神様の料理番

柊 ハルト

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レモンの憂愁

04 ー 戦う料理番

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 体力が回復した誠達は、ひとまず山の中腹まで登ることにした。異変が見つからなければそこで一旦休憩をして夜を明かし、日の出を待ってから山頂まで登ることになっている。
 誠は隣から妙なプレッシャーを感じながら、細い山道を先頭を歩くドナルドの後についていった。
 普段後衛が多いドナルドは、山道が得意だ。今回のような場合は、何かあってもアレクセイ達よりも強い力で防ぎ、その間にレビとルイージ、時にはオスカーが飛び出すという寸法になっている。身軽なレビとルイージは、殿を務めていた。
 山に入るにつれて魔素が濃くなりだしたのを肌で感じる。アレクセイ達も同じなのか、耳や尾が警戒を表し、段々と口数が減ってしまっていた。
 これは休憩どころではないな。誠がそう思った瞬間、一気に魔素の流れが変わった。ある一点を目指し、集まっているように感じる。
 誠は不快感の走った背中を、しきりに気にしていた。

「大丈夫か?」

 すぐさまアレクセイが、誠の背中をさすった。

「大丈夫…だけど、さっきからぞわぞわが治んない。アレクセイは?」
「俺は特に体に異常は出てないが、この魔素の流れが原因か?」
「だと思う…けど、それだけじゃない気がする」

 魔素の流れの先を追うが、木々のもっと奥。暗がりの中なので、いくら夜目が効くといっても限界だ。
 アレクセイは誠を気にしつつも、この流れを追うことに決めたようだ。
 先頭はドナルドからレビとルイージに代わった。二人は魔法で淡いライトをいくつか作り出して周りに浮かべたが、ライトはすぐに進行方向の先に流れて行ってしまった。聞けば、先程のライトで魔素の流れの勢いと行き先を見るためらしい。
 ちょっとした灯籠流しのようだが、手堅い方法だと誠は感心していた。
 ライトを目印にして進む。辺りは誠達の草や小枝を踏む音しか聞こえなくなっていた。

「…変だな」

 剣を構えたままのアレクセイが呟いた。

「オスカー。上空から偵察してくれないか」
「了解」

 オスカーは少し離れると、すぐさま鷹の姿になって舞い上がっていった。誠は視線をオスカーからアレクセイに戻した。

「大丈夫なの?」
「ああ。周辺を見たら戻ってくるさ。…静か過ぎるからな」

 何が、と言わなくても分かった。いくら深夜だと言っても、山が静か過ぎるのだ。都会育ちだが、ことある毎に野山を駆け回っていた誠でも分かる。
 残ったレビ達は、また追加でライトを出しては魔素の流れに乗せていた。

「班長、やっぱり魔素溜まりが出来ているんじゃあ…」

 最後のライトを流したレビが、ピンと耳を立てたまま聞いてきた。

「魔素溜まり?」

 言葉からして、そのままの意味だろうか。誠が聞くと、ドナルドが説明してくれた。

「マコトさんは、魔素の流れが分かりますか?」
「うん」
「魔素溜まりとは言葉の通り、本来は自由に流れている空気中の魔素が何らかの原因でその場に留まって、濃度が濃くなっているところです。魔獣は交配によって生まれるものと、魔素溜まりから生まれるものがあると言われていますが、まだ誰もそれを発見したことがないんですよ」
「そうなんだ。…じゃあ、もしかしたらその魔素溜まりを見張ってたら、魔獣が現れるところを見れる…とか?」
「可能性は高いですね。班長、どうしますか?」
「そうだな…」

 アレクセイは一度空を見上げてから、尾をぶんと振った。

「明日になれば調査班が来るだろうが…我々で見張っておくしかないだろうな」

 転移の魔法陣が敷かれている邸は、設置に時間と労力、そして魔石の数も必要なので、各村や町に必ずしもある訳ではないらしい。この近くだと、セーヴィルの港町に二つあるだけだ。それはスルト辺境伯の邸と、以前逗留させてもらった邸だ。
 調査班はそこから大型の鳥獣人に乗って移動してくるので、いくら急いでも到着するのは翌日になるそうだ。

「そう考えると、マコトの移動手段って本当に便利だよな」

 レビは感心したように、溜め息混じりで言った。

「でしょ。…今から俺が往復して連れて来ても良いけど…」
「いや、それはマズい」

 アレクセイは食い気味に誠の言葉をぶった切った。どうしてかと目で聞くと、アレクセイは誠の肩を強く抱いてきた。

「マコトの能力を、あまり他所に漏らすのは悪手だ。それに調査班は変人の集まりなんだ。未知なる現象を常に求めている。マコトをアイツらの餌食になんぞ、させてたまるか」
「あー…そうですよね。マコト、悪いことは言わない。その提案はありがたいけど、班長の言う通りにしとけ」

 何か思い当たることがあるのか、レビの顔色が悪い。もしかしたら調査班は全員マッドサイエンティストなのだろうか。
 誠は己の迂闊な発言を、少しだけ反省した。
 レビに調査班の恐ろしい噂話を聞いていると、力強い羽ばたきの音と共にオスカーが戻って来た。すぐさま人型の姿になったが、その顔色は冴えない。

「班長、ちーっとばかし、マズいことになってます」
「何があった」
「ここから約五キロ程先に、魔素溜まりが出来てます。最初に飛ばしたライトは、そこでぐるぐる渦を巻いてました」
「そうか…他には?」

 アレクセイは眉を顰めながら、オスカーに報告の続きを促した。

「この周辺には魔獣が見当たりません。避難したのか、さっきの集団がここら一体に生息していた魔獣なのか…」
「…両方正解、かもしれないな。とりあえず、その魔素溜まりに向かおう。調査班が来るまで何事も無ければ良いのだが」
「了解」

 魔獣が居ないということなので、ここから先は周りにライトを展開して進むことになった。足元や向こう側が明るいというのは、ありがたいことだ。誠も協力して、狐火をいくつか浮かべながら進んで行った。
 途中、レビが近くを漂っている狐火を指先で突いているのが見えた。

「何やってんだ?」
「いや…俺は火属性だろ?熱くない炎って、どうやって出すのかなーって思ってさ」

 狐火は、幻だ。この世界の「魔法」と呼ばれるものは、魔素と自身の魔力を合わせて自然現象を起こしている。原理からして違うので、熱くない炎は出せないのではないのか。
 それを言うと、レビはがっくりとなった。

「そうなのか…残念」
「何で?」
「いやぁ…何か面白いことに使えそうかなって思ってさ」

 好奇心旺盛なレビなので、魔法の研究をするのが趣味の一つだそうだ。時間があれば、その研究を見せてもらいたいところだ。もしかしたら、誠が気付かない使い方があるかもしれない。
 しばらく進んでいると、木々の奥からチラチラと明かりが見えてきた。先行していたライトだ。オスカーの報告通り、円を描くように動いていた。
 それに、背中のゾワゾワも強くなっているので、そこが魔素溜まりなのが嫌でも分かってしまった。
 ここで一旦足を止めると、アレクセイは誠達を見回した。

「俺が先行して、様子を見てくる。お前達は、一旦待機だ」
「了解」

 オスカー達は頷いたが、誠は賛成できなかった。けれど、これはアレクセイ達の仕事だ。素人の自分が感情だけでアレクセイを引き止めるわけにはいかない。
 誠の顔が曇ったのが分かったのか、アレクセイは誠の頬を優しく撫でた。

「心配するな。俺はこれでも、騎士団内では強い方だ」
「…うん」

 表情の晴れない誠に、オスカーとレビが明るい声をかけてきた。

「班長が大丈夫って言ってるんだから、大丈夫だよ。剣技だと団長の次に強いんだし」
「そうそう。オスカーさんの言う通りだって。それに、班長が死んだらマコトはフリーになるからね。死んでも死にきれないだろ」
「…お前ら、勝手に俺を殺すな」
「いえ、殺したのはレビです」

 オスカーはさっさと主犯の背中をアレクセイの前に押し出した。

「…レビ。お前は明日、マコトのおやつは抜きだ」
「エエェぇぇ!そんな殺生な。横暴!横暴だ!部隊長並に横暴!」

 文句を言うレビに、アレクセイはフレデリクと同じようにニヤリと笑った。

「その部隊長は、俺の兄だからな。性格が似たんだろう」

 アレクセイは楽しそうに笑うと、また誠の頬を何度か撫でた。

「言ってくる。すぐに戻るさ」
「分かった。でも、無理はしないで」
「当たり前だ。俺は君のツガイだぞ」

 人は、これをフラグと言う。けれどアレクセイは一度死にかけた。だからそんなフラグが立つはずがないと、誠はアレクセイを送り出した。
 念のために、狐火をいくつかアレクセイの周りに浮かべる。何も無ければただの明かり代わりだ。アレクセイは「マコトが自分のために出した」狐火に、上機嫌で偵察に向かった。

「…班長、ますますチョロくなってねぇか?」
「しっ!レビ、あれは愛の力と言うものですよ」

 レビの発言を咎めたルイージが、目をキラキラと輝かせていた。その様子を見ていたドナルドは、口をへの字に曲げている。誠は気になって声をかけてみた。

「ドナルド、どうかした?」
「いえ…マコトさんは先程、狐火は幻と言ってましたよね。でも、料理や焚き火に狐火を何度か利用してたけど、その時は熱かったので、何でかなと思って…」
「ああ」

 ドナルドは、そこが疑問だったようだ。誠はくつくつと笑った。

「妖怪って、基本的には人を化かす生き物なんだよ。だから妖狐の使う狐火も、基本的には幻なんだ。でも、化かすということは…」

 そこまで言うと、ドナルドはなるほどと納得した表情を浮かべたところで、アレクセイが歩いて行った方向からドドドドという轟音と共に、閃光と熱風が吹いてきた。

「ああいうふうに、実態を持つことも可能だ。ってことで、何かあったな。どうする、オスカー?」

 アレクセイが居ない場合、現場の指揮権はオスカーに移る。誠はオスカーに指示を仰いだ。

「どうするって…行くっきゃないでしょ。でも、深入りは厳禁」
  「了解」

 誠が了承すると、陣形はレビとルイージを先頭とする、いつものに変わった。殿はドナルドだ。誠は三人に挟まれる形となり、オスカーと並んで進むことになった。

「それにしても、さっきの炸裂音って、マコト君…だよね?」

 オスカーは聞いてきたが、誠が原因だと断定しているのだろう。誠はそうだと頷いた。

「何かあったら攻撃に転じるように念じたから。初手はアレクセイが取れたけど、後はアレクセイの力量に任せるしかないよ」
「なるほど。愛の力って、強大な力なんだな」

 感心するところが違うと思うが、誠は訂正せずにアレクセイが居るであろう方向を見ていた。
 誰もが口にしないが、何かが起こっていることだけは確かだ。龍玉があるのでアレクセイが危険な目に合うことはないし、強いのは分かっているが、それでも心配なものは心配だ。それに近付くにつれて、背中のぞわぞわが増している。
 誠は辺りの煙を風で流すと、アレクセイの姿を探した。

「居たぞ!班長は無事だ!」

 レビが指差す方向にアレクセイは居た。どうやら大きな怪我は無いようだ。
 こちらに気付いたアレクセイは一瞥すると、誠達を手で止めた。

「皆、そこで止まれ!マコトは結界を張ってくれ」

 狐火が着弾した辺りを見ながら、アレクセイは小走りでこちらに向かって来た。素早く結界を張った誠は、アレクセイが中に入ると結界を更に強固なものへと変えた。
 魔素の流れはうねりに変わり、その中心からは得体の知れない何かを感じる。いつの間にか、流れに乗って回っていたライトは消えてしまっていた。
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