イバラの鎖

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26

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王都へ

緊張の日々

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 「…おはようございます、兄上。」

 あのカードを見てしまった後で、一体どんな顔をして兄上に向き合ったら良いか決めかねるうちに、こうして取ってつけたような挨拶をする羽目になった。

 従者のバトラや、侍女達が僕たちの朝食を整えているのを待ちながら、僕はチラリとカップを手に貴族紙を読みふける兄上を盗み見た。

 こうして屋敷に居る朝は、朝食の前に貴族紙を眺めるのが兄上の日課だと気づいたのは早かった。兄上はいつも僕よりも早く起きて規則正しい生活を送っている。


 貴族紙をバサリとティーテーブルに置いて立ち上がった兄上は、僕の座る大きな食卓へ移動して来た。家族用とは言えそこそこ大きな食卓のお陰で、僕は兄上から距離を取ることが出来た。

 近くにいたら、それこそ食事が喉を通らないだろう。僕は緊張を感じながら、兄上が食べ始めるのを見てからカトラリーに手を伸ばした。

 開け放たれた窓から賑やかな小鳥の鳴き声が聞こえて来て、僕は誘われる様にそちらへ目を向けた。王都でも辺境に居た頃の様にこんな風に癒しがもたらされるとは期待していなかっただけに、思わず微笑んでいた。


 「アンドレ、王都には青い鳥が居るんだ。昔、お前は絵本の中の青い鳥を欲しがっただろう?今鳴いているのも、多分その鳥だ。」

 思いがけない事を言われて、僕はシモン兄上の方を振り返った。微笑んではいなかったけれど、いつもより柔らかな表情を浮かべた兄上はそれだけ言うと、目を伏せて食事を続けた。

「アンドレ様、青い鳥はロウと呼ばれているのですよ。この屋敷に植えられている木を目指して良く集まって来るのです。」

 丁度食堂にやって来た家令が、そう僕に教えてくれた。昔大好きだった絵本を兄上が覚えていてくれた嬉しさで微笑むと、僕はもう一度窓の外に目をやった。


 確かあの絵本には、青い鳥は幸せを連れて来てくれると書いてあった。小さな僕はだから青い鳥が欲しかったのかもしれない。何処か馴染まないあの辺境の地で、拠り所を欲しがって居た僕は青い鳥をシモン兄上に重ねて居たのだろうか。

「後で絵ではない青い鳥を見に行ってみます。きっと記憶の中の小さな僕が喜ぶでしょう。」

 すると食堂にいた全員が手を止めて僕を見たのを感じた。兄上も顔を上げて僕を見つめている。何が起きたのかと戸惑っていると、兄上が今度はクスッと笑った。


 「この屋敷に詩人が誕生した様だな。侍女達がアンドレを贔屓する未来が見える様だぞ?」

 そう言って揶揄うので、僕は恥ずかしくなって朝食に勤しんでいるフリをする事にした。家令達まで嬉しそうに目配せしあっているのが何とも居た堪れない。

 気がつけば兄上は席から立ち上がった所で、僕に視線を流すと家令と食堂から出て行った。

 一瞬僕と絡み合った視線の強さに、僕の心臓はズキンと大きな音を立てた。途端に兄上からのカードの事を思い出してしまって、僕は危うくスープの中に顔を突っ込んでしまうところだった。不意打ちが過ぎる…。



 食後時間があったので、僕はテラスに出て青い鳥を探した。鳴き声を頼りに歩いて行くと、建物の側に若い木が数本植えられている場所にたどり着いた。枝から枝へと飛び移りながら、10羽ほどの青い羽根の小鳥がさえずっていた。

 朝の空気に溶け込む楽しげな鳴き声は、あの絵本の小鳥のイメージそのものだった。この鳴き声が幸せを連れて来るのならば、僕もそれにあやかりたい。

 そんな感傷めいた気持ちに苦笑して踵を返すと、僕は兄上がもう一人誰かと一緒にこちらにやって来るのを目にした。


 「アンドレ、そう言えば彼のことを伝えるのを忘れていた。彼は今日からアンドレの護衛だ。我が家ゆかりのセブン子爵の三男、ビクターだ。

 ビクター、アンドレは必要以上に注目されがちだから注意を怠るな。学園の送迎の際の護衛、外出時の護衛は指示の通りだ。私が一緒の時以外はその様にしろ。」

 そう言って僕にビクターを引き合わせた。ビクターはシモン兄上とそう変わらない年頃に思えた。見るからに護衛らしい屈強さを見せつけていたけれど、一方で大らかな雰囲気を漂わせていた。


 「アンドレ様、ビクター セブンです。お見知りおきを。誠心誠意護衛の方を務めさせていただきます。」

 僕はビクターに色々注意をしていた兄上の気遣いを嬉しく思って、ビクターの優しげな茶色い目を見つめて挨拶した。早速朝の登校からビクターに護衛が変わる様だった。

「兄上、お忙しい中お気遣いありがとうございます。」

 僕が微笑んで兄上にそうひと言言うと、兄上は僕の側に近寄って不意にまだ縛っていない僕の巻毛を手にすくって囁いた。


 「本当は切った方が良いのだろうが…。ビクターが側にいれば髪をこうしていても心配無いが、流石に学園内まではビクターはついていけないからな。

 …ビクターには全て報告させる。お前もそのつもりでいるのだ。」

 その途端、僕の兄上への感謝の気持ちは風で砂が吹き飛ばされる様に消えて行った。兄上はな僕を監視させるつもりなんだ。その人選がビクターだとしたら、僕は優しい目をした彼と距離を置くほかない。


 僕は強張った顔を隠す気力も無く、兄上を睨んで言った。

「いっそ耳上で切ってしまいましょう。たかが髪ですから。ああ、でもそうした所で、兄上の僕への信用はまるで無いのですよね。だったら縛らずにこのままで学園に行っても同じことですよね?」

 兄上は眉を顰めて僕を睨み返すと、サッと髪から手を離して軋む様な声でひと言言い放つと踵を返して一人立ち去った。

「…好きにしろ!」


 怒りを滲ませた兄上の言葉は僕の皮膚を切り裂いた。ああ、でも言わなくて良いことを言ったせいで兄上を怒らせたのは自分だ。戸惑う様子で僕らを見ていたビクターに気づいて、僕は笑みを浮かべる気にもなれずに真顔のまま彼に声を掛けた。

「…明日の帰りは兄上の別邸に送ってくれる?約束してるから。」

 僕は歩き出しながら、毎日こんなに感情が揺さぶられたら、きっといつか爆発するか寝込んでしまうに違いないと苦笑してしまった。そうなる前に早く兄上の側を離れなくては。













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