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4章 小さな世界に集いしモノ
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しおりを挟む入ってきたのは、何時切ったのかわからない長めの茶色いボサ髪に茶瞳、そしてそばかすに目立つ丸眼鏡という、呟きクンこと、ポクル・ボゴヘタス子爵令息だ。
彼は教室内の面子を見るや否や、扉口で無言のままガバリと頭を下げた。
教室内にいる4人の内3人は、彼より身分が上になる為、そう言った行動になったのだろう。
何時ぞやの副学院長の言葉ではないが、身分の前に教えを乞う者は誰もが等しく学生で、教える者は教師。しかしそれと同時に身分差やそれに伴う礼儀を無視して良い訳ではない。
つまりエリューシア達の方から声をかけないと、彼はいつまでたっても頭を下げたままでいるつもりなのだろう。
「「おはようございます」」
「……おはよう」
「おッ、おは、おはようゴザイマス!」
少女たちの声にポクルも顔を上げて挨拶する。
「オハヨウゴザイマス!!」
過日にエリューシアの髪に見惚れていたくらいだから、もしかすると綺麗なものが好きなのかもしれない。そばかすの目立つ鼻から頬をほんのり赤らめて、上擦った声になってしまっている。そんな彼にどういう風の吹きまわしか、オルガが声をかけた。
「ボゴヘタス様も随分と早いのですね」
「遅れないようにと、つい必要以上に早起きしてしまって……あ、自分の事はポクルと呼んで下さい。高位貴族令嬢様方に敬称とかつけられたら、身の置き所がないですから。それに何とか様~なんて柄じゃないです」
「あ、わかります! 様呼びってするのは平気だけど、されるのってこう、自分じゃないみたいで落ち着かないですよね!」
オルガの方に顔を向け、照れたように答えていたポクルの言葉に、シャニーヌが大きく反応した。
「それ、ほんとにそうなんですよね。するのは当たり前なんだけど、されるのは勘弁して~って思っちゃうんですよ」
「うんうん、わかります。あ、あたしの事もシャニーヌって呼び捨てにしてくれると嬉しい!」
片や子爵家令息、片や子爵家養女で爵位的にも身近に感じるのだろう。二人が屈託なく話し始めるのを、エリューシアは黙って観察する。
(オルガが何故話しかけたのかわからないけど、呟きクン……じゃなくって、ポクル君は腹芸は苦手なのかも…ただ取り入る為の演技とも考えられなくもないし、こっちはこっちで要観察かな。何にせよ、シアお姉様にちょっかいかけてこないなら構わない。
シャニーヌ嬢は……もしこれが演技だというなら主演女優賞モノと言った所か…ただこれを肩の力が抜けた素ととるか、あざとさ全開ととるか……まぁどちらにしてもシモーヌの影が見えないならどうでも良いのだけど、まだ見極めるのは難しいわね)
そんな事を考えながらふとアイシアとオルガの方を伺い見れば、アイシアは相変わらずの微笑みを浮かべているが、オルガの方は半眼になっていて、苦笑いしてしまう。
まぁ公爵家は使用人にも教育が行き届いているし、出入りの商人も相応しくないと思われたらすぐに変更しているので、こういう子供らしい関わりと言うのに免疫がないのだろう。
しかし平民に近い下位貴族なら珍しい事ではなく、前世日本の感覚が未だ残るエリューシアにも、それ自体には忌避感はない。
ただ親しくするかどうかは別問題だ。
とりあえず子爵家の2人は初っ端から臨戦態勢になってこなかったので、まだ暫くは観察継続とする。
もう小試験の事が頭から抜け落ちたらしいシャニーヌとポクルから離れ、アイシアの席近くで話していると、順次クラスメイト達が入室してきた。子爵家の二人以外は伯爵家以上の子息……約一名、伯爵家子女を除く、なので、無難に挨拶を交わしていく。
もう少しで始業となる頃になって、甲高い声が教室に近づいてくる。
「……緒しても良いですか?」
「………」
「クリス様、良いですよね? 今日はうちのコックに多めに作らせたんです! だから是非お昼は一緒したいんです!」
「お、おい、フラネア……もうやめろって」
「マーク様は黙ってて!」
「きっとクリス様も気に入りますわ! だから……」
扉が開いた。
その瞬間何とも言えない空気が流れ、流石のフラネアも口を噤む。
「エリューシア嬢、おはよう」
空気が読めないらしい天使クンことクリストファが、さっきまでの無表情が嘘のように、満面の笑みを湛えながら近づいてきた。
(ちょ、空気読んでって……そんな笑顔で挨拶とか、私に恨みでもあるの!? あぁ、ほらもう…フラネア嬢の顔が般若も真っ青な事になってる……って、これ私が悪い訳じゃないわよね? てか、過日の再現されてる? 朝から何を見せられてるのかしら……)
クリストファの後ろからギンと音が聞こえそうな程きつい視線が、エリューシアに飛んでくる。
「アイシア嬢、オルガ嬢もおはよう」
アイシアもオルガも表情を崩す事無く挨拶を返しているが、よくよく見れば引き攣っているのがわかる。
(それはそうよね……あのフラネア嬢の視線に気づかないはずない。だけど気づいた所でどうにもできないのだけど……)
しかし過日のように突っかかって来る事はなく、唇を噛みしめて睨みつける事で耐えているようだ。
まさかクラスメイトとなった人物に、こう言った形で絡まれる事になるとは想定外だったが、元より前倒し入学をしたのはアイシアを守るためで、それ以外ははっきり言えばどうでも良い。
アイシアとオルガが渋々ながらも挨拶を返したので、エリューシアも仕方なく挨拶は返す。しかし誰に嫌われようと罵倒されようと、それがアイシアに向かなければそれで良いとは言え、自ら望んで波風を立てたいわけじゃない。だから……
「クラストン公爵令息様、おはようございます」
非の打ちどころのないカーテシー付きで返してやれば、クリストファは勿論フラネアもポカンとしている。
(そう、フラネア嬢、私はわざわざ貴方の敵になるつもりはないのです。これで察してくれますよね? 全く……リア充どもめ…何も残さず燃え尽きてしまえ、慈悲などないわ…ケッ!)
どことなく教室内の空気がおかしいままだが、それを追求する前に魔法基礎学の教師がやってきた。
そう、予定されていた魔法基礎の小試験である。
学院に入る子供たちは全員が貴族で、学院入学前から家庭教師によって基礎学習は終えている事が多い。勿論余裕のない貴族家や、シャニーヌのように養女になった元平民と言う例もあるので、全員がそうと言う訳ではないが、一応、最低限の基礎学力はあると言うのが前提となっている。
その確認の為にも入学前試験を行っているのだ。
しかし魔法に関しては異なる。それというのも魔法は独学が難しいという面がある為だ。
師が居ないまま独学で鍛錬しようとしても、魔力枯渇による昏倒、最悪死と言う図式が成り立ってしまう。
勿論父母など親族が教える事も可能ではあるのだが、過去に事故などもあり、基本的には親族は助言のみで、魔法については専属の家庭教師をつけるというのが一般的だ。
いつだったか、独学で魔法を操れたエリューシアが規格外だったという話はした事があると思うが、教える側に回れるアーネストとセシリアも十分規格外なのだ。
それはさておき、そう言う事情で家庭教師がつけられるのだが、この魔法を教えられる家庭教師と言うのが問題なのだ。
実は基礎、教養、礼儀、ダンス、その他諸々の家庭教師達にかかる費用をひっくるめても、魔法の家庭教師にかかる費用の足元にも及ばないという現実がある。
ということで、先程シャニーヌがテスト前勉強をしようとしていたが、そんな心配は最初から必要がなかったという訳である。
つまり余程余裕のある家の子息子女でなければ、魔法教育はお察しということなのだ。
しかし、この小試験があんな結果を招くとは予想できなかった。
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