釣った魚、逃した魚

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#65 ちょっとしたお仕置き

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 馬車で大通りを戻るとき、既に広場では号外もばらまかれ、高札に貼り出されたお布令と、それを読み上げている役人に人だかりが出来ている様子を見掛けた。

領主の独立の意思を知った市民達は、そこここで固まって盛り上がっている。
概ね小躍りしたり、男達は集まって鬨の声を上げたりしていた。
あちこちの店では振る舞い酒や、大安売りなどもして、道行く子供や年寄りに菓子を配っているところもあった。
ザッと見ただけでも、領民の殆どはこの日を待っていたという感じだ。

義兄宅に一泊し、翌日ハズレの村に戻るときには、何組かの冒険者のパーティとすれ違った。
コンセデス領の独立を聞いて、早めに引き上げる事にしたらしい。
紛争が有るかも知れないし、それに巻き込まれるのはごめんだと言う者達や、領境の通行がどうなるのか、戻れなくなったら困る…というような懸念で早めに脱出しようという者などが居た。

この日領主様が正式に声明を発表したら、もうそこは領境では無く国境扱いになってしまうのだ。

馬の蹄がすっかり乾いた落ち葉を踏みしめる音を聞きながら村への道を進む。



村の中央広場に通りかかると、共同井戸のところで奥さん達が立ち話をしていた。
俺達の姿を見掛けたテレサが寄ってきた。テレサを始め周りに居た奥さん達がてんでに挨拶をしてくれるのに応える。

「聞いた?独立の事」
「ああ、ちょうどグリエンテ商会のところで詳しく聞いてきた。ここに来る途中の道でもお戻りの冒険者達から聞いたし。それでも、結構残ってる冒険者も居るな」
「冬を前に、普段奥の方から、あまり浅いところに顔を出さない魔獣も出てくる時期だもの」

冒険者の資格は国境を跨ぐし、もともとハズレの村まで来るような冒険者は流れ者も多い。
そして、もし独立宣言のあとに中央との衝突があって紛争状態になっていたとしても、敢えてこんな魔の森の際まで押し寄せてくる事も無いだろうというのが大方の村人達や残った冒険者達の予想だ。
だから彼らにとっては、噂話としては盛り上がっているが、どことなく他人事のようだった。

井戸のそばで固まっていた奥さんの中から「タカ、診療所は開けないの?」という声が聞こえた。
冒険者は怪我がつきものだが、タカが居ない間、タカに治癒魔法を教わっている奥さんの何人かが実習を兼ねて手当てしている。だが、無論軽傷であれば、だ。

「今日はもう帰るけど、明日から暫く村に居るから、その間は開けるようにするよ」
タカは笑顔でその奥さんに手を振った。
その笑顔と“暫く村に居る”という言葉に、そこに固まっていた奥さん達がキャッと嬉しげな声を上げた。
いつからタカは村のアイドルになったんだろう。

そばを通りかかった常連の冒険者達も「お、暫くはタカが居るのか。じゃあ明日はもうちょっと深いところまで行ってみっか」「おー、タカが戻ったのかー、ありがてえ」「今回はタカに会えずに終わるのかと思ってたけど粘って正解だったわ」などと湧いていた。
何だこいつら。
タカが居るからって怪我しても大丈夫だとか思うなよ。
思わず俺は憮然とした。

「おいおいあんまり冷やかすな。旦那が不機嫌そうだ」
「コワイコワイ。アイツSランクだろ?」
「じゃあ、またな、明日からヨロシク、タカ」
冷やかしながらもバンガローの方に去って行った。

家に到着する頃にはもう太陽が傾いていた。
馬の世話をしてから家に入る。
インベントリがあるのを良い事に、姉はアレもコレもと色々な食べ物を持たせてくれた。4~5日分は困らなそうだ。
すぐにタカは魔法で風呂の準備をして入浴。俺は食卓を調えた。

食後、片付けをして暫しの寛ぎタイムの時に、例によってタカこと神子様が俺の膝に横すわりした。
「アレって、やっぱり俺のせいって事ですよね。俺がお尋ね者になったから…」
独立に至ってしまったきっかけ。
神子様の細い指先が俺の唇に当たって言葉を遮る。
「ううん。俺のせいという方が正しい。だって彼らの目的はあくまでも俺だからね。ミランをお尋ね者にして俺をおびき寄せようとしたんだよ。お馬鹿さんだよね?」

ちゅっと音を立てて俺の鼻の頭にキスをする。
困惑する俺の頬に手を添えて苦笑する。

「俺ね。お妃様達の処刑を聞いてちょっと落ち込んじゃっててね。でも、向こうさんがあまりに馬鹿な事をしてくれたおかげで、吹っ切れた。こういう世界、こういう価値観なんだ、って」

確かに神子様はあのあとナーバスになっていたのに、領主館でご領主三兄弟に会ってから、何か憑き物が落ちたような印象だ。

「俺のミランに汚名を着せた罪は深いよ。君や君に関わる人に何かしたら、許さない。…だからね、ちょっとお仕置きしちゃったんだ」
「…えっ?な、何をしたんですか?」

俺は一瞬にして地下神殿を破壊したときの事を思い出した。

「知りたい?」
俺は少しビビりながらハイと応えた。
「じゃあ、あの時と同じようにして。伝えるから」
そう言い残して俺に体を預けて来たから抱き込んで頭をもたせかけた。
目を閉じて神子様と魔力の波動を同調させる。

遠くから怒号とも悲鳴ともつかない喧噪が聞こえてきた。
夜だから何がおきているのかはあまりよく分からない。
屋外のようだ。

沢山の松明が見え始める。
おかしい。政変による暴動はもうとっくに鎮圧したはずだ。新たな暴動でも起きたのだろうか。
そう思っていたら。

「中や周辺には人は居ませんでした!」
「後宮の方はどうだ!!」
「現在閉鎖中だったので、こちらも負傷者はいません」

暗い中に松明の明かりを頼りに建物の一部、道の一部が見えてきて、そこが王城の一角だと分かる。
周辺の建物の作りからだいたい察しが付くが、目印が無い。

そう。
俺達が待ち合わせして飛び立ったあの“星見の塔”が無くなっている。

尤も、その足元には人の背丈前後くらいの、塔の残骸と、崩れ落ちた瓦礫が小山を成していた。

そして一瞬にして視界が飛ぶ。
そこは、現在無人となっている後宮の入り口付近。

たった今、崩れたばかりの後宮の中心棟、略式拝礼広間から砂埃が舞い上がって、瓦礫の小山が築かれていた。
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