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5話 追放聖女、イケメン騎士に忠誠を誓われる
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宿屋の3階、私の為に用意された部屋にフレイさんを案内する。
「ここがエリカ殿の部屋ですか。このような聖域に、俺のような下賤な輩が侵入して許されるのでしょうか?」
「その冗談はもういいですよ! 本題に入りましょう。遅くなったら、それこそご主人たちに何を言われるか分からないです」
「はっ。御意の通りに」
椅子に腰を下ろすと、フレイさんは頭を下げた。
「本日殿下に拝謁が叶い、先日の出来事を窺って参りました。エリカ殿――いえ、聖女様。ザカリアス殿下の非礼を改めてお詫びします」
「そんなのいいですよ。フレイさんは私を助けてくれたんだし。フレイさんは何も悪くありません」
「しかし主君の失態は、俺の責任でもあります」
「この世界の騎士がどんな存在なのかは分からないけど、そうやって甘やかすのは良くないと思う」
「甘やかす、ですか?」
「だってあの王子、とっくに成人してる年齢でしょ? フレイさんより年上に見えたけど」
「俺は22歳、ザカリアス殿下は25歳です」
「ほら! 年下の部下に自分の不始末を謝らせるなんて、はっきり言って格好悪いです。この世界の常識はよく分からないけど、私の感覚に照らし合わせるなら最悪ですね」
「最悪、ですか」
「最低最悪の部類です」
「エリカ殿は手厳しいですね」
そう言いつつも、フレイさんの表情はどこか楽しそうだった。
「私が異世界から召喚されたという話を、王子から直接聞いたんですよね?」
「はい。魔王討伐の為、異世界の聖女を2人召喚したと。しかし王国として迎え入れられる聖女は1人だけなので、エリカ殿にはご退出願ったと聞きました」
「魔王って、本当に存在――するんですか?」
フレイさんは頷いた。
「王都より北に進むこと、人の足で10日。辺境の先にある大峡谷地帯、パーガトリーキャニオン。古より魔物や魔族は、峡谷の底にある大地の亀裂より生じるとされています。大地の亀裂は魔界へ繋がっている、とも。遡ること30年前、ルイン王国および周辺国を大地震が襲い、大峡谷より魔王が出現しました」
それから魔王は多数の軍勢を率いて、人間の国々を侵攻し始めたんだとか。
世界中から魔術師や聖職者が集められて、魔王は一度封印されたんだとか。
けれど封印は完璧ではなく、近年になると効果が弱まり、魔族の動きが再び活発になってきたんだとか。
街や村の外に出没するモンスターの力も、強化されているんだとか。
人々の中には、それを魔王再復活の予兆と見なす終末論者もいるんだとか。
魔王への恐怖は社会的不安にも繋がり、人間による犯罪も増えているんだとか。
なんていうか、実に王道ファンタジーな説明をしていただいた。
「もう一度、魔王を封印するわけにはいかないんですか? 経年で効果が薄くなるみたいだけど、やらないよりマシなんじゃないですか?」
「封印は問題を先送りにするだけです。何より封印の儀式は術者への負担が大きく、30年前には高名な聖職者、魔術師が何人も亡くなられました」
「……それじゃあ元を絶たないといけませんね。魔王を倒せるのは異世界から召喚された聖女だけ――なんでしたっけ?」
「はい」
「魔王を倒したら聖女も死ぬ、なんてことは?」
「それはありません」
「どうして分かるんですか?」
「このルイン王国も、400年前に異世界より召喚された聖女が興した国だからです」
「え、そうなの?」
「はい。魔王を倒した後、聖女様は初代女王となり、50年に渡り国を治めました。現王家は聖女様の末裔です」
「そうだったんだ……」
ということは、もし魔王を倒しても死ぬ心配はないってことか。
うん、それなら安心だ。いや、私は魔王を倒しに行くつもりはないけど。一緒に召喚された女の子が少し心配だったから良かった。
あ、でも今の話だと、先代聖女は元の世界に戻れなかったのか……。
ということは、私も本格的にこの世界で生きる覚悟を決めなきゃいけない。
「古代文明時代より、聖女が魔王を討伐したという文献はいくつも残されています。その文献によると、魔王を消滅させられるのは異世界より召喚された聖女のみ。聖女は女神の加護を受け、魔を退ける力を持つ。魔族や魔物を倒せる人間はいても、魔王を討伐できる存在は聖女のみである――と」
「私は奇跡なんて習得してないですよ。地属性の支援魔法しか使えないみたいです」
「これから習得なさるのでしょう」
「そうかなあ」
「一緒に頑張りましょう。僭越ながらこの俺が、ご協力させていただきます」
「フレイさんの厚意はありがたいんだけど、そもそも私は追い出された身だから、今さら聖女になろうとは思ってないんですよね。……あ、そんな顔しないでください。強くなってあの王子を見返してやろうとか、そんなのどうでもいいんです。一緒に召喚されたシオンちゃんはいい子そうだったし、あの子を押しのけてまでやることじゃないよなあって」
「なんとお優しい……」
「それよりも私は、帰れないなら帰れないなりに、この世界での生活基盤を築きたいな。衣食住――今はフレイさんのおかげで何とかなってるけど、ずっと甘えるわけにもいかないでしょう? 仕事を見つけて、コミュニティに所属して、人間関係を築いて、安定した生活を送りたいなぁって」
「なんと地に足のついた、立派な考えでしょうか……!」
ぶっちゃけあのクソ王子と金輪際関わりたくないだけなんだけどね。
自分の都合ばっかり押し付けて、こっちの話なんて全然聞かない人だったし。
ああいうタイプは将来的に、モラハラとかDVとかするタイプだね。
私の地雷センサーが、ああいう男には絶対に関わっちゃダメだと警鐘を鳴らしている。
「幸福とは日常に宿るもの……まさに真理としか言いようがありません。確信しました、エリカ殿こそ聖女です。間違いありません」
「そんな簡単に聖女認定していいんですか? 私、この国の王子に存在を全否定されて追放されたんですよ?」
「まったく忌々しい限りです。城で話を聞きながら、何度斬りつけてやろうと思ったか分かりません。自制するには鋼の理性が必要でした。俺の理性があと1グラム足りなかったら、今頃城は血の海と化していたでしょう」
「やめてくださいよ!? 私のせいで流血沙汰とか勘弁してください。そんなことになったらフレイさんを慕う人たちだって悲しみますよ!」
「さすがはエリカ殿です。みだりに人を傷つけるのを嫌う――まさに聖女に相応しい、尊いお方です」
「私を褒めるのはいいから、さっさと話を続けてください」
なんかもう、塩対応になってきた。
悪い人じゃないんだけど、いちいち話の腰を折られるのは困る。
「たとえ殿下が否定しようとも、俺はあなたが聖女であると認めます。殿下があなたを追放したというのであれば、我が領地にお迎えしましょう」
「フレイさんの領地に?」
「本日王城にて、殿下にエリカ殿を保護した旨を伝えました。王城から追放するのであればパーシヴァル伯爵領の屋敷に迎えたいとも訴え、許可を取りました。俺は明朝王都を離れる予定です。ぜひご同行ください」
「本気ですか?」
「はい、本気です」
「出会ったばかりの私に、どうしてそこまで尽くしてくれるんですか?」
「自分の心がそうするべきだと訴えているのです」
フレイさんは左胸に手を添える。その表情は真剣そのもので、冗談を言っているようには見えなかった。
……これも女神の加護が、精霊の加護者に与える影響なのかな?
どこか切なそうに眉根を寄せ、目を細めるフレイさん。容姿端麗な美青年なだけに、そういう表情をされるとドキッとしてしまう。
「エリカ殿は聖女であると、あなたをお守りしろと。エリカ殿、俺に守られるのは嫌ですか?」
「……その聞き方はずるいです。嫌じゃ、ないですけど……でも」
「でも?」
「フレイさんは今、女神の加護に魅せられて、私を実物以上に過大評価しているんだと思います。その状態に付け込むのは、さすがに罪悪感が半端ないっていうか……」
「ああ、その点は心配ありません。俺は魅了(チャーム)耐性を持っていますので」
「え、じゃあどうして私をベタ褒めするんですか?」
「俺が魅了されているのだとしたら、女神の加護ではなく、エリカ殿本人に魅了されているからでしょう」
「私本人に?」
「俗に言う、運命の出会いですね。まさか自分の身に起きるとは思いませんでしたが」
「っ!? ……またそうやって、冗談を言うんだから!」
「冗談ではありません」
フレイさんの声音が変わる。
運命の出会い。そんなものが本当にあるのかは分からない。
だけど私だって、フレイさんと出会った瞬間から、特別な何かを感じていた。それは紛れもない事実だ。
「俺はあなたを守ります。あなたに仕えます。あなたに尽くします。この命に代えても、あなたを守り抜くと誓います。どうか、この俺の手を取ってください」
アメジストの瞳に真摯な想いを込めて、フレイさんは右手を差し出した。
こんな瞳に見つめられて、手を取らないわけにはいかない。私はほぼ無意識に頷き、手を伸ばしていた。
「は――はい」
白く細長い指を握り返す。見た目に反して節くれだっている。紛れもなく男の人の手だ。
フレイさんは一瞬、安堵したように微笑んだ。心の弱さ、もっとも脆い本音の部分を垣間見せるような表情だった。
けれど次の瞬間には、宿の人々に見せるような優美な笑顔に戻る。そして私の手の甲に、形のいい唇を落とした。
「っ!?」
「誓いは果たされました」
「あ……ああ、騎士の誓いですね……」
たまに漫画とかで見るやつだ。
だけど日本では、そんな文化はなかった。手の甲とはいえ、いきなりキスされるのは心臓に悪すぎる。しかもフレイさんのような美青年に。
「今この瞬間から、俺はあなたの物です、エリカ殿。なんなりとお申しつけください」
「なんだか語弊があるというか、他人が聞いたら誤解されそうですよ!」
「添い寝でも子守歌でも、なんなりとお申しつけください」
「語弊じゃなくて確信犯ですか!?」
最後は変な方向に飛んでしまったけど、秘密の話し合いは終わった。明日の朝、フレイさんに迎えに来てもらうことを約束して、私たちは別れる。
1階まで降りてフレイさんを見送り、戻ってきたところで宿の主人がからかうように声をかけてきた。
「お楽しみだったようですね」
「あ、そういうのはいいので……」
「あ、スミマセン。パーシヴァル様にはこのことは……」
「言うわけないじゃないですか」
言ったらあの人、悪ノリしそうだし。
初対面の時は分からなかったけど、あの人少しズレてると思う。感性が常人とは違うというか、真面目すぎるというか、ユーモアが伝わりにくいというか。
……でも、私を守ると言ってくれたあの瞳は本物だ。それは疑いようもない。
あの瞳は信じられる。そう感じさせてくれたから、私はあの人を信じてついて行こうと決めた。
「ここがエリカ殿の部屋ですか。このような聖域に、俺のような下賤な輩が侵入して許されるのでしょうか?」
「その冗談はもういいですよ! 本題に入りましょう。遅くなったら、それこそご主人たちに何を言われるか分からないです」
「はっ。御意の通りに」
椅子に腰を下ろすと、フレイさんは頭を下げた。
「本日殿下に拝謁が叶い、先日の出来事を窺って参りました。エリカ殿――いえ、聖女様。ザカリアス殿下の非礼を改めてお詫びします」
「そんなのいいですよ。フレイさんは私を助けてくれたんだし。フレイさんは何も悪くありません」
「しかし主君の失態は、俺の責任でもあります」
「この世界の騎士がどんな存在なのかは分からないけど、そうやって甘やかすのは良くないと思う」
「甘やかす、ですか?」
「だってあの王子、とっくに成人してる年齢でしょ? フレイさんより年上に見えたけど」
「俺は22歳、ザカリアス殿下は25歳です」
「ほら! 年下の部下に自分の不始末を謝らせるなんて、はっきり言って格好悪いです。この世界の常識はよく分からないけど、私の感覚に照らし合わせるなら最悪ですね」
「最悪、ですか」
「最低最悪の部類です」
「エリカ殿は手厳しいですね」
そう言いつつも、フレイさんの表情はどこか楽しそうだった。
「私が異世界から召喚されたという話を、王子から直接聞いたんですよね?」
「はい。魔王討伐の為、異世界の聖女を2人召喚したと。しかし王国として迎え入れられる聖女は1人だけなので、エリカ殿にはご退出願ったと聞きました」
「魔王って、本当に存在――するんですか?」
フレイさんは頷いた。
「王都より北に進むこと、人の足で10日。辺境の先にある大峡谷地帯、パーガトリーキャニオン。古より魔物や魔族は、峡谷の底にある大地の亀裂より生じるとされています。大地の亀裂は魔界へ繋がっている、とも。遡ること30年前、ルイン王国および周辺国を大地震が襲い、大峡谷より魔王が出現しました」
それから魔王は多数の軍勢を率いて、人間の国々を侵攻し始めたんだとか。
世界中から魔術師や聖職者が集められて、魔王は一度封印されたんだとか。
けれど封印は完璧ではなく、近年になると効果が弱まり、魔族の動きが再び活発になってきたんだとか。
街や村の外に出没するモンスターの力も、強化されているんだとか。
人々の中には、それを魔王再復活の予兆と見なす終末論者もいるんだとか。
魔王への恐怖は社会的不安にも繋がり、人間による犯罪も増えているんだとか。
なんていうか、実に王道ファンタジーな説明をしていただいた。
「もう一度、魔王を封印するわけにはいかないんですか? 経年で効果が薄くなるみたいだけど、やらないよりマシなんじゃないですか?」
「封印は問題を先送りにするだけです。何より封印の儀式は術者への負担が大きく、30年前には高名な聖職者、魔術師が何人も亡くなられました」
「……それじゃあ元を絶たないといけませんね。魔王を倒せるのは異世界から召喚された聖女だけ――なんでしたっけ?」
「はい」
「魔王を倒したら聖女も死ぬ、なんてことは?」
「それはありません」
「どうして分かるんですか?」
「このルイン王国も、400年前に異世界より召喚された聖女が興した国だからです」
「え、そうなの?」
「はい。魔王を倒した後、聖女様は初代女王となり、50年に渡り国を治めました。現王家は聖女様の末裔です」
「そうだったんだ……」
ということは、もし魔王を倒しても死ぬ心配はないってことか。
うん、それなら安心だ。いや、私は魔王を倒しに行くつもりはないけど。一緒に召喚された女の子が少し心配だったから良かった。
あ、でも今の話だと、先代聖女は元の世界に戻れなかったのか……。
ということは、私も本格的にこの世界で生きる覚悟を決めなきゃいけない。
「古代文明時代より、聖女が魔王を討伐したという文献はいくつも残されています。その文献によると、魔王を消滅させられるのは異世界より召喚された聖女のみ。聖女は女神の加護を受け、魔を退ける力を持つ。魔族や魔物を倒せる人間はいても、魔王を討伐できる存在は聖女のみである――と」
「私は奇跡なんて習得してないですよ。地属性の支援魔法しか使えないみたいです」
「これから習得なさるのでしょう」
「そうかなあ」
「一緒に頑張りましょう。僭越ながらこの俺が、ご協力させていただきます」
「フレイさんの厚意はありがたいんだけど、そもそも私は追い出された身だから、今さら聖女になろうとは思ってないんですよね。……あ、そんな顔しないでください。強くなってあの王子を見返してやろうとか、そんなのどうでもいいんです。一緒に召喚されたシオンちゃんはいい子そうだったし、あの子を押しのけてまでやることじゃないよなあって」
「なんとお優しい……」
「それよりも私は、帰れないなら帰れないなりに、この世界での生活基盤を築きたいな。衣食住――今はフレイさんのおかげで何とかなってるけど、ずっと甘えるわけにもいかないでしょう? 仕事を見つけて、コミュニティに所属して、人間関係を築いて、安定した生活を送りたいなぁって」
「なんと地に足のついた、立派な考えでしょうか……!」
ぶっちゃけあのクソ王子と金輪際関わりたくないだけなんだけどね。
自分の都合ばっかり押し付けて、こっちの話なんて全然聞かない人だったし。
ああいうタイプは将来的に、モラハラとかDVとかするタイプだね。
私の地雷センサーが、ああいう男には絶対に関わっちゃダメだと警鐘を鳴らしている。
「幸福とは日常に宿るもの……まさに真理としか言いようがありません。確信しました、エリカ殿こそ聖女です。間違いありません」
「そんな簡単に聖女認定していいんですか? 私、この国の王子に存在を全否定されて追放されたんですよ?」
「まったく忌々しい限りです。城で話を聞きながら、何度斬りつけてやろうと思ったか分かりません。自制するには鋼の理性が必要でした。俺の理性があと1グラム足りなかったら、今頃城は血の海と化していたでしょう」
「やめてくださいよ!? 私のせいで流血沙汰とか勘弁してください。そんなことになったらフレイさんを慕う人たちだって悲しみますよ!」
「さすがはエリカ殿です。みだりに人を傷つけるのを嫌う――まさに聖女に相応しい、尊いお方です」
「私を褒めるのはいいから、さっさと話を続けてください」
なんかもう、塩対応になってきた。
悪い人じゃないんだけど、いちいち話の腰を折られるのは困る。
「たとえ殿下が否定しようとも、俺はあなたが聖女であると認めます。殿下があなたを追放したというのであれば、我が領地にお迎えしましょう」
「フレイさんの領地に?」
「本日王城にて、殿下にエリカ殿を保護した旨を伝えました。王城から追放するのであればパーシヴァル伯爵領の屋敷に迎えたいとも訴え、許可を取りました。俺は明朝王都を離れる予定です。ぜひご同行ください」
「本気ですか?」
「はい、本気です」
「出会ったばかりの私に、どうしてそこまで尽くしてくれるんですか?」
「自分の心がそうするべきだと訴えているのです」
フレイさんは左胸に手を添える。その表情は真剣そのもので、冗談を言っているようには見えなかった。
……これも女神の加護が、精霊の加護者に与える影響なのかな?
どこか切なそうに眉根を寄せ、目を細めるフレイさん。容姿端麗な美青年なだけに、そういう表情をされるとドキッとしてしまう。
「エリカ殿は聖女であると、あなたをお守りしろと。エリカ殿、俺に守られるのは嫌ですか?」
「……その聞き方はずるいです。嫌じゃ、ないですけど……でも」
「でも?」
「フレイさんは今、女神の加護に魅せられて、私を実物以上に過大評価しているんだと思います。その状態に付け込むのは、さすがに罪悪感が半端ないっていうか……」
「ああ、その点は心配ありません。俺は魅了(チャーム)耐性を持っていますので」
「え、じゃあどうして私をベタ褒めするんですか?」
「俺が魅了されているのだとしたら、女神の加護ではなく、エリカ殿本人に魅了されているからでしょう」
「私本人に?」
「俗に言う、運命の出会いですね。まさか自分の身に起きるとは思いませんでしたが」
「っ!? ……またそうやって、冗談を言うんだから!」
「冗談ではありません」
フレイさんの声音が変わる。
運命の出会い。そんなものが本当にあるのかは分からない。
だけど私だって、フレイさんと出会った瞬間から、特別な何かを感じていた。それは紛れもない事実だ。
「俺はあなたを守ります。あなたに仕えます。あなたに尽くします。この命に代えても、あなたを守り抜くと誓います。どうか、この俺の手を取ってください」
アメジストの瞳に真摯な想いを込めて、フレイさんは右手を差し出した。
こんな瞳に見つめられて、手を取らないわけにはいかない。私はほぼ無意識に頷き、手を伸ばしていた。
「は――はい」
白く細長い指を握り返す。見た目に反して節くれだっている。紛れもなく男の人の手だ。
フレイさんは一瞬、安堵したように微笑んだ。心の弱さ、もっとも脆い本音の部分を垣間見せるような表情だった。
けれど次の瞬間には、宿の人々に見せるような優美な笑顔に戻る。そして私の手の甲に、形のいい唇を落とした。
「っ!?」
「誓いは果たされました」
「あ……ああ、騎士の誓いですね……」
たまに漫画とかで見るやつだ。
だけど日本では、そんな文化はなかった。手の甲とはいえ、いきなりキスされるのは心臓に悪すぎる。しかもフレイさんのような美青年に。
「今この瞬間から、俺はあなたの物です、エリカ殿。なんなりとお申しつけください」
「なんだか語弊があるというか、他人が聞いたら誤解されそうですよ!」
「添い寝でも子守歌でも、なんなりとお申しつけください」
「語弊じゃなくて確信犯ですか!?」
最後は変な方向に飛んでしまったけど、秘密の話し合いは終わった。明日の朝、フレイさんに迎えに来てもらうことを約束して、私たちは別れる。
1階まで降りてフレイさんを見送り、戻ってきたところで宿の主人がからかうように声をかけてきた。
「お楽しみだったようですね」
「あ、そういうのはいいので……」
「あ、スミマセン。パーシヴァル様にはこのことは……」
「言うわけないじゃないですか」
言ったらあの人、悪ノリしそうだし。
初対面の時は分からなかったけど、あの人少しズレてると思う。感性が常人とは違うというか、真面目すぎるというか、ユーモアが伝わりにくいというか。
……でも、私を守ると言ってくれたあの瞳は本物だ。それは疑いようもない。
あの瞳は信じられる。そう感じさせてくれたから、私はあの人を信じてついて行こうと決めた。
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