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4章 小さな世界に集いしモノ
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しおりを挟むおよそ3か月の昏睡から目覚めはしたが、痩せ細ったエリューシアは暫く安静が必要だった。
最初は水もなかなか受け付けず、顔色も悪く、何処か虚ろなままで、意識が戻っても決して安心できない状態だったのだ。
しかし過日の光魔法発動の一件は、実は結構な騒動になっている。
公爵邸からそれなりの距離がある領都からも、謎の光が見えたらしく、噂になってしまっていたのだ。
不味い事に数日経ってからではあったが王城からも問い合わせが来てしまい、正式に魔具の事故として処理したのだが、『病が治った』『怪我が治った』などという話も広がった事で、何時まで経っても騒ぎが沈静化しない。
公爵家第2令嬢の5歳のお披露目会が流れてしまった事もあり、どうにも騒がしい。
警備面では魔具や結界魔法等も用いて厳重化はしているが、思う以上に人の出入りの激しい公爵邸は、全く落ち着きを取り戻せずにいた。
まだ安静にしておいてやりたかったのだが、エリューシアの辺境伯領への避難を、アーネストが決めた。
セシリアの生家である北の辺境伯邸ならば、警備は申し分ないし、人の出入りそのものが少なく、公爵邸よりは静かに過ごせるはずだ……と。
そうして慌ただしく北の辺境伯領を目指してから、2年の月日が流れた。
エリューシアはオルガ、サネーラと共に、これから住まう事になる王立学院敷地内にある邸宅を見上げた。
「な! ま、まさか……エリューシアお嬢様!?」
耳に届く懐かしい声。
「ナタリア!」
「お嬢様!!」
2年前、碌に言葉を交わす事もできないまま離れる事になった使用人達との再会である。
とは言え、2年程度ではすっかり変貌するなんて事はなく、どちらも直ぐに相手を認識できた。
「皆、お嬢様のお迎えを! あぁ、本当に成長されて……」
ナタリア達使用人が知るエリューシアの最後の姿は、痩せ細り、意識もどこかうつろなまま、本当に生きていらっしゃるのかと不安になる程ぐったりとした姿だったので、こうして顔色も良くしっかりと自分の足で立っている姿に、堪え切れない涙が零れた。
「オルガから報告は来ていましたが、こうして自分の目で……あぁ、旦那様も奥様もどれほどお喜びになられるか…アイシアお嬢様も、ずっとエリューシアお嬢様の事を日々思い出されておいでで……」
「ぅん、私も会えなくて寂しかったわ。だけど辺境伯御一家には良くしていただいたのよ」
「えぇ、えぇ。オルガからも聞いております。
あぁ、まだ全ての部屋の掃除が終わった訳ではございませんが、お嬢様達のお部屋は完了しておりますので、先にご案内しますね。荷物は……あら、馬車は……御者の方も……」
ナタリアが怪訝な表情で辺りを見回すが、ナタリアの前に居るのはエリューシアとオルガ、そしてサネーラだけで、荷物もオルガとサネーラが持ってくれている鞄が2つだけ。そして彼女らを運んで来たはずの馬車も御者の姿もない。
荷物が鞄が2つだけというのは少なすぎるし、流石に北の辺境領から辻馬車を乗り継いでなんて事もあり得ない。
だから探しているのだが、やはり見当たらない。
きょろきょろするナタリアに、エリューシアはふわりと微笑んだ。
「馬車もないし、当然御者も居ないわ」
「な!!?? そんな、お嬢様、まさか本当に辻馬車を乗り継いで!!?? 何てこと!! あぁ、どこかお怪我などされていませんか? すぐ医師の手配を」
あわてて駆けだそうとするナタリアの手を、咄嗟にとって引き留める。
「ナタリア落ち着いて。馬車も御者も居ないけど、辻馬車を乗り継いできたわけでもないの。ついさっき辺境伯の御邸から転移魔法でここに着いただけ。だから安心して?」
「………………」
「……ナタリア?」
目を丸くしたままピタリと固まったナタリアに、エリューシアはおろおろと声をかけるが、やはり動かない。
「ナタリア大丈夫? 私よりナタリアの方が休まないと」
「……………て、てん……い?」
ナタリアの呟きに、少しホッとして首を傾ければ、ナタリアが急に動き出した。
「『てんい』って、まさか転移でございますか!!?? いえ、まさか……まさかでございますよね!!??」
常に落ち着いているナタリアの珍しい取り乱し様に、エリューシアの方が狼狽えている。
そのナタリアの娘でもある専属メイドのオルガは、いつも通りの能面っぷりだったが、良く知る者が見れば気づいただろう、その双眸が若干呆れたように微かに細められていた事を。
今はそのオルガの部下として同じく専属メイドをしてくれているサネーラの方も、仏頂面を崩し切ってはいないが、知る者が見れば笑いを堪えているだけと分かったはずだ。
「お、落ち着いて? ね?」
「ですが、転移って……紋なんてどこにも…」
ナタリアが取り乱すのには訳がある。
この世界で転移と呼ばれるものは、神殿が有する魔具であっても、それ以外に人が行使する物であっても、魔紋を必要とする。
送信側と受信側に、魔紋をあらかじめ設置しておかねばならないというのが常識で鉄則なのだ。
魔紋を必要としない転移魔法等、最早御伽噺に等しい。
「辺境領のお爺様が沢山魔法の本を見せて下さったの。それで……」
人は想定できないモノを見ると、反射的に否定する場合がある。
それは自己に限らず社会的にも防衛という意味で、普通の反応と言える。
日々魔物や隣国等の危機に晒され、警戒を怠る事の出来ない辺境領ではすんなりと受け入れられた事でも、平穏に生きて来た者にとっては、そうではないのだという事をエリューシアは忘れていた。
既に伝説や御伽噺の中にしか存在しない事象を見せられても、すんなり受け入れる事なんて難しいだろう。
実際ナタリアは目を見開いたまま微動だにしない。
「ご、ごめんなさい。ナタリア……どうしよう」
助けを求める様に後ろに控えるオルガに顔を向ければ、彼女は頷いて前に進み出た。
そのまま固まっているナタリアの前に立ち、静かに…だけど寒いほど冷淡に言い放つ。
「メイド長、しっかりなさいませ。この程度で呆けるなど、公爵家のメイド長にあるまじき姿です」
いやいや、仮にも実母にそんな冷たく言わなくても…と、エリューシアの方がおろおろとしてしまった。
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