釣った魚、逃した魚

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#11 信奉者

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次の村でも、その次の村でも村人達の反応は微妙だった。

王都で近隣の被害地を治癒していたときはまだ神子様の治癒に感謝している人々が多かったように見える。
王都から離れ、被害が深刻な地域になるほど神子様の治癒が遅れた事への不満の色が顕著だった。
確かに彼らの気持ちも分からなくは無い。だが神子様を恨みに思うのはお門違いだ。
この先はずっとこんな空気なのだろうかと思うと気が重かった。

憂鬱の原因は神子様のお気持ちや安全からのことではあるが・・・。勝手かも知れないが、神子様がこの世界を嫌いになってしまうのではと思うと、少し辛かった。

ただ、神官達の目配りもあり、前回の様に酷い有様はなかったし、治癒して貰ったあとに「ありがとうございます」と頭を下げる者も居た。むしろあたり前なのだが。

しかし、神子様が別に来たくてこの世界に来たわけで無く、有無を言わさず召喚されてそれまでの人生を全て棒に振る羽目になっていること、今ここに居ること自体が大いなる自己犠牲の上に成り立っていることを想像する者は居ない。

そしてその次の村に行ったとき、再びあの村で起きたように村人達からの憎悪をぶつけられた。
だが、神子様はあれ以来向かう村の人々の動向を何らかの魔法を使って探りを入れるようになっており、予めその村で石を投げられる事を予測していた。

俺は遅れてくるよう命じられていた。今度は自分があたるというのだ。飛んでくる石に。俺は反対したが、作戦だから、と。
その際、防御魔法が展開出来るグレイモスがその場に居ると邪魔になる。
治癒の拠点に近づき下馬する直前に不穏な空気に反応した体で俺の馬が少しむずかり、俺はそれを宥めるために神子様について行くのが遅れた、というフリ。

神子様が馬車から降りて少し歩いてから傍らについていたグレイモスに寒いと訴える。「馬車の中に少し厚手のローブがあるので取ってきてもらえませんか」と頼む。グレイモスはすぐ傍の神官に神子様を託して馬車に戻る。

馬車が近づいてきた時点で広場に集まった村人達はこちらを睨み付けていた。女達などは神子様を蔑んだような目で見てヒソヒソと噂をしている。

村の親父どもが攻撃的に悪態を投げつけてきた。
「良いご身分だな。一年以上も放っておいて」
「さぞ王様のアレが良かったんだろうよ」
「お前が来なかったせいで何人が死んだと思っているんだ」
「今更何しに来やがった」

次第に大きくなる罵倒。そして予想通りに石が飛んできた。
「この男妾おとこめかけ!」
というダミ声と共に投げつけられたそれは見事に神子様の左眉の上にヒットした。

続いてまた「異世界に帰れ、この役立たず!」と罵られながら投げられた石が、それを避けようと顔を覆った手に中り血が流れた。

そこで俺とグレイモスが遅れて駆け寄り、俺は神子様を抱きかかえてすぐさま馬に跨がりグレイモスは防御を張りながら村人を叱責した。

「神子様のご意志で一年以上も放っておいたわけでは無いわ!
国王陛下からのお沙汰が無かったからだ!陛下は喪に服されていた!
それに神子様は何の意思確認も無くある日突然異世界からこの国に召喚されたのだ。
ご家族にも友人にも恋人にも別れの挨拶をする暇すら与えられず強引にそれまでの人生を断ち切られて全く見知らぬ世界に呼び出されたのだぞ。
元の世界では魔獣も瘴気の被害も無い。全くなじみの無いこの世界の憂いを訴えられても最初は意味が分からなかっただろう。
しかも戻る術も無いのだ!それでも恨み言ひとつ言わずに瘴気の浄化と結界を施してくれたのに感謝もせず口汚く罵りあまつさえ石など投げるのかッ!この愚か者どもが」

村人が愕然としているのが分かった。

グレイモスがおそらく村人を叱責するであろう事は以前の村の件からも想定内だったが、あそこまで突っ込んだことを言うとは思わなかった。
村人だけで無く、神官の中にすら、いかに神子様の置かれた状況が理不尽だったかを彼の言葉で初めて気づき、神子様を振り仰いでいた者も居た。

「撤収だ」
グレイモスは神官団に命じる。
この治癒行脚隊のリーダーは彼では無い。だが、おそらく彼は元の身分が高位貴族なのだろう。
何かに付け彼が放った言葉には殆ど異論を挟む者など現れ無かった。

村人は焦りの色を見せる。

「治癒は!治癒をしてくださるのではないのですか?」

「よくも言えたものだ!見ろ!神子様はお怪我をなさった!貴様らがやったことだ」
石が中った額と手から流れ出した血が神子様の生成りのローブを点々と赤く染めている。

「し、知らなかったんだ・・・」

俺は馬の首を巡らせ元来た道に踏み出させる。

「待ってくれ!悪かった!謝る。謝るから」
「待てって言ってんだろ!それがアンタの仕事だろうッ」
「俺達を見捨てるのかッ」
例によって勝手な怒号が背後から浴びせられるが振り向くこと無く進む。

他の神官達の馬の足音や馬車の車輪の音が後ろから追ってくるのを感じながら再び今朝出発した拠点たる人里離れた巡礼宿に戻った。

巡礼宿の部屋で、神子様がご自身の怪我を治癒していた頃、グレイモスが数人の神官を伴って訊ねてきた。
皆、両膝を付き胸に手を当て、村人達の非礼を詫びた。

「あなた方の咎ではありませんから。一年も放置してしまった私の落ち度です」
「神子様の落ち度などではありませんッ」
グレイモスと共に膝をついている神官達が慌てて首を振り、そのまま一斉に床にひれ伏した。

「私どもは・・・私どももあの村人と同じでした。神子様の事情など少しも顧みること無く、当たり前にこの世界のために奉仕してもらえるものと思い込んでおりました。そのために召喚されたのだと。
どうか愚かな私たちをお許しください。これからは誠心誠意神子様にお仕えします」
そう言っていざるように近づき一人一人が次々に神子様の爪先に口づけた。

「おやめください」と彼らの行動を制止しようとした神子様はグレイモスに押しとどめられる。
「どうか彼らの真心を受けてあげてください」

仕方なく爪先に落とされる誓いの口づけを受け止める神子様の黒髪から白いうなじがのぞく。

それを陶然と見つめるグレイモスに俺は胸の奥に湧き上がるもやもやを禁じ得なかった。
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