13 / 100
#13 越冬
しおりを挟む
「グレイモスは俺に差し向けられた不貞要員だよ」
巡礼宿に向かう林を歩きつつ、神子様は消音魔法を施して告げた。
「いつまで経っても俺が君と疚しい関係にならないから、別の男を送り込んできたんだな。どうやら陛下は何としても俺に隷属アイテムを装着したいらしい」
ははっと軽く笑う神子様の声を聞きながら、俺は踏みしめる足下を睨み付け、渇くほど瞬きを忘れていた。
グレイモスが色を含んだ目で神子様を見ているのは承知している。
それでも彼は、今まで誰も言わなかった神子様の心情に寄り添う発言をした人間だ。
彼の発言で初めてそれに気づいた者も居たのだ。
俺はその部分に関しては好意的に捕らえていた。やっと気づく者が現れたのか、と。
この者は少しはまともに敬うべき対象を敬える人間なのだと。
少し日が傾いた林の中、頭上で鋭い野鳥の声と羽ばたきが響いた。
この日に罵り石を投げつけてきた村は、翌日スキップして次の村へと向かった。
そこから先は、神子様の爪先に口づけて帰依を誓った神官達の誰かが到着前に目的地の村に先行し、神子様への不遜な対応を牽制して回るようになった。
おかげでもう村人から攻撃を受ける事も無く、スムーズに治癒行脚は進んだ。
気がつけば吐く息は白く烟り、遠い山並みも真綿を被り、踏みしめる石畳に雪がちらつき始めていた。
治癒行脚の最終工程で、スキップした二つの村を再び訪れ、治癒を施した。
村人達は酷くしょげて反省している者達と、攻撃こそしないが、悔しげにその場は屈しつつも一層悪心を抱く者と、に分かれていた印象だ。
王都は、行脚でたどった山岳地帯に比べればさほど寒さが厳しい地域では無いが、やはり冬枯れの侘しさを湛える風情になっていた。
昨冬は神子様は後宮に居た。
王妃や他の側妃達の嫌がらせで、暖炉の薪を回してもらえず当初は寒さに震えたが、それでも羽布団もあったし、何より神子様には熱魔法があるからすぐに対応して乗り切れた。
俺にも熱魔法を施そうとしてくださったが、北の豪雪地帯出身の俺にとっては王都の冬など何ほどのものでも無かったから断った。
治癒行脚を無事に済ませ、神子様は神殿に“帰還”するはずだった。
だが、神殿に神子様の部屋は無かった。
案の定、陛下は側室の籍を外し神殿に籍を移す手続きをしていなかった。
王都に帰還したら、後宮に戻るように伝えられたのだ。
神子様の宮はそのままに保存されていた。
最初から、出て行くことを想定していなかったことは明らかだったが、帰還の挨拶に行きその事を訊ねると「何かと忙しくて手続きを忘れて居ったのだ。そう急ぐ必要も無かろう。これから寒い季節になる。暖かくなるまでは後宮に留まるが良い」と、しゃあしゃあと応えた。
仕方なく、後宮の主である王妃にも挨拶に行く。
以前の王妃ならば、嘲笑して意地悪のひとつやふたつは言って来ただろうが、久し振りに会った王妃はどことなく精彩を欠いて居り、まるで神子様の帰還を歓迎しているかのようだった。
その理由はすぐに分かった。
ナタリー妃が後宮を席巻しているからだ。王妃に付いてナタリー妃を貶めていた側妃達も、今ではもうナタリー妃に媚びている有様だった。
一応、第二妃第三妃に続き、後宮で最も寵を受け権力を持つに至ったナタリー妃にも帰還のご挨拶に行った。
ナタリー妃の宮に行くと、以前王妃に侍っていた若手の側妃達も、ご機嫌伺いに来ていたらしくそこで談笑していた。
「えっ、何で神子様が?側室辞めて神殿に移ったんじゃ無いの?」
「実はまだ手続きが終わってなかったものですから」
「ふぅ~ん、あ、じゃあせっかくだから、どの辺回ってきたのか旅のお話聞かせてよ」
神子様は乞われるがままに治癒行脚で巡った村々を列挙した。
ムサヴ村という名を聞いた瞬間、ナタリー妃は声を上げた。
「えっ、そこナタリーの両親の出身地なのよ!神子様そこの村助けてくれたの?うそっ、嬉しい!あーん、ありがとうー!」
泣きながら神子様に抱きついてきた。
神子様は押しつけられる豊満な体に照れて、赤面しながら引き離し「そのように陛下以外の男に軽々しく抱きついてはなりません」とやんわりと窘めた。
「大丈夫よ。だって神子様は閨では受け入れる側なのでしょう?それにホラ、そこらの女よりもずっと綺麗だもの。えー羨ましい!スッピンでこれなんでしょ?なんでなんで?秘訣教えてー」
「何を仰いますか。私は男で、しかももうあと僅かで30歳ですよ。お若くお美しいお妃様にアドバイスなど出来るはずもありません」
「さんじゅっさいっ?」
ナタリー妃は愕然として固まった。
その隙に神子様は素早く辞去した。
俺は神子様の宮に戻る道すがら思い出し、笑いを堪えるのが必死だった。
宮にたどり着いたとき、後ろ手にドアを閉めた途端に二人で声を上げて笑った。
確かにアレでは王妃は太刀打ち出来ないだろう。
少し王妃に同情した。
ユノには変な目で見られた。
翌日、神殿に出向いた。
後宮から移ってはいないと言っても、既に神殿に籍を移す許可は貰っている。手続きの方が遅れているだけだと陛下は謁見の間で言った。
つまりは公式の発言だ。
神子様が神官としての務めを果たすべく、神殿に通うのは当然のことだろう。
だが司祭長は歯切れが悪かった。おそらく陛下から神子の籍は移さないと言われているのだろう。・・・その理由も。
それでも、神子様は真面目にほぼ毎日神殿に通った。
神殿に行くたびに、併設されている施療院で貧しい民の治癒を行った。寒さで通院出来ない常連の患者がいれば往診した。
その間、後宮に居る間には小まめに王妃とナタリー妃の元を訪れ、春になるまで神殿には移れないから通うのが大変だとか、早く神殿に移りたいだとかさりげなく愚痴をこぼし続けて同情を買った。
ナタリー妃の宮の、常連と化している他の側妃達にも同時に、いかに神子様の心がもう神殿に移ってしまったかをすり込み続けた。
ナタリー妃にも王妃にも、お渡りになる度に早く神子様の手続きを終わらせてあげて、と言われたのだろう。
とうとうある日、後宮の回廊サロンに陛下から呼び出された。
巡礼宿に向かう林を歩きつつ、神子様は消音魔法を施して告げた。
「いつまで経っても俺が君と疚しい関係にならないから、別の男を送り込んできたんだな。どうやら陛下は何としても俺に隷属アイテムを装着したいらしい」
ははっと軽く笑う神子様の声を聞きながら、俺は踏みしめる足下を睨み付け、渇くほど瞬きを忘れていた。
グレイモスが色を含んだ目で神子様を見ているのは承知している。
それでも彼は、今まで誰も言わなかった神子様の心情に寄り添う発言をした人間だ。
彼の発言で初めてそれに気づいた者も居たのだ。
俺はその部分に関しては好意的に捕らえていた。やっと気づく者が現れたのか、と。
この者は少しはまともに敬うべき対象を敬える人間なのだと。
少し日が傾いた林の中、頭上で鋭い野鳥の声と羽ばたきが響いた。
この日に罵り石を投げつけてきた村は、翌日スキップして次の村へと向かった。
そこから先は、神子様の爪先に口づけて帰依を誓った神官達の誰かが到着前に目的地の村に先行し、神子様への不遜な対応を牽制して回るようになった。
おかげでもう村人から攻撃を受ける事も無く、スムーズに治癒行脚は進んだ。
気がつけば吐く息は白く烟り、遠い山並みも真綿を被り、踏みしめる石畳に雪がちらつき始めていた。
治癒行脚の最終工程で、スキップした二つの村を再び訪れ、治癒を施した。
村人達は酷くしょげて反省している者達と、攻撃こそしないが、悔しげにその場は屈しつつも一層悪心を抱く者と、に分かれていた印象だ。
王都は、行脚でたどった山岳地帯に比べればさほど寒さが厳しい地域では無いが、やはり冬枯れの侘しさを湛える風情になっていた。
昨冬は神子様は後宮に居た。
王妃や他の側妃達の嫌がらせで、暖炉の薪を回してもらえず当初は寒さに震えたが、それでも羽布団もあったし、何より神子様には熱魔法があるからすぐに対応して乗り切れた。
俺にも熱魔法を施そうとしてくださったが、北の豪雪地帯出身の俺にとっては王都の冬など何ほどのものでも無かったから断った。
治癒行脚を無事に済ませ、神子様は神殿に“帰還”するはずだった。
だが、神殿に神子様の部屋は無かった。
案の定、陛下は側室の籍を外し神殿に籍を移す手続きをしていなかった。
王都に帰還したら、後宮に戻るように伝えられたのだ。
神子様の宮はそのままに保存されていた。
最初から、出て行くことを想定していなかったことは明らかだったが、帰還の挨拶に行きその事を訊ねると「何かと忙しくて手続きを忘れて居ったのだ。そう急ぐ必要も無かろう。これから寒い季節になる。暖かくなるまでは後宮に留まるが良い」と、しゃあしゃあと応えた。
仕方なく、後宮の主である王妃にも挨拶に行く。
以前の王妃ならば、嘲笑して意地悪のひとつやふたつは言って来ただろうが、久し振りに会った王妃はどことなく精彩を欠いて居り、まるで神子様の帰還を歓迎しているかのようだった。
その理由はすぐに分かった。
ナタリー妃が後宮を席巻しているからだ。王妃に付いてナタリー妃を貶めていた側妃達も、今ではもうナタリー妃に媚びている有様だった。
一応、第二妃第三妃に続き、後宮で最も寵を受け権力を持つに至ったナタリー妃にも帰還のご挨拶に行った。
ナタリー妃の宮に行くと、以前王妃に侍っていた若手の側妃達も、ご機嫌伺いに来ていたらしくそこで談笑していた。
「えっ、何で神子様が?側室辞めて神殿に移ったんじゃ無いの?」
「実はまだ手続きが終わってなかったものですから」
「ふぅ~ん、あ、じゃあせっかくだから、どの辺回ってきたのか旅のお話聞かせてよ」
神子様は乞われるがままに治癒行脚で巡った村々を列挙した。
ムサヴ村という名を聞いた瞬間、ナタリー妃は声を上げた。
「えっ、そこナタリーの両親の出身地なのよ!神子様そこの村助けてくれたの?うそっ、嬉しい!あーん、ありがとうー!」
泣きながら神子様に抱きついてきた。
神子様は押しつけられる豊満な体に照れて、赤面しながら引き離し「そのように陛下以外の男に軽々しく抱きついてはなりません」とやんわりと窘めた。
「大丈夫よ。だって神子様は閨では受け入れる側なのでしょう?それにホラ、そこらの女よりもずっと綺麗だもの。えー羨ましい!スッピンでこれなんでしょ?なんでなんで?秘訣教えてー」
「何を仰いますか。私は男で、しかももうあと僅かで30歳ですよ。お若くお美しいお妃様にアドバイスなど出来るはずもありません」
「さんじゅっさいっ?」
ナタリー妃は愕然として固まった。
その隙に神子様は素早く辞去した。
俺は神子様の宮に戻る道すがら思い出し、笑いを堪えるのが必死だった。
宮にたどり着いたとき、後ろ手にドアを閉めた途端に二人で声を上げて笑った。
確かにアレでは王妃は太刀打ち出来ないだろう。
少し王妃に同情した。
ユノには変な目で見られた。
翌日、神殿に出向いた。
後宮から移ってはいないと言っても、既に神殿に籍を移す許可は貰っている。手続きの方が遅れているだけだと陛下は謁見の間で言った。
つまりは公式の発言だ。
神子様が神官としての務めを果たすべく、神殿に通うのは当然のことだろう。
だが司祭長は歯切れが悪かった。おそらく陛下から神子の籍は移さないと言われているのだろう。・・・その理由も。
それでも、神子様は真面目にほぼ毎日神殿に通った。
神殿に行くたびに、併設されている施療院で貧しい民の治癒を行った。寒さで通院出来ない常連の患者がいれば往診した。
その間、後宮に居る間には小まめに王妃とナタリー妃の元を訪れ、春になるまで神殿には移れないから通うのが大変だとか、早く神殿に移りたいだとかさりげなく愚痴をこぼし続けて同情を買った。
ナタリー妃の宮の、常連と化している他の側妃達にも同時に、いかに神子様の心がもう神殿に移ってしまったかをすり込み続けた。
ナタリー妃にも王妃にも、お渡りになる度に早く神子様の手続きを終わらせてあげて、と言われたのだろう。
とうとうある日、後宮の回廊サロンに陛下から呼び出された。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
306
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる