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不可思議カフェ百鬼夜行の業務日誌【短編集】
ドッペルゲンガーとエイプリルフール
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店を出たはずの常連客が戻ってきた。
「忘れ物か?」
俺が声をかけると彼女はキョトンとしている。
「忘れ物はしていないはずだけど」
そう告げて彼女はメニューを見やる。何やら様子がおかしい。
「さっきパンケーキセットを頼んで食べただろう? 俺の思い違いか?」
「え? やだなあ。見間違いか勘違いだと思うよ」
そう返事をして、彼女はさっき出て行ったカノジョと同じくパンケーキにコーヒーを注文する。
俺が変なのか?
どうにも腑に落ちないのだが、彼女を不安がらせるのは喫茶店として問題があるだろう。俺は数十分前と同じ手順で彼女から勘定をもらって席に案内する。彼女のおきまりのカウンター席。スマホをいじっている様も数十分前と同じ。
「……なあ、店長」
注文を伝えて、店長にコーヒーを淹れてもらう。俺はパンケーキ担当だ。
「うん?」
「ループとドッペルゲンガーのどっちだ?」
彼女には聞こえないようにこっそり伝えると、店長はニコニコしたのちに目をスッと細めた。
「彼女が本体だ」
「……ふぅん」
俺は頷いて、フライパンの上のパンケーキを手首のスナップをきかせてひっくり返す。今日も上出来。
「ドッペルゲンガーって会話しないもんじゃないのか?」
「そういうものとされているが、それだけとは限らない。人間の観測の範囲では、という話さ」
「なにか気にかけたほうがいいのか?」
皿を用意しながら俺が尋ねる。
「本人が出会わなければ問題ないだろう」
「――ん? そういやあ、双子という線を考えなかったな」
皿に盛り付けるときはできるだけ黙るようにしている。調理中はマスクはつけているが、念のためだ。
お皿の上のパンケーキに見覚えのある焦げができていることに気づいて薄寒いものを感じながら、パンケーキの皿をトレイにのせる。
「彼女は双子ではないよ。全く同じファッションに全く同じスマホということはないだろう」
「俺らを化かす目的でもなければ、な」
本日、四月一日はエイプリルフールだ。悪戯かもしれない。
いや、もう昼も過ぎているからネタバラシの時間か。
俺の言葉が面白かったのか、トレイにコーヒーカップをおいた店長が肩をふるわせていた。
「……笑うなよ」
「僕らを化かすのは難易度が高いからね」
「客が知ってるとも限らんだろ」
俺は不満で頬を膨らませながら、客のもとへとトレイを運ぶのだった。
客が出て行く。そろそろ閉店時間を考えて片付けを進めないといけない頃合いだ。店内には一人だけ客が残っている。
ドアベルが鳴る。
俺は出入り口を見る。さっき出て行ったはずの彼女がそこにいた。
「ん? 忘れ物か?」
「え? どうして?」
「さっき食ってっただろ?」
「はい?」
彼女はキョトンとしている。
俺は頭を乱暴にかいた。
「ああ、わりぃ。気のせいだ。注文を聞く」
「えっと……」
パンケーキセットが注文される。今日は何枚焼いたのだろう。
「――おい、店長」
「獅子野(ししの)くんの言いたいことはごもっともだが、君の焼くパンケーキは絶品だからねえ」
「そうじゃねえ」
俺が噛みつくように迫れば、店長は自身の長い人差し指を唇に当てた。
「そういうことなんだよ。看板を閉店に切り替えて、美味しいパンケーキを焼くといい」
これ以上は語らないと宣言されてしまったので、俺は小さく舌打ちをしてから出入り口の看板を切り替えるのだった。
最後の客が出て行く。忘れ物がないか確認をしてスタッフルームに入れば、先に休憩をしていた店長が珍しく煙草を吸っていた。これは退魔用の煙草なのだと俺は知っている。
「店長?」
「奇妙なこともあるものだね」
そう告げて、彼は俺に向かって煙を吹きかけた。
「……それ、する必要があるのか?」
煙草の煙が室内に巡っている。わざわざ俺に向かって煙を吹きかけなくても効果はあるだろう。
俺があきれ気味に店長に言えば、彼は少し残念そうに笑った。
「君を案じているつもりなのだが」
「煙草の煙を吹きかける仕草にも意味があんだよ」
「おや、僕にそういう気があると?」
知っててやってんのかよ。
俺は大きく息を吐き出して、片手を左右に振った。
店長は笑っている。
「で。解説が欲しいんだが」
「ドッペルゲンガーの彼女は君のパンケーキが忘れられなかったんじゃないかな。たくさん食べたかったのさ」
「常連客なんだし、また来りゃいいだろ」
「それができない事情があるんだ」
店長の、まる眼鏡の奥の瞳がギラリと光って、俺はヒュッと息を呑んだ。
「なあ、それって」
「運が良ければ、彼女はまたここに現れるさ。彼女が次に来るとき、僕らが同じようにいるのかはわからないけどねえ」
そう告げながら朗らかに笑って、店長は煙草を消した。
「さあ、閉店作業を済ませてしまおうか。手伝ってくれるかい?」
「……おう」
通常の業務はもう終わりなのだが、俺を引きとめるあたり何か事情があるのだろう。俺は素直に頷いて、店長に続くのだった。
《終わり》
「忘れ物か?」
俺が声をかけると彼女はキョトンとしている。
「忘れ物はしていないはずだけど」
そう告げて彼女はメニューを見やる。何やら様子がおかしい。
「さっきパンケーキセットを頼んで食べただろう? 俺の思い違いか?」
「え? やだなあ。見間違いか勘違いだと思うよ」
そう返事をして、彼女はさっき出て行ったカノジョと同じくパンケーキにコーヒーを注文する。
俺が変なのか?
どうにも腑に落ちないのだが、彼女を不安がらせるのは喫茶店として問題があるだろう。俺は数十分前と同じ手順で彼女から勘定をもらって席に案内する。彼女のおきまりのカウンター席。スマホをいじっている様も数十分前と同じ。
「……なあ、店長」
注文を伝えて、店長にコーヒーを淹れてもらう。俺はパンケーキ担当だ。
「うん?」
「ループとドッペルゲンガーのどっちだ?」
彼女には聞こえないようにこっそり伝えると、店長はニコニコしたのちに目をスッと細めた。
「彼女が本体だ」
「……ふぅん」
俺は頷いて、フライパンの上のパンケーキを手首のスナップをきかせてひっくり返す。今日も上出来。
「ドッペルゲンガーって会話しないもんじゃないのか?」
「そういうものとされているが、それだけとは限らない。人間の観測の範囲では、という話さ」
「なにか気にかけたほうがいいのか?」
皿を用意しながら俺が尋ねる。
「本人が出会わなければ問題ないだろう」
「――ん? そういやあ、双子という線を考えなかったな」
皿に盛り付けるときはできるだけ黙るようにしている。調理中はマスクはつけているが、念のためだ。
お皿の上のパンケーキに見覚えのある焦げができていることに気づいて薄寒いものを感じながら、パンケーキの皿をトレイにのせる。
「彼女は双子ではないよ。全く同じファッションに全く同じスマホということはないだろう」
「俺らを化かす目的でもなければ、な」
本日、四月一日はエイプリルフールだ。悪戯かもしれない。
いや、もう昼も過ぎているからネタバラシの時間か。
俺の言葉が面白かったのか、トレイにコーヒーカップをおいた店長が肩をふるわせていた。
「……笑うなよ」
「僕らを化かすのは難易度が高いからね」
「客が知ってるとも限らんだろ」
俺は不満で頬を膨らませながら、客のもとへとトレイを運ぶのだった。
客が出て行く。そろそろ閉店時間を考えて片付けを進めないといけない頃合いだ。店内には一人だけ客が残っている。
ドアベルが鳴る。
俺は出入り口を見る。さっき出て行ったはずの彼女がそこにいた。
「ん? 忘れ物か?」
「え? どうして?」
「さっき食ってっただろ?」
「はい?」
彼女はキョトンとしている。
俺は頭を乱暴にかいた。
「ああ、わりぃ。気のせいだ。注文を聞く」
「えっと……」
パンケーキセットが注文される。今日は何枚焼いたのだろう。
「――おい、店長」
「獅子野(ししの)くんの言いたいことはごもっともだが、君の焼くパンケーキは絶品だからねえ」
「そうじゃねえ」
俺が噛みつくように迫れば、店長は自身の長い人差し指を唇に当てた。
「そういうことなんだよ。看板を閉店に切り替えて、美味しいパンケーキを焼くといい」
これ以上は語らないと宣言されてしまったので、俺は小さく舌打ちをしてから出入り口の看板を切り替えるのだった。
最後の客が出て行く。忘れ物がないか確認をしてスタッフルームに入れば、先に休憩をしていた店長が珍しく煙草を吸っていた。これは退魔用の煙草なのだと俺は知っている。
「店長?」
「奇妙なこともあるものだね」
そう告げて、彼は俺に向かって煙を吹きかけた。
「……それ、する必要があるのか?」
煙草の煙が室内に巡っている。わざわざ俺に向かって煙を吹きかけなくても効果はあるだろう。
俺があきれ気味に店長に言えば、彼は少し残念そうに笑った。
「君を案じているつもりなのだが」
「煙草の煙を吹きかける仕草にも意味があんだよ」
「おや、僕にそういう気があると?」
知っててやってんのかよ。
俺は大きく息を吐き出して、片手を左右に振った。
店長は笑っている。
「で。解説が欲しいんだが」
「ドッペルゲンガーの彼女は君のパンケーキが忘れられなかったんじゃないかな。たくさん食べたかったのさ」
「常連客なんだし、また来りゃいいだろ」
「それができない事情があるんだ」
店長の、まる眼鏡の奥の瞳がギラリと光って、俺はヒュッと息を呑んだ。
「なあ、それって」
「運が良ければ、彼女はまたここに現れるさ。彼女が次に来るとき、僕らが同じようにいるのかはわからないけどねえ」
そう告げながら朗らかに笑って、店長は煙草を消した。
「さあ、閉店作業を済ませてしまおうか。手伝ってくれるかい?」
「……おう」
通常の業務はもう終わりなのだが、俺を引きとめるあたり何か事情があるのだろう。俺は素直に頷いて、店長に続くのだった。
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