釣った魚、逃した魚

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#41 王宮と神殿

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王兄殿下が本格的に政変を起こそうと思い至った背景には、現国王と神殿との対立の激化が引き金になっている。
昔より求心力が弱まっているとは言え、信仰はやはり民心のよりどころだ。
そもそも、現時点で既に地方で数カ所暴動が発生している。

領地経営が上手くいっていない地域や、先の瘴気や魔獣発生時の被害が甚大で、未だ復興が不透明なままの地域、もともと領主が不正を続けて国が増税する以前から何かと領地に重税を強いてきた地域…。そして、神殿の影響力が強い地域、などが顕著だ。

神子様を探し出すために、手当たり次第強引な捜索を行った事により、王都のみならず地方の民衆にも神子様失踪の事案は広まってしまっている。

それに加えて、解雇された事を不服とする元後宮勤めの侍女や侍従達は、いかに神子様が王妃や側妃達、国王、そして宰相や高官達にすら冷遇されていたか、彼らの命令で自分たちも嫌々ぞんざいな態度だっただけなのに、と、恨み節をあちこちで吹聴して回った。
それがきっかけで、初めて神子様が王宮内で酷く蔑ろにされていた事が知れ渡り、王宮に対する信頼は地に落ちていた。

その上で、地方でおきている暴動に何ら対処出来ていない。暴動の規模が大きくても国の騎士や調査団を派遣する事すらしない。
地方でおきている反乱には、各領主が対応するべきという姿勢を崩さない。

だがそれは表向きで、そのような報告が上がっても、一向に結果が出ない神子様捜索の手詰まり感に、完全に国王はヒステリー状態になっていて、そんな事より先に神子を捕まえろと喚くだけなのだ。

そんな中、元々神殿を軽んじる傾向にあった国王は、王太子の頃から二分されている権力を王家に集中させる為に、少しずつ神殿に与えられていた特権を削る政策を執っていた。
無論、神殿は反発を抱いていた。
翻って、王兄殿下は幼少期から非常に信仰心が篤く、教理に明るく、神殿がらみの慈善事業や庶民の子供の教育など熱心な人であった。

つまりは王兄殿下は神殿との関係性も非常に良い。

神殿が率先して現国王の悪い噂の伝播を手伝い、民衆の心理を利用し、各地で起こる暴動の首謀者に集会場所や物資を提供しているのも、意図的に現国王を引きずり下ろして王兄殿下を玉座に着かせるためだ。

今の国王、及び彼の側近達が中心に構成されている中央には、何も期待出来ないというのが王都及び周辺都市部の民衆の共通認識になって来ている。
そして、その噂も既に押さえようが無いほど全土に広がっている。

極めて早い噂の伝播をもたらしていたのは、神殿だけでは無い。当然、商人のネットワークもだ。

話の内容は殆ど神子様と義兄の情報網からのものだ。俺が訊いた事も無い情報も含まれている。
それらを聞く限り、ただ神子様が姿をくらましたというその一点だけでも、王宮の屋台骨をぐらつかせるのには充分だった。

「おそらく、俺が関わっていようが居まいが、いずれ政変は起きたでしょう。ただ今回俺が失踪した事で時期が早まったのかも知れない。結果、国に混乱を来す事になってしまって…」

姿は神子様のまま、口調はタカに戻っている。そのせいか、姉も義兄も相手が神子様だと言う緊張感が和らいだ様子だ。

「神子様のせいではありませんわ。陛下が浅はかでらっしゃるのです。
むしろ、私としてはもっと早くに逃げてきて頂きたかったですわ。
何度も夫と、いっそミランが神子様を攫ってこの地へお連れしてしまえば良いのにと話していたのですよ。
…その、王都を拠点にする、夫の商人仲間から、神子様が…後宮では、あまり快適に暮らしてはいらっしゃらないらしいという噂が流れてきたので」
義兄は腕を組んでウンウンと頷いていた。

「商人の情報力って凄いですね!」
神子様が少し前のめりになって瞳を輝かせたものだから、義兄は少し得意になって語り始めてしまう。

「王室御用達の商会では、何がどの程度仕入れられているかで、ある程度内情が分かるものです。取引の内容は各商会、秘密にはしますが、そこはそれ、商売敵の内情は探るのが常ですから。
御子が誕生すれば赤児用の様々な物資…というのは特に分かり易いですが、侍従や侍女が新たに雇い入れられればお仕着せの注文が入りますし、側妃様のご実家から親族が宮に来訪される際にはお花やお菓子、手土産の注文が入ります。
お花や設えの小物の種類や色味、ご用意される茶葉や菓子、あと手土産などから、お母上がいらっしゃるのかご姉妹がいらっしゃるのか、ご友人のご令嬢がいらっしゃるのか推し量れますし、だいたい、品物の格でどの辺りの位の側妃様なのかも分かってしまいます。
お祝い事やお悔やみがあればそれはもう、それ専用の様々な品々に関して、大量に注文が入りますから。
そのうえで、取引の窓口になっている担当者は、さりげなく会話から相手の状況や望むものの情報を引き出します。その情報が商会にとっては後日の損得に繋がりますから」

「素晴らしいです!プロフェッショナル!」
神子様は目を輝かせてパチパチと手を叩いた。
「あなた、調子に乗って…!」
小声で窘める姉の言葉に、義兄はハッとして少し恥ずかしそうに頭を掻いた。

「明日、神子様は王兄殿下と会う事になってる」
姉と義兄が一瞬息を呑んだ。
「まあ、不本意ですがね」
不機嫌そうに息を吐きながら神子様が言う。

「間を取り持った神官は、俺がミランとこの地へ来た事を嗅ぎつけている。で、それを引き合いに王兄殿下との面談を要求してきた。…つまり脅してきたんですよ。断れば、ミランやあなた方を標的にするってね」

姉が思わず口許を押さえた。義兄が険しい表情になる。
「…まさか、神子様は…俺達を護るために王兄殿下側に付く事になると言う事ですか?」

神子様はゆっくりと首を振り「どちら側にもつきません」と応えた。
姉と義兄は複雑な表情だ。
当然だ。現国王が引きずり下ろされるのは当然としても、そんなやり方は王兄殿下だって似たり寄ったりじゃないか。それで従わせようなんて!

「そこでお義兄さんにお願いなのです。先ずは今日この後、ご家族全員と、俺とミランの関係を知っている従業員や使用人をできるだけ一箇所に集めて下さい」
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