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3章:竜の国 ユミルトゥス
夢の中で 2話
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「ずっとつらかったね、リディア」
すとんと、言葉がこぼれ落ちた。
彼女はぎゅっと私に抱きついて、何度も首を縦に振っている。
がんばっていたことを理解されず、魅了の魔法で好きな人を引き離された彼女にとって、今の状況はどう見えているのかしら……?
「……でもね、魅了の魔法に引っかかるなんて、と思っちゃったのよ」
「……ねぇ、あなたには『私』になったあとも、記憶があるの?」
肯定のうなずきに、息を呑んだ。
それなら、私がフィリベルトさまにプロポーズされたことも、アレクシス殿下とフローラにやり返したことも、この国に留学を決めたことも知っているのね。
「……あの、勝手にいろいろ、ごめんなさい」
「どうして謝るの? あなたは『私』なのに」
泣いていたリディアは、散々泣いてスッキリしたのか、赤くなった目を擦ってから私を見つめた。
「ずっと、違和感を抱いていたの。きっと、あなたの前世の記憶がなかったからでしょうね」
くすっと笑う彼女の姿は、愛らしい。それから、ぎゅっと私に抱きついてくる。
「私は、アレクシス殿下のことが好きだったわ。殿下も私を望んでくれると思っていた。でも、現実は魅了の魔法に負けちゃった」
涙声で震えていたけれど、リディアは自分に言い聞かせるように言葉をつぶやいていた。
ゲームのリディアは、ずっとずっと、耐えていたのだと思うと、なんだかすごく心が痛む。
「……だからね、フィリベルトさまが私を望んでくれたことは、嬉しいと思うのよ」
静かに私から離れて、頬に触れると泣き笑いのようにくしゃっとした表情を浮かべた。
「……アレクシス殿下とは紡げなかった愛。でも、もしかしたらあなたとフィリベルトさまなら、紡いでいけるかもしれないわね」
「リディア……」
「私の恋は終わったこと。あなたはあなたの恋を、紡いでいってね」
すっと指を絡ませて、目を伏せる。
額にちゅっと軽いリップ音を立てて、リディアは私の中に入っていった。
――私が、『リディア』であることを、許してくれたかのように。
ハッとして目を開けると、真っ暗だった。
これは、夢? それとも、現実?
辺りを見渡して目を凝らすけれど、なにも見えない。
「リディア嬢、いますか?」
扉を数回ノックする音と、フィリベルトさまの声が耳に届いた。
「は、はい。どうぞ」
慌ててベッドから起き上がると、ガチャリと扉が開き、フィリベルトさまが部屋の中に入ろうとして、中が暗いことに気づき、燭台の火をつける。
「すみません、起こしてしまいましたか?」
「あ、いえ。その……少し、疲れていたようです」
灯りが点いたおかげで、ベッドから降りてまっすぐに彼のもとに向かえた。
フィリベルトさまは一度私の顔を覗き込み、頬に手を伸ばす。
彼の大きな手が、私の頬に添えられた。包み込むようなその手は、ほんの少しだけ冷たい。
「フィリベルトさま、私……夢を見ていたようです」
「夢を?」
「はい。なんだかまだ……夢から覚めていない気がして。少しだけ風に当たりたいのですか、構いませんか?」
そうお願いすると、彼は「もちろんですよ」と微笑んだ。
手を差し出されて、迷うことなくその手を取る。
そのことに、彼はとても嬉しそうに口角を上げ、部屋から廊下に出て、先導するように歩き出した。
廊下に飾られている絵画や、置かれている花瓶もきっと、エステルさまの趣味なのだと思う。
可愛らしいものが多かったから。
アーノルドさまは内装を任せているから、エステルさまの趣味のことをなにも言わないのかな?
「母と二人きりになりましたが、大丈夫でしたか?」
「え? ええ。でも、どうしてそのようなことを心配したのです?」
廊下を歩きながら問いかけられた言葉に、目を丸くしてしまった。彼は困ったように微笑み、後頭部に手を置いた。
「母はとても乙女趣味なので……それを貴女に押しつけているんじゃないかと……」
すとんと、言葉がこぼれ落ちた。
彼女はぎゅっと私に抱きついて、何度も首を縦に振っている。
がんばっていたことを理解されず、魅了の魔法で好きな人を引き離された彼女にとって、今の状況はどう見えているのかしら……?
「……でもね、魅了の魔法に引っかかるなんて、と思っちゃったのよ」
「……ねぇ、あなたには『私』になったあとも、記憶があるの?」
肯定のうなずきに、息を呑んだ。
それなら、私がフィリベルトさまにプロポーズされたことも、アレクシス殿下とフローラにやり返したことも、この国に留学を決めたことも知っているのね。
「……あの、勝手にいろいろ、ごめんなさい」
「どうして謝るの? あなたは『私』なのに」
泣いていたリディアは、散々泣いてスッキリしたのか、赤くなった目を擦ってから私を見つめた。
「ずっと、違和感を抱いていたの。きっと、あなたの前世の記憶がなかったからでしょうね」
くすっと笑う彼女の姿は、愛らしい。それから、ぎゅっと私に抱きついてくる。
「私は、アレクシス殿下のことが好きだったわ。殿下も私を望んでくれると思っていた。でも、現実は魅了の魔法に負けちゃった」
涙声で震えていたけれど、リディアは自分に言い聞かせるように言葉をつぶやいていた。
ゲームのリディアは、ずっとずっと、耐えていたのだと思うと、なんだかすごく心が痛む。
「……だからね、フィリベルトさまが私を望んでくれたことは、嬉しいと思うのよ」
静かに私から離れて、頬に触れると泣き笑いのようにくしゃっとした表情を浮かべた。
「……アレクシス殿下とは紡げなかった愛。でも、もしかしたらあなたとフィリベルトさまなら、紡いでいけるかもしれないわね」
「リディア……」
「私の恋は終わったこと。あなたはあなたの恋を、紡いでいってね」
すっと指を絡ませて、目を伏せる。
額にちゅっと軽いリップ音を立てて、リディアは私の中に入っていった。
――私が、『リディア』であることを、許してくれたかのように。
ハッとして目を開けると、真っ暗だった。
これは、夢? それとも、現実?
辺りを見渡して目を凝らすけれど、なにも見えない。
「リディア嬢、いますか?」
扉を数回ノックする音と、フィリベルトさまの声が耳に届いた。
「は、はい。どうぞ」
慌ててベッドから起き上がると、ガチャリと扉が開き、フィリベルトさまが部屋の中に入ろうとして、中が暗いことに気づき、燭台の火をつける。
「すみません、起こしてしまいましたか?」
「あ、いえ。その……少し、疲れていたようです」
灯りが点いたおかげで、ベッドから降りてまっすぐに彼のもとに向かえた。
フィリベルトさまは一度私の顔を覗き込み、頬に手を伸ばす。
彼の大きな手が、私の頬に添えられた。包み込むようなその手は、ほんの少しだけ冷たい。
「フィリベルトさま、私……夢を見ていたようです」
「夢を?」
「はい。なんだかまだ……夢から覚めていない気がして。少しだけ風に当たりたいのですか、構いませんか?」
そうお願いすると、彼は「もちろんですよ」と微笑んだ。
手を差し出されて、迷うことなくその手を取る。
そのことに、彼はとても嬉しそうに口角を上げ、部屋から廊下に出て、先導するように歩き出した。
廊下に飾られている絵画や、置かれている花瓶もきっと、エステルさまの趣味なのだと思う。
可愛らしいものが多かったから。
アーノルドさまは内装を任せているから、エステルさまの趣味のことをなにも言わないのかな?
「母と二人きりになりましたが、大丈夫でしたか?」
「え? ええ。でも、どうしてそのようなことを心配したのです?」
廊下を歩きながら問いかけられた言葉に、目を丸くしてしまった。彼は困ったように微笑み、後頭部に手を置いた。
「母はとても乙女趣味なので……それを貴女に押しつけているんじゃないかと……」
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