蛮族女王の娘《プリンセス》 第3部【王国編】(完結編)

枕崎 純之助

文字の大きさ
88 / 129

第288話 崩れ落ちるエミル

しおりを挟む
 暴力的な眠気がエミルに襲い掛かる。
 意識を強制的にり取るようなそれにエミルは必死に抵抗するが、すでに意識は途切れ途切れとなっていた。

(だめだ……僕がヤブランを守らなきゃ……)

 ヤブランと共に隠れていた部屋でエミルはついにシャクナゲに見つかってしまった。
 さらにもう1人、黒髪術者ダークネスの男がはさみ撃ちをするように立ちはだかっている。
 そして部屋の外にも2人の黒髪術者ダークネスが見張っていることをエミルは感じ取っていた。
 こんな危機にこそ自分の身の内に宿っていたはずの黒髪の女の力を借りたいと切望するエミルだが、その存在は今や微塵みじんも感じ取れない。

(ヤブランを助けたいのに……)

 エミルは何も出来ない自分を歯がゆく思いながら、それでもヤブランを守るために必死に立ち上がろうとした。
 だがその時、シャクナゲが手に持っていた白い香炉こうろから立ち昇るけむりをフッとエミルに向けて吹きかけたのだ。
 そのけむりを吸い込んだ途端とたん、ギリギリでこらえていたエミルの意識がプッツリと途切れ、その場にくずれ落ちるのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

「ふぅ。何とかなりそうね」

 シャクナゲはホッと安堵あんどして息をつく。
 床に倒れているエミルはシャクナゲの用意した香炉こうろ白昼夢デイドリーム』によって深い眠りに落ちた。
 あらかじめ食事に薬剤を混ぜて与え続けていたエミルにだけ睡眠効果の出るけむりを吐き出す香炉こうろだ。
 こうなるとシャクナゲが他の香炉こうろを使わない限り、簡単には目を覚まさない。
 シャクナゲは苛立いらだたしげにヤブランをにらみつけると、拳銃の銃床でその頭をガツンとなぐりつけた。

「あうっ!」

 ヤブランは悲鳴を上げて倒れ込む。
 その姿を見下ろしてシャクナゲは言った。

「私に恥をかかせるなんて悪い子ね。あなたのような子は一族の恥だわ。エミル君を誘惑して連れ出すだなんてまるで売女ばいたね。はしたない」

 そう言うとシャクナゲはヤブランの脇腹を遠慮なくりつけた。

「うぐっ! ゴホッゴホッ……」

 ヤブランはき込みながら苦痛に顔をゆがめて、床の上で縮こまる。
 そんな彼女の様子にシャクナゲは少しだけ溜飲りゅういんを下げたように微笑んだ。

「あなた……黒帯隊ダークベルトのショーナ隊長に命令されて裏でコソコソ動いていたのでしょう? いやらしい子だわ。その辺りは拷問ごうもんできっちり吐き出させてあげるから楽しみにしていなさい。まあ今は時間がないから後にするけど」

 そう言うとシャクナゲはヴィンスに合図をする。
 ヴィンスはたなに置かれていた長めの手拭てぬぐいを細く引き裂くと、それでヤブランの両手首を後ろ手にしばり上げた。

「立て」

 ヴィンスはそう言ってヤブランを引き立たせる。
 しかしヤブランは痛みに顔をしかめながらシャクナゲをにらみつけた。

「シャクナゲ様。エミルはあなたの玩具おもちゃじゃない。オニユリ様もあなたもあまりにもひどいです。エミルも同じ人間なんですよ!」
だまりなさい!」
 
 シャクナゲは怒りに任せてヤブランのほほを平手で張った。
 その容赦ようしゃのなさにヤブランのくちびるは切れて鮮血がにじむ。
 頭を強く殴《なぐ》られた後に力いっぱい頬《ほほ》を張られ、ヤブランは眩暈《めまい》を覚えた。
 すぐに意識が遠くなる。

(エミル……)

 懸命《けんめい》に意識を保とうとしたが、ヤブランは敢《あ》えなく気を失った。
 シャクナゲはヴィンスが引き裂いた手拭てぬぐいのもう半分を手に取ると、それを猿轡さるぐつわのようにヤブランに無理やりませてその口をふさいだ。

「目上の者を口汚くののしるその口は閉じておかないとね」
 
 そう言うとシャクナゲはヴィンスにエミルを担ぐように言い、代わりに自分がヤブランの腕を引っ張った。

「さあ天空ろうに戻るわよ」

 シャクナゲがそう言ったその時、城内にいくつもの警笛けいてきが鳴り響いた。
 ついに敵襲が本格化したのだと知り、シャクナゲはヴィンスと顔を見合わせる。

「……行き先変更よ。ヴィンス」

 シャクナゲはそう言うと気絶したヤブランをヴィンスの部下に担がせ、彼らを引き連れてその場を後にするのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

「すまないね。こいつは片付けさせてもらうよ」

 モグラのあなでオニユリとの一騎打ちに勝利したジャスティーナはモグラの男からの手当てに感謝の意を伝えると、立ち上がって横たわるオニユリの遺体の元へ向かった。
 モグラの男は思わず顔をしかめる。

「遺体は片付けてもらわねば困るが、今はやめておけ。その体では……」

 そう言うモグラにも構わずジャスィーナは、体のあちこちに銃撃を受けて体中包帯だらけだというのに平然とオニユリの遺体を担ぎ上げた。  

「いや、私にはまだやることがあるんでな。ゆっくり休んでいるわけにはいかないんだ」

 そう言うジャスティーナにモグラもさすがにあきれたように溜息ためいきをつく。 

「……死体が2つになると困るんだがな」

 そう言って立ち上がるとモグラはジャスティーナを先導するように歩き出した。

「付いてこい。比較的簡単に地上に出られる道を案内してやる」

 そう言うモグラに感謝してジャスティーナは地下道を進み続けるのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

 城壁から数百メートル離れた人気のない茂みの近くに1台の馬車が止まっている。
 その馬車のほろの中、荷台の上には両手両足をしばられ、口を布でふさがれた若き王国兵が転がされていた。
 彼は両目を見開き、恐怖に震えている。

 その馬車のすぐ外では5人の赤毛の女たちが茂みの中に身を隠していた。
 王国兵をおどし、王国軍の馬車の中に潜んで王都目前に近付いたまでは良かった。
 しかしさすがに遠目に見える城門の検問の厳しさに彼女らは馬車を早いうちに方向転換させ、最も人気の少ない場所を選んで停車したのだ。

「ここまで来たはいいが、城壁の周りは見張りだらけになっているな。見つからずに侵入するのは無理だぞ」

 そう言って苛立いらだたしげに舌打ちを響かせるのはネルだ。
 彼女は無数の篝火かがりびかれて夜のやみの中に浮かび上がる王都を前方に見据みすえ、拳をボキボキと鳴らした。

「強引に突っ込んで片っ端から敵をぶっ殺し、壁を上って街の中へ入ろうぜ」
「無茶ですよ。壁まで到達できたとしても、壁を上るのには一定の時間が必要です。その間に包囲されてしまえば万事休すですよ」

 そう言うエステルにネルは苛立いらだって食ってかかろうとするが、それを察知したエリカににらまれてつまらなさそうに肩をすくめる。
 エステルは努めて冷静であろうとして周囲を見回した。

(あの包囲網ほういもうの中を強引に突破するのは危険過ぎる。ネルの言う通り強行突破したら、この5人のうち2人あるいは3人は死んでしまうだろう。そうなれば残った人数で王都に入っても出来ることはタカが知れている。どうにかこの5人全員が無事に王都に入れる方法はないだろうか。何か抜け道のようなものは……)

 何とかして王都侵入の足掛かりをつかもうと必死に頭をひねりながら、エステルは周囲に目をらしていた。
 そんな彼女の目がとらえたのだ。
 前方数十メートルのところにあるちょっとした小さな岩場で人影が動くのを。
 エステルは茂みの中でさらに頭を低くして小さく声を発した。

「西側の岩場に誰かいます。皆、声を出さないで下さい」

 その言葉に他の4人も頭を低くして警戒しながら、岩場の方へ目を向けた。
 確かに岩場に動く人影が見える。
 そして……この5人の中で最も視力の優れたネルが不思議ふしぎそうにつぶやきをらした。

「おい……あれ、赤毛の女だぞ」

 ネルの言葉に皆が茂みの中から目をらす。
 他の4人は暗闇くらやみの中でネルのように色の識別までは出来なかったが、人影が体格の良い人物であるということは分かった。 

「まさか同胞……なぜこんなところで?」

 まゆを潜めるエステルの横でネルの動きは早かった。
 彼女は小刀で自分の髪の毛を十数本切り取ると、矢筒やづつから矢を取り出してそこに結び付ける。
 ハリエットが思わす見咎みとがめて言った。 

「何をするつもりなのよ。ネル」
「確かめるんだよ」

 そう言うとネルは皆が止める間もなく、赤毛を結び付けた矢を弓につがえて茂みの中から放つのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【リクエスト作品】邪神のしもべ  異世界での守護神に邪神を選びました…だって俺には凄く気高く綺麗に見えたから!

石のやっさん
ファンタジー
主人公の黒木瞳(男)は小さい頃に事故に遭い精神障害をおこす。 その障害は『美醜逆転』ではなく『美恐逆転』という物。 一般人から見て恐怖するものや、悍ましいものが美しく見え、美しいものが醜く見えるという物だった。 幼い頃には通院をしていたが、結局それは治らず…今では周りに言わずに、1人で抱えて生活していた。 そんな辛い日々の中教室が光り輝き、クラス全員が異世界転移に巻き込まれた。 白い空間に声が流れる。 『我が名はティオス…別世界に置いて創造神と呼ばれる存在である。お前達は、異世界ブリエールの者の召喚呪文によって呼ばれた者である』 話を聞けば、異世界に召喚された俺達に神々が祝福をくれると言う。 幾つもの神を見ていくなか、黒木は、誰もが近寄りさえしない女神に目がいった。 金髪の美しくまるで誰も彼女の魅力には敵わない。 そう言い切れるほど美しい存在… 彼女こそが邪神エグソーダス。 災いと不幸をもたらす女神だった。 今回の作品は『邪神』『美醜逆転』その二つのリクエストから書き始めました。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴
ファンタジー
長年レストランの下働きとして働いてきた本宝治洋一(30)は突如として現れた新オーナーの物言いにより、職を失った。 身寄りのない洋一は、飲み仲間の藤本要から「一緒にダンチューバーとして組まないか?」と誘われ、配信チャンネル【ダンジョン美食倶楽部】の料理担当兼荷物持ちを任される。 配信で明るみになる、洋一の隠された技能。 素材こそ低級モンスター、調味料も安物なのにその卓越した技術は見る者を虜にし、出来上がった料理はなんとも空腹感を促した。偶然居合わせた探索者に振る舞ったりしていくうちに【ダンジョン美食倶楽部】の名前は徐々に売れていく。 一方で洋一を追放したレストランは、SSSSランク探索者の轟美玲から「味が落ちた」と一蹴され、徐々に落ちぶれていった。 ※カクヨム様で先行公開中! ※2024年3月21で第一部完!

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...