不可思議カフェ百鬼夜行は満員御礼

一花カナウ

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夜桜・不可思議カフェ百鬼夜行の業務“外”日誌

夜桜見物

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 最後の客が出てから閉店作業を始める。
 テーブル席もカウンター席も忘れ物はないことを確認し、床掃除や殺菌消毒を施す。俺の仕事は主にフロアの環境を整えることであり、掃除が終わったらレジまわりの仕事をする。
 ちなみにキッチンまわりは店長が担当している。在庫の確認と発注、明日の仕込みは俺にはできないからだ。

「……ん?」

 片付けをしているはずなのに、魚の焼けるいい匂いがする。この脂ののった芳ばしい匂いは塩鯖だろうか。俺は昨日のランチメニューがサバサンドだったことを思い出す。
 そういえば賄いに出てなかったな、鯖。
 カフェ百鬼夜行では昼食として賄いが出るのだが、だいたい前日の余りで作られている。今日のお昼に鯖が出されなかったから材料を使い切ったのだろうと思っていたのだが。
 レジの金額が合っていることを確認し終えたタイミングで、店長が大きな紙袋を抱えてキッチンから出てきた。

「終わったかね?」
「ああ。金額は合ってた」
「じゃあすぐに出られるかな」

 穏やかな声でそう告げて、紙袋をカウンターに置いた。まだ美味しそうないい匂いがする。

「それは?」
「夜桜見物のお供だよ」

 つい息を大きく吸って鼻をひくひくとさせてしまう。鯖の焼けた匂い、フライの匂い――これはポテトじゃなくてオニオンリングのような気がする。紙袋の中身が気になった。

「ふふ。心配せずとも獅子野くんの分も用意している。一緒に行ってくれるのだろう?」
「あれで誘っていたのかよ」

 昼休憩のときに花見の話題を振っていた。桜の名所特集とデカデカと書かれた雑誌を読んでいた彼に、花見の予定はあるのかと尋ねたときには「ない」と言い切っていたように記憶している。だのに。
 店長は肩をすくめて見せた。

「てっきり誘われたのだと思っていたのだが」
「誘ってねえよ」
「なら僕一人でいただくとしよう、会心の出来のサバサンドを」
「待て、行かねえとは言ってねえだろ!」

 食い気味に声が出た。恥ずかしい。顔が赤くなっている自信があった。
 店長がくすくすと笑う。

「鯖は君の好物だったね」
「食いもんで釣られたわけじゃねえし」

 はあと大きく息を吐き出して、急ぎぎみにスタッフルームに向かう。エプロンを片付けてジャンパーを羽織って出ると、インバネスコートを着た店長がニコニコしながら待っていた。

「……男ふたりで夜桜見物か」
「君が一人で桜の下を歩いていたら補導されてしまうだろう? 缶ビール片手でなくとも」
「別に保護者役がほしくて振ったネタでもねえよ」

 確かにこの容姿は遅い時間に出歩くのに向いていない。年齢に問題がなくても、この見た目のせいで深夜料金が発生するような仕事に就くことはなかった。

「では行こうか」

 紙袋を店長が抱えて、俺たちはカフェ百鬼夜行を出たのだった。




 この辺りでは有名な広い公園。わたあめやりんご飴、焼きそばや串焼き――公園の入り口に屋台が多数出ていたが、公園の中までは出店していない。決められたエリアに限りシートを広げて宴会できるらしく、私服の若い人たちが缶を片手に騒いでいる姿が目に入った。
 俺たちは桜のアーチがかかった歩道を進む。それなりに人はいるが、身動きが取れないほどではない。

「――散り始めてきたね。花の赤みが増すと、散る合図なんだよ」

 風が吹くと桜の花びらが舞っていた。ライトアップされていて、花びらがキラキラして見える。

「受粉すると中心が赤くなるんだったっけか。今年は長くもったほうだ」
「ああ。僕の予想よりも見頃が長く続いた」

 そう告げて目を細めた店長を見て、彼がどこかに消えてしまいそうに感じられた。つい彼のインバネスコートの腰元を掴んで引っ張ってしまう。
 店長の驚いた顔がこちらに向けられた。
 目が合う。

「うん?」
「俺を置いて行かないでくれ」
「はぐれたとしてもすぐに見つけてみせるさ」
「……ん」

 今ひとつ俺の意図が伝わっていないような気がしたが、補足するようなことでもない気がしてはぐらかす。

「少し先にとっておきの場所があってね。そのまま握っていて構わないよ」

 俺は言われるままに店長のコートを握って、ライトアップされた桜に目を向けるのだった。




 いつのまにか公園を出ていて、住宅街を歩いている。

「おい、公園内じゃないのか?」
「ああ」

 想定外の返事に、俺は戸惑った。この辺りは高級住宅街だと認識している。俺がウロウロするような場所ではない。

「とっておきの場所って?」
「僕の隠れ家だよ」

 高層の煌びやかなマンションに入っていく。セキュリティがきっちりしているタイプのものだ。

「…………」
「おや、嫌だったかい?」

 マンションの敷地内に入ってからずっと黙り込んでいた俺に、店長はエレベーターに乗り込んでから尋ねてきた。ここで嫌だと答えたらどうするつもりなんだろう。

「……そっちこそ、迷惑じゃねえのか?」
「どうして?」
「住んでいる場所、知られたくないタイプだと思っていたから」
「セーフハウスの一つだから、別に君に知られても問題ないよ」

 最上階に止まって、俺たちはエレベーターを降りる。
 スイッチに触れた様子がないのに暗かった屋内がふわりと明るくなった。人感センサーのような機械的なものなのか店長の能力的なものなのかよくわからない。冷静に観察できない程度には俺は動揺しているようだ。
 玄関のドアらしきものはなく、すでに玄関の中だった。正面は薄暗い廊下、右手に靴箱らしい収納スペース、左手には大きな絵画が掛けられている。
 緊張していてよく見なかったけど、あのエレベーター、キーと連動しているやつなのか?
 胸がドキドキする。それなりに長く生きてきたが、俺とは次元の違う金持ちの家を訪ねる機会はなかったのだ。

「なに、取って食ったりはしないよ」

 びびっていて動けなかったが、店長に入室を促されると突っ立ったままとはいかない。スニーカーを脱いで、ぎこちないながらもきちんと並べる。スリッパを借りて店長の隣に向かうが、右手と右足が同時に前に出てしまって格好がつかない。

「そ、そういう心配はしてねえよ」
「では、性的な方も?」

 性的?
 俺は真横から店長を見上げる。冗談を言っているような気配はない。

「店長はそういう感情、ねえだろ」
「そうなのかな」

 お互いに首を傾げることになった。
 百目鬼店長には恋愛感情も性欲もないと思っていたから、俺ばかり劣情を煽られることになって苛立っていたんだが。いや、ないと断言はできないか。疎いというか鈍いというか、そういうものに興味関心が薄いと感じていただけで。
 それに、店長にとっては恋愛や性欲よりも興味深い怪異がらみの事件がたくさんあるから、必然的に優先順位が低くなるのだろう。

「ふむ……そういう素振りをしたほうが伝わるなら、後学のために教えてもらいたいところだが」
「……ん?」

 なにか聞き逃した気がする。俺が店長を見やると、彼は困ったような顔をしていた。

「食事の前に見せたいものがある」

 俺は店長の歩幅に合わせて、幾つもドアが並ぶ広い廊下を進む。突き当たりの部屋に入るなり、部屋が明るく照らされた。
 リビングダイニングだろうか。カフェ百鬼夜行のホールとキッチンを合わせたよりも床が広い気がする。左側にダイニングセット、右側にローテーブルとソファがある。あちこちに置かれた観葉植物はフェイクのようだ。
 モデルハウスみたいだな。
 生活の気配がない。セーフハウスだと説明されたが、百目鬼店長の持つ家の一つだということか。
 カフェ百鬼夜行で働くことになったときの俺の給料について、喫茶店の仕事は金銭的な問題はないのだと説明されたが、なるほど生活に困らない程度には貯金があるということなのだろう。
 大きなローテーブルの上に紙袋が置かれる。不釣り合いに見えた。

「ほら、むこうにバルコニーがあるだろう。そこからの景色がなかなか気に入っているんだ」

 そう説明しながら店長がバルコニーに出る扉を抜ける。俺も後に続くと、生暖かい風が俺の頬を撫でた。
 遠くまで夜景が広がっている。明かりがついた高層ビル、渋滞する大通り――人間の営みが見えた。

「あ。ここから夜桜見物ができるのか」

 バルコニーの柵に近づくと、足下に自分たちが通ってきたあたりが眺められる。桜のライトアップのおかげで浮かび上がって見えた。
 ここは遮られるもののない、特等席。

「なかなかいいだろう?」
「すごく……綺麗だ」

 誰にも邪魔をされない静かな場所だ。風が強く感じられるのは、建物の都合もあるのだろう。

「獅子野くんは喜ぶだろうと思ったんだ」
「男ふたりで楽しむようなものでもないとは思うけどな。もったいねえよ」
「僕は、静かに喜んでくれる相手だったら充分だよ」
「これだけ広かったらパーティもできそうじゃねえか」

 バルコニーはバーベキューができそうなくらい広い。たくさん人間を呼べそうだ。
 店長は苦笑した。

「あいにく、僕の友人たちは夜は忙しくて捕まらないからね」
「……そうか」
「――口説き文句については再考の余地がありそうだ」
「ん? さっきから店長、なに言ってんだ? 誰かをここに招くための練習台だっていうなら、そう振る舞うが」

 俺をもてなすためだけにここに連れてきたのだなんて思っちゃいない。桜は好きだし、こんな素敵な場所に連れてきてもらえたことについては素直に感謝しているが、なにか理由があってのことなのだろう。
 店長は一瞬だけショックを受けたような顔をした。ふっと笑って、俺の頭を優しく撫でる。俺はその手を払おうとしたが、うまくいかない。

「な、なんだよっ」
「少しぐらい味見をしてもいいかと思ってね」
「サバサンドか?」
「いや、君自身を、だよ」

 店長の手が離れる。そして背中を向けた。
 聞き間違いだろうか。

「酒も用意してあるんだが、君は飲むかい?」
「あまり長居するつもりはないぞ」

 部屋の中に戻ろうとする店長の後に俺も続く。

「泊まっていっても構わないんだが」
「そうもいかねえだろ、明日の朝も早いんだから」

 カフェ百鬼夜行の開店は朝七時。俺が一人暮らしで家に帰る必要がない身だとはいえ、着替えを取りに戻ることを考えると気軽に泊まるとも言えない。

「ふむ……つれないね」

 セーフハウスにお酒があるのは誰かを招くためなのだろうか。店長自身はほとんど飲めないのに。
 ってか、いつもなら真面目だって評価するところだろうに、つれないね、なのか。
 今日の店長はちょっと妙だ。俺は考え直す。

「……いや、俺が一緒にいたほうがいいなら、酒を飲んだことを理由に泊まっていかないこともねえけど」

 帰らないほうがいいような気がして、俺はそう申し出る。
 冷蔵庫を見ていた店長は、嬉しそうな顔をしてこちらを見た。

「いただきもののワインなのだが、料理に使うにはもったいなくてね。白ワインは飲めるかな?」

 声がどことなくうきうきと弾んでいる。アルコールを受け付けないくせに、なにが嬉しかったのだろう。

「あんまり高級なのだと気がひけるんだが……」
「気にすることはないよ。しまいっぱなしのほうがもったいないからね」

 ローテーブルの上にはサバサンドとオニオンリング。水が入ったグラスが一つと、空のグラスが置かれていた。部屋の雰囲気もあって、おしゃれな感じだ。

「場違いじゃねえのか、俺……」
「すぐに慣れるさ」
「そういう意味ではなくて――もういい」

 たまには店長のやりたいことに付き合ってもいいか、と思い直し、俺は素直に楽しむことにしたのだった。


《終わり……?》
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