神様の料理番

柊 ハルト

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バターの微笑み

01 ー 銀色の狼

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 誠達は、朝食を食べることなくスイール村を発ったた。特に急ぐこともないのにと思った誠だったが、昨晩厨房で一緒に料理をしていた時よりもアレクセイがピリピリしている。他の団員達もそれが肌で伝わっているのか、簡単な挨拶を済ませるのみだった。
 そんなので大丈夫かとドナルドにコソッと聞いてみると、

「いや、あの…騎士団は決して公私混同はしません。班長は、その…マコトさんだから…」

 と、何とも歯切れの悪い回答が返ってくるのみだった。
 あまり誠がつっこんでも良い問題ではないだろうし、普段はちゃんと仕事をしてるならそれで良いかと、納得した。
 朝食を店で食べた後、誠はアレクセイに、少しだけ時間を貰えないか聞いてみた。食材のストックはあるのだが、チーズはいくらあっても足りないのだ。

「だったら今から一時間程、自由時間としよう。皆も買いたい物があるだろう」
「やったー!俺、チーズ買うんだ!」

 アレクセイが許可を出すと、レビは両腕を天に突き出す。オスカーはそんなレビの頭を軽く叩いてから、時間を確認する。

「班長、待ち合わせ場所は?」
「そうだな。門の前にしよう。それでは、解散」

 アレクセイの言葉に、団員達は思い思いの方向に向かって行った。レビはルイージと一緒に行っているので、どうやら昨日のレビの負けっぷりは二人には影響がないようだ。内心ほっとしながら、誠は自分を見つめている狼を見上げる。

「解散、だよな?」
「ああ」
「アレクセイ、買い物しないの?」
「ああ」

 ぎゅうぎゅうと腰に手を回し、誠の体と密着させようとするアレクセイの言葉は短い。団員達の前では、何とか繕おうとしていたのだろうか。今になって、下の方でバサバサと雑に振られている尾が誠の足に当たる。
 そんなことをしなくても、俺はどこにも行かないのに。
 そう言おうとしたが、誠は少し意地悪な気分になった。

「じゃあ、俺だけ行こうかなー」
「なっ…!」
「だって、アレクセイはここから動きたくないみたいだし」

 途端にアレクセイは、耳を後ろに寝かせる。端整でいっそ冷たい印象を受ける顔立ちなのに、置いていかれそうな仔犬の目をしているアレクセイに、誠はブハッと吹き出してしまった。

「…マコト?」

 揶揄われたのだと気付いたアレクセイの声が、誠の耳元で低く響く。

「ひゃうっ!」

 ついでと言わんばかりに耳を甘噛みされ、誠はビクリと反応してしまった。耳を押さえながら睨むと、アレクセイは少しは機嫌が直ったらしく、口角を片方だけ上げて誠を見つめていた。

「バーカ」

 誠はアレクセイの背中をバチリと叩き、早く移動しようと促した。室内でなら良いのだが、外でこんなバカップルのようなことはしたくない。周りを行き交う人々はあまり気にしてないようだが、それでもだ。
 尾が復活したアレクセイは誠の腰に腕を回したまま、誠の護衛兼荷物持ちとして付き従ってくれた。
 乳製品をたっぷりと買い込み、ついでに野菜も肉も補充をする。
 騎士団の隊服が目立つのか、アレクセイ自身が目立つのか、アレクセイは特に店のおばちゃん達に「いつもありがとう」「あら、今日で移動なの?気を付けてね」と声をかけられていた。
 アレクセイは声をかけられる度に、誠に向ける笑顔程ではないものの、微笑を浮かべながら丁寧に返している。
 誠が思っている以上に、騎士団と村人達の距離は近いのだろう。慕われているアレクセイを見た誠は、なぜかそれが自分のことのように誇らしく思えた。
 門番に挨拶をして、スイール村を発つ。
 思い返せば、この村でも濃い日々を送っていた。ミョート村で、もっとお互いのことを知り合おうと言われたが、確かにお互いの好みや何となくの性格を知れたのだろう。しかし、一足飛びに体でも知り合うとは、誠は思ってもみなかった。
 こちらからも誘ったとは言え、それに乗るアレクセイもアレクセイだ。いや、誠がした行為は、腹ペコ狼の前に餌を差し出したに過ぎない。
 誠は昼前にもかかわらず、その時の淫靡な熱を思い出してしまい、一人で赤面していた。
「どうした?」とアレクセイに聞かれたが、答えることができない誠は、苦し紛れにアレクセイの背中を叩いてやった。


 適当なところで、昼食を摂ることになった。
 少し肌寒いが、昼間はまだ日差しのおかげで暖かい。どうしてもピクニック気分になってしまうので、昼食は誠の独断と偏見でサンドイッチを作った。
 サンドイッチはサンドウィッチ伯爵が仕事中だかゲーム中に食べられるようにと考案された…という通説があるが、それはゴシップらしい。
 サンドイッチの原型である、パンに類する食材に具を挟んで食べる方法は、古代ローマのオッフラ、インドのナン、中東のピタ、メキシコのタコスなど世界各地で自然に発祥したものだ。
 サンドイッチは近代には完成されていたが、この世界のサンドイッチに類似したものは、アレクセイ曰く、各地の特産物や焼いた肉なんかをパンに挟んだだけのものだそうだ。
 探せばスイール村でもチーズを挟んだサンドイッチがあったのかもしれない。今から村に戻ってその店を探しに行こうかと思ったが、誠が作った方が美味いと言われて引き止められてしまった。
 それはそうだろう。単品を挟むより、何種類もの具を挟んだ方が美味しいし、パンの片面にはバターを塗っている。ほんの一手間なのだが、これだけでかなり違ってくるのだ。
 サンドイッチだけでは腹も空くだろうと、塩胡椒で焼いてハニーマスタードをかけた肉と、野菜たっぷりのミルクスープもつけた。これは昨晩、レビ達が羨ましそうにチラチラと盗み見していたのを覚えていたからだ。
 お昼はデザートは無しなので、食べたらすぐに片付けだ。誠がバーベキューコンロを片付けていると、レビが近付いて来た。

「マコト…頼みたいことがあるんだけど」
「何?粒マスタードの作り方なら、店のレシピだから秘密だぞ」

 オスカーの時と同じように言うと、そうじゃないと返された。

「あのさ…付き合ってくれないか?」
「はぁ!?」

 モジモジしていたかと思ったら、いきなりコレだ。
 誠は何か変なもんでも拾い食いしたのかと、レビを凝視してしまった。近くに居たアレクセイが、レビを睨む。
 辺りの空気が真冬並みになり、レビの足元にパキパキと霜が生えてきたことで、彼はやっと自分の失言に気付いたようだ。

「いや、違う、そういう意味じゃない!班長も、すみません。そうじゃなくて、マコトに修行に付き合ってもらいたくて…」

 慌てて両手を目の前でブンブンと振りながら、違うと表しているレビが、いっそ哀れだ。昨日の今日だ、誠としては、あまりそのことでアレクセイを刺激したくない。
 誠はいつもより軽い口調で言った。

「何だ。それだったら俺は別に良いんだけど…騎士団って、流派とか何かあんの?」

 自分がレビの修行の相手をして良いのかとアレクセイを見ると、狼の目つきはまだ少し鋭いままだ。誠は、えい、とアレクセイの眉間に指を刺した。

「アレクセイ?」

 誠が強めに聞くと、アレクセイはやっと口を開いた。

「…一応、騎士団には剣の型はあるが、全員が同じものを習得している訳ではない。入団前に習った剣の型をずっと使っている者も居るし、他の流派の型を習得して、自分で戦いやすいように組み合わせている者もいる。マコト、面倒でなければ、少しだけレビの相手を頼めるか?」
「了解」

 レビが教わりたいのは、昨晩誠が見せたライトをいなした技だと言う。
 前衛でバランス型なのは分かっているが、突出する何かが無いのをレビは常々自覚していた。昨日のライトとの殴り合いに勝てないのも、そのせいだと思っているらしい。
 誠はアレクセイと模擬戦でもすれば技量が上がるんじゃないかと思わないでもないが、引き出しは多い方が良いだろう。それに、いつも同じ相手では段々と戦いの癖も見えてくるというものだ。たまには違う相手と戦うと、刺激になるかもしれない。
 料理で言うと、誠はスパイスの役目だろうか。

「…教えるって言っても、今か?」

 早めに次の目的地に移動したいのではないかと、誠はアレクセイに聞いた。

「いや。昼間はできるだけ移動したい。レビ、夕食後でも良いか?」
「はい、いつでも良いです。ありがとな、マコト」
「おう」

 アレクセイが、大切な部下の相手を任せてくれたことが嬉しい。それに誠は、アレクセイ班の皆のことを気に入っている。
 少し浮かれていた誠だったが、まさか他の皆も修行したいと押しかけてくると思っておらず、この日の夜は久し振りに、思い切り体術を披露することとなってしまった。
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