忘れられない思い

yoyo

文字の大きさ
9 / 95

悶々⑷

しおりを挟む
   午後からは、全く仕事に身が入らなくて、定時で上がることにした。帰り際、都築さんから「頑張れよ」と謎のエールを送られるが、聞こえなかったフリをして早々と会社を出る。
   地下鉄に揺られながら、帰って料理でもしようかと考える。ボクはけっこう料理を作ることが好きで、煮詰まった時にリフレッシュするのに料理をすることが多い。改札を出て、何を作ろうか考えていると「真野」と肩をたたかれた。


「うわっ……奥田先生……」

   ドキンっ!!心臓が跳ね上がる。

「うわって……酷くないか」
 
   すぐ後ろに、奥田先生が立っている。


「あ……すいません。考えごとしてたから……ビックリして……」
 
   ドキドキドキドキ……
   夢の先生を思い出して、まともに顔が見れない。


「仕事帰りバッタリ会うのは初めてだな。良かったら今から、飯どうだ?」

「えっと……」

「何か予定があるなら、いいんだが……」


 少し残念そうな先生の顔。先生からの誘いを断る事なんて出来る訳ないじゃなか……。

「いえ、ないです。大丈夫」





   まんぷく屋はちょうど晩飯どきで、ほぼ満席状態だった。

「あ、春人くん。いらっしゃい。真野くんも一緒だったんだね」

   笑顔の夕花里さんが出迎えてくれる。

「今、カウンター席しか空いてないんだけど、いい?」

「あぁ。繁盛していて何よりだ」


   何度か来ているが、カウンター席は初めてだ。カウンターからは、厨房の様子がよく見え、泰輔さんがボクたちに気づいて近づいてくる。

「真野くん、いらっしゃい。今日のオススメは、日替わりのコロッケ定食だよ」

「真野。泰輔の料理は全部美味いけど、コロッケは絶品なんだよ。ポテトとクリームの2種類食べられるのも、たまんないんだよ」

「こいつは、日替わりでコロッケ出す日は、毎回連絡しろって、うるせーの。ただただ、コロッケが大好物ってだけなんだわ」

「うるさいな。いいだろ。褒めてやってんだから」

「ボクもコロッケ大好きです」

「それは良かった。じゃあ、日替わり2つでいいかな」

   そう言うと、また厨房に戻って行く。


   ………あれ?なんかこの会話……デジャヴ……。





   カウンター席って、こんなに隣と近かったっけ……先生が少し動くたび、右半分がソワソワ落ち着かなくなって、絶品のコロッケの味もほとんどわからなかった。もう何回も、一緒にご飯を食べているのに、こんなに緊張したのは初めてだ。


「真野、もしかして調子悪い?無理やり連れてきちゃかな」

   気づくと先生の手がボクの額の上にある。

「熱は……ない……」

「うわー!!」

   とっさに立って、ガタンと椅子を倒してしまう。店内は、もうほとんど人はいなくなっていたけど、ボクの声と椅子の倒れた音は響き渡り、注目を集めてしまう。


「あ……すいません!すいません!」

   誰に謝っているのかわからないくらい、色んな所に頭を下げる。

「ま……真野……?」

「あ、先生、ごめんなさい。今日やらなきゃいけない仕事、持って帰って来てるんでした。今日はこれで帰ります。あ、お金ここに置いておきます。すいません。失礼します」


   一気にまくし立てる様に、早口で喋り、慌てて店を出た。いつもの歩き慣れた道を早歩きで、ほとんど前も見ずに、家へと急ぐ。もう、頭は真っ白で何も考えられない。だけど、お店から離れていっても、額に残った先生の手のぬくもりと、苦しいくらいの心臓の鼓動が、いつまでもいつまでも消えてくれなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

BL短編まとめ(現) ①

よしゆき
BL
BL短編まとめ。 冒頭にあらすじがあります。

溺愛前提のちょっといじわるなタイプの短編集

あかさたな!
BL
全話独立したお話です。 溺愛前提のラブラブ感と ちょっぴりいじわるをしちゃうスパイスを加えた短編集になっております。 いきなりオトナな内容に入るので、ご注意を! 【片思いしていた相手の数年越しに知った裏の顔】【モテ男に徐々に心を開いていく恋愛初心者】【久しぶりの夜は燃える】【伝説の狼男と恋に落ちる】【ヤンキーを喰う生徒会長】【犬の躾に抜かりがないご主人様】【取引先の年下に屈服するリーマン】【優秀な弟子に可愛がられる師匠】【ケンカの後の夜は甘い】【好きな子を守りたい故に】【マンネリを打ち明けると進み出す】【キスだけじゃあ我慢できない】【マッサージという名目だけど】【尿道攻めというやつ】【ミニスカといえば】【ステージで新人に喰われる】 ------------------ 【2021/10/29を持って、こちらの短編集を完結致します。 同シリーズの[完結済み・年上が溺愛される短編集] 等もあるので、詳しくはプロフィールをご覧いただけると幸いです。 ありがとうございました。 引き続き応援いただけると幸いです。】

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

宵にまぎれて兎は回る

宇土為名
BL
高校3年の春、同級生の名取に告白した冬だったが名取にはあっさりと冗談だったことにされてしまう。それを否定することもなく卒業し手以来、冬は親友だった名取とは距離を置こうと一度も連絡を取らなかった。そして8年後、勤めている会社の取引先で転勤してきた名取と8年ぶりに再会を果たす。再会してすぐ名取は自身の結婚式に出席してくれと冬に頼んできた。はじめは断るつもりだった冬だが、名取の願いには弱く結局引き受けてしまう。そして式当日、幸せに溢れた雰囲気に疲れてしまった冬は式場の中庭で避難するように休憩した。いまだに思いを断ち切れていない自分の情けなさを反省していると、そこで別の式に出席している男と出会い…

サラリーマン二人、酔いどれ同伴

BL
久しぶりの飲み会! 楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。 「……え、やった?」 「やりましたね」 「あれ、俺は受け?攻め?」 「受けでしたね」 絶望する佐万里! しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ! こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

処理中です...