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4章 小さな世界に集いしモノ
19
両親、使用人達に見送られ、邸を出て学院に向かう。
借り上げ邸からだと、学院正面より裏側の方が近いくらいで、通常棟より先に上位棟の校舎に行き当たる程だ。
当然正面方向にある馬車止めの場所からも、それなりに離れる事になるので、微かな喧噪は響いてきても、王都に自邸のある生徒達とは顔を合わせることなく済む。
本当にありがたい。
そのおかげか、未だエリューシアの事は学内に大きく広まっていない印象だ。
「今日は授業の前に一斉小試験があるみたいで……はぁ、憂鬱ぅ」
「メルリナ、朝からそんな顔しないで」
初授業の前に、上位棟通常棟、どちらも一斉テストが行われるらしく、ガックリと肩を落とすメルリナに、エリューシアがやれやれと肩を竦めた。
アイシアはそんな様子にコロコロと笑みを零し、オルガは片眉だけ跳ね上げてからこれ見よがしな溜息を吐く。
通常棟へ向かっていくメルリナを見送り、上位棟の教室へ3人で向かえば、女子生徒が一人、既に席についてボロボロのノートを広げて唸っていた。
「(入試順位8位のシャニーヌ・マポント子爵令嬢です)」
誰だっけと首を傾がせる前に、オルガが耳打ちしてくれる。
栗色の癖毛を肩口で切り揃えており、普通に可愛い顔立ちと言えるだろう。
瞳は赤茶色だ。オルガからの情報を聞いて、要観察と考えていた人物である。
「ぁ……」
教室内に入ってきたエリューシア達に気付いたのか、シャニーヌが顔を上げるが、視認した途端おろおろとし始めた。
おろおろし始めた理由として考えられるのは、挨拶についてだろう。
この世界では爵位の高いものから声をかけない限り、話しかけてはならないというルールがある。
養女という事からも彼女は、元々平民かそれ以下だったことが予想できる。仮に生家が貴族位だったとしても男爵家辺りだろう。
「……おはようございます」
「おはようございます」
ほぼ同時と言って良いタイミングでオルガとアイシアが挨拶する。
その様子にオルガはしまったと言わんばかりに顔を顰め、アイシアは綻ぶようにふわりと微笑んだ。
(フ……本日何度目の眼福でしょう…頂戴いたします)
二人に少し遅れて小さな声ではあったが、エリューシアも声をかける。
「…おはよう」
途端にシャニーヌが起立し、まるで人形のようにカチンコチンになって頭を、ブンと音が聞こえてきそうな程勢いよく下げた。
ゴン!!!!!
ぁ…と声をあげる間もなくシャニーヌが額を押さえ……。
「ったぁぁぁぁいいいい!」
―――良い音しましたものね。そりゃ痛いでしょう。
「大丈夫かしら?」
アイシアがスッと進み出て、両手で額を押さえ、しゃがみ込んで悶絶しているシャニーヌの横に並び、その手に魔力を纏わせる。
アイシアの魔法属性は氷と水なので回復促進が可能だ。
「……う、そ…え? なんで……痛く…ない」
目を真ん丸にして呆然としていたシャニーヌは額から両手を離し、呆然と自分の手とアイシアを交互に見つめる。
「痛くなくなったのなら良かったですわ」
目に見えて人が赤面する様など、初めてみた気がする。
アイシアに声をかけられて、シャニーヌは茹蛸のように真っ赤になって、口を真一文字に引き結んだ。
(フ……シアお姉様の美しさ、優しさ、そして素晴らしさに慄くが良い!!
そして頭を垂れて平伏すのです!!)
「ぁ、あの! あ…あり、がとう、ございますッ!!」
シャニーヌは勢いよく立ち上がって姿勢を正し、アイシアに……こう何と言えば良いか…そうまるで893の下っ端が、若頭や組長に頭を下げるような光景を思い浮かべてくれれば、それが一番近いかもしれない。
要観察対象だし、まだ気の抜けない現状で、あまりアイシアに近づいて欲しくない人物だが、さっきの表情を見るに、アイシアに溺れそうな気配が垣間見える。
こうなっては仕方ない。
エリューシアが関わったほうがずっとましな気がする。
(ダイレクトアタックはするつもりなかったんだけどね……仕方ない。
シアお姉様の危険度が増すよりずっと良いわ)
「そのノート……」
「あ!」
机の上に広げられたボロボロのノートに目を向ければ、シャニーヌが恥ずかしそうに慌てて閉じて抱え込む。
ノートと言っても羊皮紙の切れ端を束ねただけの、メモ帳に近い代物だ。
「その、ごめんなさ…じゃない! えっと、すみません! お目汚しを……」
「そういう意味ではないのだけど…いえ、違うわね。
反対に不躾を許してください。
勝手に見るなど失礼な事をしてしまいましたわ。ただ、とても分かりやすく書かれていると思いましたの」
エリューシアがそう言うと、シャニーヌが再び目を丸くする。
そしてくしゃりと歪めたかと思えば、輝くような笑顔を見せた。
「お、お褒め頂いて、とても嬉しいです!
これ、お義母様のノートだったそうなんです!
学院入学にあたって、わざわざ探し出してくださって!!」
前世を思えば、若干押しが強い子だなと思いこそすれ、取り立てて忌避する程ではないのだが、大きな声で話す様子は、この世界では褒められた事ではない。
すかさずオルガが注意する。
ここでエリューシアやアイシアが注意してしまっては、シャニーヌに身の置き所がなくなってしまうと考えたのだろう。
流石色々と出来るメイドである。
「そんな大きな声を出さなくても大丈夫ですわ。
それで、何を唸ってらっしゃったの?」
教室に入ってきた時に、彼女がノートを見ながら唸っていた事を覚えていてのセリフだ。
「……その………今日、一斉試験があると聞いて……だけど、あた…わたし、魔法なんて…全然…」
この世界では5歳のお披露目時に神官から、魔法の適性等を初めて教えて貰う事になる。
しかしそれはお布施ありきの話で、平民以下は余程才能がある子でなければ、確認の為だけに神殿に赴く事はない。
これは貴族であってもお金がなければ同じである。
その後も、例え適性があっても独学で進めるのは難しい。
書物はおいそれと手の出せるような代物ではないし、鍛錬するにもその辺で好き勝手に……と言う訳にもいかない。
何しろ初心者が知識も何もなく魔法を発動すれば、待っているのは魔力枯渇。
それもあっという間にその状況に陥る。
如何にエリューシアが規格外だった事が、ここからも分かろうと言うものだ。
「そう、不安なのかしら?
それとも具体的に、御自分がわからない部分をわかっていらっしゃる?」
「不安もありますし……その、まだ一度も使った事がなくて、ここの部分が」
示された箇所には、魔力を出力する前に行うコントロールについて書かれていた。
放出され術者の手を離れた魔力を、術者が追尾するような形で、コントロールする事も可能ではある。
しかし、それが出来るのはかなり高度な使い手に限られる為、普通は放出前に威力や軌道、着弾点等々を自分のイメージに合わせていくのだ。
(なるほどね、魔法はイメージと言われる。
私の場合、前世のアニメやゲームなんかが大いに役立ってくれてるけど、こっちの人はそんなベースがある訳じゃなく、最初から作り上げないといけないものね。確かに敷居は高いかもしれない。
しかしどうしたものかな……これは私ではうまく説明できないかもしれない…だけどシアお姉様にはあまり関与させたくはない。
彼女が白と判明したなら問題ないけど……オルガにお願いすべきか…でもオルガも感覚派だと思うのよね。
うぅん、メルリナが居たら話が早かったのだけど…)
そうしてシャニーヌの席近くで固まっていると、扉が開く音がした。
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