蛮族女王の娘《プリンセス》 第3部【王国編】(完結編)

枕崎 純之助

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第269話 仕組まれた開戦

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 大砲の轟音ごうおんが鳴り響く。
 すぐ近くの水面で大きな水柱が上がった。
 船に乗っているのは勇猛なダニアの女たちだが、初めて受ける砲撃に皆が緊張で顔を強張こわばらせる。
 だがこの船団の総指揮艦である美しき銀髪の女性は臆することなく声を上げた。

「敵の砲撃を受けたわ! 自軍防衛のための反撃を開始しなさい!」

 りんとしたその声に赤毛の女たちは大きな声を上げて応じ、他の船もそれに呼応こおうして進み始める。
 ダニアの船団の進撃が始まった。

 ☆☆☆☆☆☆

「あそこにいるのか。ダニアの金の女王ブリジットは」

 ウェズリーは公国とりでの屋上から前方を見つめて傲然ごうぜんとそう言った。
 その視線の先には共和国側のとりでそびええ立っている。
 しかしとりでには共和国とダニアのはたこそ風にはためいているものの、人の気配がまったく感じられない。

「おいヤゲン。どうなっている? 本当にあそこにブリジットはいるのか?」

 そう言って横を向き、ウェズリーは思わず舌打ちした。
 そこにヤゲンはいない。
 他の部下がいるだけだ。
 ウェズリーは思わずいつものくせでヤゲンと言ってしまったことを自嘲じちょうするようにニヤリと笑った。

「口うるさいヤゲンの奴はラフーガに置いてきたのだったな」

 ウェズリーが公国の首都ラフーガから打って出る際、副官のヤゲンは自分の名代として置いてきたのだ。
 ラフーガの統治を放り出してきたのではないと兄のジャイルズ王に言い訳するために、兵の半数も置いてきた。

「フンッ。何がダニアの女戦士だ。戦場は男のものだと教えてやらんとな。おい。配備し終えた大砲には全門、砲弾を装填そうてんしておけよ」

 ヤゲンの代わりに副官を務める白髪の男にウェズリーがそう言うと、男は狼狽うろたえた。

閣下かっか。しかし王陛下へいかからはこちらから攻めてはいけないと……」
「そんなことは分かっている! こちらからは攻めはしない。こちらからはな。ククク……」

 そういやしい笑みを浮かべるウェズリーに、白髪の部下は内心でまゆをひそめるのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

 ウェズリーから命令を受けた王国軍の兵士は共和国側から見えないとりでの裏側で早馬を走らせていた。
 そしてとりでが途切れ、すぐに森が見えてくる。
 その森の中には数百名もの王国兵が隠れ潜んでいた。
 そんな彼らの中心に、両手両足をしばられて座らされている一団がいる。

 おびえた表情で座る彼らは全員、共和国軍の鎧兜よろいかぶとに身を包んでいた。
 ウェズリーが秘密裏ひみつりに部下に命じ、共和国内に潜ませている間者を使って誘拐ゆうかいし集めさせた共和国の兵士らだ。
 早馬で走ってきた兵士はその共和国兵らの前へ立つと声を張り上げた。

「さあ貴様らの出番だ! 手筈てはず通りにやってもらおうか。故郷に残した貴様らの家族には今も我らの手の者が見張りとしてついていることを忘れるな? 貴様らがやるべきことをやらねば、哀れな家族は皆殺しだ!」

 そう言う男に共和国兵らは項垂うなだれた。
 そんな彼らを王国兵は怒鳴りつける。

「立て! これから戦う兵がそんな顔はせんぞ! 少しは根性のあるところを見せてみろ!」

 そう言う男の怒声に彼らは仕方なく立ち上がる。
 家族を人質に取られ、彼らは不本意ながら王国のために一芝居ひとしばい打たねばならない。
 それが王国軍のウェズリーの命令だった。
 
 そんな共和国軍兵士の周りを囲む王国軍兵士も着ているよろいかぶとを別の物へと着替えていく。
 それらは共和国軍の鎧兜よろいかぶとに似せて偽装したものだ。
 そして彼らは用意しておいた共和国軍のはたかかげ、意気揚々と森から出ていくのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

閣下かっか! 共和国軍の兵士らが突っ込んできます! その数はおよそ300名!」

 その報告を受けたウェズリーは内心でほくそ笑んだ。
 報告をするその兵士も彼の息のかかった者だ。
 ウェズリーは笑みが顔に表れぬよう、わざとらしいほどしかめつらを見せて言う。

「300名程度ならば新型を使うこともあるまい。第1大隊を出して制圧に当たらせよ!」

 第1大隊500名。
 彼らはウェズリーが直轄ちょっかつする部隊であり、彼の手足となって意のままに動く。

(順調だ。何もかも順調だ)

 全てはウェズリーの思惑通りに進んでいた。

 ☆☆☆☆☆☆

「ブリジット! ご報告いたします! 共和国軍の兵の一部が公国とりでへ攻め込んでおります!」

 公国側から見て共和国とりでの裏側に陣営をいたブリジットの本営の天幕に、赤毛の兵士が飛び込んできた。
 その報告にブリジットの側近であるベラとソニアは目をく。
 ベラが報告の兵士をにらみつけた。

「馬鹿言うな。共和国軍の兵士たちは1万人全員、とりでの裏に待機しているはずだ」
「し、しかし確かに共和国軍のはたかかげた一個中隊とおぼしき兵たちが公国とりでへと攻め込んでいるのです」

 困惑してそう言う兵士にベラは顔をしかめてブリジットに目を向ける。
 ブリジットは落ち着きを失わずに、報告に駆けつけた兵にたずねた。
 
「その共和国兵らに対して王国軍はどのような対処を見せている?」
「おそらく一個大隊と思われる兵力を展開して制圧にかかっています」
「砲撃は?」
「今のところありません」

 それを聞いたブリジットはつかの間、考え込むがすぐに小さく息を吐いた。

「やれやれ。一芝居ひとしばい打たれたな」

 勘のいいベラはブリジットの言葉を聞いてすぐ理解した。

「襲撃は王国軍の自作自演ってことか」
「ああ。共和国から先に攻めて来たという口実を作ったんだろう。ということは……砲撃が来るぞ。見張りの兵を除いて全軍、とりでから300メートル後方に下がるよう通達せよ!」

 ブリジットは報告に駆けつけた兵にそう伝えると、ベラとソニアに告げる。

「ウェズリーを生かしたまま捕らえる理由がもう一つ出来たな」

 ブリジットはこの戦いにおける基本方針として、敵将であるウェズリーを生け捕りにするとことを全軍に通達していた。 
 その理由は王弟であるウェズリーを人質とすることで、王国に取引を申し入れる可能性を残しておくためだ。
 エミルとの人質交換である。

 さらに今回、王国が共和国からの襲撃を理由に攻撃を正当化するのであれば、捕らえたウェズリーから真相を吐かせる必要がある。
 このとりでの戦いにおいて共和国が攻め込んだというのは、王国の手による自作自演であると。
 共和国とダニアの名誉めいよのために。

「幸いにしてうちには拷問ごうもんの名人がいるからな。ウェズリーもすぐに真相を白状するだろう」

 そう言うとブリジットは立ち上がり、本営の天幕を出る。
 外ではすでにブリジットの命令を受けた兵たちが、陣を組んだまま後方へ下がり始めているのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

 王国兵らが共和国兵を次々と槍で突き殺していく。
 とりでの上からその様子をながめてウェズリーはニヤニヤと笑っていた。

「弱いなぁ。共和国軍の腰抜けどもは」

 公国とりでに押しかけてきている300人ほどの敵兵の中で、実際に共和国兵なのは中心にいる数十人だけだ。
 そして槍で突き殺されていくのもその数十人のみだった。
 他の者たちは共和国兵に扮した王国兵であり、彼らは戦うふりをして同胞である王国兵らと適当に武器をぶつけ合うだけだ。
 にせの共和国兵らは本物と見分けがつくよう、腕章を身に着けている。

 そして共和国兵らが1人また1人と突き殺されるたびに、共和国兵にふんした王国兵らも倒れて遺体役を演じていた。
 そうこうするうちに30分ほどで本物の共和国兵らは全滅した。
 王国の間者によって誘拐ゆうかいされ、家族を人質に取られたあわれな彼らは、ここで殺されるだけの役割を演じてその人生に幕を下ろしたのだった。
 事が終わったと判断したウェズリーが声を上げる。

「よくやった! 共和国兵どもの死体は裏に片付けろ!」

 ウェズリーの声に応じて王国兵らがとりでから飛び出していき、地面に横たわる共和国兵の遺体と遺体役の王国兵らをとりでの裏へと運んでいく。
 それを見たウェズリーは用意していた使者を共和国のとりでへと馬で走らせた。
 使者はそのふところにウェズリー直筆の書状を忍ばせている。
 書状にはこう書かれていた。

【共和国からの先制攻撃を受けた。よって我が軍の防衛のために反撃を開始する】

 馬上の使者は共和国のとりでの前に数十名で控えている見張りの敵兵に向けて、書状をくくりつけた鏑矢かぶらやを弓につがえて撃ち放った。
 鏑矢かぶらやは甲高い音を立てて宙を舞い、見張りの兵たちの手前の地面に突き立った。
 赤毛の兵士がそれを拾い上げるのを見届けると、使者はすぐに馬首をめぐらせて自陣へと戻っていく。
 それを見たウェズリーは近くにひかえる伝令兵らに命じた。
 
「今より5分後に砲撃を開始する! 全砲門! 砲撃準備!」

 ウェズリーの号令を受け、伝令兵らはそれを全隊に通達すべく、すぐさま駆け出すのだった。
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