釣った魚、逃した魚

円玉

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#33 無気力

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神子様が一人出かけて3日が経った。

“盗聴”する限りでは予定通りに進んでいるようだ。

神子様の予定ではヘンディーク村の農家で馬を一頭借りて、ただひたすらコースのゴールであるエッソン村まで走らせる。馬に身体強化をかければ少し短縮出来る。
ヘンディーク村からエーフィンガ市はほぼ二日かかるのを一日で、エーフィンガ市からギヴェト町は本来なら一日、ギヴェト町からフィチファ村も一日だから、馬に身体強化をかけエーフィンガ市からギヴェト町を経由してそのまま一日でフィチファ村まで、フィチファ村からエッソン村はほぼ2日だからそれを一日で。

だから、つまりはヘンディーク村からゴールのエッソン村まで片道3日はかかる。
往復だと単純計算ならば6日だが、無理せず少し休憩を入れて7日か8日と言ったところだろう。
コレはあくまでも『場所を知るため』だけの旅で、コレをひたすら往復したら一旦ウチに戻る。

後は、一日おきくらいのタイミングで、ウチから目的地に直接転移して、治癒をしてから戻る。
相手の態度が悪かったら何もせず戻るとは言っていたけれど、きっと治癒してあげてしまうんだろう。もっとも“お淑やかで慈悲深い神子様”を演じていたときは言われっぱなしだったのが、もう演じる必要が無くなって言い返すくらいはするかも知れないが。

本気を出すと意外に辛辣だから…。

そんな事を考えながら俺は部屋の片隅で何もする気が起きなくなっていた。
暖炉に火をくべた形のまま床に座り、そのまま数時間がすぎる。
湯を沸かすのも、倉庫から卵や干しイチジクを、裏の根雪から凍らせた肉を取ってくるのも、共同井戸から水を汲んでくるのもタカが居ない家では何もする気がおきない。
気がつけば一昨日から髭も剃っていない。

午後になって日が傾き始めた頃、鍛冶屋のヴィドが威勢良くドアを開け、俺を見るなりぎょっとして駆け寄った。
「おい、どうした?大丈夫か?」
「…ああ」
うるさいな…と思って徐に振り返る。

「具合悪いのか?あ、タカは?居ないのか?」
俺がうつろに頷くとヴィドは「まさか…逃げられたのか?それでそんなになってんのか?」と何故か叱るように言われた。
「逃げられたんじゃねえよ。出かけてるだけだ」

「おい、お前ちゃんとメシ食ってんのか?」
俺の言葉を無視して更に怒鳴りつける。
「ああ、…そう言えば今日は食ってない」
「昨日は?」
「…あー、…どうだったかな…」
しょうがねえなとか、ちょうどよかったとか言いながらヴィドは傍らに持っていた籐籠を寄せて蓋を開け、そこから丸パンを掴み俺の鼻先に突き出した。

「お袋が多めに作っちゃったからお前んとこに持ってってやれって言われたんだよ。おい、ちゃんと椅子に座れよ。ホラ」
無理矢理立たされて椅子に座らされる。
そして、目の前に籐籠をでんと置いて、勝手に人のウチの棚から干し肉とチーズを取りだして切り分け皿に乗せて俺の前に出す。
ついでに暖炉にかけてあった湯もカップに入れてどんと出す。

「何があったか知らねえけど、しっかりしろ!郷土の英雄が何てざまだ!おい、食えよ!」
仕方なくもそもそと食い始める俺をずっと見ているヴィド。ああ、ちゃんと食うかどうか見張ってるつもりか。なんだコイツお節介な。

「タカはいつ出てったんだ?その様子じゃ今日って感じじゃねえな」
「今日で3日目だ」
ヴィドは呆れたように「あーーー…」と声を出した。
干し肉を串に刺して暖炉で炙る。
焼けた肉を俺の前の皿に乗せたあと、さっき日が傾いてきたばかりなのにもう日差しが入らなくなってきているのを見てランプに火を点してくれる。
暖炉にかかっている鍋に水を足し、火には薪を足して「じゃあ、ちゃんと暖かくして寝ろよ」と言ってドアに手をかけた。

開けようとしたとき、外から開かれ、来訪者と鉢合わせたヴィドが「あ…」と声を上げた。
「あ、ヴィド、こんにちは。ああ、やっぱり!ミラン!何やってんだよ」
俺は驚きのあまりカップから湯を零していた。

「良いところに帰ってきてくれたよ、タカ。コイツなんとかしてやってくれ。あ、お袋がパン焼きすぎたからって。そこに置いてある。食ってくれ。じゃ」
「ありがとう。お母さんにもお礼言っておいてね。何かゴメンね、ミランてば君にお茶も出して無いみたいで」
キョロキョロしながら早口でいうタカに手を振ってヴィドは「気にすんな。それよりそいつ頼むわ」と言いながら出て行った。
ドアが閉まった後、タカが駆け寄ってテーブルに零した湯を魔法で宙に浮かせ、流しに捨てた。

「…あ、すみません。…え、ど、どうして?」
「様子が変だったから。ずっと君の近辺から日常生活の物音がなくて変だと思っていたらヴィドが来て。それ聞いたらどう言う状態か分かったから、急いで一端飛んで来たんだよ。…馬を置いて来ちゃったからまたすぐ戻るけどね」

俺はよく回らない頭でその言葉を何度か反芻してゆっくりと理解していく。
「心配かけてしまってスミマセン」
「うん。ちゃんとご飯は食べて。次に戻って来るときには髭も剃っていて。いや、それもワイルドでカッコいいけど。現状から見たらぶっちゃけだらしないから」

「は、はい。スミマセン」

苦笑気味に言う神子様の言葉に急に直立して謝罪した。

「じゃあ、できるだけ急いで戻るから。ちゃんとしててね。ちゃんとね」

「はい。ちゃんとします」

俺が答えると微笑んで足元の板張りの床に魔法陣を展開して少しずつ消えていった。

まさか心配して戻ってくれるなんて。
俺の胸に甘い思いがこみ上げてくる。

俺はもうダメだ。ダメなヤツだ。
でかい図体で、まるで手のかかる子供だ。
何も出来ない。
あなたがいないと。
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