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#12 郷愁の花畑
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巡礼宿の周辺には何種類かの野生の薬草が群生している場所が有り、神子様は散策がてらそれを摘んできたいと言い、引率司祭に許可を貰った。
「有った有った、これこれ」
王都周辺では手に入りにくいのだという、その薬草を摘みながら神子様はご機嫌がよかった。
巡礼宿が遠くに見える林を抜けた少し開けた原っぱには、一面野花が群生しており、その一角に薬草が固まっていた。
青空の下に広がる一面の白い野花を見て神子様は深呼吸した。
「やっぱりずっと馬車移動だときついよね。たまにはこういう開放感を味わわないと」
お疲れでしたか、と訊くと、まあねと笑った。
「気がつけばもうこんな季節になっていたのですね」
思わず出た俺の言葉に神子様が「ああ、この花のこと?・・・えーと、ハヨルク?この花の根っこが体を温めるハーブになるのか」とすぐに花の鑑定をし始めた。
「俺の生まれ故郷でも少しずつこれから寒くなってくる頃になると、村はずれの原っぱに一面にこの花が咲きました。この辺りはまだ豪雪地帯ではありませんが、俺の故郷はもっと北なので、この花が咲くとみんなどの家も冬支度を始めるんです」
へえ・・・と神子様は薬草を摘むために跪いていた膝を払いながら立ち上がり、もう一度一面の野花の果てを仰いだ。
「君の故郷ってどんなところなの?」
「田舎です。・・・本当に田舎ですよ。普段はただ長閑で。王都の便利さや愉しみに慣れてしまった人には不便でイヤになるでしょうね。
・・・でも、花も渡り鳥も、森や山の色も季節ごとに移り変わって飽きることが無いし、村人は必要以上の干渉はしないけど、お互いの元気を確認しながらしんどいことは助け合って・・・そういう部分は暖かくて。
でも、魔の森や渓谷が近いから、繁殖期や地脈に影響される魔素の乱れの加減で時々魔獣が発生して、ひたすらのんびり過ごせるわけでも無いんですけど・・・。
魔獣発生時は村の男衆はみんなが力を合わせて討伐したり撃退したり・・・その間に女達が子供や年寄りを助けながら決められた避難所に逃げ込んだり怪我人の面倒見たりと暗黙の役割分担が有って、誰もがみんな助け合うんです。
その分、そのみんなで協力し合っている暗黙の連携に従えない者には厳しいんですけどね。・・・まあ、一人が調和を乱す事で多くの犠牲が出ることも多いから、当然のシビアさなんですが・・・俺にはその温かさとシビアさのバランスが調度よくて。
王都にも勿論、人の情けも厳しさも有りますけど、その質が全く違っていて・・・ついついことあるごとに比べてしまうんです」
一面のハヨルク畑に郷愁を刺激されたせいか、あれこれと思い出しながら語ってしまった。
「故郷が好きなんだね」
俺はハッとした。
神子様はもう故郷に戻れないのに、つい自分の気持ちに任せて垂れ流してしまった事に気づき「スミマセン」と謝った。
「ううん。嬉しいよ。ミランはさ、普段あんまり喋らないだろ?故郷の話だとずいぶん喋ってくれるんだなって思って」
確かに元々あまり喋る方では無いが、神子様が相手だと思うと更に巧く喋れなくなってしまうのだ。だから自分でも驚いた。
「・・・俺も行ってみたいよ。ミランの故郷・・・」
大きく伸びをしながら空を仰ぐ神子様の横顔に、釘付けになる。
見て欲しい、俺の故郷を。
いや、出来るなら連れて行ってしまいたい。
俺の故郷は、魔獣が出没する地域なだけあって、訳ありの人間が流れてきて住み付く事も多い。
都会で人に騙されて身を持ち崩したり、中には身分のせいで理不尽に追い詰められて逃げてきた貴族や騎士なども居る。
どういう者達でも村の暗黙のルールに従いさえすれば、ただ、それにさえ従うなら過去は問わず住み着くことを拒絶しない。例え脱走してきた罪人でも、だ。
「ミランのご家族は元気なの?」
「両親は俺が子供の頃逃げ遅れて魔獣にやられて死にました。姉と俺が残ったのですが、姉は村に一番近い街の比較的裕福な商人と結婚して幸せに暮らしています」
「そう。ミランのお姉さんならさぞかし美人さんなんだろうね。小まめに会っているの?」
「・・・いえ、俺が騎士団に入ってからは・・・。王都からは遠いので」
「じゃあ、会いに行かなきゃね。心配してるんじゃないの?」
俺はハイと応えて黙ってしまった。俺を振り返った神子様の髪がふわりと風に巻き上げられて額と首筋が見える。息を呑むほど妖艶だと思った。
こちらを振り返った神子様の視線が俺を通り越して林の方に向けられ、にこやかに手を振った。つられて振り返るとグレイモスが巡礼宿の方から近づいてきた。
「こちらにいらしたのですね」
「ええ、薬草を見つけたので摘んでいたのです・・・。そうしたらこんな良い景色に出会ってしまって」
神子様が手に持った薬草を見せると「おぉ、カヌマエ草ですか。こんなに」と驚いたから「そこにも沢山生えていますよ」と教えると更に感心していた。
「でもトゲトゲもピンとしているモノしか有効成分が抽出出来ないので今の季節だと選別するとこの程度なのですけどね」
神子様は少し残念そうに言った。グレイモスは「イエ充分ですよ」と微笑みで返す。
一面のハヨルク畑の上を風が撫でて波打つ。
神子様の黒髪も、グレイモスの雨に濡れた蜘蛛の糸のような煌めく銀髪も風になぶられる。
乱れた自分の髪を手で押さえながらグレイモスはつと神子様の頬に手を添え石を投げられ怪我を負った箇所を指先で撫でた。
「お怪我は治癒されたのですね」
ハイと応えながら神子様は後退りしてグレイモスの手を避けた。白く長い指が空中に置き去りにされる。
そのまま神子様はグレイモスに背を向けて数歩歩き、手を伸ばしても届かない位置で振り返って告げた。
「もう少し散策してから宿に戻りますので、どうかご心配なく」
「有った有った、これこれ」
王都周辺では手に入りにくいのだという、その薬草を摘みながら神子様はご機嫌がよかった。
巡礼宿が遠くに見える林を抜けた少し開けた原っぱには、一面野花が群生しており、その一角に薬草が固まっていた。
青空の下に広がる一面の白い野花を見て神子様は深呼吸した。
「やっぱりずっと馬車移動だときついよね。たまにはこういう開放感を味わわないと」
お疲れでしたか、と訊くと、まあねと笑った。
「気がつけばもうこんな季節になっていたのですね」
思わず出た俺の言葉に神子様が「ああ、この花のこと?・・・えーと、ハヨルク?この花の根っこが体を温めるハーブになるのか」とすぐに花の鑑定をし始めた。
「俺の生まれ故郷でも少しずつこれから寒くなってくる頃になると、村はずれの原っぱに一面にこの花が咲きました。この辺りはまだ豪雪地帯ではありませんが、俺の故郷はもっと北なので、この花が咲くとみんなどの家も冬支度を始めるんです」
へえ・・・と神子様は薬草を摘むために跪いていた膝を払いながら立ち上がり、もう一度一面の野花の果てを仰いだ。
「君の故郷ってどんなところなの?」
「田舎です。・・・本当に田舎ですよ。普段はただ長閑で。王都の便利さや愉しみに慣れてしまった人には不便でイヤになるでしょうね。
・・・でも、花も渡り鳥も、森や山の色も季節ごとに移り変わって飽きることが無いし、村人は必要以上の干渉はしないけど、お互いの元気を確認しながらしんどいことは助け合って・・・そういう部分は暖かくて。
でも、魔の森や渓谷が近いから、繁殖期や地脈に影響される魔素の乱れの加減で時々魔獣が発生して、ひたすらのんびり過ごせるわけでも無いんですけど・・・。
魔獣発生時は村の男衆はみんなが力を合わせて討伐したり撃退したり・・・その間に女達が子供や年寄りを助けながら決められた避難所に逃げ込んだり怪我人の面倒見たりと暗黙の役割分担が有って、誰もがみんな助け合うんです。
その分、そのみんなで協力し合っている暗黙の連携に従えない者には厳しいんですけどね。・・・まあ、一人が調和を乱す事で多くの犠牲が出ることも多いから、当然のシビアさなんですが・・・俺にはその温かさとシビアさのバランスが調度よくて。
王都にも勿論、人の情けも厳しさも有りますけど、その質が全く違っていて・・・ついついことあるごとに比べてしまうんです」
一面のハヨルク畑に郷愁を刺激されたせいか、あれこれと思い出しながら語ってしまった。
「故郷が好きなんだね」
俺はハッとした。
神子様はもう故郷に戻れないのに、つい自分の気持ちに任せて垂れ流してしまった事に気づき「スミマセン」と謝った。
「ううん。嬉しいよ。ミランはさ、普段あんまり喋らないだろ?故郷の話だとずいぶん喋ってくれるんだなって思って」
確かに元々あまり喋る方では無いが、神子様が相手だと思うと更に巧く喋れなくなってしまうのだ。だから自分でも驚いた。
「・・・俺も行ってみたいよ。ミランの故郷・・・」
大きく伸びをしながら空を仰ぐ神子様の横顔に、釘付けになる。
見て欲しい、俺の故郷を。
いや、出来るなら連れて行ってしまいたい。
俺の故郷は、魔獣が出没する地域なだけあって、訳ありの人間が流れてきて住み付く事も多い。
都会で人に騙されて身を持ち崩したり、中には身分のせいで理不尽に追い詰められて逃げてきた貴族や騎士なども居る。
どういう者達でも村の暗黙のルールに従いさえすれば、ただ、それにさえ従うなら過去は問わず住み着くことを拒絶しない。例え脱走してきた罪人でも、だ。
「ミランのご家族は元気なの?」
「両親は俺が子供の頃逃げ遅れて魔獣にやられて死にました。姉と俺が残ったのですが、姉は村に一番近い街の比較的裕福な商人と結婚して幸せに暮らしています」
「そう。ミランのお姉さんならさぞかし美人さんなんだろうね。小まめに会っているの?」
「・・・いえ、俺が騎士団に入ってからは・・・。王都からは遠いので」
「じゃあ、会いに行かなきゃね。心配してるんじゃないの?」
俺はハイと応えて黙ってしまった。俺を振り返った神子様の髪がふわりと風に巻き上げられて額と首筋が見える。息を呑むほど妖艶だと思った。
こちらを振り返った神子様の視線が俺を通り越して林の方に向けられ、にこやかに手を振った。つられて振り返るとグレイモスが巡礼宿の方から近づいてきた。
「こちらにいらしたのですね」
「ええ、薬草を見つけたので摘んでいたのです・・・。そうしたらこんな良い景色に出会ってしまって」
神子様が手に持った薬草を見せると「おぉ、カヌマエ草ですか。こんなに」と驚いたから「そこにも沢山生えていますよ」と教えると更に感心していた。
「でもトゲトゲもピンとしているモノしか有効成分が抽出出来ないので今の季節だと選別するとこの程度なのですけどね」
神子様は少し残念そうに言った。グレイモスは「イエ充分ですよ」と微笑みで返す。
一面のハヨルク畑の上を風が撫でて波打つ。
神子様の黒髪も、グレイモスの雨に濡れた蜘蛛の糸のような煌めく銀髪も風になぶられる。
乱れた自分の髪を手で押さえながらグレイモスはつと神子様の頬に手を添え石を投げられ怪我を負った箇所を指先で撫でた。
「お怪我は治癒されたのですね」
ハイと応えながら神子様は後退りしてグレイモスの手を避けた。白く長い指が空中に置き去りにされる。
そのまま神子様はグレイモスに背を向けて数歩歩き、手を伸ばしても届かない位置で振り返って告げた。
「もう少し散策してから宿に戻りますので、どうかご心配なく」
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