神子ですか? いいえ、GMです。でも聖王に溺愛されるのは想定外です!

楢山幕府

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本編

オラトリオという国

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「とりあえず下りましょうか。どこか人気のない場所を知っていますか?」
「あちらに見える元老院議事堂の傍はどうですか。今日はお休みなので、人気はないはずです」

 ファビオが指差す先には、箱形の建物があった。
 窓しか装飾のない造りは豆腐のようなのに、緩やかな傾斜のある屋根が一面金色で眩しい。
 豆腐建築のクセに。
 壁に飾りっ気がない分、屋根で権威を表しているんだろうか。
 空を飛び、議事堂の影になっている壁側から地上へ降りる。
 ファビオの助言通り、周囲は閑散としていた。

「よくお休みだと知っていましたね」
「むしろ開いているほうが少なくて。元老院の方々は、議会開催を告示しないと集まりませんから」
「そういえば、元老院は兼任なんですっけ」

 枢機卿が国民によって構成されるなら、元老院は他国民によって構成される。
 どちらも王の助言機関ではあるが、内と外で役割が分けられていた。
 元老院の主な構成員は、他国から派遣された外交官と、オラトリオに在籍する各ギルト長だ。国境を越えて活動するギルドには、冒険者ギルドと商業ギルドがあり、その活動は国営にも影響する。
 言わずもがな、各ギルド長は本来の仕事で忙しい。
 特にオラトリオでは軍を持たない――治安を守る警吏はこれに含まれない――ので、魔物の討伐は冒険者ギルドに一任していた。

「大神殿周辺には行政施設しかありません。ですが展望台のある公共広場から街が一望できます」

 案内されるまま、ファビオについていく。
 ホワイティは興味深げに首を伸ばして周囲を見ていた。けれどはじめて訪れる場所に不安があるのか、肩から動こうとはしない。
 公共広場へ向かうため、列柱回廊を通る。
 建物のない場所でも回廊は設けられており、中は影になって涼しかった。

「列柱回廊には屋根があるので、休憩所も兼ねています。街では、日中に路上学校として使われていたりもします」
「学校としてですか?」
「神殿の教育施設もありますが、定員が決まっているため全員は通えません。そこに入れなかった子や、あとは子どもの頃に教育を受けられなかった方も、路上学校に通われます」

 そこではケガや老いで日常業務をおこなえない神官が、教鞭を取るという。
 路上学校では、オラトリオの教義と読み書き、そして簡単な計算方法を教えてもらえるそうだ。

「オラトリオの識字率は高そうですね」
「他国よりは高いはずです。文字さえ書ければ写本の仕事に就けますから。路上学校では、全てを履修する子が少ないのが目下の課題です」

 必要最低限の知識だけ習得すれば、通学をやめる子がほとんどらしい。
 その背景には、路上学校に通う子の家庭事情がありそうだった。教育施設に入れなかった時点で察せられる。
 きっと勉強に十分な時間が取れなかったり、金銭的な問題があるのだろう。

 ふと、何気なく顔を大神殿へ向けたときだった。
 視界の端に、見覚えのある人影を見つける。
 斜め向かいにある列柱回廊の柱近くに、二人の人物が立っていた。

「あ、王兄様と……一緒にいるのは、ゴード枢機卿です」

 イリアの視線に気づいたファビオが説明してくれる。
 中庭で会ったときとは違い、表情を消しているヴィルフレードの姿が気になった。
 穏やかさがなくなった冷たい印象は、エヴァルドを彷彿とさせる。

(そういえば、まだ内緒にしたままでしたね……)

 結局ヴィルフレードと会ったことは報告していない。
 けれど確執があり、政治的にも対立しているなら、話したほうがいいだろう。
 夜にでも時間を作ってもらうか思案しつつ、ファビオの声を聞く。

「ゴード枢機卿は、枢機卿の中でも一番の高齢で、王兄派の代表格ともいえる方です。大神殿で唯一、聖王様や王兄様よりレベルが高く【鑑定】スキルをお持ちです」

 【鑑定】スキルは基本的に、自分よりレベルの低い対象にしか効果を発揮しない。
 レベルの高い相手にも使えるが、鑑定できるのは一部分だけで、レベル差が大きいほど何もわからなくなる。
 影に立つ二人は揃って神妙な顔付きだ。

「真剣な話をしているようで……っ」

 一瞬、ヴィルフレードと目が合った気がした。
 【探知無効】を使っているので、気のせいだろうけれど……。
 見てはいけないものを見てしまったような緊張が走る。

「神子様?」
「何でもありません。さぁ、先へ行きましょうか」

 軽く頭を振り、ヴィルフレードの視線を忘れる。
 粟立った肌はさすることでしずめた。

 列柱回廊の先。
 展望台のある公共広場は、全体に玄武岩の石畳が敷かれ、黒い色味が勝つ。
 整備が行き届いている広場には、ゴミどころか木の葉さえ落ちていない。

「他の公共広場には庭園が造られていますが、ここだけは別です」

 緑がなく、人工的な印象が強い広場を見て頷く。
 切りだった崖の上にあるという展望台には、東屋が設けられていて見晴らしが良かった。
 既に視界の上半分が青空に占められている。
 期待に胸が高鳴るのを止められないまま、展望台から眼下に広がる街を眺めた。
 そこから見えたのは。

 街、というより、国だった。

 実際、見えるのは王都の風景でしかない。
 ないのだが。
 壮大な景色に、息を飲む。
 まるで風がその雄大さを誇るかのように、頬を撫でていった。

「海まで見えるんですね……」

 空の青とは違う、海の濃い青が視界に映る。
 オラトリオの王都は、海に面していた。
 海上には船が浮かび、交易が盛んなことが窺える。食材や調味料が豊富な理由に合点がいった。
 設けられた防御壁が港を囲っている。
 白い建物に赤褐色の屋根が並ぶ光景は、地中海の街並みを連想させた。
 テラコッタ製の瓦は、光の加減によって鮮やかなオレンジ色にも見える。
 大神殿がある山頂からは、大きなヘビがうねるように、広い道が港まで続いていた。
 開拓時に周辺の木は切られたのか、視界を遮るものはほとんどない。
 そんな中、山の中腹辺りで一際高い、柱のようなものを見つける。

「あれは、柱ではありませんよね?」
「隣の帝国から献上されたオベリスクです。オベリスクを中心に、円形に広場が造られていて、日時計の針にもなっています」

 オラトリオの一般的な建造物は、煙突を除き、三階建てまでとされている。
 ただ献上品であるオベリスクは例外で、八階建てほどの高さがあるという。目立つわけだ。

「街は、大通り沿いに山を開き、四つの階層に分けられています」

 蛇行する大通りに挟まれる形で、街が形成されているのが、展望台からだとよくわかる。
 自然と上の階層ほど、敷地面積が限られていた。

「一番上から、ぼくたちのいる階層が『行政区』。行政区で働く人たちが住まう『一番街』、一般の人たちが多く住む『二番街』、そして海から近く、職人と倉庫の街『商業区』の四つです」

 住居が主である一番街と二番街の造りは似通っていた。
 白い建物に、赤褐色の屋根。ところどころに給水場を兼ねた噴水。
 ただ一番街に比べて、二番街のほうが建物の密度が高い。

「二番街と商業区は人口が多いので、集合住宅であるインスラもたくさん建てられています。密集して見えるのは、きっとそのためだと思います」

 オラトリオの歳入は、教義を広めるための本の出版――写本――と、観光業、そして信者からの献金で成り立っている。
 その割には、煙突から上がる煙が多い。
 においがここまで届くことはないが、もくもくと上がる煙は、大量の木材が消費されているのを物語っていた。

「あれは何の煙ですか?」
「あぁ、あれは公共浴場のものですね。神子様の居住区のように、浴室を持つ家庭はごくわずかなので」

 水資源が豊かなオラトリオであっても、個人で浴室を持つのは難しいらしい。
 魔法がある世界でも、水は生成できない。
 魔法で生み出された水は、スキルの発動をやめると消えてしまう。
 そしてスキルの発動には魔力を消費するため、手足を洗うにしても労力に見合わないのだ。
 あとはインフラ整備が大変だからだろう。
 魔法はあっても、工事の基本は人力。水道を一つ通すのも、たくさんの人手を要する。
 個人宅より、公共事業が優先されて道理だった。
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