釣った魚、逃した魚

円玉

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#42 反故の代償

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その場に集められた者達は、何があったのか分からないながらも、義兄の説明「国のあちこちで暴動なんかが起こっているから、タカが身を守る結界魔法をそれぞれにかけてくれるということだ。物理的な危険を回避してくれるらしい。熱耐性も毒や麻痺なんかの無効化も含まれるッて事だ」というのを聞いて、一様に緊張の面持ちだった。

確かに、このコンセデス領は安定しているから暴動などは起きていないし、この先もおきそうも無いが、事実近隣の領でも状態の良くない都市などは、少しざわついてきているところも有る。
そういう意味での危険は多少聞き及んでおり、互いに注意喚起などをし合うようになって来ていた。

その場に居た全員に結界魔法を施した後、どうしてもその場には間に合わなかった者のために、いくつもの魔石が義兄に渡された。
本人に直に施したものに比べれば多少は効果が薄くなるが、似たような効果が付与されている。

「ただ、今ここで結界魔法をかけて貰っても、決して危険なところには近づかないように。当分は外回りのお誘い関連は断るように。最終的には自分の身を守るのは自分だという気持ちを忘れるなよ」
義兄は最後の注意を言い渡して、解散となった。

今は“タカ”の姿になっている神子様の、膨大な魔力量に皆が呆然となりつつも、次々と礼を言って去って行く。
その後、一旦水分補給などして休憩を挟んでから、舎屋と義実家の間くらいにある、商会の倉庫裏付近を一旦人払いしてもらって、範囲的な認識阻害魔法を展開した。

日常的に商会や邸に出入りしている者には影響はないが、なじみの無い者、特に「間諜」「拉致」「襲撃」の意識を持つ者は、ここを中心としたストグミク市には、迷って入ってこられないようにしていると説明された。
本当にそんな事が出来るんだろうかと驚嘆していたら「結界魔法の応用でね。イメージは固まっていたから大丈夫だと思うけど、初めて使ったから上手くいくかはわからないんだよね」と曖昧に笑っていた。

「ただ、本当に明日は多分夕食前には戻れるから」

神子様はその後、義兄に領主様が信用出来るお方なのか訊いて、何とか近いうちに会わせてもらえないかと相談していた。

明日、神子様は単身、王都の神殿に転移してグレイモスの紹介の元、王兄殿下と会う事になっている。
俺は不安で仕方がないのだが、どう見ても、神子様は揺るぎない自信を持っているように見える。
そもそも、これほど大規模な結界魔法を施しまくっているという事は、かなり警戒しているという事では無いのだろうか。
それくらい、事態を重く見ているという事では無いのだろうか。

だが、神子様は宣言通り、王都に出向いたその日は、俺が懸念していた様な面倒はなく、早々に帰宅した。
なぜなら。

神子様が言っていたように相手方が“やらかし”たのだ。

但し、王兄殿下とグレイモスはそのやらかしには関わっていない。
問題は、3名の王兄殿下の側近と、筆頭司祭が画策して、神子様を何とか捕獲しようと試みたことだ。

神子様は約束の時間に、指示した控えの間には行かなかった。
イヤーカフから聞こえてくる音から察するにおそらく神殿の中庭では無いかと思われる。
遠い子供達の声や、修道院の禱歌の声が木々のさやぎの中に聴こえていた。

その中で、少し距離を感じる声音で「えっ?み、神子様ッ?」と聞こえた。
直後、走って来る数人分の足音と共に「お戻りになったのですか?今まで一体どちらへ?」「ああ、ご無事で何よりでございました!」「心配致しました」と言う言葉が続く。
何となく、恭順を誓ったあの神官達のようだと感じた。

「すみませんが、グレイモス神官とお客様が、第2控え室に居られると思うので、呼んできて頂けますか」
神子様が彼らにお願いすると、分かりました、すぐに、と応えて走り去った。

大分間があった。遠くから5~6人のグループらしき足音と共に「どう言う事です」「自分の方から場所指定してきたのではないのですか」という声が聞こえてきた。知らない声だ。

「神子様。よくお戻りくださいました。何のお言葉も残さず、お姿をくらまされて、本当に心配致しました」

少ししわがれた、筆頭司祭の声がした。
「それにしても」と、先ほど近づきながら不満を漏らしていた若い無骨そうな声が言う。
「そちらの指示で、あの部屋でお待ちしていたのに、どう言う事なのですか?」

「あなた方が、あの部屋に魔力無効の魔道具を仕込んでくれていたようなのでね。私もわざわざ好き好んで、設置されていると分かっている罠に、自ら飛び込む趣味はありませんから」

相手が絶句しているのが空気で伝わる。
「どういうことだッ」
グレイモスの声がした。

「グレイモス神官、先日お約束しましたよね。妙な仕込みはするなと。すればこちらにはすぐに分かると。あなたが、一応それをそちらの方々に伝えたのも知っています。きちんと、言葉通りにね。
でもその忠告は無視されたようですね。彼らはどうしても私を捕獲したくて仕方なかったようですよ。余計なマネしたら一瞬で神殿が消える事になる、ともお伝えしたはずなのに、まさか司祭長様までが捕獲に協力されるとは思いませんでした。
司祭長にとっては、良かったんですね?神殿が消えても」

「い、いや、…ま、待ってください、神子様」

「勿論、本日の会談はお流れです。本当に、余計な事をされましたね」
そう言いながら神子様が立ち上がったらしき気配が伝わってきた。
おそらく中庭の石ベンチに腰掛けていたのだろうと思う。

ズズン、と地響きのような音が伝わってきた。遠くで悲鳴のような雄叫びのような声が聞こえた。

俺は、まさか本当に神殿をぶっ壊したとか?と焦ったが、次の会話で、そこまではしていない事を知る。

「…い、今のは…」

「さすがに孤児院や施療院も併設されているからね。神殿そのものを消すのは可愛そうかなって。でも、約束を違えたペナルティは受けてもらわないと。もっとも、アレはあなた方がこんなマネをしなくてもいずれ近いうちに破壊しようとは思っていましたけど」

「……え、な、何を…」

遠くで騒ぎが起きている。
その場に居る彼らには見えない何かが有ったのか?
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