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交差
現実は放り出して
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結局動けなかった僕のせいで、屋敷に戻ったのは夕方遅くだった。本当はもう一晩別邸に泊まるようにと兄上に誘われたけれど、この急な展開に僕自身じっくり考えたかった。
屋敷に向かう二人だけの馬車の中で、兄上は僕を側から離そうとしなかった。ぴったりと僕の身体に巻きつける腕や手が、まるで僕に絡みつく蔦の様で、決して離れないと言っている様で嬉しかった。
「…どうした?笑って。」
そう兄上が灰色の瞳を柔めて僕を覗き込むから、僕は思わず強請る様に兄上の顔を視線でなぞって唇を物欲しげに見つめてしまった。
「…そんな顔をされたら、屋敷でもアンドレの部屋に忍んでいってしまいそうだ。」
そう言われて、僕は反射的に兄上を手で押し除けようとしてしまった。けれど兄上の腕の力の前では僕ではびくともしなくて、かえって強まるばかりだった。
「…やっぱり駄目か?」
僕は兄上を睨みつけて囁いた。
「…僕たちがこんな風になってしまったのは許されない事だから。兄上を困った立場にしたくないの。」
不意に僕の手を掬い上げられて、兄上は僕の手のひらに唇を押し当てて呟いた。
「賢いお前が色々考えるのは理解するけれど、だからと言って私を拒絶しないでほしい。この数年、私はアンドレの身代わりまで立てて自分の気持ちを閉じ込めて来たんだ。もう開いた蓋は閉められないし、私はそれを我慢する気はないよ。」
僕はそんな兄上の言葉に喜んで良いのか悲しんで良いのか分からなくなった。だから思わず目を逸らして呟いた。
「…僕の身代わりって、デミオ?こんな事言ってもしょうがないけど、僕は彼のこと好きになれない。それに彼のせいで、ローレンスやジェラルド様と一緒にいると同類だと思われそうで迷惑なんだ。」
それは僕にはありきたりの日常の事を言っただけだった。けれども兄上には何か気に触ったようで、僕の腰を掴む手にぎゅっと力が乗ったのを感じた。
「…アンドレの口から彼らの名前が出るのは気に入らないね。特にローレンスはアンドレのあられも無い姿を知っているのだろう?妬けるね。」
そう言いながら急に心を閉ざしてしまった気がして、僕は思わず伸び上がって、衿から少し見える首筋に唇を押し当てた。
「若気の至りに妬くの?そんな事言ったら僕は兄上にどれくらいヤキモチ妬いたら良いか分からないよ。」
兄上の機嫌があっという間に解れたのが手に取る様に分かって、僕はクスクス笑った。
「アンドレの言う通りだな。アンドレを忘れようと私がやった事は、若気の至りと言うには度が過ぎていたかもしれない。ああ、そのことについて聞かれても、私は絶対に口を割らないからね。…アンドレに軽蔑されたくない。」
最後は少し声まで小さくなって、妙に神妙な顔つきで気落ちして見える兄上は見たことがなかった。
「僕は兄上を神々しいとばかりに崇めていたけど、実際今もそんな部分はあるんだけど…。でも僕の知らない兄上は、ちょっぴり可愛い…。」
兄上は僕を甘い眼差しで見つめて、優しく唇を押し当てて囁いた。
「アンドレに可愛いと言われてこんな気分になるなんて、知らない事ばかりだ。」
兄上の唇が離れていってしまったのを、疼く唇で物足りなく感じながら尋ねた。
「…どんな気分になったの?」
僕の質問はもう一度重なった兄上の唇が答えてくれた。慈しむ様な、けれど欲望が沸々と湧き上がる様な兄上の唇は、僕をあっという間に溶かしてその先を求めた。
僕の方が先に兄上を欲しがったのは本当だけど、気がつけば僕は胸元を肌けさせて、兄上の唇が繰り出す愛撫に甘い息を吐き出していた。
「兄上…っ!それ以上は収まりがつかなくなってしまうから…!」
僕の兆した股間はもう手遅れだったけれど、だからと言ってこんな馬車の中でして良い事では無かった。息を整えようと頑張る僕をチラッと見上げた兄上は、ギラつく眼差しで僕に言った。
「…こんな場所でこんな風に貪るなんて考えもしなかった。こんな情熱は今まで経験が無いんだ。ああ、私もどうしたら良いか分からなくなった…。」
そう言うとのそりと身体を起こして、豪華な模様の重いカーテンを持ち上げて外を見渡した。
「…時間はないな。もうすぐ到着しそうだ。」
僕はその言葉を聞いて、興奮で震える指先でブラウスのボタンを一つずつ掛け直した。目覚めた身体が到着までに落ち着くかまるで自信がなかった。
兄上は僕の乱れた髪を指先でさっと整えると、中々閉められないボタンを代わりに閉じてくれた。
「ジャケットが長めで助かったな。」
そう言って少し笑うと、僕をじっと見て唇を指先でなぞった。
「今夜はゆっくり休ませたかったが、こんな姿を見たら私は眠れない夜を過ごす事になるだろう。…浮かれ過ぎだろうか。お前に負担をかけたくはないが。」
僕はきっと兄上に誘われるのを手放しで待っていたんだ。だからそう言われて、兄上の指を歯で軽く噛んで呟いていた。
「部屋の鍵は開けておくから…。」
絡み合う視線が熱くて、僕は考えなくちゃいけないあれこれを頭の片隅に追いやってしまった。ああ、僕も浮かれてるよ、兄上。
屋敷に向かう二人だけの馬車の中で、兄上は僕を側から離そうとしなかった。ぴったりと僕の身体に巻きつける腕や手が、まるで僕に絡みつく蔦の様で、決して離れないと言っている様で嬉しかった。
「…どうした?笑って。」
そう兄上が灰色の瞳を柔めて僕を覗き込むから、僕は思わず強請る様に兄上の顔を視線でなぞって唇を物欲しげに見つめてしまった。
「…そんな顔をされたら、屋敷でもアンドレの部屋に忍んでいってしまいそうだ。」
そう言われて、僕は反射的に兄上を手で押し除けようとしてしまった。けれど兄上の腕の力の前では僕ではびくともしなくて、かえって強まるばかりだった。
「…やっぱり駄目か?」
僕は兄上を睨みつけて囁いた。
「…僕たちがこんな風になってしまったのは許されない事だから。兄上を困った立場にしたくないの。」
不意に僕の手を掬い上げられて、兄上は僕の手のひらに唇を押し当てて呟いた。
「賢いお前が色々考えるのは理解するけれど、だからと言って私を拒絶しないでほしい。この数年、私はアンドレの身代わりまで立てて自分の気持ちを閉じ込めて来たんだ。もう開いた蓋は閉められないし、私はそれを我慢する気はないよ。」
僕はそんな兄上の言葉に喜んで良いのか悲しんで良いのか分からなくなった。だから思わず目を逸らして呟いた。
「…僕の身代わりって、デミオ?こんな事言ってもしょうがないけど、僕は彼のこと好きになれない。それに彼のせいで、ローレンスやジェラルド様と一緒にいると同類だと思われそうで迷惑なんだ。」
それは僕にはありきたりの日常の事を言っただけだった。けれども兄上には何か気に触ったようで、僕の腰を掴む手にぎゅっと力が乗ったのを感じた。
「…アンドレの口から彼らの名前が出るのは気に入らないね。特にローレンスはアンドレのあられも無い姿を知っているのだろう?妬けるね。」
そう言いながら急に心を閉ざしてしまった気がして、僕は思わず伸び上がって、衿から少し見える首筋に唇を押し当てた。
「若気の至りに妬くの?そんな事言ったら僕は兄上にどれくらいヤキモチ妬いたら良いか分からないよ。」
兄上の機嫌があっという間に解れたのが手に取る様に分かって、僕はクスクス笑った。
「アンドレの言う通りだな。アンドレを忘れようと私がやった事は、若気の至りと言うには度が過ぎていたかもしれない。ああ、そのことについて聞かれても、私は絶対に口を割らないからね。…アンドレに軽蔑されたくない。」
最後は少し声まで小さくなって、妙に神妙な顔つきで気落ちして見える兄上は見たことがなかった。
「僕は兄上を神々しいとばかりに崇めていたけど、実際今もそんな部分はあるんだけど…。でも僕の知らない兄上は、ちょっぴり可愛い…。」
兄上は僕を甘い眼差しで見つめて、優しく唇を押し当てて囁いた。
「アンドレに可愛いと言われてこんな気分になるなんて、知らない事ばかりだ。」
兄上の唇が離れていってしまったのを、疼く唇で物足りなく感じながら尋ねた。
「…どんな気分になったの?」
僕の質問はもう一度重なった兄上の唇が答えてくれた。慈しむ様な、けれど欲望が沸々と湧き上がる様な兄上の唇は、僕をあっという間に溶かしてその先を求めた。
僕の方が先に兄上を欲しがったのは本当だけど、気がつけば僕は胸元を肌けさせて、兄上の唇が繰り出す愛撫に甘い息を吐き出していた。
「兄上…っ!それ以上は収まりがつかなくなってしまうから…!」
僕の兆した股間はもう手遅れだったけれど、だからと言ってこんな馬車の中でして良い事では無かった。息を整えようと頑張る僕をチラッと見上げた兄上は、ギラつく眼差しで僕に言った。
「…こんな場所でこんな風に貪るなんて考えもしなかった。こんな情熱は今まで経験が無いんだ。ああ、私もどうしたら良いか分からなくなった…。」
そう言うとのそりと身体を起こして、豪華な模様の重いカーテンを持ち上げて外を見渡した。
「…時間はないな。もうすぐ到着しそうだ。」
僕はその言葉を聞いて、興奮で震える指先でブラウスのボタンを一つずつ掛け直した。目覚めた身体が到着までに落ち着くかまるで自信がなかった。
兄上は僕の乱れた髪を指先でさっと整えると、中々閉められないボタンを代わりに閉じてくれた。
「ジャケットが長めで助かったな。」
そう言って少し笑うと、僕をじっと見て唇を指先でなぞった。
「今夜はゆっくり休ませたかったが、こんな姿を見たら私は眠れない夜を過ごす事になるだろう。…浮かれ過ぎだろうか。お前に負担をかけたくはないが。」
僕はきっと兄上に誘われるのを手放しで待っていたんだ。だからそう言われて、兄上の指を歯で軽く噛んで呟いていた。
「部屋の鍵は開けておくから…。」
絡み合う視線が熱くて、僕は考えなくちゃいけないあれこれを頭の片隅に追いやってしまった。ああ、僕も浮かれてるよ、兄上。
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