-RINNE-ボーイズラブ恋愛シミュレーション人狼『輪廻』

TERRA

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恋愛シミュレーション人狼RINNE

CHAPTER1葵/RINNE

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夕方の空は、まだ日を残してゆっくりと色を溶かしていた。
漢義学園の屋上に立つフェンスは、夕陽を受けて金属の冷たさを控えめに光らせている。
風は温かく、遠くの校舎の屋根越しに橙色の光を揺らし、校庭からは部活動の声がかすかに届いていた。
輪廻は、フェンスにもたれて、指先を鉄の格子に触れたまま空を見つめていた。
視界の端に見える雲の縁が薄く赤く染まり、時間がゆっくりと溶けていくように感じられる。
一日は長かった。頭の中には、昼の出来事が断片となって反芻されている。
だが、その雑然とした思考は次第に緩やかにほどけ、輪廻の意識は夕暮れの淡い空気に溶け込むようにぼんやりとしていった。

「……ねむい……」
言葉は小さく、空に消えた。
瞼が重くなるのを感じて、輪廻はほんの一瞬目を閉じた。
肩の力が抜け、どうでもいい夢の端を彷徨うような眠気――しかしそのとき、不意に足元で靴音が弾け、陽の光から抜け出したような声が輪廻の耳を突いた。

「おい、起きろってば!」

まぶたをはね上げると、目の前には笑いを弾ませるような顔があった。柔らかな眉、くしゃりとした笑い皺。
その少年は、まるで太陽そのものを人にしたように、明るく輪廻を覗き込んでいる。

「ん……誰?」
「お前寝ぼけすぎだろ。俺だよ、葵!」

口ぶりは軽いが、そこには確かな手触りがある。
輪廻は一瞬戸惑った。
見知らぬはずのこの顔に、どうしてか懐かしさが滲む。
古いアルバムの頁をめくったときに感じるような、名も知れぬ親近感だった。
太陽に照らされた葵の輪郭は、輪廻の胸の中に小さな温度を残した。

「なーにしてんだよ。ほら、腹減っただろ? 寮に戻って晩飯食おうぜ」

葵の言葉は軽やかで、手は自然に輪廻の袖を引いた。
その温かさに、輪廻は軽く驚きながらも素直に立ち上がる。
屋上の柵越しに見下ろす世界は少しずつ暗さを帯び、二人の影が長く伸びていった。


寮の食堂は、夕暮れの光で静かに色づいた喧騒に満ちていた。
木の長椅子は人の体温で温まり、笑い声が皿のぶつかる音と混じる。
窓から差し込む最後の光が、テーブルの縁に並んだ料理を淡く縁取っている。
輪廻と葵はそんな一群の中に溶け込み、向かい合って座った。

「そういえば、来週校外学習があるんだってな」
葵が何気なく箸を動かしながら話題を振る。
食堂のざわめきの中で、その声が輪廻に滑り込むと、彼の中で昼の記憶がふとよみがえった。

「あー、そうだっけ? 全然覚えてないや」

輪廻は曖昧に笑って首を振る。
葵は軽く肩をすくめてから、からかうように顔をしかめる。

「お前、忘れっぽいのは相変わらずだな。転校してきたばっかで色々聞きたいこともあるのに」

輪廻は肩をすぼめ、申し訳なさそうに目を伏せる。
葵は箸でグリーンピースをつまみ上げると、わざと輪廻に差し出した。

「まぁいいや。つか、リンネってグリーンピース嫌いだったのに、食べれるようになったんだな」

その言葉に、輪廻はふっと笑ってしまう。口に運ばれた小さな丸い豆が、ほんの少しだけ塩気のある味で舌の上に広がる。
――なんだろう、この胸に広がる懐かしさは。
はっきりとは掴めない影が、静かに輪廻の内側で芽吹いていた。


夕食の後、葵の提案で大浴場へ向かうことになった。
夜の寮は静かで、廊下に響く足音が妙に大きく聞こえる。浴場の扉を開けると、熱気を孕んだ湯気がふわりと押し寄せ、眼鏡が曇るように視界が霞んだ。

寮の大浴場は想像以上に広かった。
天井は高く、白い蒸気がゆらめきながら空を漂っている。石造りの縁に並べられた木桶、かすかな檜の香り、湿った空気が肺の奥まで染み込んでいく。裸になった肌にまとわりつく熱は、日常の疲れをほぐすように柔らかく包み込んだ。

「うわー! でけー! これが寮の大浴場かよ!」

葵は大袈裟なほど感動して、きょろきょろと浴場を見回す。
輪廻はその様子を眺めながら、思わず小さく笑った。自然と頬が緩み、胸の奥が不思議に温かい。

和やかな時間――そう思った刹那、予期せぬ出来事が起きた。
葵が石鹸で足を滑らせ、声をあげた瞬間、その体が輪廻の方へ傾く。

「うわっ!」

鈍い衝撃と共に冷たい水しぶきが飛び散った。二人は湯船の縁に倒れ込み、輪廻の視界いっぱいに葵の顔が迫る。湯気に滲む睫毛、滴る水滴が首筋を伝い落ちる。その近さに、息を呑むしかなかった。

一拍、時間が止まる。
葵の胸の鼓動が自分の胸板に直に響いている。熱気とは違う、妙に火照った感覚が輪廻の腹の奥に残った。

「お、おいおい! 何やってんだよ!」
「仲いいなお前ら!」

周囲からざわめきとからかいの声が飛び、二人は慌てて離れた。
葵は顔を真っ赤にしながら、無理やり笑みを作り、手で髪をかき上げる。
輪廻も平静を装おうとしたが、頬の熱は隠せない。

視線が合う。
一瞬だけ、互いに目を逸らせなかった。

肌の残る温度と、密着した感触。
輪廻の胸の奥には、言葉にできない緊張が残った。自分の体がほんの少し強く反応したことを、彼は認めたくなかった。


その夜、輪廻は自室の窓から夜の静けさを眺めながらベッドに横たわった。
白い天井は少し薄汚れており、天井灯の輪郭がゆっくりと揺れている。
心の内側で、葵の笑い声や食堂の匂い、浴場の湯気が織りなす断片が静かに反芻される。

(葵って、どこか懐かしい感じがするけど……何だろう、この違和感は)

問いは答えなかった。
だが、問いそのものが輪廻を落ち着かせているようでもあった。
自分に取って代わる何かが、少しずつ形を作り始めているのを、彼はぼんやりと感じていた。

そのとき、スマホが震えて画面の青い光が暗闇を切り裂いた。
指で拾うと、通知は葵からのメッセージだった。

「今から寮の屋上に来てくれない?」

その一行が画面に灯ると、輪廻の胸に小さな震えが走った。
期待なのか不安なのか、それさえ彼は明確に分からなかった。
だが、知らぬ間に彼の指が画面の端を撫で、短くうなずくようにしてベッドから起き上がる。

葵と過ごした初めての夜は、言葉にするにはまだ薄い予感を残した。
胸の中に芽生えた何かは、夜という名の土の中でじっと呼吸している。

しかし、輪廻がその余韻に浸る間もなく、屋上の景色は唐突に裂けた。
空気が凍るように明度を失い、眼前に白い光の壁が立ち上がる。
息を吸うことすら忘れそうなほどに、世界は滑らかに剥がれ落ちていった。

耳の奥で、規則正しい電子音が低く鳴り、光の中に文字が浮かび上がる。

CHAPTER1 CLEAR

文字は大きく、無機質に空間を支配していた。輪廻は喉の奥がキリリと締まるのを感じ、ゆっくりと視線を光の奥へ向けた。そこには、まるで操作パネルのようなメニューが淡く浮かんでいる。

メニュー画面
・推理パート

指先が画面に触れると、次の選択肢が波紋のように広がった。

・バスの事故
・校外学習
・最後の生存者

それらの単語は、輪廻の胸の奥に埋められていた記憶の破片を掻き立てる。
横転する車体、砕け散るガラス、谷の底へ落ちていくような錯覚――痛みのような感覚が、頭の奥で鋭く蘇った。

「バスの事故……校外学習……これって、俺が見たニュースのことか?」

言葉は自分に向けられていた。
混乱と憤りが入り交じり、輪廻は拳を固く握る。
ここは何なのか。
何のために、そして誰のためにこの選択があるのか。
答えはまだ、手の届かないところにある。

次の表示が、淡々と問いかける。

「次のチャプターを開始しますか?」
YES / NO

輪廻は深く息を吸った。胸に在る予感と嫌悪が同時に鼓動し、指先が震える。
だが、答えを先延ばしにする余地はないような気配があった。
彼は震える指で、確かに「YES」を選んだ。

電子音がひとつ、鋭く鳴り、画面は白い光に溶けていく。
光は冷たく、しかしその芯に熱を秘めているように見えた。
輪廻は目を閉じ、全身をその光に委ねる。
どこへ連れて行かれるのか、何が待ち受けているのか、答えはない。
ただ、ここに停まっているわけにはいかないという確信だけが、彼の背中を押した。

それは、終わりかもしれないし、始まりかもしれない。
輪廻の足は、次の舞台へと確かに一歩を踏み出していた。

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