7 / 27
7.奇病の正体
しおりを挟むエルは、話を聞いて真っ青になった隊長に連れられて、医務室へやって来た。
「先生!いるか?この子を診てくれないか。例の奇病かもしれないんだ」
「顔色が悪いね。それに火傷もしている。まずはそちらの手当をしよう。隊長はノア師団長へ伝書を飛ばしてください」
「わかった」
険しい表情をした治癒師の先生が、気が抜けてふらつくエルをベッドに誘導してくれた。
「さあ、横になって。まずは両手と頬の火傷を治そう」
「はい」
先生が治癒しようとした時だった。廊下からバタバタと走る音が近づいてくる。
「ああ、思ったより早かったですね」
「え?」
エルがなんのことか聞き返そうとした瞬間、扉が乱暴に開かれた。
「エル! 大丈夫か!?」
「ノア師団長……!?」
そこには、エルが会いたくて会いたくて仕方なかったノアがいた。呆然とするエルにノアが近づいてくると、眉間に皺を寄せてエルのことを見つめる。
「……こんな火傷までして。今まで体調が悪いのを我慢していたのか?」
「ノア師団長。──っ」
エルは我慢していた。ずっとずっとノアに会いたかったのを。ようやく会えた思いが空色の瞳から頬を伝い溢れてくる。
「泣くな、エル……痩せたな。顔色も悪い。先生、まずは火傷を頼む」
「ええ、そうしましょう。さあ、手を出して」
「はい」
エルはそう言って先生に両手を見せると治癒魔法をかけはじめる。しかしその間も、エルの視線はノアに釘付けだった。
ノア師団長の声。姿。サラリと流れる黒髪。そして心配そうにエルを見つめるアメジストの瞳。どれだけ渇望していたのか、思い知った。火傷なんかより、ずっと痛かったのは心。
エルの涙に、触れようとしたノアが躊躇する。頬の火傷が気になるのだろう。触れて欲しかった。そこで隊長が、エルの最近の様子と、先ほどエルが説明した症状をノアに話していく。険しくなるノアの表情に、迷惑かけてしまったと、またじわりと涙が出そうになる。
「エルさん、次は頬を治しましょう」
「……はい」
いつの間にか、手のジクジクとした痛みがなくなっていた。元通りの状態だ。自分で治すこともできただろうに、と今更ながら思った。だが、エルは本当に今の自分にできるだろうかと不安にもなった。
「エル」
ノアに呼ばれてエルが顔を上げると、心配げに覗き込むノアのアメジストに出会った。エルは思わずへにょりと情けない顔をしてしまう。
「ノア師団長……すみません。僕は、復活の日の大役を務められなくなってしまうかもしれません」
「エル、大丈夫だ。私がエルに会いに行けていれば、もっと早く気付いてやれたかもしれないのに、すまなかったな」
「ノア師団長が謝る必要なんてありません! 僕が、不調を軽視していたから……奇病かもしれないのに無理をしました」
ノアが小さく縮こまっているエルのふわふわなプラチナブロンドの髪を優しく撫でてくれた。そこからふわりと久しぶりにノアの魔力を感じる。頭を撫でられたエルは、さっきまで不安で堪らなかった心がホロリとほぐれたような気がした。
「ノア師団長は何故ここに? お忙しいでしょう?」
「エルの一大事なんだ。何よりも最優先するに決まっているだろう」
「そんな大袈裟な……」
「大袈裟ではない。それより、まずは診てもらおうか」
「はい」
頬の治療も終わり、治癒師の先生がエルの全身に手をかざしてゆっくり診ていく。先生の表情が徐々に険しくなっていくのを見ていて、エルは、やはり奇病なのかと覚悟を決める。ノアも隊長も静かにその様子を見守っていた。
くまなく診終わった先生が、深刻な顔で口を開いた。
「ノア師団長。エルさんは、いくつも呪を受けています。こんなに酷い状態を診るのは初めてです」
「なんだって!?」
慌てたノアを宥めるように、治癒師の先生は続けた。
「しかし、エルさんは聖魔法が使えるおかげで、小さいものは相殺してきたのでしょう。それでも違和感はあったはず。ただ、今回の診た心臓にある呪は大きい。呪をかけた犯人もかなり消耗しているはずです」
「呪をかけた奴の本命は、エルだったのか」
先生とノアの会話についていけず、エルは思わず聞いてみた。
「あの、僕は奇病ではないのですか? 呪とは一体……?」
エルが戸惑った声で質問すると、ノアが険しい表情でエルの頭を撫でる。
「入院棟に入院している団員達に話を聞いて、ある共通していることが浮かびあがった。まだ公にはできないが、奇病の原因は突き止められたんだ」
「ほ、本当ですか?」
エルは、思わずノアの話に大声を出して起き上がろうとしてしまい、ノアと先生に制止された。慌てて口もとに手を当てたエルは、しゅんとする。
「申し訳ございません」
「エル、詳しい事は後で教える。まずは解呪が先だ。先生、よろしく頼む」
「はい、回収はいつも通りの手順でいきます。ノア師団長、お願いしますね」
ノアが頷くと、先生はエルの心臓付近に手をかざした。
「一番大きな呪からいきます。エルさん、かなり苦しいと思いますが耐えてください」
「は、はい」
「では、いきますよ」
「う、うあぁっ! くぅっ!」
「エル!」
心臓にへばりついて離れない異物と、引き離そうとする先生の魔力。魔力が送り込まれると、抵抗する呪がエルに絡みついて苦しめた。エルの目から、ぽろぽろと涙が自然と溢れ出してくる。
激痛に耐えようとして、ベッドのシーツを鷲掴みにするエルの手を、ノアが握ってくれる。そこから、エルを守るように入り込んでくる優しいノアの魔力を感じた。エルはノアの魔力に縋り付くように手を握り返した。
かなりの時間を要して、解呪されていく。エルは全身から汗が吹き出し、ときおり痛みに悲鳴を上げて苦しみながらも耐えている。そんなエルに寄り添い、少しでも痛みが和らぐようにと、ノアは決して手を離さなかった。
根気強く解呪していた先生も、額に汗を滲ませていた。
「かはっ! ぐぅっ!」
「エル……私がついている。手に爪を立ててもいい。負けるな」
優しいノアの声に勇気づけられて、暴れだしたくなる痛みにエルは立ち向かった。
「もう少しです、頑張って。師団長も、準備をよろしくお願いします。」
「エル、あと少しだ。いい子だから、頑張れ」
「うぅ───っ! はい」
先生が、一気に呪を引き離そうと魔力を込める。エルは声にならない声を上げて、ノアの手に救いを求める。痛いくらい握りしめるエルの手に、ノアは祈るように唇を寄せて魔力を流すと同時に呪が全て剥がれた。
「────っ!」
「師団長!」
「エル、よく頑張った!」
すかさず、ノアは片手に収まらない大きさの水晶のような球体を、闇魔法の異空間収納庫から取り出す。その球体の中に、エルから剥がされた呪を取り込んだ。
エルは、涙でぼんやりとした視界のなか、自分から出てきた不気味な黒い紋様のようなものが吸い込まれていくのを見つめる。呼吸の整わないままの状態でノアにたずねた。
「それが……呪、ですか?」
「そうだ。小さな呪は、他の被害者のものだ」
他の団員から取り除いたものより明らかに大きな呪が、小さなものと共に球体の中をゆっくりと回っている。
肩で息をしながら、ようやく苦しみから解放されたエルはその禍々しい光景を目の当たりにしていた。
「それが奇病の原因なのですね……」
「そうだ。東国の古代文字を使った呪だ。この大きなものが今、エルから剥がされたものだよ」
「東国……」
球体を闇魔法で影の異空間にしまい込むと、ノアが涙に濡れたエルの頬を優しく拭ってくれた。
「エル、残りの呪も剥がしてしまおう。大丈夫だよ、最初のものに比べたらピリッとする程度だ」
「そうですね、エルさん。あなたは自分で相殺できているので、残りの呪は簡単に剥せると思いますよ」
エルは頷いて、大人しく解呪してもらうことにした。
「はい。よろしくお願いします……でも、僕はいつの間にそんなに呪をかけられていたのでしょう」
「もしかしたら、自覚症状の出る前からかもしれないな」
「そんな……」
「さすがに時期の特定はできないのです。さあ、ピリッとしますよ」
確かに、残りの呪は最初のものに比べると簡単に解呪出来た。ただ、その数は大きいものも含めて十を越えていた。エルへの凄まじい執着を感じて、震えるエルをノアは肩を抱いて慰める。
ノアは隊長に、この事は他言無用として、みんなには「エルが奇病で入院した」と説明するように指示をした。
先生もエルの解呪にだいぶ魔力を使ったため、この後は休むらしい。
「さあ、エルはこのまま入院だ。侯爵家には連絡しておこう」
「え? でも……」
「これからエルは特別室で休養だ。今あそこは私が使っている。ちゃんと見ていてあげるから、ゆっくりお休み。行くよ」
「ひゃあ」
そう言うと、ノアはエルを横抱きにした。エルが慌ててノアの首につかまると、ふわりと柑橘系の匂いがした。魔力がほんの少し流れてきて、甘えたくなったエルは、そっとノアの首筋に顔を埋めた。自分からも魔力がノアに流れてしまっていることに気付いているが、寂しかったのだ。今だけでも独り占めしたい。
ノアが喉で笑うのを聞いた。
「しっかり掴まっていなさい」
「……はい。ノア師団長」
ノアに連れられて、入院棟の最上階へと運ばれて行った。
178
あなたにおすすめの小説
翼が生えた王子は辺境伯令息に執心される
尾高志咲/しさ
BL
「ふわふわな翼が!背中に?」
慌てる僕の元にやってきたのは無表情な美形婚約者。どどどうする!?
――ファンタン王国の第五王子ミシューの背中に、ある朝目覚めたら真っ白な翼が生えていた。原因がわからずに慌てふためいていると、婚約者の辺境伯令息エドマンドが会いにやってくる。美形でいつも無表情なエドマンドは王都から離れた領地にいるが、二月に一度は必ずミシューに会いにくるのだ。翼が生えたことを知られたくないミシューは、何とかエドマンドを追い返そうとするのだが…。
◇辺境伯令息×王子
◇美形×美形
◆R18回には※マークが副題に入ります。
◆誰にも言えない秘密BLアンソロジー寄稿作品を改題・改稿しました。本編(寄稿分)を加筆し続編と番外編を追加。ほのぼの溺愛ファンタジーです。
【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる
ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。
・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。
・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。
・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。
【完結】あなたのいない、この異世界で。
Mhiro
BL
「……僕、大人になったよ。だから……もう、───いいよね?」
最愛の人に先立たれて3年。今だ悲しみから立ち直れず、耐えられなくなった結(ゆい)はその生涯を終えようとする。しかし、次に目が覚めたのは、生命を見守る大樹がそびえ立つ異世界だった。
そこで亡き恋人の面影を持つ青年・ルークと出会う。
亡き恋人への想いを抱えながらも、優しく寄り添ってくれるルークに少しずつ惹かれていく結。そんなある日、ある出来事をきっかけに、彼から想いを告げられる。
「忘れる必要なんてない。誰かを想うユイを、俺はまるごと受け止めたい」
ルークの告白を受け入れ、幸せな日々を送る結だったが、それは突然終わりを迎える。
彼が成人を迎えたら一緒に村を出ようと約束を交わし、旅立つ準備を進めていた矢先、結は別の女性と口づけを交わすルークの姿を目撃してしまう。
悲しみの中で立ち止まっていた心が、異世界での出会いをきっかけに再び動き出す、救済の物語。
※センシティブな表現のある回は「*」が付いてますので、閲覧にはご注意ください。
ストーリーはゆっくり展開していきます。ご興味のある方は、ぜひご覧ください。
狼領主は俺を抱いて眠りたい
明樹
BL
王都から遠く離れた辺境の地に、狼様と呼ばれる城主がいた。狼のように鋭い目つきの怖い顔で、他人が近寄ろう者なら威嚇する怖い人なのだそうだ。実際、街に買い物に来る城に仕える騎士や使用人達が「とても厳しく怖い方だ」とよく話している。そんな城主といろんな場所で出会い、ついには、なぜか城へ連れていかれる主人公のリオ。リオは一人で旅をしているのだが、それには複雑な理由があるようで…。
素敵な表紙は前作に引き続き、えか様に描いて頂いております。
転生悪役弟、元恋人の冷然騎士に激重執着されています
柚吉猫
BL
生前の記憶は彼にとって悪夢のようだった。
酷い別れ方を引きずったまま転生した先は悪役令嬢がヒロインの乙女ゲームの世界だった。
性悪聖ヒロインの弟に生まれ変わって、過去の呪縛から逃れようと必死に生きてきた。
そんな彼の前に現れた竜王の化身である騎士団長。
離れたいのに、皆に愛されている騎士様は離してくれない。
姿形が違っても、魂でお互いは繋がっている。
冷然竜王騎士団長×過去の呪縛を背負う悪役弟
今度こそ、本当の恋をしよう。
【完結】冷酷騎士団長を助けたら口移しでしか薬を飲まなくなりました
ざっしゅ
BL
異世界に転移してから一年、透(トオル)は、ゲームの知識を活かし、薬師としてのんびり暮らしていた。ある日、突然現れた洞窟を覗いてみると、そこにいたのは冷酷と噂される騎士団長・グレイド。毒に侵された彼を透は助けたが、その毒は、キスをしたり体を重ねないと完全に解毒できないらしい。
タイトルに※印がついている話はR描写が含まれています。
魔力ゼロの無能オメガのはずが嫁ぎ先の氷狼騎士団長に執着溺愛されて逃げられません!
松原硝子
BL
これは魔法とバース性のある異世界でのおはなし――。
15歳の魔力&バース判定で、神官から「魔力のほとんどないオメガ」と言い渡されたエリス・ラムズデール。
その途端、それまで可愛がってくれた両親や兄弟から「無能」「家の恥」と罵られて使用人のように扱われ、虐げられる生活を送ることに。
そんな中、エリスが21歳を迎える年に隣国の軍事大国ベリンガム帝国のヴァンダービルト公爵家の令息とアイルズベリー王国のラムズデール家の婚姻の話が持ち上がる。
だがヴァンダービルト公爵家の令息レヴィはベリンガム帝国の軍事のトップにしてその冷酷さと恐ろしいほどの頭脳から常勝の氷の狼と恐れられる騎士団長。しかもレヴィは戦場や公的な場でも常に顔をマスクで覆っているため、「傷で顔が崩れている」「二目と見ることができないほど醜い」という恐ろしい噂の持ち主だった。
そんな恐ろしい相手に子どもを嫁がせるわけにはいかない。ラムズデール公爵夫妻は無能のオメガであるエリスを差し出すことに決める。
「自分の使い道があるなら嬉しい」と考え、婚姻を大人しく受け入れたエリスだが、ベリンガム帝国へ嫁ぐ1週間前に階段から転げ落ち、前世――23年前に大陸の大戦で命を落とした帝国の第五王子、アラン・ベリンガムとしての記憶――を取り戻す。
前世では戦いに明け暮れ、今世では虐げられて生きてきたエリスは前世の祖国で平和でのんびりした幸せな人生を手に入れることを目標にする。
だが結婚相手のレヴィには驚きの秘密があった――!?
「きみとの結婚は数年で解消する。俺には心に決めた人がいるから」
初めて顔を合わせた日にレヴィにそう言い渡されたエリスは彼の「心に決めた人」を知り、自分の正体を知られてはいけないと誓うのだが……!?
銀髪×碧眼(33歳)の超絶美形の執着騎士団長に気が強いけど鈍感なピンク髪×蜂蜜色の目(20歳)が執着されて溺愛されるお話です。
生贄傷物令息は竜人の寵愛で甘く蕩ける
てんつぶ
BL
「僕を食べてもらっても構わない。だからどうか――」
庶子として育ったカラヒは母の死後、引き取られた伯爵家でメイドにすら嗤われる下働き以下の生活を強いられていた。その上義兄からは火傷を負わされるほどの異常な執着を示される。
そんなある日、義母である伯爵夫人はカラヒを神竜の生贄に捧げると言いだして――?
「カラヒ。おれの番いは嫌か」
助けてくれた神竜・エヴィルはカラヒを愛を囁くものの、カラヒは彼の秘密を知ってしまった。
どうして初対面のカラヒを愛する「フリ」をするのか。
どうして竜が言葉を話せるのか。
所詮偽りの番いだとカラヒは分かってしまった。それでも――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる