからって年末年始をだらけて過ごすんじゃないわよ。そんなんじゃ、お父さんみたいに太っちゃうからね」
さり気なくひどいことを言って、母がキッチンの方へ戻っていく。保が唖然としていると、反対側のコタツでむっくりと丸い影が起き上がった。
「言われちゃったなぁ」
のんびりとした声をあげたのは、芦名家で最も大人しい父だ。男性にしては小柄で、ふっくらとした体型をしており、なおかつ全身からほんわかとした雰囲気を漂わせているから、大福もちのような印象を受ける。
父が寝転がっていた床の上には、数冊のアルバムが置かれていた。写真が趣味な父は、気付くとしょっちゅうアルバムの整理をしているのだ。
目元にかけた大きな眼鏡を直しながら、父が保にへらりと笑いかけてくる。その気の抜けた表情を見て、保は呆れた声を漏らした。
「父さんも、たまにはガツンと言い返した方がいいと思うよ」
「でも、父さんは母さんのはっきりしたところが好きだからなぁ」
コタツ机に置かれたお茶を啜りつつ、父がのんきな口調で言う。聞きたくもない親の惚気に、保はゲッと顔を歪めながら立ち上がった。そのまま足早に茶の間から出て行こうとすると、ひとりごとのような父の声が耳に入った。
「運命ってのは、ロマンチックでいいねぇ」
先ほどの保と咲希の会話を聞いていたのだろう。保は返事をせずに、廊下に出た。
階段を上りかけている途中に、キッチンから顔を覗かせた母親が訊ねてくる。
「そういえば、初詣はどうする? 咲希が元旦は友達と一緒に行くっていうから、家族では二日に行こうと思ってるけど。保も一緒に行く?」
「俺はいいよ。人混み苦手だし。参拝客が少なくなってから、一人で行ってくる」
あら、そう。と素っ気なく言って、母親が顔を引っ込める。
保は音をなるべく立てないように階段を上ると、そのまま自室へと入った。暗闇の中、窓際へと近付いてカーテンを開く。窓を開くと、一気に冷たい空気が室内に吹き込んできた。はぁ、と息を吐き出すと、白い水蒸気に変わってふわりと空中に浮かび上がる。
田舎だから視界を遮るようなビルもなく、真っ暗な田んぼばかりが目の前にずっと広がっている。隣の家までは二十メートル以上距離があり、更に冬だから蛙や虫の鳴き声も聞こえず、辺りはシンと静まり返っていた。
見上げると、絵の具で塗り潰したような藍色の空には、無数の星が煌々(こうこう)と輝いていた。その星々の輝きを見ていると、先ほどの藍人の姿が脳裏をよぎる。
一等星みたいに輝く、俺のアルファ、俺の運命――
「会いもせず失恋するの辛ぇー」
真っ白な息をともに、ひとりごとを吐き出す。
いや、そもそもこれは失恋なのか? 花開く前にさっさと諦めてしまった恋を、失恋と名付けるのもおこがましい気がした。だけど、仕方がない。だって、望んだって手に入らないのなら、さっさと諦めるしかないじゃないか。
「あんなイケメン俳優とお近づきになれるわけないもんなぁ」
確認するように呟きながら、自分自身の姿を思い返す。
黒髪黒目、中肉中背、道を歩いたら五人ぐらいはそっくりさんを見つけられそうな、さして特徴もない平均的な容姿。そんな自分が、ドラマで主役をはれるようなイケメンの隣に並べるとは、天地がひっくり返っても思えなかった。
窓枠に肘をついて、保は大きくため息を漏らした。
「どうせ、あと二、三年したら美人女優かアイドルとの熱愛報道がすっぱ抜かれるだろうし」
せめて、それが不倫だとか泥沼な三角関係ではないことを祈る。結ばれないにしろ、自分の運命が醜聞(しゅうぶん)にまみれる姿は見たくない。
星に願いを捧げるように、冷たくなった両手を重ねて指先を軽く擦り合わせる。
「せめて、俺の推しアイドルとだけは付き合わないでくれよー」
運命と推しアイドルが付き合ったりなんかしたら、色んな感情が入り乱れて情緒がぐちゃぐちゃになりそうだ。
頼むからそれだけは、と頭の中で繰り返しながら藍色の空を見つめる。すると、保の願いを聞き入れたかのように、たなびくような流れ星がひとつ流れて、一瞬で消えていってしまった。
572
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
幼馴染みのハイスペックαから離れようとしたら、Ωに転化するほどの愛を示されたβの話。
叶崎みお
BL
平凡なβに生まれた千秋には、顔も頭も運動神経もいいハイスペックなαの幼馴染みがいる。
幼馴染みというだけでその隣にいるのがいたたまれなくなり、距離をとろうとするのだが、完璧なαとして周りから期待を集める幼馴染みαは「失敗できないから練習に付き合って」と千秋を頼ってきた。
大事な幼馴染みの願いならと了承すれば、「まずキスの練習がしたい」と言い出して──。
幼馴染みαの執着により、βから転化し後天性Ωになる話です。両片想いのハピエンです。
他サイト様にも投稿しております。
αが離してくれない
雪兎
BL
運命の番じゃないのに、αの彼は僕を離さない――。
Ωとして生まれた僕は、発情期を抑える薬を使いながら、普通の生活を目指していた。
でもある日、隣の席の無口なαが、僕の香りに気づいてしまって……。
これは、番じゃないふたりの、近すぎる距離で始まる、運命から少しはずれた恋の話。
最愛の番になる話
屑籠
BL
坂牧というアルファの名家に生まれたベータの咲也。
色々あって、坂牧の家から逃げ出そうとしたら、運命の番に捕まった話。
誤字脱字とうとう、あるとは思いますが脳内補完でお願いします。
久しぶりに書いてます。長い。
完結させるぞって意気込んで、書いた所まで。
『アルファ拒食症』のオメガですが、運命の番に出会いました
小池 月
BL
大学一年の半田壱兎<はんだ いちと>は男性オメガ。壱兎は生涯ひとりを貫くことを決めた『アルファ拒食症』のバース性診断をうけている。
壱兎は過去に、オメガであるために男子の輪に入れず、女子からは異端として避けられ、孤独を経験している。
加えてベータ男子からの性的からかいを受けて不登校も経験した。そんな経緯から徹底してオメガ性を抑えベータとして生きる『アルファ拒食症』の道を選んだ。
大学に入り壱兎は初めてアルファと出会う。
そのアルファ男性が、壱兎とは違う学部の相川弘夢<あいかわ ひろむ>だった。壱兎と弘夢はすぐに仲良くなるが、弘夢のアルファフェロモンの影響で壱兎に発情期が来てしまう。そこから壱兎のオメガ性との向き合い、弘夢との関係への向き合いが始まるーー。
☆BLです。全年齢対応作品です☆
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる