8 / 27
8.ノアに甘やかされる
しおりを挟む「ノア師団長、重くないですか?」
「エル、軽すぎるくらいだぞ。やつれているし、入院中はしっかり食べさせないとな」
エルは階段を軽々とノアに運ばれて、最上階の突き当たりにある特別室に連れて行かれた。
「着いたぞ。ここだ」
「わぁ、すごい」
ノアが魔法で扉を開けると、特別だと言われるだけあって、一般の部屋よりもずっと豪華で大きな部屋になっていた。ふかふかの絨毯も敷かれていて、何も言われなければ貴賓室だと勘違いしてしまいそうな調度品の数々だ。
しかし、備え付けのどっしりとした机の上には、たくさんの書類が置かれていて、たった今まで執務をしていたことが感じられた。
おそらく、エルが倒れたと報告を受けたノアが、そのまま医務室に来てくれたのだろう。じわじわと喜びが、胸に湧き上がってくる。エルが会いたくてしかたがなかったとき、ノアも一瞬だけでも思い出していてくれていたのだろうか。
そんな期待を持ちそうになり、必死で打ち消す。エルだけではない。他の団員にだって駆けつけたに違いない。ノアは優しいのだから……エルはそう思った。
「ノア師団長、医務室に来てくれてありがとうございました。呪を水晶に取り込むためだとはいえ、久しぶりにお会いできて嬉しかったです」
「確かに、呪を封印するためでもあるが、一報を聞いて、慌てて駆けつけたのはエルだからだ」
「復活の日の大役を務めなければならないのに、ギリギリまで無理をしてしまいましたからね」
「そうではない」
ノア師団長が少し眉間に皺を寄せてエルを見てなにか言いたそうにしたが、結局は口に出さなかった。
奥の部屋の扉を開けると、そこは寝室だった。そしてエルは大事なことに思い至った。
「ノア師団長、ここを普段使っているのではありませんか? 僕は一般の部屋でも大丈夫ですよ」
「私が心配だから、ここで休養してほしい。今は、この部屋を執務用に利用しているんだ。エルは安心して休みなさい。今日はよく頑張ったね。私がエルを呪から守る。しばらくここで一緒だよ」
そう言って、三人寝ても余裕がありそうなベッドに下ろされた。
「お仕事の邪魔になりませんか?」
「むしろ、エルが目の届くところに居てくれると、私も安心できる」
エルの頬を両手で包んでノアが小さく微笑んだ。ノアの優しさに、今まで会えなかった分まで、甘えてしまいそうだ。そして、先ほど見た多くの呪を思い出したエルは、ノアに聞いてみた。
「他の奇病……呪に侵された団員たちは無事ですか?面会謝絶だったので、みんな心配していました」
「アイツらは解呪されて、とっくに元気にしている。ただ、犯人にこちらの動きがバレないように、入院しながら仕事をさせているんだ。他の団員には心配させて申し訳ないが、犯人を確実に捕まえるまでは、あともう少しこの状態だな」
エルの仲間思いの言葉に、ノアが柔らかく微笑んだ。その美しい表情を間近で見てしまったエルは、カッと頬が染まる。憧れの人の微笑みだ。
最近は、それだけではない想いも膨れ上がっていることに、エルは気づいていた。ノアに対する、あまりにも恐れ多い想いに、戸惑ってしまう。
しかし、ノアに頭を撫でられると、悩みは隅に追いやられて、与えられる心地よい魔力にウットリと目を閉じてしまう。
「ああ、そうだ。治療中に汗をかいて不快だろう。浴室がこの奥にあるから行ってきなさい……それとも、動けない様なら私が身体を拭いてあげようか?」
ほんの少し艶の混じった意地悪な声に、エルの顔は、ますます赤くなる。頬も耳も熱い。初めて見るノアの表情に、ふるふると震えながら涙目で、全力で遠慮してしまった。
「う、動けます! 大丈夫です! ノア師団長に、そんなこと、させられません!」
「残念だ……」
「ふぇっ?」
ノアはフフッと魅力的に笑うと、寝衣を持ってくると言って部屋を出て行った。
「うう……心臓に悪いよ、ノア師団長」
エルはそう呟くと、ベッドの上で真っ赤に染まった頬を押さえて悶える。憧れ以上の想いを向けている相手だ。冗談とはいえ、あんなことを言われては、せっかく解呪してもらった心臓に悪い。胸を押さえると、バクバクと大きく心臓が高鳴っている。
しかも、普段はあまり表情を動かさないノアが、エルに向かって、不意打ちのように笑いかけたのだ。
エル自身は気づいていないが、エルの前ではノアの表情は、あきらかに柔らかくなる。ノアの表情を見慣れていたにしても、今の鮮やかな笑みはエルの恋心に直撃したのだった。
「この気持ち、どうしたらいいんだろう。ノア師団長は第三王子なんだ。僕なんて……」
ノアとの魔力の相性が抜群に良い事も、今日のことで身に染みて理解してしまった。
もう引き返せないほどのノアへの想いを、見てみないふりをしてきた。しかし、それもできないくらい膨れ上がっていた、ノアへの恋心に、エルは途方に暮れるのだった。
「エル、寝衣と着替えも持ってきた。汗を流したら、食事も摂らないと」
「ありがとうございます。そういえば、久しぶりにお腹が空いた感覚があります」
「……やはり、私がしっかり食べさせないといけないな。消化に良いものを頼んでおくから、ゆっくり入っておいで」
「お言葉に甘えて、お風呂いただきますね」
ノアがうなずいたのを見てから、エルは教えてもらった浴室へと向かった。人ひとりがゆったり入れる浴槽があった。既に湯は張られている。魔法で状態保存と浄化もかかっていそうだ。サッとシャワーを浴びて、石鹸を手にするとモコモコに泡立てていく。
「あ、柑橘系の匂い」
先ほどノアから感じた匂いと同じだ。ドキリと胸が騒ぎ出した。おそらくノアが持ち込んだのだろう。身体と髪も洗うと、鏡で全身を見て驚いた。
「僕、いつの間にこんなに痩せてたの?」
ノアに言われるまで、自分では気付かなかったが、あばらがうっすら浮き出るほどに痩せていた。
「しっかり食べて、適正体重に戻さないと」
そう決意しながら湯船につかった。エルは細身なのを気にして、ちゃんとコントロールしてきたのだが、焦りから、それすら疎かにしていたのだと反省した。その理由が、まさか奇病……いや、呪だったとは気付かなかった。ノアに会えないのが寂しかったから、不調になったのかと内心思っていた。そんな弱気ではダメだと、意地になっていたこともある。頭をガックリ下げると、湯船からも柑橘系のオイルの匂いがする。
「……ノア師団長の匂いがする」
ノアに守られているようで安心する。昨日までの自分が、いかに追い詰められていたのか自覚した。それと同時に蓋をしていた恋心まで溢れ出す。
「好きでいるくらいは、いいよね?」
ポツリとエルは呟くと、湯船から立ち上がった。
ノアが持ってきてくれた着替えを、ありがたく使わせてもらう。入院患者用の寝衣だ。浴室で汗を流してスッキリしたエルは、髪の毛をふわりと風魔法を使って乾かすと、ノア師団長の待つ部屋へと向かった。
165
あなたにおすすめの小説
翼が生えた王子は辺境伯令息に執心される
尾高志咲/しさ
BL
「ふわふわな翼が!背中に?」
慌てる僕の元にやってきたのは無表情な美形婚約者。どどどうする!?
――ファンタン王国の第五王子ミシューの背中に、ある朝目覚めたら真っ白な翼が生えていた。原因がわからずに慌てふためいていると、婚約者の辺境伯令息エドマンドが会いにやってくる。美形でいつも無表情なエドマンドは王都から離れた領地にいるが、二月に一度は必ずミシューに会いにくるのだ。翼が生えたことを知られたくないミシューは、何とかエドマンドを追い返そうとするのだが…。
◇辺境伯令息×王子
◇美形×美形
◆R18回には※マークが副題に入ります。
◆誰にも言えない秘密BLアンソロジー寄稿作品を改題・改稿しました。本編(寄稿分)を加筆し続編と番外編を追加。ほのぼの溺愛ファンタジーです。
【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる
ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。
・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。
・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。
・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。
【完結】あなたのいない、この異世界で。
Mhiro
BL
「……僕、大人になったよ。だから……もう、───いいよね?」
最愛の人に先立たれて3年。今だ悲しみから立ち直れず、耐えられなくなった結(ゆい)はその生涯を終えようとする。しかし、次に目が覚めたのは、生命を見守る大樹がそびえ立つ異世界だった。
そこで亡き恋人の面影を持つ青年・ルークと出会う。
亡き恋人への想いを抱えながらも、優しく寄り添ってくれるルークに少しずつ惹かれていく結。そんなある日、ある出来事をきっかけに、彼から想いを告げられる。
「忘れる必要なんてない。誰かを想うユイを、俺はまるごと受け止めたい」
ルークの告白を受け入れ、幸せな日々を送る結だったが、それは突然終わりを迎える。
彼が成人を迎えたら一緒に村を出ようと約束を交わし、旅立つ準備を進めていた矢先、結は別の女性と口づけを交わすルークの姿を目撃してしまう。
悲しみの中で立ち止まっていた心が、異世界での出会いをきっかけに再び動き出す、救済の物語。
※センシティブな表現のある回は「*」が付いてますので、閲覧にはご注意ください。
ストーリーはゆっくり展開していきます。ご興味のある方は、ぜひご覧ください。
狼領主は俺を抱いて眠りたい
明樹
BL
王都から遠く離れた辺境の地に、狼様と呼ばれる城主がいた。狼のように鋭い目つきの怖い顔で、他人が近寄ろう者なら威嚇する怖い人なのだそうだ。実際、街に買い物に来る城に仕える騎士や使用人達が「とても厳しく怖い方だ」とよく話している。そんな城主といろんな場所で出会い、ついには、なぜか城へ連れていかれる主人公のリオ。リオは一人で旅をしているのだが、それには複雑な理由があるようで…。
素敵な表紙は前作に引き続き、えか様に描いて頂いております。
転生悪役弟、元恋人の冷然騎士に激重執着されています
柚吉猫
BL
生前の記憶は彼にとって悪夢のようだった。
酷い別れ方を引きずったまま転生した先は悪役令嬢がヒロインの乙女ゲームの世界だった。
性悪聖ヒロインの弟に生まれ変わって、過去の呪縛から逃れようと必死に生きてきた。
そんな彼の前に現れた竜王の化身である騎士団長。
離れたいのに、皆に愛されている騎士様は離してくれない。
姿形が違っても、魂でお互いは繋がっている。
冷然竜王騎士団長×過去の呪縛を背負う悪役弟
今度こそ、本当の恋をしよう。
【完結】冷酷騎士団長を助けたら口移しでしか薬を飲まなくなりました
ざっしゅ
BL
異世界に転移してから一年、透(トオル)は、ゲームの知識を活かし、薬師としてのんびり暮らしていた。ある日、突然現れた洞窟を覗いてみると、そこにいたのは冷酷と噂される騎士団長・グレイド。毒に侵された彼を透は助けたが、その毒は、キスをしたり体を重ねないと完全に解毒できないらしい。
タイトルに※印がついている話はR描写が含まれています。
魔力ゼロの無能オメガのはずが嫁ぎ先の氷狼騎士団長に執着溺愛されて逃げられません!
松原硝子
BL
これは魔法とバース性のある異世界でのおはなし――。
15歳の魔力&バース判定で、神官から「魔力のほとんどないオメガ」と言い渡されたエリス・ラムズデール。
その途端、それまで可愛がってくれた両親や兄弟から「無能」「家の恥」と罵られて使用人のように扱われ、虐げられる生活を送ることに。
そんな中、エリスが21歳を迎える年に隣国の軍事大国ベリンガム帝国のヴァンダービルト公爵家の令息とアイルズベリー王国のラムズデール家の婚姻の話が持ち上がる。
だがヴァンダービルト公爵家の令息レヴィはベリンガム帝国の軍事のトップにしてその冷酷さと恐ろしいほどの頭脳から常勝の氷の狼と恐れられる騎士団長。しかもレヴィは戦場や公的な場でも常に顔をマスクで覆っているため、「傷で顔が崩れている」「二目と見ることができないほど醜い」という恐ろしい噂の持ち主だった。
そんな恐ろしい相手に子どもを嫁がせるわけにはいかない。ラムズデール公爵夫妻は無能のオメガであるエリスを差し出すことに決める。
「自分の使い道があるなら嬉しい」と考え、婚姻を大人しく受け入れたエリスだが、ベリンガム帝国へ嫁ぐ1週間前に階段から転げ落ち、前世――23年前に大陸の大戦で命を落とした帝国の第五王子、アラン・ベリンガムとしての記憶――を取り戻す。
前世では戦いに明け暮れ、今世では虐げられて生きてきたエリスは前世の祖国で平和でのんびりした幸せな人生を手に入れることを目標にする。
だが結婚相手のレヴィには驚きの秘密があった――!?
「きみとの結婚は数年で解消する。俺には心に決めた人がいるから」
初めて顔を合わせた日にレヴィにそう言い渡されたエリスは彼の「心に決めた人」を知り、自分の正体を知られてはいけないと誓うのだが……!?
銀髪×碧眼(33歳)の超絶美形の執着騎士団長に気が強いけど鈍感なピンク髪×蜂蜜色の目(20歳)が執着されて溺愛されるお話です。
生贄傷物令息は竜人の寵愛で甘く蕩ける
てんつぶ
BL
「僕を食べてもらっても構わない。だからどうか――」
庶子として育ったカラヒは母の死後、引き取られた伯爵家でメイドにすら嗤われる下働き以下の生活を強いられていた。その上義兄からは火傷を負わされるほどの異常な執着を示される。
そんなある日、義母である伯爵夫人はカラヒを神竜の生贄に捧げると言いだして――?
「カラヒ。おれの番いは嫌か」
助けてくれた神竜・エヴィルはカラヒを愛を囁くものの、カラヒは彼の秘密を知ってしまった。
どうして初対面のカラヒを愛する「フリ」をするのか。
どうして竜が言葉を話せるのか。
所詮偽りの番いだとカラヒは分かってしまった。それでも――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる