141 / 150
レモンの憂愁
05 ー 冬将軍と銀狼
しおりを挟む教会の影を潜り抜けた誠は、誰にも見つからないように壁沿いを歩いていた。
この街にも街頭がぽつりぽつりと灯っているが、あるのは大きな通りだけだった。いくら魔道具が発達しているとはいえ、都会のように明るい夜道でないのは誠にとっては有利だ。
誠は足音を気をつけつつ、裏道を通りながら領主の屋敷を目指していた。
教会から数分のところにある屋敷は暗がりで見ても広いが、スルト辺境伯の屋敷と比べると装飾に金がかかっていそうな邸だった。木々の剪定がきちんとされていることから、庭も金をかけて手入れがなされているのだろう。そして正門には門番が複数人、立っていた。
「…警戒し過ぎじゃね?」
人数もそうだが、この屋敷はどうやら結界が張られているらしい。
そこまで警備を厳重にするのは、勇者が滞在しているからだろうか。VIP待遇かもしれないが、そもそも勇者とは戦いを得意とする者のはずだ。なのにこの警備は、何なんだろう。
まだ訓練を積んでおらず弱いままか、それともチート能力というものが備わっていて、すでにかなりの能力に目覚めているのか。もしくは黒い噂がある侯爵なので、警備が強固なのか。
いずれにしろ、情報が少ないので正解が分からない。
「とりあえず…行くか」
フレデリクに屋敷内の見取り図を見せてもらったので、それを思い出しながら敷地内に侵入する。外壁の影から影へ。邸内も同じように、するりと侵入を果たした。
勇者を召喚し、この屋敷に招いた日から連日晩餐会を行っているとは、フレデリクからの情報だ。
初日と翌日は大々的に。それからは内輪で楽しんでいるそうだが、この様子だと今日も晩餐会を行っているのだろう。数十人が一つの部屋に集まっている気配がした。
使用人を含め、人が集まっている大きな部屋の隣の部屋に出る。隣は広間で、ここは休憩室と呼ばれる部屋だろう。ぼんやりと間取りが分かるのは事前に教えてもらっていたのもあるが、闇に潜ると何となく分かるのだ。
この能力があるから妖怪は妖怪で居られると牡丹が言っていたが、誠は改めてその通りだと納得していた。
休憩室は無人なので真っ暗だが、誠にとっては都合が良い。
気配を探ると、使用人達が出入りしているのは広間を挟んだ向こう側の通路だ。いくつか出現ポイントを教えてもらっていたが、フレデリクはきちんと使用人の動線のことも頭に入っているようだ。
王弟と言えば使用人など路傍の石と等しい存在だと思っていたが、そう言えばフレデリクは私邸の執事達との仲が良いし、育ったのはヴォルク家だ。庭師やフットマンとの仲も良好だということは、他のどの使用人達とも話したり目を向けたりしていてもおかしくはない。
どうしてもあの見た目にイメージが引っ張られてしまうが、誠はフレデリクを見直していた。
さて、これからどう動こうかと考えていると、数人がこちらに向かっている気配を感じた。誠は奥の部屋の、壁際に置かれてある棚に隠れる。ここならテーブルセットやソファが見えるし、室内のランプが着いても影になる場所だ。何があっても、そこに潜れば良いのだ。
足音と大きな話し声が近付いてくると、乱暴にドアが開けられた。そして部屋が急に明るくなる。慎重にそちらを伺うと、三人の人間の男性がゲラゲラと下品な笑い声を上げながら、ドサっとソファに座るところだった。
誠はつぶさに観察を始めた。顔や体型を見ると日本人に似ているが、服はこちらの貴族が着ているものだ。おそらくシャンディ侯爵が用意したのだろう。
貴族の服はオーダーメイドが主だ。体裁を整えているが、彼らにはあまり似合っているとは思えなかったし、着崩しているので余計に似合っていない。
彼らの髪の色は金髪と茶髪、そしてピンクなのだが、髪の毛はいくらでも染められるので、色で判断するのは当たり前だが早計だ。
誠の眉間に皺が寄る。元気があるのは良いのだが、幼い頃から神々の所作を見てきたからか、下品な人間が嫌いなのだ。彼らは誠が嫌悪する人種だった。足を大きく開き、ローテーブルの上に足を投げ出している者も居る。見た目は高校生くらいだが、家で最低限の躾をされなかったのだろうか。
そんな客が招かれている晩餐会とは、いったいどういう内容なんだろう。怖いもの見たさで会場を覗きたいが、噂話やあまり手をつけられていないテーブルを見るとキレてしまうかもしれない。誠がそんな想像をしていると、彼らの会話から貴重な情報を得られた。
「おい、カイトの奴はまだ食ってんのか?」
「じゃねぇの?ほっとけよ、クソ不味い飯でも食べれるバカ舌なんだろ」
「ハハッ。違いねぇ。つーか、ビール呑みてぇ。ワインとか飽きてきたな」
「とか言って、お前が持ってるの何だよ」
金髪の男が、向かい側の男を指差しながら笑っている。笑われたピンク頭はワインの瓶をラッパ飲みしながら、てりたま食べたいとぼやいていた。
「…いきなりビンゴかよ」
誠は舌打ちをしたくなった。この国の貴族が食べるような食事は、現代っ子にはさぞ合わないだろう。それに「てりたま」というキーワードだ。アメリカ生まれのハンバーガー店が、毎年秋になると期間限定で出す商品だ。
ここで飛び出して「ランランルー!」と叫びたくなってしまったが、アレクセイと約束をしているのでそれを破ることができない。
どこをどう見ても、彼らが東京で失踪した高校生だろうことが判明した。ということは、必然的に彼らが召喚された勇者だということがイコールで繋がってしまった。
彼らの能力を調べたいのだが、あの様子だと今は無理だ。模擬戦や魔獣退治をするにも、夜は危険過ぎる。数日張り付けば情報を得られるだろうが、それは今フレデリクの部下が行っているはずだし、アレクセイ達と離れて行動するにも、いつ亜種が出てくるか分からない。
けれどアレクセイは以前よりも強くなっているので、数日別行動しても大丈夫だろうか。
そこまで考えると、誠の首筋が急に熱を帯びた。思わず出そうになった声を何とか堪えたが、その熱さで膝から崩れそうになる。
マズいと思い棚の影に潜ると、先程の熱は嘘のように引いていった。
「…制約ってそれぞれらしいけど、俺の場合はツガイ契約の魔法のとこから?」
「約束」を破った神の末路は消滅だ。ただ、どうやって消えるかはその神によって違うと諏訪に聞いたことがある。どちらにせよ耐え難い苦しみが待っているらしいが、先程の熱は契約を違えるなという警告だろう。
「神様ってのも、案外面倒臭い生き物なんだな。…まぁ、俺は半神半妖なんだけど」
それでも半分は神の血が入っているので、どうしてもその制約に縛られてしまう。誠はごちながら、何度も何度も首筋をさすっていた。
普段は冷静に行動しようと努めているが、どうしても無鉄砲に突っ込んでいってしまうことがある。首筋のそれは、ツガイのことを考えて行動しろという戒めなのかもしれない。
ツガイに何かあれば狂ってしまうのは、諏訪も誠も同じだ。あの様子なら、きっとアレクセイもそうだろう。
広間に居るらしい彼らの仲間の顔は分からなかったが、三人分かれば十分だ。
早く帰ろう。
誠は急にアレクセイに会いたくてたまらなくなった。そして己のツガイの顔を思い出しながら、一歩を踏み出した。
0
あなたにおすすめの小説
夜が明けなければいいのに(洋風)
万里
BL
大国の第三皇子・ルシアンは、幼い頃から「王位には縁のない皇子」として育てられてきた。輝く金髪と碧眼を持つその美貌は、まるで人形のように完璧だが、どこか冷ややかで近寄りがたい。
しかしその裏には、誰よりも繊細で、愛されたいと願う幼い心が隠されている。
そんなルシアンに、ある日突然、国の命運を背負う役目が降りかかる。
長年対立してきた隣国との和平の証として、敵国の大公令嬢への婿入り――実質的な“人質”としての政略結婚が正式に決まったのだ。
「名誉ある生贄」。
それが自分に与えられた役割だと、ルシアンは理解していた。
部屋に戻ると、いつものように従者のカイルが静かに迎える。
黒髪の護衛騎士――幼い頃からずっと傍にいてくれた唯一の存在。
本当は、別れが怖くてたまらない。
けれど、その弱さを見せることができない。
「やっとこの退屈な城から出られる。せいせいする」
心にもない言葉を吐き捨てる。
カイルが引き止めてくれることを、どこかで期待しながら。
だがカイルは、いつもと変わらぬ落ち着いた声で告げる。
「……おめでとうございます、殿下」
恭しく頭を下げるその姿は、あまりにも遠い。
その淡々とした態度が、ルシアンの胸に鋭く突き刺さる。
――おめでとうなんて、言わないでほしかった。
――本当は、行きたくなんてないのに。
和風と洋風はどちらも大筋は同じようにしようかと。ところどころ違うかもしれませんが。
お楽しみいただければ幸いです。
とある社畜のハロウィン
斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
ハロウィンの夜。終電を逃した智広は、ハロウィンを楽しむ人々を避けるようにして近くの店に入る。今まで何度か利用したことのあるイタリアン食堂のはずだったが、店はファンタジー風の仮装をした人達で溢れていて――。
誰かの望んだ世界
日燈
BL
【完結】魔界の学園で二年目の学園生活を送るイオは、人知れず鶯色の本をめくる。そうすれば、必要な情報を得ることができた。
学園には、世界を構成するエネルギーが結晶化したといわれる四つの結晶石≪クォーツ≫を浄める、重要な家系の生徒が集っている。――遥か昔、世界を破滅に導いたとされる家系も。
彼らと過ごす学園生活は賑やかで、当たり前のようにあったのに、じわじわと雲行が怪しくなっていく。
過去との邂逅。胸に秘めた想い――。
二度目の今日はひっそりと始まり、やがて三度目の今日が訪れる。
五千年ほど前、世界が滅びそうになった、その時に。彼らの魂に刻まれた遺志。――たった一つの願い。
終末を迎えた、この時に。あなたの望みは叶うだろうか…?
――――
登場人物が多い、ストーリー重視の物語。学校行事から魔物狩り、わちゃわちゃした日常から終末まで。笑いあり涙あり。世界は終末に向かうけど、安定の主人公です。
2024/11/29完結。お読みいただき、ありがとうございました!執筆中に浮かんだ小話を番外編として収めました。
バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる
衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。
男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。
すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。
選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。
二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。
元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
-----------------------------------------
0時,6時,12時,18時に1話ずつ更新
落ちこぼれ同盟
kouta
BL
落ちこぼれ三人組はチートでした。
魔法学園で次々と起こる事件を正体隠した王子様や普通の高校生や精霊王の息子が解決するお話。
※ムーンライトノベルズにも投稿しています。
不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!
タッター
BL
ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。
自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。
――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。
そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように――
「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」
「無理。邪魔」
「ガーン!」
とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。
「……その子、生きてるっすか?」
「……ああ」
◆◆◆
溺愛攻め
×
明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け
大嫌いなこの世界で
十時(如月皐)
BL
嫌いなもの。豪華な調度品、山のような美食、惜しげなく晒される媚態……そして、縋り甘えるしかできない弱さ。
豊かな国、ディーディアの王宮で働く凪は笑顔を見せることのない冷たい男だと言われていた。
昔は豊かな暮らしをしていて、傅かれる立場から傅く立場になったのが不満なのだろう、とか、
母親が王の寵妃となり、生まれた娘は王女として暮らしているのに、自分は使用人であるのが我慢ならないのだろうと人々は噂する。
そんな中、凪はひとつの事件に巻き込まれて……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる