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ショコラの接吻
04 ー 訪問
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一度しっかり料理をしたいと思うと、もうだめだった。昼は屋台で済ませ、市場で自分用と遠征用の買い物をしていても、どうしてもうずうずしてしまう。
珍しい物は売っていなかったが、ヨーロッパなどでよく食べられている野菜は数種類見つけた。スイーツがだめなら、料理がしたい。
誠はアレクセイを誘い、また王都の外へと向かうことにした。
コカトリスの亜種が出た林は騎士団によって暫くは封鎖中とのことなので、今回向かうのはその反対側だ。ただの草原で滅多に魔獣も通らないらしいので今の誠にとっては、おあつらえ向きの場所だった。
猫バスならぬ狼タクシーで約一時間。ところどころに低木が生えているだけの草原に着くと、アレクセイはゆっくりとしゃがみ、誠を下ろしてくれた。
「どうだ?ここなら匂いも気にせずに、調理できるだろう」
「うん。ありがとう、アレクセイ」
周りに誰も居ないので抱きついて頬にキスをすると、銀色の尾は盛大に揺れていた。
誠は早速調理台や焚き火台を取り出して並べ始めた。頭の中は、料理のことでいっぱいだ。
「何を作るんだ?」
やはり気になるのか、アレクセイは邪魔にならないようにと作業台の向かい側に陣取っている。
「んー…何が食べたい?どうせなら、夕飯作ろうかなって思うんだけど」
「それは良い考えだ」
被せ気味にアレクセイが言った。
それ程自分の料理を望んでくれているのなら、応えたくなるのが誠だ。何でもリクエストして欲しいのだが、肝心のアレクセイは腕を組んだまま動かなくなってしまった。
「…アレクセイ?」
「ああ、すまない。君の料理はどれも美味しかったからな。すぐに決められないんだ」
あれも美味かった、これも美味かったと呟いているアレクセイが面白い。しかも、ずっと尾が揺れているのだ。
けれどなかなか決まらないのか、次第に尾も耳も垂れてくるのが可哀想になってきたので、誠は助け舟を出すことにした。
「アレクセイ。肉と魚、どっちにする?」
「肉…ああ、でも君の作る魚料理も美味かった」
「んー…じゃあ、両方作ろうか?」
フフフ、と笑いが零れてしまう。こんなに絶賛されるなんて、料理人冥利に尽きるというものだ。ツガイの欲目もあるだろうが、それはそれ、これはこれだ。
「メインは肉で、サブに魚にしよう。時間はたっぷりあるから、煮込み料理が多くなると思うけど、手伝ってくれるよね?」
「もちろんだ。何から始めようか」
アレクセイのバーベキューコンロも出してもらい、早速調理開始となった。
まずはメインの肉料理である、スペアリブからだ。適当に部位毎に切ったままのオーク肉があるので、それを使うことにする。肋骨付近の肉を取り出して、アレクセイに渡した。
切り方を伝えたので肉はアレクセイに任せることにして、誠が取り掛かったのは、レバーパテだ。コカトリスの亜種が出て来たので忘れそうになるが、アレクセイと約束していた一品だ。
迷いなく肉にナイフを入れているアレクセイの向かい側で、玉ねぎをみじん切りにしていく。これとスノーラビットのレバー、その肉を少々とバター、チーズなどを入れて炒めたりフードプロセッサーを使ってなめらかにするのだが、無い道具は風の力で代用だ。
「マコト、切り終わったぞ」
「了解。ちょっと離れてて」
アレクセイによってバーベキューコンロに並べられた肉に、狐火を放つ。両面少し焼き色がついたら大きい鍋に肉を移し、水を入れる。アク取りはアレクセイにお任せだ。
「焼いた肉を煮るのか?」
あく取り用のお玉を渡すと、アレクセイが不思議そうに聞いてくるので誠は説明してやった。
「そうだよ。表面を焼くことによって、肉の旨みを閉じ込める作用があるんだ。あとは余分な脂落としとか」
「なるほど…」
「お湯が沸騰しそうになったら言ってね。火力の調節するから」
「分かった」
ただ待っている間も退屈だろうと、誠はアレクセイにカルパッチョ用の魚の種類を選んでもらったり、サラダの野菜の種類を決めてもらうことにした。
選ぶだけなのに楽しそうだ。そうアレクセイに言うと、一緒に作れることが楽しいと、以前にも聞いた答えが返ってくる。どうやら誠が以前言った、「夫婦の共同作業」と言う言葉が気に入っているらしい。
「…そう。じゃあ、あーん」
物のついでだ。バカップルみたいで嫌なのだが、ご機嫌な狼を見るのは好きだ。
誠は味見用にと、食べやすい大きさに切ったパンにレバーパテを乗せて、アレクセイの口元に持っていってやった。
けれど感動しているのか、アレクセイはなかなか口を開けない。
「マコト…」
「いいから。食べないんだったら、俺が食べるけど?」
「いや、待ってくれ。食べる、俺は食べるぞ」
パタパタと忙しなく揺れる尾に笑いながら食べさせてやると、尾はより一層激しく揺れた。野生の魔獣なのでレバーに少しクセがあったが、スパイスやハーブが力を発揮したので何とか味が纏まった。大成功だ。
「大変だマコト、もう無くなった…」
しゅんとした尾と耳に絆されそうになったが、ここで更に与えてしまっては元も子もない。これは数時間冷やした方が、もっと美味しくなるのだ。しっかりとノーと伝え、レバーをココットに移すと、誠はアレクセイに聞いた。
「ねえアレクセイ。氷の箱って作れる?」
「箱か?作れないこともないが、どうするんだ?」
「これ冷やしたいんだよ。四、五時間くらい維持できるか?」
「そうだな。それくらいなら大丈夫だ」
アレクセイは、あっという間に氷魔法で箱を作り出してくれた。ご丁寧に蓋付きだ。何でかと聞くと、レバーパテを見たら食べたくなるからだそうだ。誠としても同意見なので、ありがたく蓋を使わせてもらった。
ガーリックシュリンプとアルミラージ肉を使ったシチューも作ったところで、良い感じに日が暮れてきた。寒さ対策と、一応魔獣対策にと焚き火を起こす。折り畳みテーブルに並べられた皿からは、湯気と共に美味しそうな香りが立ち上っていた。
待ちきれないのか、隣からはご機嫌に揺れる尾が風を切る音がしている。いつもの様に祈り終わった後は、二人きりの晩餐が始まった。
他に競合相手が居ないので、二人で食べる時はアレクセイは普段よりも少しだけ食べるスピードが遅くなる。本人は気付いているのか知らないが、これは最近発見したことだ。
耳を倒して尾を振っているのは、喜んでいる証拠だ。誠はそんなアレクセイを見ながら、自分も箸をすすめていた。
食べ終わった後は、片付けが待っているし氷の箱に入れたレバーパテも待っている。これはもう少し冷やしておきたいので、さっさとマジックバッグにしまった。スカーレットへの手土産の一つにしても良いかもしれない。
片付け終わって、焚き火を見ながらハーブティーを飲んでいると、こうしたゆっくりと流れる時間も良いなと思う。そして満腹になっているので、余計に眠くなる。けれど誠は、眠気よりも今は走りたくなっていた。
せっかくの広い草原なのだ。そして良い夜だ。人間のような姿も狐の姿もどちらも本性なのだが、晴れた日なら地平線が見えそうなくらい広い草原を前にすると、どうもうずうずしてたまらなくなる。
食後のハーブティーを飲んでいたアレクセイは、そんな誠の様子に気が付いたのか、もう少しゆっくりしたら少し歩こうと提案してきた。
最初、人間の姿でかと思った誠は更に話を聞いてアレクセイに飛びついた。やはり己のツガイは、自分のことを分かってくれている。今自分に尻尾が出ていれば、アレクセイではないが盛大に振っていることだろう。
「よし、行こう」
狼の姿になったアレクセイが振り向いた。誠は己に結界を張って周りから見えなくすると、急いで狐の姿に変わった。
夜の散歩は久々だ。しかも今回はアレクセイが一緒なので、普段よりも誠の足取りは軽く、そして弾んでいた。
最初は早足だったのに、いつの間にか競走になった。見通しの良い草原だ。まばらに生えている低木は、気にする程でもない。誠は星明かりの下で輝く、銀色の流星に遅れを取らないように、着いて行くのがやっとだった。
少しズルをして足元に風の力を纏って加速すると、力の流れが分かったのかアレクセイが軽く体をぶつけてくる。おかしくて笑っていると、気付けば取っ組み合いになっていた。
グルルルと唸りながら噛みつかれるが、ただの甘噛みだ。擽ったくてまたクスクスと笑ってしまう。アレクセイの牙を防ごうと尾で邪魔をすると、そのままベロベロと舐められてしまった。
たまらず横になると、アレクセイは上から被さって誠の体を前足で押さえつけた。そのまま顔や首を舐めてグルーミングをしてくる。誠はゆらゆらと、尾を揺らしていた。
一通り戯れて焚き火の元に戻ってきても、二人は獣身のままだった。何となく人型に戻るのが惜しくなったのだ。そのまま火の側で尾を枕代わりにして丸くなると、誠の体を隠すようにアレクセイも横たわってきた。
「今日はここで夜をあかそうか」
「そうだね。それも良いかも。でも、宿に何も言ってないよ?」
「ああ、大丈夫だ」
アレクセイは誠の後頭部をひと舐めしてから人型に戻ると、連絡鳥を取り出した。そして一筆書いて足元の筒に入れる。連絡鳥は誠の目の前に来ると、マズルに頭を擦り付けて「チュン」と鳴くと、そのまま飛び去って行った。
「…良かった。怖がられるかと思った」
「アイツは元は俺の魔力からできているからな。君が狐の姿になっても怖がるはずがない」
以前聞きそびれたままだったが、どうやら連絡鳥というのは専用の卵に自分の魔力を流して育てるそうだ。だから孵化すると、自分の分身のような存在となるし、術者の好みがそのまま反映されるらしい。
じゃあ、最初からあの連絡鳥に好かれていた自分は…とそこまで考えた誠が赤面していると、また銀狼の姿になったアレクセイに頭を何度も舐められてしまった。そして前足を体に乗せられ、抱きしめられる格好になる。
その体温に安心した誠は、大きく息を吐き出していた。
背後から、アレクセイの声が響く。
「消えない焚き火か…」
一応適当な枯れ枝を組んで焚き火の格好をしているが、今燃えているのは誠が放った狐火だ。しっかりと制御しているので、朝まで消えないし草に燃え移ることもない。
アレクセイはそのことを言っているのだ。
「狐火のこと?」
「ああ。俺も水魔法は使えないわけではないが、系統が違うから火は無理だ。マコトは…君は一人でどこかに放り出されても、生き延びていけそうだな」
「かもね」
アレクセイの言いたいことは、よく分かる。食料さえあれば、きっと自分はどこでも生きていけるだろう。
そして、それだけの強さがあることを、誠もアレクセイも分かっている。生活面でも、精神面でも、だ。
けれど。
「でも、やっぱずっと一人は寂しいよ」
夜だから、そして背後にアレクセイの体温があるからか、そんな言葉がするりと出てきた。
そして一人が寂しいから、諏訪も牡丹も唯一を求めたのだろうかと考えてしまった。
彼らの強さを思うと、孤独になってしまうのが少しだけ分かる。だから余計に己のツガイに執着してしまうし、同じだけの強さを持った唯一を愛おしく感じるのだろう。
己の唯一を持ってしまうと、離れがたくなる。その気持ちが、アレクセイというツガイを得たことにより、分かってしまった。
分かったからこそ、離れたくないし、寂しいという感情が今までよりも強く理解できたのだ。
誠はアレクセイに向き合うと、自分よりも太い前足の間に顔を突っ込んだ。
「マコト?」
アレクセイは誠のマズルを舐めた。
「俺さぁ、アレクセイが好きだよ」
誠がそう告白すると、アレクセイが小さく唸った。誠はクスクスと笑うと、今度こそ寝るために瞳を閉じた。
アレクセイの体温は優しい。けれど、ドキドキする。ふわりと香るジャスミンとミントの香りに、胸が締め付けられそうになるけれど、安心もする。
きっと何度でも些細なことでアレクセイに惚れ直すんだろう。
誠はアレクセイの激しく揺れる尾の音をBGM代わりに、夢の世界に旅立ったのだった。
珍しい物は売っていなかったが、ヨーロッパなどでよく食べられている野菜は数種類見つけた。スイーツがだめなら、料理がしたい。
誠はアレクセイを誘い、また王都の外へと向かうことにした。
コカトリスの亜種が出た林は騎士団によって暫くは封鎖中とのことなので、今回向かうのはその反対側だ。ただの草原で滅多に魔獣も通らないらしいので今の誠にとっては、おあつらえ向きの場所だった。
猫バスならぬ狼タクシーで約一時間。ところどころに低木が生えているだけの草原に着くと、アレクセイはゆっくりとしゃがみ、誠を下ろしてくれた。
「どうだ?ここなら匂いも気にせずに、調理できるだろう」
「うん。ありがとう、アレクセイ」
周りに誰も居ないので抱きついて頬にキスをすると、銀色の尾は盛大に揺れていた。
誠は早速調理台や焚き火台を取り出して並べ始めた。頭の中は、料理のことでいっぱいだ。
「何を作るんだ?」
やはり気になるのか、アレクセイは邪魔にならないようにと作業台の向かい側に陣取っている。
「んー…何が食べたい?どうせなら、夕飯作ろうかなって思うんだけど」
「それは良い考えだ」
被せ気味にアレクセイが言った。
それ程自分の料理を望んでくれているのなら、応えたくなるのが誠だ。何でもリクエストして欲しいのだが、肝心のアレクセイは腕を組んだまま動かなくなってしまった。
「…アレクセイ?」
「ああ、すまない。君の料理はどれも美味しかったからな。すぐに決められないんだ」
あれも美味かった、これも美味かったと呟いているアレクセイが面白い。しかも、ずっと尾が揺れているのだ。
けれどなかなか決まらないのか、次第に尾も耳も垂れてくるのが可哀想になってきたので、誠は助け舟を出すことにした。
「アレクセイ。肉と魚、どっちにする?」
「肉…ああ、でも君の作る魚料理も美味かった」
「んー…じゃあ、両方作ろうか?」
フフフ、と笑いが零れてしまう。こんなに絶賛されるなんて、料理人冥利に尽きるというものだ。ツガイの欲目もあるだろうが、それはそれ、これはこれだ。
「メインは肉で、サブに魚にしよう。時間はたっぷりあるから、煮込み料理が多くなると思うけど、手伝ってくれるよね?」
「もちろんだ。何から始めようか」
アレクセイのバーベキューコンロも出してもらい、早速調理開始となった。
まずはメインの肉料理である、スペアリブからだ。適当に部位毎に切ったままのオーク肉があるので、それを使うことにする。肋骨付近の肉を取り出して、アレクセイに渡した。
切り方を伝えたので肉はアレクセイに任せることにして、誠が取り掛かったのは、レバーパテだ。コカトリスの亜種が出て来たので忘れそうになるが、アレクセイと約束していた一品だ。
迷いなく肉にナイフを入れているアレクセイの向かい側で、玉ねぎをみじん切りにしていく。これとスノーラビットのレバー、その肉を少々とバター、チーズなどを入れて炒めたりフードプロセッサーを使ってなめらかにするのだが、無い道具は風の力で代用だ。
「マコト、切り終わったぞ」
「了解。ちょっと離れてて」
アレクセイによってバーベキューコンロに並べられた肉に、狐火を放つ。両面少し焼き色がついたら大きい鍋に肉を移し、水を入れる。アク取りはアレクセイにお任せだ。
「焼いた肉を煮るのか?」
あく取り用のお玉を渡すと、アレクセイが不思議そうに聞いてくるので誠は説明してやった。
「そうだよ。表面を焼くことによって、肉の旨みを閉じ込める作用があるんだ。あとは余分な脂落としとか」
「なるほど…」
「お湯が沸騰しそうになったら言ってね。火力の調節するから」
「分かった」
ただ待っている間も退屈だろうと、誠はアレクセイにカルパッチョ用の魚の種類を選んでもらったり、サラダの野菜の種類を決めてもらうことにした。
選ぶだけなのに楽しそうだ。そうアレクセイに言うと、一緒に作れることが楽しいと、以前にも聞いた答えが返ってくる。どうやら誠が以前言った、「夫婦の共同作業」と言う言葉が気に入っているらしい。
「…そう。じゃあ、あーん」
物のついでだ。バカップルみたいで嫌なのだが、ご機嫌な狼を見るのは好きだ。
誠は味見用にと、食べやすい大きさに切ったパンにレバーパテを乗せて、アレクセイの口元に持っていってやった。
けれど感動しているのか、アレクセイはなかなか口を開けない。
「マコト…」
「いいから。食べないんだったら、俺が食べるけど?」
「いや、待ってくれ。食べる、俺は食べるぞ」
パタパタと忙しなく揺れる尾に笑いながら食べさせてやると、尾はより一層激しく揺れた。野生の魔獣なのでレバーに少しクセがあったが、スパイスやハーブが力を発揮したので何とか味が纏まった。大成功だ。
「大変だマコト、もう無くなった…」
しゅんとした尾と耳に絆されそうになったが、ここで更に与えてしまっては元も子もない。これは数時間冷やした方が、もっと美味しくなるのだ。しっかりとノーと伝え、レバーをココットに移すと、誠はアレクセイに聞いた。
「ねえアレクセイ。氷の箱って作れる?」
「箱か?作れないこともないが、どうするんだ?」
「これ冷やしたいんだよ。四、五時間くらい維持できるか?」
「そうだな。それくらいなら大丈夫だ」
アレクセイは、あっという間に氷魔法で箱を作り出してくれた。ご丁寧に蓋付きだ。何でかと聞くと、レバーパテを見たら食べたくなるからだそうだ。誠としても同意見なので、ありがたく蓋を使わせてもらった。
ガーリックシュリンプとアルミラージ肉を使ったシチューも作ったところで、良い感じに日が暮れてきた。寒さ対策と、一応魔獣対策にと焚き火を起こす。折り畳みテーブルに並べられた皿からは、湯気と共に美味しそうな香りが立ち上っていた。
待ちきれないのか、隣からはご機嫌に揺れる尾が風を切る音がしている。いつもの様に祈り終わった後は、二人きりの晩餐が始まった。
他に競合相手が居ないので、二人で食べる時はアレクセイは普段よりも少しだけ食べるスピードが遅くなる。本人は気付いているのか知らないが、これは最近発見したことだ。
耳を倒して尾を振っているのは、喜んでいる証拠だ。誠はそんなアレクセイを見ながら、自分も箸をすすめていた。
食べ終わった後は、片付けが待っているし氷の箱に入れたレバーパテも待っている。これはもう少し冷やしておきたいので、さっさとマジックバッグにしまった。スカーレットへの手土産の一つにしても良いかもしれない。
片付け終わって、焚き火を見ながらハーブティーを飲んでいると、こうしたゆっくりと流れる時間も良いなと思う。そして満腹になっているので、余計に眠くなる。けれど誠は、眠気よりも今は走りたくなっていた。
せっかくの広い草原なのだ。そして良い夜だ。人間のような姿も狐の姿もどちらも本性なのだが、晴れた日なら地平線が見えそうなくらい広い草原を前にすると、どうもうずうずしてたまらなくなる。
食後のハーブティーを飲んでいたアレクセイは、そんな誠の様子に気が付いたのか、もう少しゆっくりしたら少し歩こうと提案してきた。
最初、人間の姿でかと思った誠は更に話を聞いてアレクセイに飛びついた。やはり己のツガイは、自分のことを分かってくれている。今自分に尻尾が出ていれば、アレクセイではないが盛大に振っていることだろう。
「よし、行こう」
狼の姿になったアレクセイが振り向いた。誠は己に結界を張って周りから見えなくすると、急いで狐の姿に変わった。
夜の散歩は久々だ。しかも今回はアレクセイが一緒なので、普段よりも誠の足取りは軽く、そして弾んでいた。
最初は早足だったのに、いつの間にか競走になった。見通しの良い草原だ。まばらに生えている低木は、気にする程でもない。誠は星明かりの下で輝く、銀色の流星に遅れを取らないように、着いて行くのがやっとだった。
少しズルをして足元に風の力を纏って加速すると、力の流れが分かったのかアレクセイが軽く体をぶつけてくる。おかしくて笑っていると、気付けば取っ組み合いになっていた。
グルルルと唸りながら噛みつかれるが、ただの甘噛みだ。擽ったくてまたクスクスと笑ってしまう。アレクセイの牙を防ごうと尾で邪魔をすると、そのままベロベロと舐められてしまった。
たまらず横になると、アレクセイは上から被さって誠の体を前足で押さえつけた。そのまま顔や首を舐めてグルーミングをしてくる。誠はゆらゆらと、尾を揺らしていた。
一通り戯れて焚き火の元に戻ってきても、二人は獣身のままだった。何となく人型に戻るのが惜しくなったのだ。そのまま火の側で尾を枕代わりにして丸くなると、誠の体を隠すようにアレクセイも横たわってきた。
「今日はここで夜をあかそうか」
「そうだね。それも良いかも。でも、宿に何も言ってないよ?」
「ああ、大丈夫だ」
アレクセイは誠の後頭部をひと舐めしてから人型に戻ると、連絡鳥を取り出した。そして一筆書いて足元の筒に入れる。連絡鳥は誠の目の前に来ると、マズルに頭を擦り付けて「チュン」と鳴くと、そのまま飛び去って行った。
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「アイツは元は俺の魔力からできているからな。君が狐の姿になっても怖がるはずがない」
以前聞きそびれたままだったが、どうやら連絡鳥というのは専用の卵に自分の魔力を流して育てるそうだ。だから孵化すると、自分の分身のような存在となるし、術者の好みがそのまま反映されるらしい。
じゃあ、最初からあの連絡鳥に好かれていた自分は…とそこまで考えた誠が赤面していると、また銀狼の姿になったアレクセイに頭を何度も舐められてしまった。そして前足を体に乗せられ、抱きしめられる格好になる。
その体温に安心した誠は、大きく息を吐き出していた。
背後から、アレクセイの声が響く。
「消えない焚き火か…」
一応適当な枯れ枝を組んで焚き火の格好をしているが、今燃えているのは誠が放った狐火だ。しっかりと制御しているので、朝まで消えないし草に燃え移ることもない。
アレクセイはそのことを言っているのだ。
「狐火のこと?」
「ああ。俺も水魔法は使えないわけではないが、系統が違うから火は無理だ。マコトは…君は一人でどこかに放り出されても、生き延びていけそうだな」
「かもね」
アレクセイの言いたいことは、よく分かる。食料さえあれば、きっと自分はどこでも生きていけるだろう。
そして、それだけの強さがあることを、誠もアレクセイも分かっている。生活面でも、精神面でも、だ。
けれど。
「でも、やっぱずっと一人は寂しいよ」
夜だから、そして背後にアレクセイの体温があるからか、そんな言葉がするりと出てきた。
そして一人が寂しいから、諏訪も牡丹も唯一を求めたのだろうかと考えてしまった。
彼らの強さを思うと、孤独になってしまうのが少しだけ分かる。だから余計に己のツガイに執着してしまうし、同じだけの強さを持った唯一を愛おしく感じるのだろう。
己の唯一を持ってしまうと、離れがたくなる。その気持ちが、アレクセイというツガイを得たことにより、分かってしまった。
分かったからこそ、離れたくないし、寂しいという感情が今までよりも強く理解できたのだ。
誠はアレクセイに向き合うと、自分よりも太い前足の間に顔を突っ込んだ。
「マコト?」
アレクセイは誠のマズルを舐めた。
「俺さぁ、アレクセイが好きだよ」
誠がそう告白すると、アレクセイが小さく唸った。誠はクスクスと笑うと、今度こそ寝るために瞳を閉じた。
アレクセイの体温は優しい。けれど、ドキドキする。ふわりと香るジャスミンとミントの香りに、胸が締め付けられそうになるけれど、安心もする。
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