イバラの鎖

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26

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王都へ

再会

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 こんなに緊張する事があるだろうか。僕は王都の辺境伯の屋敷が近づくに連れて、すっかり口数が少なくなった。

「アンドレ様、もうすぐ到着しますからね。アンドレ様が王都にいらしたのは10年前ですね。街の様子など記憶にございますか?」

 従者のバトラにそう言われて、僕は窓から改めて王都の街並みを眺めた。少し遠くに見える特徴的な尖塔の連なりは見覚えがある気がする。

「…大聖堂は覚えているかもしれない。でも僕も幼かったから殆ど覚えていないよ。辺境伯の屋敷も初めてで、ちょっと緊張する。」

 僕がそう言うと、バトラはにっこり微笑んで言った。


 「私も王都へ来るのは辺境伯夫妻の付き添い以来なので4年ぶりですが、王都の屋敷の者達との手紙のやり取りではアンドレ様の上京を皆とても楽しみにしている様ですよ。

 それに王都にはシモン様もいらっしゃいますからね。セリーナ様のご結婚式以来帰省されてませんから、アンドレ様もお会いになられたいことでしょう。

 シモン様は王立学園はご卒業されましたが、数年は王都で王宮騎士団に所属なさいながら辺境に行き来する生活を送られますからね。アンドレ様と学園生活が重ならなかったのは残念ですが、以前よりはお会いする機会も増えるでしょう。」


 僕は学園生活で兄上と一緒になれなくて安心したのか、残念に思うのかまだ決めかねていた。義理とはいえ兄弟なのに学園で冷たくされたらきっと傷ついてしまいそうだから、やはり一緒でなくて良かったのかもしれない。

「今日はシモン兄上は屋敷に居るのかな…。」

 そう口にしてから、僕は直ぐに後悔した。避けられているのに期待する方が間違っている。

 僕の上京を連絡してあるので騎士団の仕事が許せば待っているのではないかとバトラに言われて、いっそ仕事だったら会わなくて済むのかと思ってしまった。会いたいけれど、どんな対応をされるかと思うと会いたくないと思ってしまう。

 13歳の頃の僕ではないと言うのに、未だ兄上の事になると気が弱くなる。


 
 馬車が一際立派な屋敷の前に到着すると、玄関前に大勢の者達が並んで出迎えてくれていた。昔辺境に居た見知った顔の者も居たけれど、殆どの従者や侍女は初めて見る顔だ。

 そして馬車の扉が開くその時に玄関から現れたのは、シモン兄上その人だった。

 僕は周囲の一切を切り捨てて、シモン兄上に釘付けになった。一年以上会っていない兄上はまた一段とカリスマ性を増している様に思えた。


 真っ直ぐな黒髪を肩まで伸ばしている兄上は、形の良い額を出しているせいで何処か無造作でリラックスした雰囲気を醸し出している。そこにいたのはすっかり大人の、僕の知らない一際目立つ青年貴族だった。

 「アンドレ様?」

 バトラに促されて、ぼんやりと見惚れていた僕は慌てて馬車から降りた。ドキドキする心臓を無意識に手で押さえながら、僕は兄上の前に進んだ。

「…しばらくぶりです、シモン兄上。僕もとうとう王立学園の一員となりました。王都では色々教えて下さると嬉しいです。」

 兄上の明るい灰色の瞳が僕をゆっくりと捉えた。その視線が僕の全身を撫でる様に動くと、最後は僕の顔をまじまじと見つめた。それは初めての感覚で、ここ数年僕を真っ直ぐに見ようとしなかった事を考えると驚くべき事だった。


 「…ああ、よく来たなアンドレ。私も騎士団の仕事用の別邸を行き来してるから常にはここにいる訳ではないが、話が出来ることも増えるだろう。バトラもご苦労だった。」

 思いがけない優しい言葉に、僕は嬉しくなってにっこり微笑んだ。途端にシモン兄上が少し顔を顰めた気がしたけれど、直ぐに踵を返して一緒に屋敷に入ったから勘違いだったかもしれない。

「…今夜の晩餐は一緒に出来ると思う。入学のお祝いをしよう。」

 僕にそう言ってから、兄上は屋敷の家令に何か託けると忙しそうに出て行ってしまった。


 辺境の地に顔を見せる兄上と、目の前の兄上が同じ相手だとは思えないほどだった。それくらい、兄上が僕に気を遣っている様に感じる。それは良い事なんだよね…?

 「アンドレ様、こちらでございます。私どもはアンドレ様にお会い出来るのを楽しみにしておりましたが、お噂以上の貴公子ぶりに屋敷の者達も落ち着きませんね。

 学園入学に際しての試験も非常に優秀だったとお聞きしました。辺境に仕える者として鼻が高いです。セバスも10年振りに王都へ異動して来ましたから、アンドレ様も心強い事でしょう。」


 家令にそう歓迎の気持ちで話しかけられて、僕は嬉しさに微笑んで挨拶をした。それから晩餐まで休むことにして、僕はバトラに世話を焼かれながらも、ようやく新しい自室でホッと一息つくことが出来た。

 ティーテーブルの上にはバトラが並べた僕宛の手紙が幾つか並べられていた。ほとんどは認識の出来ない相手からだったけれど、一通見覚えのある字体のものがあった。

「…ローレンス。」

 僕は少し苦い気持ちでその手紙を手に取った。彼は今でも僕に腹を立てているのだろうか。

















 
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