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王都へ
兄上との晩餐
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「アンドレ、王都へ来た事を歓迎する。入学考査も優秀だったと学園の知人が教えてくれた。私も兄として鼻が高いよ。」
晩餐に兄上と向き合って、そう手放しで褒められた僕は戸惑いを隠せなかった。ここ数年とはまるで別人の様に対応されて驚かない方が無理だろう。
けれど兄上が歩み寄ってくれたことに、僕は無邪気に湧き上がる喜びを感じて思わず微笑んだ。
「シモン兄上にそうお褒め頂いて嬉しく存じます。…僕の成りでは辺境の騎士としての誉れは手に入れられませんから、せめて学術では報いる事ができる様に頑張りました。
…そもそも本に向かうのは性に合っているのです。とは言え兄上はどちらの分野でも抜きん出ていると聞いています。私も兄上の足元にたどり着ける様頑張ります。」
そう僕が話すと、兄上は僕の顔を見つめて呟いた。
「…兄弟なのだから、もっと砕けた言葉で良いのだ。アンドレはすっかり大人びてこちらが驚くほどだな。…辺境の皆は元気か?姉上からは時々手紙を貰うが、キャサリンは随分大きくなったろうね。」
僕の大好きな妹の話を振られて、僕は急にあの可愛らしい女の子に会いたくなってしまった。王都へ行くことになって、幼いながらそれを察知したキャサリンは僕にしがみついて離れなかったっけ。
「あの子は天使の様で皆から可愛がられています。僕も今すぐにでも会って抱き上げたいです。でもセリーナ姉上も妊娠中ですから、直ぐにキャサリンも仲間が出来て寂しく無くなるでしょうね?」
それからひとしきり辺境の話をした。ふと兄上は僕に尋ねた。
「今回の上京にお世話役の騎士がついてくるかと思ったが、なぜ一緒ではないのだ?」
僕はハッとして顔を上げると、何を考えているのか分からない兄上の眼差しを見つめた。
「…アランは騎士です。私が騎士志望ならともかく、そうではないので父上に言って帯同を遠慮したのです。子守りより本来の仕事をこなす方がアランにとっては良いことでしょうから。」
半分は本当で、半分は嘘だ。あの指南で僕はアランと一線を越えた。その事が僕達の関係を一気に変えてしまった。それ以来ふとした時に感じるアランの強い眼差しに、応えられない僕は次第にアランと一緒に居る事が苦痛になってしまった。
…指南など受けなければ良かった。
指南を受けた事で、もうひとつ問題になったのはローレンスとの関係だった。これは今でも解決していないのだから、僕の頭を悩ませる。思考が飛んでいた僕は兄上の言葉に引き戻された。
「…一人歩きするのに、誰かしら供を連れる必要性はあるのだが。ではそれはこちらで手配しよう。アンドレは辺境伯家の秘蔵っ子として表にほとんど出て来なかった。その姿を見たら、色々なちょっかいを出される事は予想がつくからな。
問題は学園かもしれない。まともな者も多いがそうでない相手も居る。…上京組で一緒に連む仲の良い令息は居ないのか?」
僕は数人の仲間を思い浮かべたけれど、そこまで仲が良いとも言えなかった。けれど兄上にそんな不甲斐ない事は言えない。僕が黙っていると、兄上は急に声音を変えて言った。
「そう言えばアンドレ宛に手紙が来ていただろう?その中にミルトン伯爵家の後継のものが入っていたな。彼はひとつ上だが今も親交が続いていたのか?」
ローレンスの話を持ち出されて、僕はどう答えるべきか迷ってしまった。
「…ローレンスですか?彼とは辺境にいる頃に随分仲良くしてもらいましたが、王都へ行ってしまってからはほとんど会ってはいません。帰省の機会もあった様ですが、僕が忙しくて結局会えませんでしたから。」
それもやはり半分本当で、半分は嘘だった。
一時は彼と最後までボードゲームの続きをしても良いかと思っていた程だったのに、アランの指南を受けた後ではそんな事は無理になってしまった。
あれを親しい友人でもあるローレンスとするのは、僕には無理だと感じてしまったからだ。アランの様に気まずい関係になるくらいなら、いっそ壁を越えない方が良い。
一緒に発散のために慰め合う事とは、僕には同じだとは思えなかった。だから帰省するローレンスに会えないとやんわり断ってしまった後、彼を怒らせてしまったのを感じて僕は逃げる様に連絡を絶っていた。
だから部屋で手紙を見た時に、一気に気が重くなってしまったんだ。
「手紙には何と?」
こんなに兄上が僕の事に関心を見せるのを少し意外に思いつつ、僕は苦笑して答えた。
「実はまだ読んでいないのです。少し喧嘩別れの様な感じだったので気まずい気がして。以前の様に年上の友人として仲良くしてくれると良いのですが。」
すると兄上は少し機嫌良く笑って、食事を終えるとナフキンで口を拭って言った。
「友人関係など変わるものだ。今までは狭い範囲でしか親交を結べなかったのだ。学園で新しい気の合う友人らを得れば良い。とは言え、どんな意図で近づいてくるか見極める必要があるが、アンドレはその点が心配だな。」
まるで義父上の様な物言いをする兄上に、嬉しさと何処かもやもやする気持ちを感じながら僕は微笑んだ。
「兄上の様にカリスマ性のある学生ならともかく、勉強ぐらいしか取り柄のない僕と仲良くしてくれる令息などそう滅多には居ないのではないですか?
ご心配ありがとうございます。…流石に僕もこの見かけが他人に何を感じさせるかは分かっているつもりです。」
そう言った僕をじっと見つめた兄上は、僕の肩を撫でる巻き毛を見つめて呟いた。
「そうか。だったらその髪も外出時には縛っておいた方が良い。…この屋敷の中ではそうしていても良いが。」
僕はコクリと頷くと席を立つシモン兄上を見送った。
兄上は僕のこの髪をやはり気に入ってくれた様だ。デミオの様に長い方がきっと好きなんだろうと思っていたのは正解だったみたいだ。僕は僅かな事にも兄上に気に入られようと無意識に行動している事に、この時は気づいていなかった。
それほどまでに僕は捨てた筈の恋心を拗らせていた。
晩餐に兄上と向き合って、そう手放しで褒められた僕は戸惑いを隠せなかった。ここ数年とはまるで別人の様に対応されて驚かない方が無理だろう。
けれど兄上が歩み寄ってくれたことに、僕は無邪気に湧き上がる喜びを感じて思わず微笑んだ。
「シモン兄上にそうお褒め頂いて嬉しく存じます。…僕の成りでは辺境の騎士としての誉れは手に入れられませんから、せめて学術では報いる事ができる様に頑張りました。
…そもそも本に向かうのは性に合っているのです。とは言え兄上はどちらの分野でも抜きん出ていると聞いています。私も兄上の足元にたどり着ける様頑張ります。」
そう僕が話すと、兄上は僕の顔を見つめて呟いた。
「…兄弟なのだから、もっと砕けた言葉で良いのだ。アンドレはすっかり大人びてこちらが驚くほどだな。…辺境の皆は元気か?姉上からは時々手紙を貰うが、キャサリンは随分大きくなったろうね。」
僕の大好きな妹の話を振られて、僕は急にあの可愛らしい女の子に会いたくなってしまった。王都へ行くことになって、幼いながらそれを察知したキャサリンは僕にしがみついて離れなかったっけ。
「あの子は天使の様で皆から可愛がられています。僕も今すぐにでも会って抱き上げたいです。でもセリーナ姉上も妊娠中ですから、直ぐにキャサリンも仲間が出来て寂しく無くなるでしょうね?」
それからひとしきり辺境の話をした。ふと兄上は僕に尋ねた。
「今回の上京にお世話役の騎士がついてくるかと思ったが、なぜ一緒ではないのだ?」
僕はハッとして顔を上げると、何を考えているのか分からない兄上の眼差しを見つめた。
「…アランは騎士です。私が騎士志望ならともかく、そうではないので父上に言って帯同を遠慮したのです。子守りより本来の仕事をこなす方がアランにとっては良いことでしょうから。」
半分は本当で、半分は嘘だ。あの指南で僕はアランと一線を越えた。その事が僕達の関係を一気に変えてしまった。それ以来ふとした時に感じるアランの強い眼差しに、応えられない僕は次第にアランと一緒に居る事が苦痛になってしまった。
…指南など受けなければ良かった。
指南を受けた事で、もうひとつ問題になったのはローレンスとの関係だった。これは今でも解決していないのだから、僕の頭を悩ませる。思考が飛んでいた僕は兄上の言葉に引き戻された。
「…一人歩きするのに、誰かしら供を連れる必要性はあるのだが。ではそれはこちらで手配しよう。アンドレは辺境伯家の秘蔵っ子として表にほとんど出て来なかった。その姿を見たら、色々なちょっかいを出される事は予想がつくからな。
問題は学園かもしれない。まともな者も多いがそうでない相手も居る。…上京組で一緒に連む仲の良い令息は居ないのか?」
僕は数人の仲間を思い浮かべたけれど、そこまで仲が良いとも言えなかった。けれど兄上にそんな不甲斐ない事は言えない。僕が黙っていると、兄上は急に声音を変えて言った。
「そう言えばアンドレ宛に手紙が来ていただろう?その中にミルトン伯爵家の後継のものが入っていたな。彼はひとつ上だが今も親交が続いていたのか?」
ローレンスの話を持ち出されて、僕はどう答えるべきか迷ってしまった。
「…ローレンスですか?彼とは辺境にいる頃に随分仲良くしてもらいましたが、王都へ行ってしまってからはほとんど会ってはいません。帰省の機会もあった様ですが、僕が忙しくて結局会えませんでしたから。」
それもやはり半分本当で、半分は嘘だった。
一時は彼と最後までボードゲームの続きをしても良いかと思っていた程だったのに、アランの指南を受けた後ではそんな事は無理になってしまった。
あれを親しい友人でもあるローレンスとするのは、僕には無理だと感じてしまったからだ。アランの様に気まずい関係になるくらいなら、いっそ壁を越えない方が良い。
一緒に発散のために慰め合う事とは、僕には同じだとは思えなかった。だから帰省するローレンスに会えないとやんわり断ってしまった後、彼を怒らせてしまったのを感じて僕は逃げる様に連絡を絶っていた。
だから部屋で手紙を見た時に、一気に気が重くなってしまったんだ。
「手紙には何と?」
こんなに兄上が僕の事に関心を見せるのを少し意外に思いつつ、僕は苦笑して答えた。
「実はまだ読んでいないのです。少し喧嘩別れの様な感じだったので気まずい気がして。以前の様に年上の友人として仲良くしてくれると良いのですが。」
すると兄上は少し機嫌良く笑って、食事を終えるとナフキンで口を拭って言った。
「友人関係など変わるものだ。今までは狭い範囲でしか親交を結べなかったのだ。学園で新しい気の合う友人らを得れば良い。とは言え、どんな意図で近づいてくるか見極める必要があるが、アンドレはその点が心配だな。」
まるで義父上の様な物言いをする兄上に、嬉しさと何処かもやもやする気持ちを感じながら僕は微笑んだ。
「兄上の様にカリスマ性のある学生ならともかく、勉強ぐらいしか取り柄のない僕と仲良くしてくれる令息などそう滅多には居ないのではないですか?
ご心配ありがとうございます。…流石に僕もこの見かけが他人に何を感じさせるかは分かっているつもりです。」
そう言った僕をじっと見つめた兄上は、僕の肩を撫でる巻き毛を見つめて呟いた。
「そうか。だったらその髪も外出時には縛っておいた方が良い。…この屋敷の中ではそうしていても良いが。」
僕はコクリと頷くと席を立つシモン兄上を見送った。
兄上は僕のこの髪をやはり気に入ってくれた様だ。デミオの様に長い方がきっと好きなんだろうと思っていたのは正解だったみたいだ。僕は僅かな事にも兄上に気に入られようと無意識に行動している事に、この時は気づいていなかった。
それほどまでに僕は捨てた筈の恋心を拗らせていた。
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