【完結】花降る王国の魔法師団長は、新米魔法師の僕を愛でる

金浦桃多

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7.奇病の正体

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 エルは、話を聞いて真っ青になった隊長に連れられて、医務室へやって来た。

「先生!いるか?この子を診てくれないか。例の奇病かもしれないんだ」
「顔色が悪いね。それに火傷もしている。まずはそちらの手当をしよう。隊長はノア師団長へ伝書を飛ばしてください」
「わかった」

 険しい表情をした治癒師の先生が、気が抜けてふらつくエルをベッドに誘導してくれた。

「さあ、横になって。まずは両手と頬の火傷を治そう」
「はい」

 先生が治癒しようとした時だった。廊下からバタバタと走る音が近づいてくる。

「ああ、思ったより早かったですね」
「え?」

 エルがなんのことか聞き返そうとした瞬間、扉が乱暴に開かれた。

「エル! 大丈夫か!?」
「ノア師団長……!?」

 そこには、エルが会いたくて会いたくて仕方なかったノアがいた。呆然とするエルにノアが近づいてくると、眉間に皺を寄せてエルのことを見つめる。

「……こんな火傷までして。今まで体調が悪いのを我慢していたのか?」
「ノア師団長。──っ」

 エルは我慢していた。ずっとずっとノアに会いたかったのを。ようやく会えた思いが空色の瞳から頬を伝い溢れてくる。

「泣くな、エル……痩せたな。顔色も悪い。先生、まずは火傷を頼む」
「ええ、そうしましょう。さあ、手を出して」
「はい」

 エルはそう言って先生に両手を見せると治癒魔法をかけはじめる。しかしその間も、エルの視線はノアに釘付けだった。
 ノア師団長の声。姿。サラリと流れる黒髪。そして心配そうにエルを見つめるアメジストの瞳。どれだけ渇望していたのか、思い知った。火傷なんかより、ずっと痛かったのは心。
 エルの涙に、触れようとしたノアが躊躇する。頬の火傷が気になるのだろう。触れて欲しかった。そこで隊長が、エルの最近の様子と、先ほどエルが説明した症状をノアに話していく。険しくなるノアの表情に、迷惑かけてしまったと、またじわりと涙が出そうになる。

「エルさん、次は頬を治しましょう」
「……はい」

 いつの間にか、手のジクジクとした痛みがなくなっていた。元通りの状態だ。自分で治すこともできただろうに、と今更ながら思った。だが、エルは本当に今の自分にできるだろうかと不安にもなった。

「エル」

 ノアに呼ばれてエルが顔を上げると、心配げに覗き込むノアのアメジストに出会った。エルは思わずへにょりと情けない顔をしてしまう。

「ノア師団長……すみません。僕は、復活の日の大役を務められなくなってしまうかもしれません」
「エル、大丈夫だ。私がエルに会いに行けていれば、もっと早く気付いてやれたかもしれないのに、すまなかったな」
「ノア師団長が謝る必要なんてありません! 僕が、不調を軽視していたから……奇病かもしれないのに無理をしました」

 ノアが小さく縮こまっているエルのふわふわなプラチナブロンドの髪を優しく撫でてくれた。そこからふわりと久しぶりにノアの魔力を感じる。頭を撫でられたエルは、さっきまで不安で堪らなかった心がホロリとほぐれたような気がした。
 
「ノア師団長は何故ここに? お忙しいでしょう?」
「エルの一大事なんだ。何よりも最優先するに決まっているだろう」
「そんな大袈裟な……」
「大袈裟ではない。それより、まずは診てもらおうか」
「はい」

 頬の治療も終わり、治癒師の先生がエルの全身に手をかざしてゆっくり診ていく。先生の表情が徐々に険しくなっていくのを見ていて、エルは、やはり奇病なのかと覚悟を決める。ノアも隊長も静かにその様子を見守っていた。
 くまなく診終わった先生が、深刻な顔で口を開いた。

「ノア師団長。エルさんは、いくつもしゅを受けています。こんなに酷い状態を診るのは初めてです」
「なんだって!?」 

 慌てたノアを宥めるように、治癒師の先生は続けた。

「しかし、エルさんは聖魔法が使えるおかげで、小さいものは相殺してきたのでしょう。それでも違和感はあったはず。ただ、今回の診た心臓にある呪は大きい。呪をかけた犯人もかなり消耗しているはずです」
「呪をかけた奴の本命は、エルだったのか」

 先生とノアの会話についていけず、エルは思わず聞いてみた。
 
「あの、僕は奇病ではないのですか? 呪とは一体……?」

 エルが戸惑った声で質問すると、ノアが険しい表情でエルの頭を撫でる。

「入院棟に入院している団員達に話を聞いて、ある共通していることが浮かびあがった。まだ公にはできないが、奇病の原因は突き止められたんだ」
「ほ、本当ですか?」 

 エルは、思わずノアの話に大声を出して起き上がろうとしてしまい、ノアと先生に制止された。慌てて口もとに手を当てたエルは、しゅんとする。
 
「申し訳ございません」 
「エル、詳しい事は後で教える。まずは解呪が先だ。先生、よろしく頼む」
「はい、回収はいつも通りの手順でいきます。ノア師団長、お願いしますね」

 ノアが頷くと、先生はエルの心臓付近に手をかざした。

「一番大きな呪からいきます。エルさん、かなり苦しいと思いますが耐えてください」
「は、はい」
「では、いきますよ」
「う、うあぁっ! くぅっ!」 
「エル!」
 
 心臓にへばりついて離れない異物と、引き離そうとする先生の魔力。魔力が送り込まれると、抵抗する呪がエルに絡みついて苦しめた。エルの目から、ぽろぽろと涙が自然と溢れ出してくる。
 激痛に耐えようとして、ベッドのシーツを鷲掴みにするエルの手を、ノアが握ってくれる。そこから、エルを守るように入り込んでくる優しいノアの魔力を感じた。エルはノアの魔力に縋り付くように手を握り返した。
 かなりの時間を要して、解呪されていく。エルは全身から汗が吹き出し、ときおり痛みに悲鳴を上げて苦しみながらも耐えている。そんなエルに寄り添い、少しでも痛みが和らぐようにと、ノアは決して手を離さなかった。
 根気強く解呪していた先生も、額に汗を滲ませていた。

「かはっ! ぐぅっ!」 
「エル……私がついている。手に爪を立ててもいい。負けるな」

 優しいノアの声に勇気づけられて、暴れだしたくなる痛みにエルは立ち向かった。

「もう少しです、頑張って。師団長も、準備をよろしくお願いします。」
「エル、あと少しだ。いい子だから、頑張れ」
「うぅ───っ! はい」

 先生が、一気に呪を引き離そうと魔力を込める。エルは声にならない声を上げて、ノアの手に救いを求める。痛いくらい握りしめるエルの手に、ノアは祈るように唇を寄せて魔力を流すと同時に呪が全て剥がれた。

「────っ!」
「師団長!」
「エル、よく頑張った!」
 
 すかさず、ノアは片手に収まらない大きさの水晶のような球体を、闇魔法の異空間収納庫から取り出す。その球体の中に、エルから剥がされた呪を取り込んだ。
 エルは、涙でぼんやりとした視界のなか、自分から出てきた不気味な黒い紋様のようなものが吸い込まれていくのを見つめる。呼吸の整わないままの状態でノアにたずねた。
 
「それが……呪、ですか?」
「そうだ。小さな呪は、他の被害者のものだ」
  
 他の団員から取り除いたものより明らかに大きな呪が、小さなものと共に球体の中をゆっくりと回っている。
 肩で息をしながら、ようやく苦しみから解放されたエルはその禍々しい光景を目の当たりにしていた。

「それが奇病の原因なのですね……」
「そうだ。東国の古代文字を使った呪だ。この大きなものが今、エルから剥がされたものだよ」
「東国……」

 球体を闇魔法で影の異空間にしまい込むと、ノアが涙に濡れたエルの頬を優しく拭ってくれた。

「エル、残りの呪も剥がしてしまおう。大丈夫だよ、最初のものに比べたらピリッとする程度だ」
「そうですね、エルさん。あなたは自分で相殺できているので、残りの呪は簡単に剥せると思いますよ」

 エルは頷いて、大人しく解呪してもらうことにした。
 
「はい。よろしくお願いします……でも、僕はいつの間にそんなに呪をかけられていたのでしょう」
「もしかしたら、自覚症状の出る前からかもしれないな」
「そんな……」
「さすがに時期の特定はできないのです。さあ、ピリッとしますよ」

 確かに、残りの呪は最初のものに比べると簡単に解呪出来た。ただ、その数は大きいものも含めて十を越えていた。エルへの凄まじい執着を感じて、震えるエルをノアは肩を抱いて慰める。
 ノアは隊長に、この事は他言無用として、みんなには「エルが奇病で入院した」と説明するように指示をした。
 先生もエルの解呪にだいぶ魔力を使ったため、この後は休むらしい。

「さあ、エルはこのまま入院だ。侯爵家には連絡しておこう」
「え? でも……」
「これからエルは特別室で休養だ。今あそこは私が使っている。ちゃんと見ていてあげるから、ゆっくりお休み。行くよ」
「ひゃあ」

 そう言うと、ノアはエルを横抱きにした。エルが慌ててノアの首につかまると、ふわりと柑橘系の匂いがした。魔力がほんの少し流れてきて、甘えたくなったエルは、そっとノアの首筋に顔を埋めた。自分からも魔力がノアに流れてしまっていることに気付いているが、寂しかったのだ。今だけでも独り占めしたい。
 ノアが喉で笑うのを聞いた。

「しっかり掴まっていなさい」
「……はい。ノア師団長」

 ノアに連れられて、入院棟の最上階へと運ばれて行った。
 

  

 
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