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17章 龍球王国 前編
316、杯
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屋敷の離れに建てられた茶室。
こじんまりとしているが、喧騒とは無縁の静かで落ち着きのある雰囲気を醸し出す。
使用中は緊急の要項でもない限り近づいてはならないことを義務付けているので、気疲れした時などに訪れれば良い休憩が取れることだろう。
ここは休憩の他に要人と内密の話し合いをする時に用いられている。
元々はその昔、テンコウ家の家老を務める『ダングリ家』がお茶に凝っていた際に『練習している様を家来に見られるのが嫌』という理由から建てた物だったが、離れに建てた秘密基地っぽい雰囲気をいたく気に入り、武家の間で流行ったのが始まりである。
そのため茶室は単なる風情を楽しむ場として考えられていたが、離れに建てられたことと、家来が近付いてくるのを察知するために敷き詰められた砂利や、聞き耳を立てられないように植えられた針葉樹などの徹底した人を遠ざける設計は一部界隈では別の意味で魅力的に映った。
真っ先に目を付けたのはキジン家だ。
キジン家は腹黒な性質上、悪巧みに使える空間を求めていた。風情や趣などを建前に機密性の高い茶室を建て、内緒の会合に使用したことで茶室の意味合いが変わってしまった。
今では真に賢き者が建てるのだという風潮が一部界隈で蔓延し、それに便乗した一握りの間抜けな武家は特に興味もない茶室を敷地内に建てて満足するという無駄な建物と化すところもあった。
具体的にはキジン派閥の武家は、使う使わざるに限らずほとんどみんなが建てている。
テンコウ家の領地『木園』。
龍球王国の北西方面に位置する領地であり、テンコウ家の本家のある場所だ。
ここに住まうムネヤス=テンコウは内密の話をするために2人の武将を茶室へと通した。
1人は岩を削り出して作ったかのような全体的に幅の広い男。
トウダ家の家臣、ミツヨシ=シュウジ。
顎を引き、ギュッとへの字に結んだ口のせいで常に二重顎を作っている。歳のせいで頭頂部が禿げ上がったために髷を結って誤魔化す手法を思いつき、この禿げ隠しをお洒落と題して世に広めようと企んでいる。
そしてもう1人。魔獣の皮を鞣して作成したマタギのような格好をしている髭面の男。
こちらもトウダ家の家臣、マサヒデ=タカガミ。
筋肉と脂肪を重ねがけするように付けたプロレス体系で、伸ばしっぱなしの髪の毛や髭を櫛で乱暴に撫で付けただけの無精な印象を感じさせる。
2人はトガノジョウ=トウダ家の家臣。外壁でのやらかしで当主が謹慎を食らう異常事態となったために、当主の代わりにキジン派閥が画策している国崩しへの参加を要請されていた。
「……殿の代わりを我々に?」
「……よもや儂らがそのような大役を……」
いきなり乗せられた重責に2人は同時に腕を組んで考え込む。しかしこれは考えているポーズをしているだけに過ぎない。実際は有頂天になるほど喜んでいた。
彼らは見た目通りの猪武者。獣が服を着て歩いていると揶揄されるほどの脳筋であり、同じ脳筋のトガノジョウとは相性が良く、この3人が集まった時の作戦は正面突破。
魔獣の方が賢いとまで言われる彼らの頭の中にはトウダ家よりも取り立ててもらえるのではないかと内心ほくそ笑んでいた。
思考を放棄した猪突猛進の性質に、トガノジョウの家臣で唯一の参謀役であるシンクロウ=クロバは頭を抱えている。
「うむ。この計画が上手く運べばコウカクの威信は地に落ち、待ち望んだヨリマロ様の時代が到来する。しかし知っての通り貴殿らの主君はあのザマ。今のままでは作戦への参加は絶望的と言えよう……」
スッと目の前に置かれたムネヤスが点てたお茶をミツヨシは迷わず片手で持ち上げた。
「光栄に御座います」
ミツヨシは出されたお茶を一気に飲み干す。
「と、殿っ。儂のお茶は……?」
マサヒデはムネヤスに茶を催促し、テンコウは信じられないといった顔をしながらまたお茶を差し出す。
依怙贔屓されたと思っていたマサヒデはお茶を点ててくれたムネヤスに頭を下げながらガハハッと笑った。
「粉骨砕身っ! ヨリマロ様に尽くす次第にございますっ!」
全くお茶の作法を知らない2人は、苦いお茶を一気に飲み干した。全く気に入らない味であり、テンコウ家当主が自ら点てたお茶でなければキレ散らかしながら投げ捨てていたであろう。
これはいわゆる極道の杯のような役割であると認識し、渋い顔をしながらも将来の展望は明るいと勝手に浮かれていた。
結束という意味では違いないが、それほど重い意味ではない。
「……貴殿らの活躍に期待する」
とはいえ、ムネヤスは2人のぶっきらぼうな態度に呆れながらも二つ返事に満足していた。
しばらくもてなした後、やいのやいのと騒ぐ2人を駕籠へと送り届け見送った。
「……2人とも帰りましたか?」
ムネヤスの背後からヌッと現れたのはトウダ家の家老シンクロウ=クロバ。テンコウは振り返ることなく肩を竦める。
「聞いていた通りの単純な連中であったな。3つのことも覚えられそうにないが、大丈夫なのか?」
「ええ。はいかいいえで答えられることなら大丈夫です。私が彼らを操縦します」
「そうだな。やはり知り尽くした者でないと面倒だからな……」
「そんなことよりも例の件。よろしくお願いしますよ?」
シンクロウの言葉にムネヤスは目を細める。
「無論だ。そうでなければ貴殿を重用したりなどせん」
「その言葉、忘れないでくださいよ?……明日また来ます。今度は手土産でもお持ちしましょう」
「ほぅ? 何を持ってくる気か知らないが、楽しみにしておくとしよう……」
ムネヤスとシンクロウはニヤリと笑い合う。
2人の考えは違えど、見ている方向は一致している。
トガノジョウを蔑ろにしてトウダの家臣たちは自分こそが次代の当主を目指して競い合う。
こじんまりとしているが、喧騒とは無縁の静かで落ち着きのある雰囲気を醸し出す。
使用中は緊急の要項でもない限り近づいてはならないことを義務付けているので、気疲れした時などに訪れれば良い休憩が取れることだろう。
ここは休憩の他に要人と内密の話し合いをする時に用いられている。
元々はその昔、テンコウ家の家老を務める『ダングリ家』がお茶に凝っていた際に『練習している様を家来に見られるのが嫌』という理由から建てた物だったが、離れに建てた秘密基地っぽい雰囲気をいたく気に入り、武家の間で流行ったのが始まりである。
そのため茶室は単なる風情を楽しむ場として考えられていたが、離れに建てられたことと、家来が近付いてくるのを察知するために敷き詰められた砂利や、聞き耳を立てられないように植えられた針葉樹などの徹底した人を遠ざける設計は一部界隈では別の意味で魅力的に映った。
真っ先に目を付けたのはキジン家だ。
キジン家は腹黒な性質上、悪巧みに使える空間を求めていた。風情や趣などを建前に機密性の高い茶室を建て、内緒の会合に使用したことで茶室の意味合いが変わってしまった。
今では真に賢き者が建てるのだという風潮が一部界隈で蔓延し、それに便乗した一握りの間抜けな武家は特に興味もない茶室を敷地内に建てて満足するという無駄な建物と化すところもあった。
具体的にはキジン派閥の武家は、使う使わざるに限らずほとんどみんなが建てている。
テンコウ家の領地『木園』。
龍球王国の北西方面に位置する領地であり、テンコウ家の本家のある場所だ。
ここに住まうムネヤス=テンコウは内密の話をするために2人の武将を茶室へと通した。
1人は岩を削り出して作ったかのような全体的に幅の広い男。
トウダ家の家臣、ミツヨシ=シュウジ。
顎を引き、ギュッとへの字に結んだ口のせいで常に二重顎を作っている。歳のせいで頭頂部が禿げ上がったために髷を結って誤魔化す手法を思いつき、この禿げ隠しをお洒落と題して世に広めようと企んでいる。
そしてもう1人。魔獣の皮を鞣して作成したマタギのような格好をしている髭面の男。
こちらもトウダ家の家臣、マサヒデ=タカガミ。
筋肉と脂肪を重ねがけするように付けたプロレス体系で、伸ばしっぱなしの髪の毛や髭を櫛で乱暴に撫で付けただけの無精な印象を感じさせる。
2人はトガノジョウ=トウダ家の家臣。外壁でのやらかしで当主が謹慎を食らう異常事態となったために、当主の代わりにキジン派閥が画策している国崩しへの参加を要請されていた。
「……殿の代わりを我々に?」
「……よもや儂らがそのような大役を……」
いきなり乗せられた重責に2人は同時に腕を組んで考え込む。しかしこれは考えているポーズをしているだけに過ぎない。実際は有頂天になるほど喜んでいた。
彼らは見た目通りの猪武者。獣が服を着て歩いていると揶揄されるほどの脳筋であり、同じ脳筋のトガノジョウとは相性が良く、この3人が集まった時の作戦は正面突破。
魔獣の方が賢いとまで言われる彼らの頭の中にはトウダ家よりも取り立ててもらえるのではないかと内心ほくそ笑んでいた。
思考を放棄した猪突猛進の性質に、トガノジョウの家臣で唯一の参謀役であるシンクロウ=クロバは頭を抱えている。
「うむ。この計画が上手く運べばコウカクの威信は地に落ち、待ち望んだヨリマロ様の時代が到来する。しかし知っての通り貴殿らの主君はあのザマ。今のままでは作戦への参加は絶望的と言えよう……」
スッと目の前に置かれたムネヤスが点てたお茶をミツヨシは迷わず片手で持ち上げた。
「光栄に御座います」
ミツヨシは出されたお茶を一気に飲み干す。
「と、殿っ。儂のお茶は……?」
マサヒデはムネヤスに茶を催促し、テンコウは信じられないといった顔をしながらまたお茶を差し出す。
依怙贔屓されたと思っていたマサヒデはお茶を点ててくれたムネヤスに頭を下げながらガハハッと笑った。
「粉骨砕身っ! ヨリマロ様に尽くす次第にございますっ!」
全くお茶の作法を知らない2人は、苦いお茶を一気に飲み干した。全く気に入らない味であり、テンコウ家当主が自ら点てたお茶でなければキレ散らかしながら投げ捨てていたであろう。
これはいわゆる極道の杯のような役割であると認識し、渋い顔をしながらも将来の展望は明るいと勝手に浮かれていた。
結束という意味では違いないが、それほど重い意味ではない。
「……貴殿らの活躍に期待する」
とはいえ、ムネヤスは2人のぶっきらぼうな態度に呆れながらも二つ返事に満足していた。
しばらくもてなした後、やいのやいのと騒ぐ2人を駕籠へと送り届け見送った。
「……2人とも帰りましたか?」
ムネヤスの背後からヌッと現れたのはトウダ家の家老シンクロウ=クロバ。テンコウは振り返ることなく肩を竦める。
「聞いていた通りの単純な連中であったな。3つのことも覚えられそうにないが、大丈夫なのか?」
「ええ。はいかいいえで答えられることなら大丈夫です。私が彼らを操縦します」
「そうだな。やはり知り尽くした者でないと面倒だからな……」
「そんなことよりも例の件。よろしくお願いしますよ?」
シンクロウの言葉にムネヤスは目を細める。
「無論だ。そうでなければ貴殿を重用したりなどせん」
「その言葉、忘れないでくださいよ?……明日また来ます。今度は手土産でもお持ちしましょう」
「ほぅ? 何を持ってくる気か知らないが、楽しみにしておくとしよう……」
ムネヤスとシンクロウはニヤリと笑い合う。
2人の考えは違えど、見ている方向は一致している。
トガノジョウを蔑ろにしてトウダの家臣たちは自分こそが次代の当主を目指して競い合う。
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