神様の料理番

柊 ハルト

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バターの微笑み

06 ー 銀色の狼

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 昼食時を過ぎた広場は、それでも人は沢山居る。徐々に集まってきて遠巻きに見ている人々の視線に、誠は場所を移すことを提案した。
 未だに銀狼姿のアレクセイは、移動中も誠の隣は自分だと言わんばかりにピッタリとくっ付いている。少々歩き辛かったが、誠は駄賃代わりだと、道中アレクセイの頬や首を存分にもふもふさせて貰っていた。

「広っ…」

 門番に驚かれつつも、邸の敷地内に入った誠は高台に聳えたつ辺境伯邸を見上げていた。
 貴族の邸というのは、建物も大きいが庭園もアホみたいに広い。それが高台に建っているなら、尚更だ。
 一番外の外壁から邸の門までの距離は、かなりある。通常は馬車で上るのだそうだが、まだピリピリしているアレクセイはその提案を速攻で却下し、自分の背中に誠を乗せて上まで登ってしまった。

「班長!マコト!」
「良かった、無事でしたか…」

 邸内に入ると、エントランスにはレビ達が集まっていた。どうやら会議室から銀狼姿で飛び出して行ったアレクセイを心配していたらしい。
 皆、アレクセイが連絡鳥を誠に渡しているのを見ている。その連絡鳥が一羽のまま戻って来たため、誠に何かあったのかと判断していたのだ。
 誠はアレクセイから降りると、大丈夫だと軽く手を振った。

「皆、さっき振り」
「マコトさん、何があったんですか?」
「いやぁ…何があったっつーか、アレクセイの親戚に会ったっつーか」

 アレクセイにしたように、ドナルドの耳をもふもふしたくなるのを堪えつつ誠が答えると、獣人の姿に戻ったアレクセイは、人前だというのに誠を後ろから抱きしめた。

「…あの野郎は、俺のマコトに手を出そうとしたんだ」
「いやいや、だから違うって言ってんだろうが」

 やっと誠達に追いついたレイナルドが、半ば呆れながら息を弾ませていた。

「はー…一年振りに甥っ子に会えると思ったら、立派な雄の顔になっちまいやがって。で?ヴォルクの本家での顔合わせは済ませたのか?」
「伯父上!」

 アレクセイの声は鋭い。
 レイナルドをひと睨みすると、アレクセイはいつの間にか近くに控えていた初老の燕尾服の男に指示を出した。

「フランシス、伯父上は長旅でお疲れのようだ。今すぐ部屋に連れて行ってやってくれ」
「かしこまりました。さ、旦那様」
「おい、ちょっと待て。まだ話は…」

 フランシスと呼ばれた男はレイナルドを拘束すると、細身の体のどこにそんな力があるのか、そのままレイナルドを引き摺って邸の奥へと消えて行ってしまった。

「アレクセーイ!」

 バタン、と扉が閉まる音がエントランスに響くと、この場は静かになった。


 戻って来たフランシスに客間に案内され、誠はやっとひと心地着くことが出来た。

「どうぞ」
「ありがとうございます」

 淹れたての紅茶の香りで心を落ち着かせた後、誠は室内を見回していた。逗留させてもらっていた館よりは飾り気があるものの、邸の外観と同じで過剰な装飾は一切無い。しかしどころどころに施されている彫刻や、落ち着いた雰囲気を出しているテーブルセットはきっと良い物を使っている。
 良い物を長く使っているのだろうが、その精神は好きだ。
 誠は大きく息を吐き出すと、椅子の背もたれに体重を少しかけた。

「マコト様、アレクセイ様達がお戻りになるまで、お休みになられますか?それともお庭を案内いたしましょうか」

 誠が落ち着いたのを確認したのか、部屋の隅に控えていたフランシスが誠に声をかけた。
 フランシスは見た通りこの邸の執事を務めており、執事長だというのは移動中に聞いた話だ。そんな人物がアレクセイ達に着かなくても良いのかと思ったが、監視の意味も込められているのかもしれない。
 それでも、これだけの邸だ。庭がどのように整えられているのか、かなり興味がある。誠は遠慮無く、庭の案内を頼んだ。
 街を一望できる庭は、庭園と言った方が正しかった。通常は水の魔石や魔道具で造られる噴水は、水路や水圧の計算のみで造られた物だそうだ。施された彫刻の模様も美しく、職人の技術の高さが窺えた。
 庭の木々や花も、雑多に植えられえているようで、そうではない。小径を進むごとに街との眺望が取られており、ガゼボにも座らせてもらったが、しばらくぼーっと眺めていたいくらいだった。
 部屋に戻って来た誠に、また紅茶が用意される。クッキーの原型であるジャンブルも数枚用意されていたので、昼食を食べ損なった誠は遠慮なくいただくことにした。

「…フランシスさん」

 再び隅に控えていたフランシスに声をかける。

「何でございましょう」
「俺、おとなしくしてるんで、戻っていただいても…」
「かしこまりました。通常なら会議はもっと時間がかかると思いますが、何か時間潰しになるような物でもお持ちいたしましょうか」
「んー…いや、大丈夫です。本なら持ってますから」

 誠は自分のマジックバッグを、ポンと叩く。フランシスはそんな誠の様子に微笑んだ。

「さようですか。何かご用がございましたら、そちらのベルを鳴らしてください」
「分かりました。ありがとうございます」
「いえいえ、それでは失礼します」

 彼から見れば小僧にも等しいし得体の知れない人物だろうが、常に丁寧に接してくれたフランシスは執事の鑑だ。気配も薄いので、妙な圧迫感も無く、庭での案内も街の歴史を交えて教えてくれたので、飽きることはなかった。

「あれが接客の極意か…」

 誠は先達の背中に、たくさん学ぶものを見つけた。
 フランシスの気配が遠くになると、客間には完全に誠一人となった。

「…今のうちだよな」

 誠はバッグから便箋とペンを取り出すと、相模への手紙を書きはじめた。ただの経過報告だ。特筆すべきことは何も無い。
 しかし、アレクセイのことは書こうかどうしようか迷ってしまった。書いてしまえば、恋愛相談みたいになるに決まっている。

「あー…やめやめ。結果報告だけで十分だって」

 誠は締めの言葉を書き、インクが乾く間にスイーツと鳥居を用意して向こう側に送った。

「統括の神様と相模さんに送ったけど、本来の業務だよな、後は」

 本来の業務、即ちこの世界の神に料理やスイーツを供えることだ。一度供えれば終わりというものでもない。この街にどれ程滞在するのか知らないが、その間に最低でも一度は教会に行って供えなければならないだろう。
 バッグを漁ってスイーツの数を確認するが、残りは少ない。

「まさか、ここの厨房借りるわけにもいかないしな。今日はどこに泊まるんだろ」

 先に聞いておけば良かったが、今更だ。聞きに行けないので、誠は待つことしかできない。仕方がないので、海外のカフェの本を取り出して時間を潰していた。
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