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3. 手に入れたかったのはただ一つ(2) side.ヘンリック
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「フィリベルトを王太子とする。お前はいずれ王族から除籍し、爵位を与える」
父からそう申し渡された。突然の事に頭が回らない。
弟が王太子で俺が王族から除籍?どうしてそうなる?
「は?次期国王は姉上でしょう?」
「エルフリーデはダルロザの第三王子との婚約が内定しておる」
「なっ……」
グラドネリアからの縁談は回避したはずなのに。ダルロザからも縁談が来ていたなんて話は聞いてない。
しかも内定だと!?俺に知らせもせず、何を勝手なことを……!
「父上、正気ですか!?フィリベルトなんかに王が務まるわけがない。王太子に相応しい人間は、姉上だけです」
「フィリベルトは帰国してのち様々な献策を行い、国政に貢献している。今や貴族の半数以上がフィリベルトを推しているのだ」
「し、しかし。姉上や俺をさしおいて弟が王になると言うのは、筋が通らないのでは」
「お前は国王になりたくないとさんざん言ってきたではないか。それに臣籍降下すれば、あの子爵令嬢との結婚を認めてやる。ファインベルグ公爵家を敵に回してまで、あの娘と添い遂げたかったのだろう?」
色々と言い訳をしたが、父上は「もう決めたことだ」と取り合ってくれなかった。
クソっ。エルヴィラは子爵令嬢だ。俺の妃に出来るような女じゃない。姉上の縁談を回避するための大義名分が、まさか足を引っ張ることになろうとは……。
「立太子を辞退しろ。お前なんぞに国王が務まるわけないだろう、身の程知らずめ」
「私利私欲で跡継ぎ選びを混乱させている兄上にだけは、言われたくありませんね」
俺は弟をこっそりと呼び出して脅したが、奴は全く動じない上に口答えまでしてきた。いつも怯えて俺に従っていたくせに。
「王に相応しいのは姉上だ。お前じゃない」
「姉上はユストゥス殿下へ嫁ぐことを望まれているんですよ。弟なら、姉の幸せを喜ぶべきでは?」
「政略結婚の駒にされて、幸せなわけがあるか!姉上はこの国で、清らかなまま女王として君臨するんだ。それこそが彼女に相応しい、輝かしい未来だ!」
フィリベルトが冷ややかな視線を向けてくる。可哀想なものを見るような、見下した目で。
「今や貴族の半数近くが俺を支持しています。姉上の嫁ぎ先が他国に決まったこと、そしてローゼマリーとの婚約でファインベルグ公爵が俺に付いたと知れば。ほとんどの貴族が俺に付くでしょうね」
「は?ローゼマリーがお前と婚約?あいつがお前を選ぶわけない」
「彼女との婚約を解消したのは下策でしたね。大人しくしていれば、侯爵位くらいは与えられるよう手配してあげますよ、兄上」
「この……出来損ないのくせに!」
目の前が怒りで赤くなる。
俺はフィリベルトの襟をつかみ、殴り掛かった。留学先で持ち上げられて、いい気になったんだろう。俺には敵わないのだと思い知らせてやらねば――。
しかし次の瞬間、俺は地面に転がっていた。
「え……?」
頭がふらふらする。弟に投げ飛ばされたのだと理解するまで、しばらく時間を要した。
「やれやれ、この程度ですか。ずいぶんと鍛錬を怠っていたようですね、兄上」
「貴様……兄に向かってこんなことをして、良いと思っているのかっ」
「先に手をあげたのはそちらですよ。話がこれだけなら失礼します。この後、来賓との会食があるので」
「ま、待てっ」
俺の制止に耳を貸すことなく奴は去っていった。その背中を呆然と眺める。
こんなのはおかしい。
弟は出来損ないのはずだ。俺の下にいるべき人間だ。こんなこと、あっていいはずがない!
何より、このままでは姉上がダルロザへ嫁いでしまう。
どうすれば。どうすればこの状況を覆せる?
「俺が間違っていた。ローゼマリー、やはり俺には君が必要だと気付いたんだ。俺ともう一度婚約してくれ」
思いついた起死回生の策が、ローゼマリーとの再婚約だった。
ローゼマリーは俺を慕っていた。俺が愛を囁けば、喜んでフィリベルトとの婚約を解消するに違いない。
愛娘が強く願えば、ファインベルグ公爵も俺の派閥へ戻ってくるだろう。そうすれば、フィリベルトの立太子を阻止できる。
「婚約を解消なさったのはヘンリック殿下ではありませんか。エルヴィラ様はどうなさるのです?」
「俺が愛しているのはローゼマリーだ。エルヴィラは王族の妃として何もかも足りない。あの女へ入れ込んだのはひと時の過ちだ。寛大な君なら、許してくれるだろう?」
優しくローゼマリーの手を握り、唇に押し当てる。しかし彼女は表情を変えることなくその手を振り払った。
「私はもう、フィリベルト様との婚約が決まっておりますわ」
「公表はされていないだろう。今なら間に合う。君だって不本意だろ?フィリベルトなんかと婚約させられて」
「いいえ。フィリベルト殿下は夫として、敬愛に足る人だと思っております」
「意地を張らなくていい。ローゼマリー、君だって俺を愛していた筈だ」
あんな男より俺の方がいいに決まってるだろう。
さあ、早く「はい」と言え。あの生意気な弟に、思い知らせてやるために。
「貴方を慕っていたこともありましたわね。ですがそれは過去の事。私はフィリベルト様と結婚致します。私自身がそう決めたのです。ヘンリック様も、エルヴィラ様とお幸せに」
父からそう申し渡された。突然の事に頭が回らない。
弟が王太子で俺が王族から除籍?どうしてそうなる?
「は?次期国王は姉上でしょう?」
「エルフリーデはダルロザの第三王子との婚約が内定しておる」
「なっ……」
グラドネリアからの縁談は回避したはずなのに。ダルロザからも縁談が来ていたなんて話は聞いてない。
しかも内定だと!?俺に知らせもせず、何を勝手なことを……!
「父上、正気ですか!?フィリベルトなんかに王が務まるわけがない。王太子に相応しい人間は、姉上だけです」
「フィリベルトは帰国してのち様々な献策を行い、国政に貢献している。今や貴族の半数以上がフィリベルトを推しているのだ」
「し、しかし。姉上や俺をさしおいて弟が王になると言うのは、筋が通らないのでは」
「お前は国王になりたくないとさんざん言ってきたではないか。それに臣籍降下すれば、あの子爵令嬢との結婚を認めてやる。ファインベルグ公爵家を敵に回してまで、あの娘と添い遂げたかったのだろう?」
色々と言い訳をしたが、父上は「もう決めたことだ」と取り合ってくれなかった。
クソっ。エルヴィラは子爵令嬢だ。俺の妃に出来るような女じゃない。姉上の縁談を回避するための大義名分が、まさか足を引っ張ることになろうとは……。
「立太子を辞退しろ。お前なんぞに国王が務まるわけないだろう、身の程知らずめ」
「私利私欲で跡継ぎ選びを混乱させている兄上にだけは、言われたくありませんね」
俺は弟をこっそりと呼び出して脅したが、奴は全く動じない上に口答えまでしてきた。いつも怯えて俺に従っていたくせに。
「王に相応しいのは姉上だ。お前じゃない」
「姉上はユストゥス殿下へ嫁ぐことを望まれているんですよ。弟なら、姉の幸せを喜ぶべきでは?」
「政略結婚の駒にされて、幸せなわけがあるか!姉上はこの国で、清らかなまま女王として君臨するんだ。それこそが彼女に相応しい、輝かしい未来だ!」
フィリベルトが冷ややかな視線を向けてくる。可哀想なものを見るような、見下した目で。
「今や貴族の半数近くが俺を支持しています。姉上の嫁ぎ先が他国に決まったこと、そしてローゼマリーとの婚約でファインベルグ公爵が俺に付いたと知れば。ほとんどの貴族が俺に付くでしょうね」
「は?ローゼマリーがお前と婚約?あいつがお前を選ぶわけない」
「彼女との婚約を解消したのは下策でしたね。大人しくしていれば、侯爵位くらいは与えられるよう手配してあげますよ、兄上」
「この……出来損ないのくせに!」
目の前が怒りで赤くなる。
俺はフィリベルトの襟をつかみ、殴り掛かった。留学先で持ち上げられて、いい気になったんだろう。俺には敵わないのだと思い知らせてやらねば――。
しかし次の瞬間、俺は地面に転がっていた。
「え……?」
頭がふらふらする。弟に投げ飛ばされたのだと理解するまで、しばらく時間を要した。
「やれやれ、この程度ですか。ずいぶんと鍛錬を怠っていたようですね、兄上」
「貴様……兄に向かってこんなことをして、良いと思っているのかっ」
「先に手をあげたのはそちらですよ。話がこれだけなら失礼します。この後、来賓との会食があるので」
「ま、待てっ」
俺の制止に耳を貸すことなく奴は去っていった。その背中を呆然と眺める。
こんなのはおかしい。
弟は出来損ないのはずだ。俺の下にいるべき人間だ。こんなこと、あっていいはずがない!
何より、このままでは姉上がダルロザへ嫁いでしまう。
どうすれば。どうすればこの状況を覆せる?
「俺が間違っていた。ローゼマリー、やはり俺には君が必要だと気付いたんだ。俺ともう一度婚約してくれ」
思いついた起死回生の策が、ローゼマリーとの再婚約だった。
ローゼマリーは俺を慕っていた。俺が愛を囁けば、喜んでフィリベルトとの婚約を解消するに違いない。
愛娘が強く願えば、ファインベルグ公爵も俺の派閥へ戻ってくるだろう。そうすれば、フィリベルトの立太子を阻止できる。
「婚約を解消なさったのはヘンリック殿下ではありませんか。エルヴィラ様はどうなさるのです?」
「俺が愛しているのはローゼマリーだ。エルヴィラは王族の妃として何もかも足りない。あの女へ入れ込んだのはひと時の過ちだ。寛大な君なら、許してくれるだろう?」
優しくローゼマリーの手を握り、唇に押し当てる。しかし彼女は表情を変えることなくその手を振り払った。
「私はもう、フィリベルト様との婚約が決まっておりますわ」
「公表はされていないだろう。今なら間に合う。君だって不本意だろ?フィリベルトなんかと婚約させられて」
「いいえ。フィリベルト殿下は夫として、敬愛に足る人だと思っております」
「意地を張らなくていい。ローゼマリー、君だって俺を愛していた筈だ」
あんな男より俺の方がいいに決まってるだろう。
さあ、早く「はい」と言え。あの生意気な弟に、思い知らせてやるために。
「貴方を慕っていたこともありましたわね。ですがそれは過去の事。私はフィリベルト様と結婚致します。私自身がそう決めたのです。ヘンリック様も、エルヴィラ様とお幸せに」
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