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14章 帝国編
193、竜神帝
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「──ぐぅ……っ!」
身体中の痛みで思いまぶたをこじ開ける。視界に映るのは記憶にない天井。
エデン正教の枢機卿イアン=ローディウスは、ぼんやりとした頭で思い出せることを必死に手繰り寄せながら天井を眺める。
「あっ! お気付きになられましたかっ?!」
ローディウスの視界に入るようにヒョコッと顔を覗かせたのは聖職者のハル。ハルの身から感じられる神聖なオーラに同業者であることを悟ったローディウスは、絞り出すようなか細い声で何とか言葉を紡いだ。
「こ……こは……どこ、だ? わた、しは……どうして……」
「魔物の群れに襲われていたところを偶然通りかかった仲間が貴方様を救出致しました。他の方々は……その……」
「そう……か。彼らには……すまない、ことをした」
ローディウスを殺させまいと果敢に挑んで行った聖騎士の顔を一人ずつ思い出す。比較的レベルの高い彼らでも、魔物の群れ相手には分が悪かった。一度に相手出来るのは2匹まで、それを超えると一気に瓦解する姿を見た時にはいよいよこれまでだと腹を括った。
無抵抗に殺されるわけにはいかないと多少争ったが、戦いには不向きだったために肉を削がれ、顎を叩き割られ、あまりの痛みに意識が飛んだところから今に至る。
生きている実感と、自分のために死んで行った部下たちの無念とが同時に去来し、天井を見つめながらブワッと涙が溢れ出た。
ローディウスの無防備な姿に一瞬あたふたしたハルだったが、エデン教内では雲の上の存在である彼も同じ人間なのだと思い出し、とりあえずハンカチを用意することにした。
『ギュシャアアアアァァッ……!!!』
その時、天を割るほどの凄まじい咆哮が艦内にも響き渡る。命の危機を感じるほどの声に目覚めたばかりのローディウスもバサッと掛け布団を跳ね除けるように移動を開始する。
「ちょっ……?! ダメですよローディウス様! 安静にしていないとっ!」
よろよろとした足取りで扉を開け放ち、廊下に出たローディウスはどこに行ったら良いか分からないまま壁伝いに歩き始めた。ハルはすぐに追いついて彼に肩を貸した。
「す、すまないな。ここの主人は……どこにいらっしゃる?」
「主人……というか責任者の元にご案内いたします。こっちです」
ハルが誘導する方向は移動していた方角と反対だった。遠ざかっていたことに気づいたローディウスは「助かる」と一言添えてハルと共に何とか歩き出した。しばらく移動すると艦橋に辿り着く。
開け放たれた両扉の中、艦橋で待機していたほとんどの乗組員の目が2人に注がれる。
「おやっ? お目覚めかい?」
声に出して反応したのは1人。ドワーフと思われる女児のような女性の態度に風格を感じ、この女性こそが建物の責任者であると確信する。
「卿が……責任者だな」
「ご明察。僕の名前はルイベリア=ジゼルホーン。魔導局の技術主任を任されてた。名前はルーでもルイベーでもジゼっちゃんでも好きに呼んでよ。そんな君は枢機卿のイアン=ローディウスだろう? お噂はかねがねってね」
「それではルイベリア殿。まずは命を救ってもらったことを深く感謝する。私は……」
「あっ! 待って待って! それは僕じゃなくてあそこで戦ってる彼に言って欲しいな」
「……彼?」
ルイベリアの指差す方に目を向けると魔導鏡が外の様子を写しているのが分かった。
ローディウスがこの部屋に入った時は全く気にも留めていなかったが、不思議な席の配置をしていると改めて感じた。
「……普通の建物ではない?」
「あ、マジで起きたばっかなんだね。それじゃこの特等席で見ていきなよ。世界が変わるから」
*
竜神帝。
それは全ての竜族の頂点。
神と同一視される絶対者の称号。
ドラグロスは前竜神帝を屈服させ、その称号を奪い取った竜の中の竜。
異例の大出世と名高い彼の経歴に真っ向から唾を吐いたのは、数多の世界を見渡した中でもたったの2人。
デザイアとレッドだけである。
誇り高い称号であるが故に、嘲りとも取れるレッドの発言はドラグロスの逆鱗に触れた。
──ジャリッ
音が聞こえた時には既にその姿はなく、巨体の割に消えるほど速く動く様は、超自然現象のように不可思議に映る。天性のハンターである獣人たちにも目で追えない速度であり、人間というカテゴリーではどうしようもない。
──ブォンッ
次にドラグロスを視認出来たのはレッドのすぐ目の前。拳を振り抜いたような格好で現れた。
何故レッドを殴り飛ばすことなく空振りをしているのか。
ドラグロスが消えた瞬間に獣人たちはドラグロスの所在を目で追うような愚行に走らず、一斉に犠牲者であるレッドに目を向けた。
案の定ドラグロスはレッドに攻撃を仕掛けたと思われるのだが、レッドはその場から動いてすらいない。
フェイントを交えた攻撃を想像するも、動きについていけるはずもない人間ごときにそんな小細工など必要ないはずだし、仮にもしフェイントだったとしても何故振り抜く必要があるのか。
意味不明な状況に混乱し、ポカーンと口を開けて見守ることしか出来ない。
そして攻撃を仕掛けたドラグロスもレッドに対して目を丸くするほど驚いていた。
(野郎……!? この俺の攻撃を受け流しやがっただと?!)
視認不可能の速度、おまけに当たったら即死すらあり得る攻撃。その拳に剣の峰を当ててそっと逸らしたと考えられる。
「あんだぁ? 気取ってんじゃねぇぞこの野郎っ!!」
ドラグロスの攻撃はさらに加速する。レッドも消えたり現れたりしながら攻撃に対応しているようだった。
風切り音と地面が弾ける音の中に金属の甲高い音が次第に混ざり始め、同時に火花も舞う。
「ど、どういうことだ? ドラグロス様と渡り合っているとでもいうのかっ?! 人間風情がっ??!」
獣人たちが驚きの声を上げる中、2人の戦いで局地的に地形が変わる。
10秒に満たない戦闘の中、時より聞こえる金属音は何を物語っているのか。獣人族との戦争ではすでに半数近くが殴り飛ばされている頃で、1対1の戦いとなれば人間の体は肉塊と変わっていてもおかしくないはずだ。
頭を抱えて混乱する獣人族たちが次に2人の姿を視認出来たのは、爆風の如き風圧で土煙が晴れた時だった。
当然そこには今までの死闘を感じさせない五体満足の2人が立っていた。
「な……なんて硬さだ……! お、俺の烈刃で切れないなんて……!」
レッドの自慢の必殺技『烈刃』。この技で倒した敵は数知れず。完璧なタイミングで放った攻撃はドラグロスの鱗に阻まれ、血の一滴も見ることは叶わなかった。
「お前……どんなチート能力を持っていやがるっ?!」
「……へ? チート……能力?」
「惚けてんじゃねぇっ! 事象干渉か?! 時間操作か?! それとも単に身体能力の向上か?! テメェの持ってる能力はなんだって聞いてんだよっ!!」
メキメキとドラグロスの筋肉が盛り上がり、黄金のオーラが全身を覆う。牙を剥き出して吠える口腔からは湯気のような瘴気が吐き出された。
ドラグロスの種族は毒竜であり、本来であれば息をするだけでも危険な種族と言われているのだが、竜神帝となるべく鍛え上げられた肉体のおかげで毒を自由自在に操ることが出来るようになり、不用意に毒を吐き出すようなことはない。
しかしレッドのあまりの強さに思考が追いつかず、感情的になったがために漏れ出てしまったのだ。その怒りの元はレッドの烈刃を防いだ腕の鱗にある。
引っ掻き傷程度の白い傷跡が一筋、剣が振り下ろされたであろう軌道に沿って付いていた。
「え、えっと……俺は剣士だ。だから、その……能力っていうか職業っていうか……と、とにかく、剣を扱えることが能力といえなくない……よね?」
「あぁっ?! 持って回った言い方しやがってっ!! そんなヘボい剣が魔剣だとでもいうつもりかテメェっ!!」
「ん? あ、違う違う。これは魔剣じゃなくて、この世界でなら割とどこでも手に入るロングソードっていう武器で……」
「き、既製品の剣でこの俺の鱗を傷付けたってかっ?! 嘘つけ! テメェどこまでおちょくるつもりだっ!!」
──ドゥンッ
地面が捲れ上がるほどの勢いで踏み込む。ドラグロスの速度と迫りくる圧迫感でレッドは珍しく手元が狂う。
──パキィンッ
迫りくる腕に合わせた剣は、何の抵抗もなく爪楊枝のように簡単に中程からポキリと折れた。
全世界最強のドラゴンがここに来てようやく有効打を放ったのだ。そしてそれはドラグロスの中で大きな疑問となった。
(──こいつは……何の冗談だ?)
デザイアに無理やり連れてこられる前から歯向かって来た敵たちの尽くを返り討ちにし、反逆者たちの自慢の武器を心身共に破壊してきた。
ドラグロスにとって武器をへし折るなど造作もないことであり、魔剣だけに絞っても数十本は容易くへし折ってきた。
魔道具は生き物と同じで、破壊すれば血液の代わりに魔力を噴出する。
その様はまるで魂が抜けていくかのようであまり良い気はしなかったが、危険な魔道具を残しておけば部下たちに振るわれる可能性があるため、否応なく破壊してきた。
だからこそ分かる。つまりはレッドの言う通り、本当にただのロングソードだった。
「うわっ!? くそっ!!」
レッドは折られた剣を正眼に構えながら背後に飛び、間合いを開けて屈む。自分の身に降り掛かった圧迫感の正体に身が震えてしまっていた。
(なんて奴だっ! リザードマンのくせに覇気はまるでドラゴンそのものだぞっ! くそっ! 頭だけでなく、気配まで擬態出来るのかっ!?)
レッドは珍しくイライラしながらドラグロスを睨み付ける。あまりのことに一時停止していたドラグロスはその視線に気付いて睨み返した。
「へっ! そんなもんで俺に戦いを挑むから折れたんだろうが。俺を倒したかったら今すぐメイン装備に換えろ。まぁどの道お前のヘボ魔剣なんざへし折ってやるがなぁっ」
「ちょ、ちょっと油断しただけだっ! 見てろっ! 今からが本番だぞっ!」
折れた剣をそのまま突き出して臨戦態勢となる。
「テメ……っ! チッ……ふざけんじゃねぇぞコラ。ったく、いいか? そんな武器じゃどうしようもねぇだろ? ここで一旦待ってやるから魔剣でも何でも装備しに行けよ。鎧でも着込んでさらに能力を向上したって俺は構わねぇぞ?」
「い、いやその……俺は魔剣なんて持ってないし……い、今は予備の武器もないからこれで勝負するしかないんだよ」
「あぁっ?!……なんで持ってねぇんだよ」
「え、だって魔剣は高級品だし、戦うならロングソードでもあんまり変わんないし……」
「はぁ? 変わるに決まってんだろっ! なんで剣士のくせに良い剣を使わねぇんだよっ! プロ意識にかけるってもんだぜっ!」
「プ、プロ意識だって?! なんでリザードマンにそんなことを言われなくちゃならないんだ……」
レッドの呟きは聞き捨てならない言葉だった。
「……あ? 今何つった?」
「ふぅーっ。お言葉ですけど、プロ意識ならあります。剣は所詮消耗品。折れたら取っ替えるだけだし……」
「そこじゃねぇよ。リザードマンだと? この俺をリザードマンだと吐かしやがったか?」
「え? そうだけど……何か間違ってる?」
目をパチクリさせながらレッドは静かに怒りを湛えるドラグロスを見つめる。
どこをどう切り取ってもリザードマンだ。少なくともレッドにはドラグロスがリザードマンにしか見えない。グルガンの説得による思い込みが効いた証拠だが、ドラグロスの逆鱗に触れるには十分だった。
「──ぶっ殺してやる」
身体中の痛みで思いまぶたをこじ開ける。視界に映るのは記憶にない天井。
エデン正教の枢機卿イアン=ローディウスは、ぼんやりとした頭で思い出せることを必死に手繰り寄せながら天井を眺める。
「あっ! お気付きになられましたかっ?!」
ローディウスの視界に入るようにヒョコッと顔を覗かせたのは聖職者のハル。ハルの身から感じられる神聖なオーラに同業者であることを悟ったローディウスは、絞り出すようなか細い声で何とか言葉を紡いだ。
「こ……こは……どこ、だ? わた、しは……どうして……」
「魔物の群れに襲われていたところを偶然通りかかった仲間が貴方様を救出致しました。他の方々は……その……」
「そう……か。彼らには……すまない、ことをした」
ローディウスを殺させまいと果敢に挑んで行った聖騎士の顔を一人ずつ思い出す。比較的レベルの高い彼らでも、魔物の群れ相手には分が悪かった。一度に相手出来るのは2匹まで、それを超えると一気に瓦解する姿を見た時にはいよいよこれまでだと腹を括った。
無抵抗に殺されるわけにはいかないと多少争ったが、戦いには不向きだったために肉を削がれ、顎を叩き割られ、あまりの痛みに意識が飛んだところから今に至る。
生きている実感と、自分のために死んで行った部下たちの無念とが同時に去来し、天井を見つめながらブワッと涙が溢れ出た。
ローディウスの無防備な姿に一瞬あたふたしたハルだったが、エデン教内では雲の上の存在である彼も同じ人間なのだと思い出し、とりあえずハンカチを用意することにした。
『ギュシャアアアアァァッ……!!!』
その時、天を割るほどの凄まじい咆哮が艦内にも響き渡る。命の危機を感じるほどの声に目覚めたばかりのローディウスもバサッと掛け布団を跳ね除けるように移動を開始する。
「ちょっ……?! ダメですよローディウス様! 安静にしていないとっ!」
よろよろとした足取りで扉を開け放ち、廊下に出たローディウスはどこに行ったら良いか分からないまま壁伝いに歩き始めた。ハルはすぐに追いついて彼に肩を貸した。
「す、すまないな。ここの主人は……どこにいらっしゃる?」
「主人……というか責任者の元にご案内いたします。こっちです」
ハルが誘導する方向は移動していた方角と反対だった。遠ざかっていたことに気づいたローディウスは「助かる」と一言添えてハルと共に何とか歩き出した。しばらく移動すると艦橋に辿り着く。
開け放たれた両扉の中、艦橋で待機していたほとんどの乗組員の目が2人に注がれる。
「おやっ? お目覚めかい?」
声に出して反応したのは1人。ドワーフと思われる女児のような女性の態度に風格を感じ、この女性こそが建物の責任者であると確信する。
「卿が……責任者だな」
「ご明察。僕の名前はルイベリア=ジゼルホーン。魔導局の技術主任を任されてた。名前はルーでもルイベーでもジゼっちゃんでも好きに呼んでよ。そんな君は枢機卿のイアン=ローディウスだろう? お噂はかねがねってね」
「それではルイベリア殿。まずは命を救ってもらったことを深く感謝する。私は……」
「あっ! 待って待って! それは僕じゃなくてあそこで戦ってる彼に言って欲しいな」
「……彼?」
ルイベリアの指差す方に目を向けると魔導鏡が外の様子を写しているのが分かった。
ローディウスがこの部屋に入った時は全く気にも留めていなかったが、不思議な席の配置をしていると改めて感じた。
「……普通の建物ではない?」
「あ、マジで起きたばっかなんだね。それじゃこの特等席で見ていきなよ。世界が変わるから」
*
竜神帝。
それは全ての竜族の頂点。
神と同一視される絶対者の称号。
ドラグロスは前竜神帝を屈服させ、その称号を奪い取った竜の中の竜。
異例の大出世と名高い彼の経歴に真っ向から唾を吐いたのは、数多の世界を見渡した中でもたったの2人。
デザイアとレッドだけである。
誇り高い称号であるが故に、嘲りとも取れるレッドの発言はドラグロスの逆鱗に触れた。
──ジャリッ
音が聞こえた時には既にその姿はなく、巨体の割に消えるほど速く動く様は、超自然現象のように不可思議に映る。天性のハンターである獣人たちにも目で追えない速度であり、人間というカテゴリーではどうしようもない。
──ブォンッ
次にドラグロスを視認出来たのはレッドのすぐ目の前。拳を振り抜いたような格好で現れた。
何故レッドを殴り飛ばすことなく空振りをしているのか。
ドラグロスが消えた瞬間に獣人たちはドラグロスの所在を目で追うような愚行に走らず、一斉に犠牲者であるレッドに目を向けた。
案の定ドラグロスはレッドに攻撃を仕掛けたと思われるのだが、レッドはその場から動いてすらいない。
フェイントを交えた攻撃を想像するも、動きについていけるはずもない人間ごときにそんな小細工など必要ないはずだし、仮にもしフェイントだったとしても何故振り抜く必要があるのか。
意味不明な状況に混乱し、ポカーンと口を開けて見守ることしか出来ない。
そして攻撃を仕掛けたドラグロスもレッドに対して目を丸くするほど驚いていた。
(野郎……!? この俺の攻撃を受け流しやがっただと?!)
視認不可能の速度、おまけに当たったら即死すらあり得る攻撃。その拳に剣の峰を当ててそっと逸らしたと考えられる。
「あんだぁ? 気取ってんじゃねぇぞこの野郎っ!!」
ドラグロスの攻撃はさらに加速する。レッドも消えたり現れたりしながら攻撃に対応しているようだった。
風切り音と地面が弾ける音の中に金属の甲高い音が次第に混ざり始め、同時に火花も舞う。
「ど、どういうことだ? ドラグロス様と渡り合っているとでもいうのかっ?! 人間風情がっ??!」
獣人たちが驚きの声を上げる中、2人の戦いで局地的に地形が変わる。
10秒に満たない戦闘の中、時より聞こえる金属音は何を物語っているのか。獣人族との戦争ではすでに半数近くが殴り飛ばされている頃で、1対1の戦いとなれば人間の体は肉塊と変わっていてもおかしくないはずだ。
頭を抱えて混乱する獣人族たちが次に2人の姿を視認出来たのは、爆風の如き風圧で土煙が晴れた時だった。
当然そこには今までの死闘を感じさせない五体満足の2人が立っていた。
「な……なんて硬さだ……! お、俺の烈刃で切れないなんて……!」
レッドの自慢の必殺技『烈刃』。この技で倒した敵は数知れず。完璧なタイミングで放った攻撃はドラグロスの鱗に阻まれ、血の一滴も見ることは叶わなかった。
「お前……どんなチート能力を持っていやがるっ?!」
「……へ? チート……能力?」
「惚けてんじゃねぇっ! 事象干渉か?! 時間操作か?! それとも単に身体能力の向上か?! テメェの持ってる能力はなんだって聞いてんだよっ!!」
メキメキとドラグロスの筋肉が盛り上がり、黄金のオーラが全身を覆う。牙を剥き出して吠える口腔からは湯気のような瘴気が吐き出された。
ドラグロスの種族は毒竜であり、本来であれば息をするだけでも危険な種族と言われているのだが、竜神帝となるべく鍛え上げられた肉体のおかげで毒を自由自在に操ることが出来るようになり、不用意に毒を吐き出すようなことはない。
しかしレッドのあまりの強さに思考が追いつかず、感情的になったがために漏れ出てしまったのだ。その怒りの元はレッドの烈刃を防いだ腕の鱗にある。
引っ掻き傷程度の白い傷跡が一筋、剣が振り下ろされたであろう軌道に沿って付いていた。
「え、えっと……俺は剣士だ。だから、その……能力っていうか職業っていうか……と、とにかく、剣を扱えることが能力といえなくない……よね?」
「あぁっ?! 持って回った言い方しやがってっ!! そんなヘボい剣が魔剣だとでもいうつもりかテメェっ!!」
「ん? あ、違う違う。これは魔剣じゃなくて、この世界でなら割とどこでも手に入るロングソードっていう武器で……」
「き、既製品の剣でこの俺の鱗を傷付けたってかっ?! 嘘つけ! テメェどこまでおちょくるつもりだっ!!」
──ドゥンッ
地面が捲れ上がるほどの勢いで踏み込む。ドラグロスの速度と迫りくる圧迫感でレッドは珍しく手元が狂う。
──パキィンッ
迫りくる腕に合わせた剣は、何の抵抗もなく爪楊枝のように簡単に中程からポキリと折れた。
全世界最強のドラゴンがここに来てようやく有効打を放ったのだ。そしてそれはドラグロスの中で大きな疑問となった。
(──こいつは……何の冗談だ?)
デザイアに無理やり連れてこられる前から歯向かって来た敵たちの尽くを返り討ちにし、反逆者たちの自慢の武器を心身共に破壊してきた。
ドラグロスにとって武器をへし折るなど造作もないことであり、魔剣だけに絞っても数十本は容易くへし折ってきた。
魔道具は生き物と同じで、破壊すれば血液の代わりに魔力を噴出する。
その様はまるで魂が抜けていくかのようであまり良い気はしなかったが、危険な魔道具を残しておけば部下たちに振るわれる可能性があるため、否応なく破壊してきた。
だからこそ分かる。つまりはレッドの言う通り、本当にただのロングソードだった。
「うわっ!? くそっ!!」
レッドは折られた剣を正眼に構えながら背後に飛び、間合いを開けて屈む。自分の身に降り掛かった圧迫感の正体に身が震えてしまっていた。
(なんて奴だっ! リザードマンのくせに覇気はまるでドラゴンそのものだぞっ! くそっ! 頭だけでなく、気配まで擬態出来るのかっ!?)
レッドは珍しくイライラしながらドラグロスを睨み付ける。あまりのことに一時停止していたドラグロスはその視線に気付いて睨み返した。
「へっ! そんなもんで俺に戦いを挑むから折れたんだろうが。俺を倒したかったら今すぐメイン装備に換えろ。まぁどの道お前のヘボ魔剣なんざへし折ってやるがなぁっ」
「ちょ、ちょっと油断しただけだっ! 見てろっ! 今からが本番だぞっ!」
折れた剣をそのまま突き出して臨戦態勢となる。
「テメ……っ! チッ……ふざけんじゃねぇぞコラ。ったく、いいか? そんな武器じゃどうしようもねぇだろ? ここで一旦待ってやるから魔剣でも何でも装備しに行けよ。鎧でも着込んでさらに能力を向上したって俺は構わねぇぞ?」
「い、いやその……俺は魔剣なんて持ってないし……い、今は予備の武器もないからこれで勝負するしかないんだよ」
「あぁっ?!……なんで持ってねぇんだよ」
「え、だって魔剣は高級品だし、戦うならロングソードでもあんまり変わんないし……」
「はぁ? 変わるに決まってんだろっ! なんで剣士のくせに良い剣を使わねぇんだよっ! プロ意識にかけるってもんだぜっ!」
「プ、プロ意識だって?! なんでリザードマンにそんなことを言われなくちゃならないんだ……」
レッドの呟きは聞き捨てならない言葉だった。
「……あ? 今何つった?」
「ふぅーっ。お言葉ですけど、プロ意識ならあります。剣は所詮消耗品。折れたら取っ替えるだけだし……」
「そこじゃねぇよ。リザードマンだと? この俺をリザードマンだと吐かしやがったか?」
「え? そうだけど……何か間違ってる?」
目をパチクリさせながらレッドは静かに怒りを湛えるドラグロスを見つめる。
どこをどう切り取ってもリザードマンだ。少なくともレッドにはドラグロスがリザードマンにしか見えない。グルガンの説得による思い込みが効いた証拠だが、ドラグロスの逆鱗に触れるには十分だった。
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