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#10 狂言とも茶番とも
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「ゴメン、君を利用するために痛い思いまでさせた」
本当は直前で防御することも出来たのに、あの状況を作るためにわざと当てさせたという意味だ。
無論そんな事俺は承知している。知っていて自分から当たりに行ったのだ。
潤む黒い瞳に俺が映る。神子様の指先が額の傷に触れる。
涙の痕はおそらく意図的に残している。
舞い戻った礼拝所内の神子様の部屋で粗末な木の椅子に向き合って座らされた。
もう一カ所頭に当たったよねと言いながら立ち上がり俺の側頭部を探るために殆ど俺の頭を抱きかかえているような態勢になる。
神子様の匂いが鼻腔を擽る。
鼓動が早まりそれに呼応して呼吸が速くなると「痛い?」と訊かれた。
イエと応えたが「痛いよね、こんなに血が出てるもん」と言いながら密着した位置に立ち、母が子供の怪我にするように微かにフーフーと息をかけてから俺の傷を治癒した。
そのわずかな唇の動きが俺の脳髄を痺れさせる。
体温まで感じそうなこの至近距離で触れられることがこれほど刺激的だとは想像すらしていなかった。
「頭だからね。念入りに治癒しておいた。あと・・・」
コツコツコツとノックの音がして「グレイモスです」と名乗る声がした。
村人達を一喝してくれたあの長身の神官の美声だった。神子が一歩踏み出しかけるのを手で制して俺がドアを開ける。
一歩踏み込んだグレイモスは俺の額を見てから神子様に目線を向け「治癒していただいていたのですね」と微笑む。頷く。
直後彼は神子様の座る椅子の方に数歩進み両膝を付いて胸に手を当て頭を垂れた。
「先ほどはご不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。とっさのことで、防御を張るのが遅れてしまいました。神子様ご自身にはお怪我はありませんでしたか」
「いえ、私は大丈夫です。護衛が護ってくれましたから。そういえば神官様の中にも当たった方が居たのでは有りませんか?お怪我は・・・」
「居りましたが、仲間の神官に既に治癒して貰って無事でございます」
目線を神子様に向けたグレイモスは一瞬息を呑んだ。
神子様の黒い瞳に涙が溜まりそれが重力に負けてこぼれ落ちるのを見たからだ。
「まさか、あれほどに民に憎悪されていたなんて・・・」
ショックを隠しきれないという風情で震える手を口許に運ぶ。
「それほどに私が悪かったのでしょうか。私がいつまでも陛下のお沙汰を待たず決断していれば・・・」
「とんでもありません!」
グレイモスは一歩、膝でにじり寄りながら遮った。
「あの村人達は何も分かっては居ないのです。遠征の際神子様はあの村を浄化し、結界を張ってくださったではありませんか。あの村の瘴気ポイントはかなり育っており厄介でした。だからこそあれほどの被害があったのです。逆を言えばあの時神子様が多くの魔力をつぎ込んで浄化してあげなければあの村が全滅していたかも知れません。それを食い止めてくださったという事を忘れ、救えなかった者達の命を惜しむのはともかく神子様のせいにして糾弾するなど有ってはならないことでございます」
「・・・明日、又あの村に行くのでしょうか」
「それについては現在検討中でございます。・・・が神子様はいかがなされたいですか?」
「・・・わ、私は・・・」
すすり上げる神子様をグレイモスは心配げにのぞき込む。
「怖いです・・・」
神子様は自分の腕で自分を抱くようにして震えた。
「暫く間を置いてもらえませんか・・・。予定を変えて次の村を先にして・・・。その・・・当分は・・・ちょっと、あの村に行くのが怖いのです・・・。暫く他を回って、少し気持ちが落ち着いてからもう一度訪れる・・・と言うのではダメでしょうか」
いえ、とグレイモスは若干の安堵の色を見せた。
「実は私も、そのように提案しようと思っておりました。同じ気持ちでホッと致しました。引率司祭にその旨伝えておきますので、明日はコースを変更することになるでしょう。
本日は活動を中止したことでまだ陽も高うございます。・・・どうぞごゆっくりなさってお気持ちを切り替えてくださいませ」
「ありがとうございます・・・」
ああ、神官の中にもこういう真っ当に神子様に敬意を払える者が居たんだな、と、俺は驚きと共に感慨を覚えた。
だが。
グレイモスはポケットから几帳面に折りたたまれたハンカチを取り出し、神子様の頬に触れた。反対の手の指でその繊細な顎を固定しながら。
「こんなに泣きはらされて。お可哀想に。濡れた黒い瞳も麗しくはありますが・・・」
絹糸のような真っ直ぐな、限りなく白に近い銀髪を揺らして神子様のお顔をのぞき込み低く甘い声で囁く。
長いまつげに縁取られた青灰色の瞳も真っ直ぐな鼻梁も彫像めいてぞくりとする美神官だ。
神子様の黒い瞳が見開かれて暫し二人は無言のまま見つめ合った。
俺の胸の奥がざわつく。
「・・・ありがとうございます。・・・意気地が無くてお恥ずかしいです」
ふっとかすかに神子様は苦笑してグレイモスの両手に手を添えやんわりと押し戻した。
「失礼致しました。では引率司祭には伝えておきますので」
押し戻された手を一瞬見つめてからグレイモスは立ち上がり軽く姿勢を沈め一礼してから退室した。
俺は暫く彼の閉じた扉を見つめてしまった。
「マクミラン」
振り向くと神子様が手招きして、そして椅子に座れと指で指し示した。
「せっかくの金髪が血で汚れたままだったね。綺麗にしてあげるから」
俺は素直に腰を下ろす。水魔法を使った清浄魔法で血の汚れを払拭してくれる。
触ったところで分からないのだが自分でつまみ目線を上げて頭髪の先を見ようと弄っていると。
「体の方にも当たったよね?どこ?この辺とこの辺とここ・・・かな?」
俺の体の打撲した場所を捜すように触れながら治癒していった。触れると分かるのか・・・。
いつにない度重なるスキンシップに狼狽えていると、神子様の黒い瞳に陰りが差した。
そして極々小さな声で誰に言うとも無く苦笑した。
「何のために召喚されてきたんだ・・・だって!」
本当は直前で防御することも出来たのに、あの状況を作るためにわざと当てさせたという意味だ。
無論そんな事俺は承知している。知っていて自分から当たりに行ったのだ。
潤む黒い瞳に俺が映る。神子様の指先が額の傷に触れる。
涙の痕はおそらく意図的に残している。
舞い戻った礼拝所内の神子様の部屋で粗末な木の椅子に向き合って座らされた。
もう一カ所頭に当たったよねと言いながら立ち上がり俺の側頭部を探るために殆ど俺の頭を抱きかかえているような態勢になる。
神子様の匂いが鼻腔を擽る。
鼓動が早まりそれに呼応して呼吸が速くなると「痛い?」と訊かれた。
イエと応えたが「痛いよね、こんなに血が出てるもん」と言いながら密着した位置に立ち、母が子供の怪我にするように微かにフーフーと息をかけてから俺の傷を治癒した。
そのわずかな唇の動きが俺の脳髄を痺れさせる。
体温まで感じそうなこの至近距離で触れられることがこれほど刺激的だとは想像すらしていなかった。
「頭だからね。念入りに治癒しておいた。あと・・・」
コツコツコツとノックの音がして「グレイモスです」と名乗る声がした。
村人達を一喝してくれたあの長身の神官の美声だった。神子が一歩踏み出しかけるのを手で制して俺がドアを開ける。
一歩踏み込んだグレイモスは俺の額を見てから神子様に目線を向け「治癒していただいていたのですね」と微笑む。頷く。
直後彼は神子様の座る椅子の方に数歩進み両膝を付いて胸に手を当て頭を垂れた。
「先ほどはご不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。とっさのことで、防御を張るのが遅れてしまいました。神子様ご自身にはお怪我はありませんでしたか」
「いえ、私は大丈夫です。護衛が護ってくれましたから。そういえば神官様の中にも当たった方が居たのでは有りませんか?お怪我は・・・」
「居りましたが、仲間の神官に既に治癒して貰って無事でございます」
目線を神子様に向けたグレイモスは一瞬息を呑んだ。
神子様の黒い瞳に涙が溜まりそれが重力に負けてこぼれ落ちるのを見たからだ。
「まさか、あれほどに民に憎悪されていたなんて・・・」
ショックを隠しきれないという風情で震える手を口許に運ぶ。
「それほどに私が悪かったのでしょうか。私がいつまでも陛下のお沙汰を待たず決断していれば・・・」
「とんでもありません!」
グレイモスは一歩、膝でにじり寄りながら遮った。
「あの村人達は何も分かっては居ないのです。遠征の際神子様はあの村を浄化し、結界を張ってくださったではありませんか。あの村の瘴気ポイントはかなり育っており厄介でした。だからこそあれほどの被害があったのです。逆を言えばあの時神子様が多くの魔力をつぎ込んで浄化してあげなければあの村が全滅していたかも知れません。それを食い止めてくださったという事を忘れ、救えなかった者達の命を惜しむのはともかく神子様のせいにして糾弾するなど有ってはならないことでございます」
「・・・明日、又あの村に行くのでしょうか」
「それについては現在検討中でございます。・・・が神子様はいかがなされたいですか?」
「・・・わ、私は・・・」
すすり上げる神子様をグレイモスは心配げにのぞき込む。
「怖いです・・・」
神子様は自分の腕で自分を抱くようにして震えた。
「暫く間を置いてもらえませんか・・・。予定を変えて次の村を先にして・・・。その・・・当分は・・・ちょっと、あの村に行くのが怖いのです・・・。暫く他を回って、少し気持ちが落ち着いてからもう一度訪れる・・・と言うのではダメでしょうか」
いえ、とグレイモスは若干の安堵の色を見せた。
「実は私も、そのように提案しようと思っておりました。同じ気持ちでホッと致しました。引率司祭にその旨伝えておきますので、明日はコースを変更することになるでしょう。
本日は活動を中止したことでまだ陽も高うございます。・・・どうぞごゆっくりなさってお気持ちを切り替えてくださいませ」
「ありがとうございます・・・」
ああ、神官の中にもこういう真っ当に神子様に敬意を払える者が居たんだな、と、俺は驚きと共に感慨を覚えた。
だが。
グレイモスはポケットから几帳面に折りたたまれたハンカチを取り出し、神子様の頬に触れた。反対の手の指でその繊細な顎を固定しながら。
「こんなに泣きはらされて。お可哀想に。濡れた黒い瞳も麗しくはありますが・・・」
絹糸のような真っ直ぐな、限りなく白に近い銀髪を揺らして神子様のお顔をのぞき込み低く甘い声で囁く。
長いまつげに縁取られた青灰色の瞳も真っ直ぐな鼻梁も彫像めいてぞくりとする美神官だ。
神子様の黒い瞳が見開かれて暫し二人は無言のまま見つめ合った。
俺の胸の奥がざわつく。
「・・・ありがとうございます。・・・意気地が無くてお恥ずかしいです」
ふっとかすかに神子様は苦笑してグレイモスの両手に手を添えやんわりと押し戻した。
「失礼致しました。では引率司祭には伝えておきますので」
押し戻された手を一瞬見つめてからグレイモスは立ち上がり軽く姿勢を沈め一礼してから退室した。
俺は暫く彼の閉じた扉を見つめてしまった。
「マクミラン」
振り向くと神子様が手招きして、そして椅子に座れと指で指し示した。
「せっかくの金髪が血で汚れたままだったね。綺麗にしてあげるから」
俺は素直に腰を下ろす。水魔法を使った清浄魔法で血の汚れを払拭してくれる。
触ったところで分からないのだが自分でつまみ目線を上げて頭髪の先を見ようと弄っていると。
「体の方にも当たったよね?どこ?この辺とこの辺とここ・・・かな?」
俺の体の打撲した場所を捜すように触れながら治癒していった。触れると分かるのか・・・。
いつにない度重なるスキンシップに狼狽えていると、神子様の黒い瞳に陰りが差した。
そして極々小さな声で誰に言うとも無く苦笑した。
「何のために召喚されてきたんだ・・・だって!」
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