神様の料理番

柊 ハルト

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バターの微笑み

09 ー 銀色の狼

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 雨さえ降っていなければ、誠は市場に繰り出すつもりだった。街や港も見たかったし、ギルドにも寄って依頼を受けたかった。
 しかし雨のおかげで、フランシスにこうしてハーブティーを振る舞うことができた。最初は遠慮されたが、誠が実家はカフェで、自分の腕を執事の貴方に見て欲しいと言うと、やっと席に着いてくれたのだ。

「すっかりご馳走になってしまって…」
「たまには良いでしょう?俺、実家のカフェだと殆どキッチンに篭ってるんで、たまに接客しないと忘れそうなんです」
「さようでございますか。では、そういうことに」
「ええ、そういうことにしておいてください」

 あまり自分に時間を割かせて貰っても申し訳ないので、誠がブレンドしたハーブティーの茶葉をフランシスに渡し、ティータイムは終了となった。

「それでは私は本館に戻りますが、何かございましたらベルを鳴らしてください」
「ベルって…ダイニングにあったやつですか?」

 ダイニングの片隅には、客室にあったのと同じようなベルが置かれてあった。この邸内用かと思ったがそうではなく、あのベルは魔道具で、本館の執事室に聞こえるようになっているそうだ。
 誠はエントランスまでフランシスを見送ると、片付けと夕飯の調理のために厨房に引き返した。
 冷蔵庫を開けると、野菜と魚介類がたっぷり詰まっている。戸棚にはライ麦粉や、小麦粉まであった。コンロ脇には調味料やスパイスが各種揃っており、誠にとっては至れり尽くせりの環境だ。

「…さて。何を作るかね」

 誠はニヤっと笑いながら、腕捲りをしていた。
 魚介類があって気温も寒いとなれば、食べたくなるのはクラムチャウダーだ。元々はアメリカ東海岸の名物料理で、アメリカ建国の味とも言われている。
 アメリカでは家庭ごとにレシピがあるらしいので、誠もそれに倣うことにした。具材は実家のカフェで出す物と同じにしたが、鶏肉…鑑定ではコカトリスと出ていた肉を、ぶつ切りにして入れる予定だ。これは肉好きの団員達のためである。
 くつくつと煮ている間に、ギリシャ料理のクレフティコを作る。ラム肉の山賊風という意味のこの料理は、骨付きのラム肉をオリーブオイルとレモン汁でマリネにして、紙に包んで蒸し焼きにしたものだ。残念ながら冷蔵庫にあったラム肉、いや、ホワイトシープという羊の魔獣肉は骨付きではなかったが。
 付け合わせにポテトサラダでも作ろうかと考えていたが、どうしてもこの地の龍脈の流れが気になってしまう。気にせずにいようと思っていても、その滞り具合は酷く、この高台に流れる力も弱い。

「昼頃までは、ちょっと流れが悪いくらいだったじゃん…」

 じゃが芋を用意しながら、一人ごちる。
 流れが急に悪くなったと気付いたのは、その頃だった。龍脈に関しては流れの修復以外はあまり知識が無いので、この状況が、よくあることなのか何かの原因でなのか、誠には分からない。
 とは言え、そろそろお供え用のスイーツも料理も底をつきそうなのだ。この弱さだと、料理に込められる力は最低水準にも満たないだろう。
 誠は調理をしながら、高台周辺の龍脈を探っていた。


 ここのところ、ずっと大人数で食事を摂っていたので、久し振りに一人での夕飯は少し寂しい。誠が作った物を食べる度に、ご機嫌に揺れる銀色の尾が見れないことも寂しい。

「一人の時間って、好きだったんだけどなぁ」

 誠はダイニングテーブルで一人、天井を見上げていた。
 一人夕飯のメニューは、クラムチャウダーと昨日買ったままだった屋台の料理が数品。主食には、誰も居ないのでおにぎりを出した。品数は多く、腹は満たされたが心は満たされない。
 実家だと常に誰か居たから、誠はただ待つだけというのが、こんなにも心苦しいものなんて知らなかった。

「…アレか。ドラマとかで、晩ご飯要らないなら、電話してよ!ってキレる嫁さんの気分が、ちょっと分かる」

 手慰みに、使った食器を浮かせて厨房の流しまで行進させてみる。高圧スチームを作って一気に洗い上げると、また暇になった。時間潰しにスイーツを作れば良いのだろうが、こんな気分の時に作ると、必ず失敗する。
 誠はキッチンに掛かってある時計を確認した。

「先に龍脈だけ片付けておくかな」

 いつもなら、皆でデザートをつつく時間だ。少し遠くに人の気配は感じるが、慣れたそれではない。敷地内を勝手に出歩き、アレクセイに不利な状況を作るつもりはないが、それとこれとは別の話だ。
 誠は気配に注意しながら、この場から掻き消えた。
 礼拝堂の裏に出ると、誠は急いで自身の周りに風の膜を張った。すっかり暗くなっている外は、まだしとしとと雨が降ってる。小径から外れているので、足元は石畳ではなくむき出しの地面だ。歩く度にぐちゃぐちゃと泥濘む感触が、気持ち悪い。

「…サイアク」

 龍脈の流れが一番おかしいのは、礼拝堂の下だ。礼拝堂の裏の闇から現れた誠は、地に掌を付けて更に流れを探っていた。

「何か…変なもんでも安置してんのか?」

 朝方フランシスに案内してもらった時は、こうではなかったし、建物内には妙な気配も無かったはずだ。
 今のこの周辺の龍脈の力は、なぜか礼拝堂に吸い上げられているように感じる。もしもルシリューリクが礼拝堂を使い、この地から力を吸い上げているのなら、このタイミイングは偶然だろうか。それとも、決まった日に各地から一斉に吸い上げているだけなのか。
 あの創造神には、分からないことが多過ぎる。

「とりあえず…切り離してみるか?」

 龍脈の件はただの考察だったが、それにしては礼拝堂の中の気配は不穏過ぎだ。近くにいるだけで、誠の肌をピリピリと刺激している。

「ルシリューリクじゃなくて、中にある何か…か?」

 少しずつだが、礼拝堂内の気配が変わってきている。この気持ち悪さは、神が取り入れる気ではない。
 一体何を隠しているのだろう。この中も、辺境伯も。
 誠はじっと礼拝堂を睨むと、マジックバッグから鉄扇を取り出した。

「さて。やりますか」

 この誠の行為が吉と出るか凶と出るか。知る者は誰も居なかった。
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