釣った魚、逃した魚

円玉

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#63 今がその好機

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「ウチが独立すれば、こんな中央からの“命令”なんぞ訊く必要も無い。渡して欲しければ他国への犯罪人引き渡し要請と同じ手順を踏まねばならなくなる。まあ、そもそもがマクミランの事を犯罪人扱いする事自体が許しがたいがな」

領主エルンスト様が怒りの溜息と共に言う。

神子様が「ありがとうございます」と領主様を見た。その目は少し潤んでいた。

「いやいや、そんな目で見つめられると困ってしまいます、神子様。…いやぁ、俺はずっとこの世で最も美しい男は兄だと思ってきたのですが、少しぐらつきましたな」
空気を変えようとしたのか領主様が、急におどけだした。
すかさずリオネス様に肩を殴られる。

「ですが、この命令に背くという事は本来だったら謀反と…。仮に独立して他国となったとしても、敵対行為と見なされ…宣戦布告ととられかねないのでは…」
書面とお三方の顔を交互に見ながら俺が言うと、アーノルド様がニッと笑った。
「クーデター直後の、自陣が不安定なこの時期に戦争をふっかけて来るとしたら、逆に大した度胸だと褒め称えたいものだ」

「ましてや瘴気と魔獣被害による物流不安は、国内各地で完全に健全化出来たわけでは無く、復興も道半ばだったのに、最も供給に貢献していた我がコンセデス領を敵に回すのは、為政者としての判断力を疑わざるを得ない…」
リオネス様が酷薄そうな薄い唇を歪めて鼻で笑った。少し落ち着いてきたようだが、まだ少し慎重に呼吸している。

神子様は立ち上がり、皆の背後を回り込んで、リオネス様の背中にそっと触れた。
「リオネス様。少し宜しいですか?」
そう言ってやんわりと押し、やや前屈みの姿勢を促す。少し戸惑っているリオネス様。
そのうちに神子様の掌から光が放たれて揺らめく。
両脇の兄弟も俺の義兄も目をまん丸くして固まっていた。

暫くして神子様の掌から漏れる光が鎮まってくると、リオネス様が自身の胸に手を当てて慎重に深呼吸して、弾かれたように神子様を見た。
そして、鼻から、口から胸いっぱいに深呼吸する。
直後、転げ落ちるように神子様の足元に両膝を付き、その両手を押し頂いて「ありがとうございます!ありがとうございます!!なんと言って感謝を伝えたらいいのか分かりません」と何度も頭を下げた。

「胸のざらつきと息苦しさが嘘のように消えたんだ!奇跡だ!こんなに空気を一気に胸いっぱい吸い込んでも何の抵抗もない!!」
兄弟の方を振り返り、泣き笑いのような顔になって訴えた。

兄弟達も皆跪いて頭を下げた。
「いえいえ、どうかお直り下さい。先ほど噎せられたときにするべきだったのですが、すみません、あの書状に衝撃を受けてしまっていて…」
照れくさそうに笑って、皆さんに掌を見せて椅子に戻るよう促してから自分も席に戻る。
義兄は小さな声で「すげー、生で見ちゃった。マジか。めっちゃ感動する!」と呟いていた。キラキラする目で。

「それにしても…」
神子様は、物憂げに額を手で覆いながら目を伏せた。
「…さすがに…。コレには怒りを禁じ得ません。コンセデス領が独立の決心をして下さった事を感謝します。
実のところ、処刑される面々の話を聞き、少し心を痛めていました。それでも、政権交代があり、少しでも国が良くなってくれるのなら…と期待しましたが、無駄だったようです。
…彼らが私のマクミランを罪人に仕立てようとするなら、それは私にとってまさしく“敵”です」

「神子様の敵はすなわち我々ラグンフリズ家の敵!」
お三方が一斉に立ち上がり、心臓に拳を付けて宣言した。
神子様は少し気圧されたかのように苦笑して「ありがとうございます。皆様のお気持ち、痛み入ります。どうぞおかけになって下さい」と着席を促す。

……暑苦しいな。この人達。

「ところで、独立するという事は国号はどうなるのですか?領名“コンセデス”をそのまま国名にするのですか?それとも家名の方でラグンフリズ国となるのですか?」

「ラグンフリズ王国と名乗る所存です」
「領主様が国王陛下となられるのですね」
「いいえ。国主は俺では無く、アーノルド兄上です」
領主様の言葉にアーノルド様がぎょっとして「おい!」と声を上げた。聞いていなかったらしい。
「俺は廃嫡された身だぞ」
「それは奴らの下した罰だ。だが俺達は兄上が間違った事をしたとは思って居ない。むしろ兄上が正しく、あの国の貴族共の方が間違っていたんだ。独立するならあいつらの理不尽な審議の判決に従う必要など無い。むしろ我々は我々が正義と思うところに従うという強い意思表示になる。わがラグンフリズ独自の義の基準になってくれ」

「それは素晴らしいお考えです」
神子様は両掌を口許で合わせた。

「俺もそう思います。実のところ、あとから移住してきた他領出身の者達はともかく。
元々のこの領の民達は、何かにつけてウチを辺境と蔑ろにし、理不尽に虐げてきた中央には根強い反発があるんですよ。
アーノルド様の廃嫡事件の時はどこの住民も怒り心頭で、行商であちこち行く度に『グリエンテの若旦那からも独立しようって持ちかけてくれよ』『勿論俺達も戦いますぜ』『伊達に辺境に住んでんじゃありませんや。俺達も武器を持って前戦に出て行く覚悟くらいあるんでさあ』と言われていたものですよ。…まあ、言わなかったけど…」
義兄が言うと「え、そうだったのか?」「いや言ってくれよ!」とお三方が驚いていた。

「父上は、元々中央の貴族社会には馴染めず、しかも祖父からの話も聞いていたから、代替わりする度に劣化していく執政能力に心底嫌気が差していて、いつかその機が巡ってきたら、必ず独立すべきだ…って言ってたのに、結局民を犠牲にする訳にいかないと言ってガマンしてたんだよな。…民の方にもガマンを強いていたって訳か」
やれやれと領主様がこめかみを揉んだ。

「今まさにその機が巡ってきたんですよ。隣国、隣隣国、その先との交易の要衝であるこのコンセデス領、あらゆる魔獣戦を熟知しているマクミラン、そして何よりも神子様。奴らがどれ程大きな魚を逃したのか、思い知らせてやりましょう」

静かに、だが力強く義兄が言った。
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