不思議屋マドゥカと常冬の女王

らん

文字の大きさ
7 / 21
第3章

至宝美術館

しおりを挟む
 過去を紐解くことにロマンを覚えるはずの歴史学者たちが、いまはスキターニエと呼ばれる国――即ち、ヴォルク・セールツェ島、それからジマーを含む四季四島(ヴリェーミャ・ゴーダ)の歴史を紐解くことに関しては、なぜか一様に眉を顰める。
 
 なぜなら、この五つの島の歴史の変遷は、あまりにも“異様”だからだ。
 
 神話曰く、
『神々はまず、植物に息吹を与えた。次いで、獣。最後に人を創り、この世界を去った。神々が去った後、もっとも力を持ったのは獣であった』
 
 神話どおり、巨大魔獣を恐れ、彼らから逃げ惑う時代は長く続いた。
 東の大陸ヴォルク・ジェーヤでは、やがて“栄光の七人”と呼ばれる人々が出現し、魔獣たちを制圧。人による国家が始まった。
 
 翻って、ヴォルク・セールツェ。
 
 魔獣が跋扈した時代、人類最後の砦となったこの場所では、その頃何が起こっていたか。
 
 まず、『名も無き聖霊王』が降臨。
 精霊と呼ばれるパートナーを一人一人に与え、人々を助けた。
 五百年ほど前には『光妃アンナ』が降臨。
 精霊たちはその楔を解かれた。
 そして――いまだその存在が隠され続けている『さすらう者』たち。
 
 異界からの来訪者たちの理念、思想、技術によって造られた世界の中の“異国”
 それこそが、スキターニエ。
 
 さて、そのスキターニエを建国したアーダベルト・グランマニエ・リーンツ少年は、負けん気だけは人一倍の、しかし、体の小さな少年だった。
 十二歳のアーダベルト少年はある日、『お前が弱虫でないんなら、魔霊の森にある遺跡に一人で行ってみろ!』という挑発に乗り、その遺跡にたった一人で向かった。
 そこで、彼は『国を建てよ』という啓示を受けた。
 六年後、彼は友だち二人だけを連れ、建国への一歩を踏み出したという。
 
 “名も無き聖霊王の遺跡”。
 そここそ、スキターニエ始まりの場所。
 そして、現在の至宝美術館。

 王都グラザーから、直線距離にして約五十ダリュコー。
 魔霊の森真っただ中に位置するそれは、スキターニエ初代国王アーダベルトが『わが生涯最大の、そして、未来永劫続く事業』として、十年の歳月をかけて建立された。収められている美術品は精霊先史時代のものも含めて、数十万点とも、数百万点とも言われる、国内のみならず、ヴォルク・ジェーヤ大陸でも見られない世界最大規模の美術館――のはずなのだが。

「そういやお前さん、ここは初めてだって言ってたな? 感想は?」
 
 マックの質問に、きょろきょろ辺りを見回しながら、ダーティは答える。
「……いや、感想も何も」

(正直言って、普通)
 
 ぼんやり返事をしていた。ダーティは、あわてて言い直す。
「えっと、感想ですが!」
 マックがからからと笑って言った。
「いいって、無理しなくて。おれはエルと違ってその辺気にしないからよ」
「は、はあ、ありがとうございます……」
「で」
 マックがあらためて、問うた。
「あらためて、ご感想は?」
「えっと……。うん、普通」
 マックがまた笑う。
 
 しかし、正直なところ、本当に普通なのだ。
 
 内装はよく言えば上品、悪く言えば普通。
 広さも二時間もあれば余裕で回れそうで、客もまばらにしかいない。
 初代国王アーダベルトは、この至宝美術館の建立を『わが生涯最大の仕事』と言っていたそうだが、大げさな表現の割には、国民たちにはそう受けなかったようだ。内装や建築には詳しくないダーティだが、この程度の仕事に十年もかかったとはとても思えない。
 
 しかしそれだけになおさら、この普通が異常。
 なぜなら――。
 
「マッキー!」
 
 突然声が鳴り響き、ダーティの疑問は断ち切られた。
 その威勢のよさに、思わずダーティは声のした方へ目を向ける。
 次の瞬間、ダーティは自分の目を疑った。

(え? ええええ!)

「おう! カール!」
 美術館の奥から――大きいと言うより、ごつい女が走ってくる。
 彼女はあれよあれよという間にマックに駆け寄ったかと思うと、いきなり彼に抱きついた。抱きつかれた側の足が二、三歩後退したのは、目の錯覚ではあるまい。

「久しぶりね、マック! このろくでなし! 生きてた?」
「おかげさんでな。お前こそ、元気そうで何よりだ!」
 
 がっちり抱き合う二人は、女だと思われる方が若干背が高い。
 何かいけないものを見てしまったような気がして、ダーティは思わず目を逸らす。
 目ざとい上官は、部下の行為を見逃しはしなかった。
「何だよ」
「いや」
 マッカラスから離れた女は、そこでダーティの存在に気づいたらしい。

「このぼうやは?」
 
 とマックに尋ねた。
「ああ、紹介するぜ。ダートハルト・ハリオット。国王軍期待の星だ。いまはエルのところにいるが、借りてきた」
「ふうん」
 女は面白そうに笑って、ダーティをじろじろと見る。正直、居心地が悪い。ごつい見かけにふさわしい、凶暴な笑みを唇に浮かべて女は言った。
「あのくそまじめな女の下じゃ、あんたも苦労するでしょ」
「はい」、思わずそう答えかけた。ダーティは急いで言葉を変える。
「いや、まだ入隊して、一月もたってないんで」
 女が驚いた顔をする。
「え? そうなの?」
 その言葉は、ダーティよりむしろ、マックに向けられたものだ。
 曖昧な笑顔でマックは答える。
「まあ、魔霊の森内だし」
 女は驚いたような顔で言った。
「へえ。てことは、ぼうや。あんた、ドゥシャー?」
「え、ええ、まあ」
 ダーティはこっそり、マックに耳打ちする。
「なあ、マック。この人って誰?」
「ああ!」、気づいたように声をあげて、マックはようやく女の紹介を始めた。

「こいつは、カルチェロッタ・リズヴール。この至宝美術館の館長。で、今回の依頼人」

「依頼人?」
 聞いているのかいないのか、マックはまるで的外れの自慢を始める。
「すげえぞ、カールは! なにせこの至宝美術館最年少にして、歴代最強と謳われる館長だ!」

(美術館の館長に、最強って……)
 
 確かに、彼女の体つきからみるに、相当強そうだが。
(強さって、何か関係あるのか?)
「ま、ここじゃなんだから。案内しながら説明するわ」
 疑問を口に出す暇はなかった。
 ダーティは急いで、歩き出したカールとマックに続いた。
 
 カールを先頭に三人が向かうのは、関係者以外立ち入り禁止と書かれた通路だ。
「ほんとすまないわね。わざわざこんなところまで、足を運んでもらってさ」
「いやいや。それにしても、大変だったな。美術品が逃げ出すなんて」

(美術品が……逃げ出す?)
 
 またまた謎が。
 ダーティの疑問はまた解決されないまま、カールがため息をつく。
「ほんとにねえ。あの絵が見つかったときには、みんな大喜びだったてのにさー」
 細い通路の奥に扉。
 ふと目をやると、入口手前の壁に絵がかかっている。
 
 タイトルは『サー・ナイジャル』。
 立派な白い髭の、でっぷり太ったおっさんが鎧を着て、威厳たっぷりに銀の大剣を構えている。
 マックが、ふいに足を止めた。

「ダーティ」

「はい?」
「気をつけろよ」

「へ?」
 
 聞き返すまでもなかった。
 ぶんっ、と風を切る音がして、ダーティの鼻先を銀色の大剣が掠める。

「うわあああ!」
 
 後ずさりするどころか飛びのいたダーティの前に、剣を抜いたマックが立つ。
「ふっ!」
 気合一閃。
 マックの剣が閃いて、小太りの騎士は、あっという間にばらばらになった。
 ごろんと転がる兜の中にある、厳めしい顔。それと目が合ってしまった。

「うわあああ!」
 
 今日何度目になるかわからない悲鳴を上げる。
 腰を抜かしたダーティの前で、バラバラに散らばった騎士が、元に戻った。

「お見事」

「うわあああ……あ?」
 剣を構え、腰に手を当てた小太りなおっさん騎士がダーティを見下ろしている。
 即座にカールの注意が飛んだ。
「何度も言ってるでしょ、サー・ナイジャル! お客さんに乱暴はよしなさいって」
「しかし! 吾輩には、ここを守るという使命が……」
 腰に両手を当て、あきれたようにカールは言う。
「館長たるこのあたしが連れてきた人間よ。敵なわけないじゃない」
 ダーティは目をぱちくりさせて、ドア横にかかっている絵を見る。
 壁にかかった絵には、相も変わらずおっさんの絵姿が佇んでいる。
 マックが、笑顔で説明した。
「驚いたか? 至宝美術館はな、強い魔術・魔法がかかった美術品、つまりな、“生きている”美術品を集めている美術館なんだ」
「……そ」
 一瞬間が開いて。

「それを早く言えーっ!」
 
 ダーティの盛大な、悲鳴にも近いセリフが響き渡った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...