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罵りの再会
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軽食で人心地ついた分かり易い若い身体に苦笑して、僕は肌触りの良いガウンのまま開け放たれたテラスに出た。流石にこのままウロウロする気は無かったけれど、静まり返ったこの広い屋敷に人の気配は殆ど感じられなかった。
それが思わず僕の足を踏み出させた。素足のまま手入れの行き届いた芝の上を歩き出してしまえば、もう部屋に戻る気にはなれない。
こんな風に自由に振る舞うと、生きていくために手放してしまったあの屋敷を思い起こさせる。懐かしさと失ってしまった哀しみを感じて、僕は枝を広げた涼しげなシンボルツリーの下から上を見上げた。
風に瑞々しい葉っぱが揺れて、名残惜しげに地上に沈んで行く太陽の光をちらつかせる。その美しい光景を瞼に焼き付けようと僕は目を閉じた。
「…何か不都合がありましたか?」
不意に少し離れた後ろの方から声を掛けられて、僕はハッとして目を開けた。従者が自分を気遣って声を掛けてくれたみたいだ。
「いえ、気持ちが良くて無作法にもここまで出てしまいました。直ぐに戻りま…。」
そう言い訳しながら笑顔で振り向くと、さっき軽食を運んでくれた従者の姿は無かった。そこにはなぜか僕の太客だったケレイブ様が突っ立っていた。
驚いて目を見開く僕と同様に、ケレイブ様も目を見張って僕をまるで亡霊でも見たかの様にまじまじと見つめている。
「…幻覚まで見るなんて、重症だ。」
片手で顔を覆って吐き捨てる様に呟くケレイブ様の様子に、僕は顔を強張らせて目まぐるしく頭を回転させた。ここにケレイブ様がいらっしゃるという事は、ケレイブ様が今夜初めて顔を合わせるハデット卿の二番目のご子息なのか?
「…ケレイブ様って、ケレイブ ハデット?…何て偶然でしょうか。貴方とは三年も逢瀬を重ねたと言うのに、お互いに本名も知らないのですね。
初めまして、ケレイブ様。僕はノアゼット マクラインです。形ばかりですが義兄弟になったみたいですね。」
僕がそう言って緊張を見せない様に微笑んで手を差し出すと、ゆっくり顔を上げたケレイブ様は、まるで僕の手に蛇が絡み付いているかの様な恐ろし気な表情を浮かべて一歩下がった。
…そう、協調する気はないのか。僕はさっさと手を引っ込めると、以前より陰を感じるケレイブ様に言った。
「母は、…僕が男娼をしていた事など知りません。だから、貴方も知らぬふりをして下さい。お互いに両親の幸せを壊したいわけじゃないでしょう?
それに僕はとっくに独立してますし、もしケレイブ様が醜聞を気にするのなら僕が家族と縁を切っても良い。それ位の覚悟が無くてあんな仕事はできませんからね。僕は父を亡くして苦労した母をこれ以上悲しませたくはないだけです。」
一方的な僕の言葉をケレイブ様は黙って聞いていた。ショックを受けているのは確かだろう。それは僕も同じだけれど、ケレイブ様の方が遥かに動揺して見える。
するとケレイブ様はフラフラと地面を歩き回りながら髪を掻きむしって呻いた。
「なんて事だ…!ノアが私の義兄弟だと?あんなに探したのにこんな場所で出会すなんて、それこそ安っぽい喜劇じゃないか…!」
それからピタリと足を止めると、ケレイブ様は僕を暗い眼差しで見つめて呟いた。
「…なぜ別れのひと言も無かった?煙の様に消え失せたノアが私に与えたのは一枚のカードだけだ。所詮ノアにとって私など娼家の客の一人に過ぎなかったんだな。
だが、だとしても顔を合わせてさよならくらいは言ってくれても良かったんだ。そうだろう?引退祝いをたっぷりあげられたし、別れの逢瀬だって出来たはずだ。
私はノアに文字通り捨てられた。一枚の紙切れの様に残酷に。」
僕を見つめるケレイブ様の眼差しはどこか虚で怖いくらいだった。どこかで僕はケレイブ様が自分に熱い想いを寄せているのに気づいていた。だけどだからどうしろと言うのか。
僕とケレイブ様は結ばれる事など許されない間柄だ。騎士と男娼。二人は娼家の中でしか手を取り合う事を許されない。僕はケレイブ様と目を合わせて微笑んだ。
「…あれは現実でない場所での出来事でしょう?僕とケレイブ様には未来など無かった。きっと今もそうでしょうね。貴方は大地主の自慢のご子息で、名誉ある騎士だ。一方の僕は後ろ盾のないしがない一庶民です。
今は更に僕とケレイブ様は交わる事など許されない。今度は僕も夢の中から現実に飛び出してしまったのですから。」
ケレイブ様が歯を食いしばる音が聞こえてくる様だった。僕は自分の言葉を聞きながら、全てその通りだと再確認していた。しかし今は母と双子の生活を保障させる方が大事だ。晩餐時にケレイブ様に余計な事を言わせない様にしなくては。
僕はそっぽを向いて呟いた。
「…何か望みがありますか?貴方が余計な事を言って母と双子の幸せを奪わないように約束してくれるなら、僕に出来ることは何でも提供します。」
一瞬殴られるかと思う様な殺気がケレイブ様から飛んできた。僕がハッとしてケレイブ様と目を合わせると、案の定目を吊り上げて怒りに震えている。
「…良くもそんな…!」
なぜそこまで怒りを感じているのか、その時の僕には良く分からなかった。けれど、僕は真正面に見つめ合いながら懐かしささえ感じるその逞しい身体を眺めた。
「…僕を最後に抱きたかったのでは?良いですよ、そんな事ぐらい。その代わり僕の秘密は守って下さいね。」
僕の言葉に一瞬でケレイブ様が揺らいだのが分かった。僕を探していたと言っていたのは、つまりはそう言う事なんだろう。ケレイブ様が何も言わないのがその証拠な気がして、僕は黙って部屋に戻り出した。まだ時間はある。身体で口止め出来るなら安いものだ。
距離を置いて、でも僕についてくるケレイブ様を感じながら、僕は今更ながらに緊張を自覚して胸がドキドキしていた。あの様子ではどんな目に遭わされてもしょうがない。
でも僕には抵抗する気も無かったし、それにこれは言わば密約の様なものだ。
テラスから入って直ぐの椅子の背もたれに掛けておいた、髪を拭いた布で足の裏を綺麗に拭いてから、僕はベッドの側に立った。そして僕を凝視するケレイブ様の前でスルリとガウンを床に落とした。
皮肉にも目の前の男で自慰をした名残で、後ろが少し解れているのは幸いだった。焼き切る様な眼差しと葛藤する様な呻き声がケレイブ様から発せられた次の瞬間、僕はベッドに押し倒されていた。
「ノアは私を底なしに酷い男にする。だが私もそうなるしか…。」
もうケレイブ様の苦しげな顔は見えなくなった。感じるのは荒々しい口づけと、身体を這い回る懐かしい大きな手だけだった。
それが思わず僕の足を踏み出させた。素足のまま手入れの行き届いた芝の上を歩き出してしまえば、もう部屋に戻る気にはなれない。
こんな風に自由に振る舞うと、生きていくために手放してしまったあの屋敷を思い起こさせる。懐かしさと失ってしまった哀しみを感じて、僕は枝を広げた涼しげなシンボルツリーの下から上を見上げた。
風に瑞々しい葉っぱが揺れて、名残惜しげに地上に沈んで行く太陽の光をちらつかせる。その美しい光景を瞼に焼き付けようと僕は目を閉じた。
「…何か不都合がありましたか?」
不意に少し離れた後ろの方から声を掛けられて、僕はハッとして目を開けた。従者が自分を気遣って声を掛けてくれたみたいだ。
「いえ、気持ちが良くて無作法にもここまで出てしまいました。直ぐに戻りま…。」
そう言い訳しながら笑顔で振り向くと、さっき軽食を運んでくれた従者の姿は無かった。そこにはなぜか僕の太客だったケレイブ様が突っ立っていた。
驚いて目を見開く僕と同様に、ケレイブ様も目を見張って僕をまるで亡霊でも見たかの様にまじまじと見つめている。
「…幻覚まで見るなんて、重症だ。」
片手で顔を覆って吐き捨てる様に呟くケレイブ様の様子に、僕は顔を強張らせて目まぐるしく頭を回転させた。ここにケレイブ様がいらっしゃるという事は、ケレイブ様が今夜初めて顔を合わせるハデット卿の二番目のご子息なのか?
「…ケレイブ様って、ケレイブ ハデット?…何て偶然でしょうか。貴方とは三年も逢瀬を重ねたと言うのに、お互いに本名も知らないのですね。
初めまして、ケレイブ様。僕はノアゼット マクラインです。形ばかりですが義兄弟になったみたいですね。」
僕がそう言って緊張を見せない様に微笑んで手を差し出すと、ゆっくり顔を上げたケレイブ様は、まるで僕の手に蛇が絡み付いているかの様な恐ろし気な表情を浮かべて一歩下がった。
…そう、協調する気はないのか。僕はさっさと手を引っ込めると、以前より陰を感じるケレイブ様に言った。
「母は、…僕が男娼をしていた事など知りません。だから、貴方も知らぬふりをして下さい。お互いに両親の幸せを壊したいわけじゃないでしょう?
それに僕はとっくに独立してますし、もしケレイブ様が醜聞を気にするのなら僕が家族と縁を切っても良い。それ位の覚悟が無くてあんな仕事はできませんからね。僕は父を亡くして苦労した母をこれ以上悲しませたくはないだけです。」
一方的な僕の言葉をケレイブ様は黙って聞いていた。ショックを受けているのは確かだろう。それは僕も同じだけれど、ケレイブ様の方が遥かに動揺して見える。
するとケレイブ様はフラフラと地面を歩き回りながら髪を掻きむしって呻いた。
「なんて事だ…!ノアが私の義兄弟だと?あんなに探したのにこんな場所で出会すなんて、それこそ安っぽい喜劇じゃないか…!」
それからピタリと足を止めると、ケレイブ様は僕を暗い眼差しで見つめて呟いた。
「…なぜ別れのひと言も無かった?煙の様に消え失せたノアが私に与えたのは一枚のカードだけだ。所詮ノアにとって私など娼家の客の一人に過ぎなかったんだな。
だが、だとしても顔を合わせてさよならくらいは言ってくれても良かったんだ。そうだろう?引退祝いをたっぷりあげられたし、別れの逢瀬だって出来たはずだ。
私はノアに文字通り捨てられた。一枚の紙切れの様に残酷に。」
僕を見つめるケレイブ様の眼差しはどこか虚で怖いくらいだった。どこかで僕はケレイブ様が自分に熱い想いを寄せているのに気づいていた。だけどだからどうしろと言うのか。
僕とケレイブ様は結ばれる事など許されない間柄だ。騎士と男娼。二人は娼家の中でしか手を取り合う事を許されない。僕はケレイブ様と目を合わせて微笑んだ。
「…あれは現実でない場所での出来事でしょう?僕とケレイブ様には未来など無かった。きっと今もそうでしょうね。貴方は大地主の自慢のご子息で、名誉ある騎士だ。一方の僕は後ろ盾のないしがない一庶民です。
今は更に僕とケレイブ様は交わる事など許されない。今度は僕も夢の中から現実に飛び出してしまったのですから。」
ケレイブ様が歯を食いしばる音が聞こえてくる様だった。僕は自分の言葉を聞きながら、全てその通りだと再確認していた。しかし今は母と双子の生活を保障させる方が大事だ。晩餐時にケレイブ様に余計な事を言わせない様にしなくては。
僕はそっぽを向いて呟いた。
「…何か望みがありますか?貴方が余計な事を言って母と双子の幸せを奪わないように約束してくれるなら、僕に出来ることは何でも提供します。」
一瞬殴られるかと思う様な殺気がケレイブ様から飛んできた。僕がハッとしてケレイブ様と目を合わせると、案の定目を吊り上げて怒りに震えている。
「…良くもそんな…!」
なぜそこまで怒りを感じているのか、その時の僕には良く分からなかった。けれど、僕は真正面に見つめ合いながら懐かしささえ感じるその逞しい身体を眺めた。
「…僕を最後に抱きたかったのでは?良いですよ、そんな事ぐらい。その代わり僕の秘密は守って下さいね。」
僕の言葉に一瞬でケレイブ様が揺らいだのが分かった。僕を探していたと言っていたのは、つまりはそう言う事なんだろう。ケレイブ様が何も言わないのがその証拠な気がして、僕は黙って部屋に戻り出した。まだ時間はある。身体で口止め出来るなら安いものだ。
距離を置いて、でも僕についてくるケレイブ様を感じながら、僕は今更ながらに緊張を自覚して胸がドキドキしていた。あの様子ではどんな目に遭わされてもしょうがない。
でも僕には抵抗する気も無かったし、それにこれは言わば密約の様なものだ。
テラスから入って直ぐの椅子の背もたれに掛けておいた、髪を拭いた布で足の裏を綺麗に拭いてから、僕はベッドの側に立った。そして僕を凝視するケレイブ様の前でスルリとガウンを床に落とした。
皮肉にも目の前の男で自慰をした名残で、後ろが少し解れているのは幸いだった。焼き切る様な眼差しと葛藤する様な呻き声がケレイブ様から発せられた次の瞬間、僕はベッドに押し倒されていた。
「ノアは私を底なしに酷い男にする。だが私もそうなるしか…。」
もうケレイブ様の苦しげな顔は見えなくなった。感じるのは荒々しい口づけと、身体を這い回る懐かしい大きな手だけだった。
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