釣った魚、逃した魚

円玉

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#77 苦しみの向こうにあるもの

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 「確か今は、大陸歴1635年でしたよね?初代の神子が召喚されたのが1494年とされていました」

「…141年前ということですね」
神子様の言葉にすかさず義兄が答える。

「私が召喚されてほぼ3年半がすぎています。初代から二代目、二代目から三代目の間がそれぞれ40年前後、三代目から四代目の間も35年と少しありました。私は9代目だと聞いています」

「え、それだと…」
「4代目から8代目までの召喚の周期が、それまでと比べて極端に短い…?」
三兄弟がざわついた。

「確かに、神子様の前の代は、神子様が召喚された年からみてほんの5~6年前くらいだったと思います。…その前も…だいたいそんなもんだったか…いや、もう少し短かったか…」
アーノルド様が記憶をたぐり寄せながら言うと、リオネス様も頷いた。
「召喚儀式ってだいたい5年にいっぺんくらいの周期で有るもんだと思っていましたが、よく考えてみると、短すぎですよね」

「確かに、今のお話を伺って、私もその続きが気になってきてしまいました。分かりました。神子様のご希望は必ずや実現させる方向で、上手いこと向こうに揺さぶりをかけてみましょう」
アーノルド様が、心臓の位置に手を当てて、神子様に頭を下げた。







暖炉の火が音を立てている。
「怒ってるの?」
帰宅後、ずっと黙り込んでいる俺に、神子様が訊いてきた。
ダイニングテーブルを前に頭を抱える俺を、緩くハグしながら。
両手で目元を隠しながら、俺は首を振る。

自分の中で渦巻く感情が何なのか分からず、どうにも収まりが付かない。

「ミラン。お願いだよ。顔を上げて。俺を見て」
俺は俯いたまま数回深呼吸してから、目元を覆っていた手を外し、神子様の方を向いた。
神子様の両手が俺の頬を挟んで、その指先だけで撫でる。
少し悲しげな表情で俺を見つめる。
いつもの定位置である、俺の膝の間に滑り込みながら。

僅かに俺より目線が高い位置から覗き込む。
「ごめんね心配かけて。…でも、俺はどこにも行かないし、君が不安に思う必要なんて無いんだよ。本当に。…そんな苦しそうな顔しないで」

「神子様は…」
俺は出にくい声をやっとで絞り出す。
「あまりに…偉大すぎて…、俺ごときには…そんな」
その言葉に、神子様は凍り付いた表情になった。

「なんで?なんでそんな事言うの?」

俺は何かを忘れて居た。いや、甘やかして貰っていた事で見失ったのかも知れない。
神子様は救国の聖人だ。そんじょそこらの一魔法使いじゃない。
俺は。
この人に相応しいところなんて、どこにも無いのに。

「こんな、俗な気持ちで、あなたを見ては…」
「何言ってんの?ミラン!どうしたんだよ!儀式が嫌なの?出て欲しくないの?そんなら…」

「でも……、もう、無理なんです…」

絶句して、驚愕の表情で固まった神子様の震える唇から「…なにが…?」という微かな声が漏れた。
「あなたが居ないと…、生きていけないんです。以前のように…想っているだけで、見ているだけで…なんて、もう、そんなんじゃ…」

固まっていた神子様の体から力が抜けて、俺の首に両腕を回したまま、大きく長い息を吐いた。

「なぜでしょう…。なぜこんなに苦しいんでしょう。もう、どうにもならないくらい、あなたを求めてしまって、俺ごときが…。あなたをそんな大勢の目にさらすとか、大きな使命を背負わせるとか、そんな場所にはもう出したくないなんて思って…。
ましてや、またあの王国側と関わるなんて、あなたがあいつらに姿を見せるなんて、嫌で嫌でしょうが無くて…。
ちっぽけな俺が、このちっぽけな家で…ちっぽけな世界の中だけに閉じ込めておきたくて、仕方なくて……。
…でも、偉大で尊いあなたにはあちらの方が相応しいのかも知れない。
自分の中にもあるんです。眩しい神子様のあなたを、神のように見上げて…跪いて、…心臓をも捧げたいような想いも…そんな感情も、胸の奥底で燃えいて……。
ああ、でも…。俺のタカが…。
俺はあなたを…。いやもう、自分で自分が、どうしていいのか…」

もう、自分でも何を言っているのか分からない。
胸の奥でわだかまって膨らみきった、得体の知れない熱くて黒くて渦巻いているものが出口を求めて流れ出すみたいに、とりとめなく口からこぼれていく。

神子様の両腕に力が加わって、俺の頭を抱え込むように抱きついてくる。時々髪や襟回りの身頃を握りしめながら撫で擦られて。
俺の肩口に沈められた神子様の頭が、時折小さく頷くのを感じる。

神子様の指先が、俺の頬を濡らす涙を拭う。
俺は神子様の前で、泣いてばかりいる。
みっともないったらありゃしない。

艶やかな黒髪が分かれて神子様の顔が覗いたら、神子様の頬も濡れていた。

心臓に剣を突き立てられたかのように、痛みを感じて息が止まる。

神子様の掌が俺の顔や髪を撫でながら、二人の涙を混ぜ合わせるかのように頬擦りをしてきた。至近距離ですすり上げる息づかいが響く。

「ねえミラン…、どうしていつまでも君は分かってくれない?」
…なにを、だろう?
俺は目線だけを神子様の方に向けた。

「君は、君の方が俺を慕っていると思っているんだろ?ヘタをすると一方的に、とすら」

ああ、そうです。だってそうでしょう?
いえ、可愛がってもらっているとは思っています。おそらく好かれてはいる。
何より多分、いや、絶対に信頼はされているはず。

「俺が、慈愛で君に抱かれているとでも思ってる?」

俺はハッとして、思わずそのお顔を見た。
眦の周りと鼻の頭を薄紅に染めて、黒い瞳が潤みながら僅かに笑んでいる。

「俺だって君を愛してるんだよ?…それはもう、俗な意味でもね。
君に剣の指導を願って集まっている少年達の中に、恋情を含む目で見ている子がいるのを気づいてる?その少年達のお礼なんて言って寄って来る母親や姉に微笑んで応える君を見ると、無性に憎らしくなる俺の気持ちわかる?」

人を恋うる時には、誰だって跪くような思いで相手の気持ちを求めるし、向けられる視線を眩しく思って、祈りに似た気持ちになるんだよ。
俺が神子だから、とか、関係なく、ね。
でも、恋心は綺麗なだけじゃない。

そんな囁きを零しながら、神子様の唇が俺の涙を掬った。
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