ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

グミ食べたい

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第237話 ログアウト前のボイスチャット

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 クエスト『幻の楽譜』をクリアしたわけだが、残念ながら金銭やアイテムの報酬はなかった。
 もともとキャサリンを助けるのが目的で、誰かに依頼されたわけではない。自発的に動いたのだから当然だろう。楽譜を探す過程でダンジョン探索をしたわけでもないので、副次的なアイテム入手もなし。
 その代わり――経験値だけは破格だった。並みのクエストでは考えられない量が入り、俺はレベルアップを果たしたくらいだ。
 みんなから「おめでとう!」の言葉をもらったあとパーティを解散しマイルーム前に戻った俺は、ログアウト前に、日課としている料理用素材アイテムの確認をしていた。
 そのとき――

【クマサンがボイスチャットを申し込んでいます。許可しますか? はい/いいえ】

 画面に表示された申請に思わず目を瞬く。
 さっき別れたばかりなのに?
 夜にクマサンからボイチャ申請が来ると、どうしても例の出来事を思い出し、心臓が一瞬ヒヤッとする。けど、つい先ほどまで一緒にクエストをしていたのだ。冷静に考えれば、危険なことが起きているはずもない。
 俺は一つ深呼吸を挟み、申請を許可した。

「クマサン、どうしたの? 何か言い忘れたことでも?」
『ん……ああ、レベルアップおめでとう。ショウもそろそろトッププレイヤー達と比べても、レベル的に見劣りしなくなってきたな』
「……ああ、ありがとう」

 たいていのRPGがそうだが、レベルが上がれば上がるほど必要経験値は増え、成長は鈍る。だから高レベルプレイヤー用の新たな狩場でも見つからない限り、上位とのレベル差は自然と縮まっていく。
 それに、ギルド結成以降は、それまでのソロプレイと違って、パーティを組んで、比較的安全かつ効率的な狩りができている。そのことも相まって、俺のレベルはフィジェットねーさん達のようなトップレベルのプレイヤー達にもだいぶ近づいてきていた。
 ……とはいえ、レベルアップに対する祝福の言葉は、パーティを組んでいたときにすでにもらっている。わざわざボイスチャットで改めて伝えてくるなんて――ほかに本題があると考えるべきだろう。

『…………』

 しかし、クマサンは黙ったまま。
 ……なんだ?
 もしかして、知らないうちに何かやらかしてしまっていたか?
 今日のクエストを思い返す。パーティリーダーとしてみんなに無駄な行動をさせた場面はあったし、演劇でも盛大にやらかした。
 ……まあ、やらかすのはいつものことだけど、致命的ってほどじゃない――たぶん。

『メイ……』

 俺が頭の中でぐるぐると思考を巡らせていると、クマサンがこの場にいないメイの名を口にした。

『……の演奏、良かったな』

 …………?
 急にどうした?

「そうだな。ベースだけじゃなくて、ピアノを弾けるとか尊敬するよ」
『…………』

 振ってきたのに黙られると、逆に怖いんだが……。
 もしかしてピアノを習いたいのか? それなら、俺ではなく、メイに直接言うべきかと思うが……。

『……ドレス姿も、メイに似合っていたよな』

 今度は舞台での衣装の話。確かに普段の機能的な服とのギャップもあって、すごく可愛かった。
 だが、それを今二人きりのここで話題にする意味は何だろう?

「……そうだな」
『……ショウとも、息の合った演技をしてたよな』
「いや、俺は足を引っ張ってただけだけど……メイには助けられたよ」

 とりあえず言葉を返してはみたが、クマサン、いったい何を言いたいんだ?
 演劇の場面じゃ、クマサンは出番の少ない門番役。演技は完璧だったけど、そんな端役では、その魅力を十分には発揮できなかった。……だけど、クマサンはそんなことに不満を言うような人じゃない。
 そもそもパーティでクエストをしていれば、自分が活躍できずに終わることなんて珍しくない。俺だって何も力になれないまま終わったクエストなんて、いくらでもある。それはクマサンだって同じ。
 ……なのに、今回に限ってこんな反応を見せるなんて――

 ――ははーん。わかったぞ。

 きっとクマサンは、メイの音楽センスや演技を見て不安になったんだ。
 「クマーヤ役をメイに交代するんじゃないか」とか、「新しいVチューブをメイで始めるんじゃないか」とか、そんな余計な心配をしているに違いない。
 まったく、ホントにばかだなぁ。
 そんなこと、俺が考えるわけないのに。

「クマサン、心配しなくてもいいよ」
『――えっ!?』

 クマサンの声のワントーン跳ね上がった。やっぱり図星か?

「クマーヤの声は、クマサンしか考えられないから」
『…………?』

 なぜだろう。クマサンは何も言っていないのに、息遣いだけで、チャットの向こうで首をかしげているのが伝わってくる。

「……あれ? 違った? でも、俺はクマサンが一番好きだよ」
『――――!?』
「やっぱりクマーヤの声はクマサンじゃないと。あの声が一番好きなんだよ」
『…………』

 なんだろう。盛大なため息が聞こえた気がするんだけど。

「……えっと、クマサン?」

 慌ててクマサンに問いかける。何を問いかけているのかは、自分でもわからないが。……俺はまた何か勘違いをしたのかもしれない。
 でも――

『もういい。……ありがとう、ちょっと安心した』

 返ってきたクマサンの声は、いつもの声音だった。
 もしかしたら、ログアウトする前の会話をもう少し楽しみたかっただけなのかもしれない。
 一人暮らしをしていると、たまにそういう夜もある。その気持ちは俺にもわかる。

「よくわかってないけど……そう言ってもらえるなら、よかったよ」
『明後日の配信も、またよろしくな』
「大丈夫、任せてくれ。……ただ、台風がちょっと心配だけどな」
『予想進路は外れてるんじゃなかった?』
「まあそうだけど、前線が刺激されて雨が降ったりすると、こっちまで来てもらうのも大変だろうし」
『可愛いレインコートを買ったから、それを着ていくよ』
「……だったら、雨もちょっと楽しみかもしれない」

 そんなたわいもない会話をして、俺達は静かにログアウトした。
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