釣った魚、逃した魚

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#56 飛竜のために

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 途中大きめの湖の畔に降り立った。
月明かりに照らされて、暗闇の中で浮き上がるその鏡面を目指して近づき、着地点を探す際には神子様が照明玉を出して確認した。

その際に気づいたのだが、どうやら神子様が追尾するグレイモス騎に放った魔法というのは、曳航魔法だったらしい。
俺がグレイモス騎を認識したときには、もう彼は意識が朦朧として居り、乗騎のコントロールが怪しくなってきていたようだった。
途中までは『ディアナを追尾する』というグレイモスの意思を理解して、そのようにしていた彼の飛竜は、騎手の意識が途切れかけ、生命の波動が弱まってくるのを感じて次第に動揺し始めたようで、速度も高度も次第に下がってきたのを神子様は感じたらしい。

確かに飛び続けていたら、グレイモスの容態がどんどん悪くなって、指示を受けられなくなった飛竜は行動の指針を見失っていたかも知れない。

湖の畔で一度水を飲んだディアナはそのまま比較的柔らかな草床を見つけて休憩の体制に入った。
そこで俺達は軽食を摂ることにした。

「ろくな治癒を施さないまま追いかけてくるなんて無謀なことをしたものです」
痛みに顔を歪めて息を荒くしているグレイモスに神子様はため息をついた。
「あなたの治癒力ならば、もう少し時間をかけて術を施せば完全に塞がったでしょうに」

「それではあなたを取り逃してしまうではありませんか」
グレイモスは自嘲気味に苦笑しながら絞り出すように答えた。
その言葉を聞いているのかいないのか神子様は傷口に意識を集中して、先ずは出血の酷い腹の傷を治癒し始めた。

地下通路での攻防を振り返る。
とっさに彼が展開した防御魔法は、前方方向に広がっていたことで、ブーメラン状に脇から襲ってくる風刃への対応が僅かに遅れた。その際に意識がそれたことで、前方に展開していた防御魔法もほころびが出たのだ。
俺の魔力は強い。特に攻撃に特化して強化している。あの場にいた他の聖騎士のシールドであったら、ほぼヒットした瞬間打ち破って相手を仕留めていたはずだ。グレイモスだから一旦は弾かれた。
もっとも、急所は狙っては居なかったのだから、あのままあの場で治癒に専念してくれていればここまで悪化はしなかったはずなのだが。

腹の傷を塞いだ後、腿の傷も治癒を始める。
俺は指示に従い、神子様がインベントリから取り出した手鍋に牛乳、乾した貝、魔獣の肉、ダイス状の根菜や薬草を入れて煮込み、同じ焚き火で串に刺した魔獣のレバーを炙った。
暫くして傷の治癒がすっかり済んだころに、スープをグレイモスに渡す。

「傷が塞がっても、失った血液は戻らないからね。造血効果のあるポーションでもないとすぐに回復するのは難しい。取りあえず、貧血に効きそうなスープだよ」
神子様は俺に「ご苦労様」と微笑んでスプーンで掬ってはフーフーと冷まして、グレイモスの口に運んであげていた。
ぐったりして横寝状態だったグレイモスは、見るからに貧血で力が出ず、食欲もなさそうだったが、それでもさすがに神子様手ずからの介抱には逆らえなかったらしく、徐に一口、また一口とすすっていった。

「魔獣のレバーはかなり効果が早いみたいだから必ず食べて。そして、食べながらこの果実水も一緒に摂ってね。柑橘類のビタミンCはタンパク質の吸収を助けるからね」
串に刺されている魔獣のレバーの塊を小皿に摂り、一口大に切り分けてはグレイモスの口に運ぶ。そして少し上体を起こしてあげながら果実水も飲ませてあげて…。

いや…。
そこまでする必要は無いんじゃ無いか?確かに相手は具合が悪いのだろうけど、親切すぎないか?と、少し苛立ちを覚えた。

だが、もっと喜ぶかと思っていたが、グレイモスの顔色は優れなかった。
情けないと感じているのか、それとも任務の失敗を屈辱と捉えているのか、あるいはこの後どうやって神子様を捕獲しようか策を巡らせているのか…。

傍らで所在なさげにおとなしく座っているグレイモスの乗騎である飛竜はじっとこちらを見つめている。
「もう大丈夫だ。心配すんな」
慰めようと俺が近づいたら唸って威嚇された。
賢い飛竜には、俺がグレイモスにとって敵に当たる、という事が分かっているのだろう。

ただ、神子様に「怒らないで。その人は悪くないよ」と窘められたらすぐにおとなしくなった。

軽食を終え、少し体が温まってくる。



「なぜ、私を助けたのです」
グレイモスが苦しげに訊ねた。
「あのまま放っておいてあなたが事切れたら、その竜ちゃんが路頭に迷うことになるでしょう?」
闇夜に溶け込むような黒っぽい飛竜が少し頷くような動きをした。
暗くて色味が判然とはしないが、おそらく濃紺の鱗の飛竜だと思う。ディアナより一回り首回りと尾が太くて翼も強い種類だ。
飛竜を普通に戦闘用として使役している他国では、主にこちらの種類が飼育されている。
星見の塔の周りで旋回していた戦闘竜騎士団もこの種類だった。

「それに…」
神子様は立ち上がって裾の塵を払いながら静かに言う。
「焦りに任せて私に対する敵対行為とも取れる愚策を講じていらしても、つまるところ王兄殿下はあなたに死んで欲しくは無いはずですから。新政権樹立の際にはあなたの力添えを期待してらっしゃいますしね」

「じゃあ」と言いながら、俺に目で出立の合図をする。
使用中のグレイモスの食器以外を回収して浄化魔法をかけてから神子様はインベントリに収納した。

「そこに残っているスープと魔獣の肉、そして果実水は必ず全て摂取してくださいね」

焚き火は付いたままだが、それでも夜の冷え込みを気にしてか、神子様はグレイモスの体を保温魔法で包んでから彼に背を向けてディアナに向かった。

立ち去ろうとする神子様をグレイモスが呼び止める。立ち上がろうとするがふらりと目を回して足元に手をつく。
月明かりに煌めく白金の長い髪が、滝のように落下した。

「グレイモス神官。王兄殿下にお伝えください。ビジネスとしての交渉には応じますよと。瘴気の浄化などは、この国で出来る人間は私だけですからかなりお高くつきますが、それで宜しければ。では、お大事に」

神子様は少しだけ振り向いてそう言い残した。
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